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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
レンスター編 第2章 堕ちた天使たち
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黒鋼の竜との再会

 終業のチャイムと共に日直の号令が教室に響く。


「起立! 礼っ。着席」


 やっと午後の授業が終わった。この後、担任が来て終業のホームルームが終わればいつもの部活が始まる。


 中体連や高校総体の予定が近い部活を除けば、どの部も今週末の学園祭の準備に追われて大忙しだ。校内はお祭りモード一色といった感じで盛り上がっている。


「ねぇねぇ、彩葉。今年もC組の伊吹君たちと学園祭でライブやるの?」


「うん、その予定だよ。今年も剣道部の出し物は男子部員たちが中心で、屋台でヤキソバを焼くみたいだし。私は恒例になりつつある生徒会ライブに参加するつもり」


 前の席のさやちゃんが、振り向きながら私にドラゴンズラプソディの学園祭ライブについて聞いてくる。さやちゃんは、よく一緒にお昼を食べる私の数少ない女友達だ。


 帰りの電車が真逆なため、プライベートで会う機会はあまりないけど、同じクラスになるのは中等部から数えて四度目で何かと縁がある。


「彩葉は人前でライブとか勇気あるよなぁー」


「そんなことないよ? 毎度緊急でガチガチ。いつもの顔ぶれがいてくれるからかなぁ」


「さすがモテル女は違うねぇ、このこのっ!」


「またまたぁ、からかわないでよ。ライブの出番は午後一番だと思うから、さやちゃんも時間があったら聴きに来てね」


「もちろん行く! 彩葉の歌声は奇麗だし、特に洋楽とかカッコ良すぎるよっ。彩葉たちのバンドってメジャー路線じゃないけれど、私はけっこう好きだな。どこか懐かしくて惹きつけられるみたいな?」


「ありがとう。アイリッシュミュージックが多いからかなぁ。そう感じてもらえると嬉しいかも」


「カラオケじゃ流行りの歌しか歌わないのに、彩葉はレパートリー多くてずるいよー」


「だって、カラオケで洋楽ばかり歌ってたら、なんか浮いちゃうじゃない……?」


「わたしは別にいいと思うけどなぁ……。ところでさ、彩葉」


「ん?」


「伊吹君とは、いつから付き合ってるの?」


 唐突にさやちゃんからハルとの関係を問われ、私は慌てて人差し指を口の前で立てて静かにするよう促す。ホームルーム前だし周りにみんながいる。誰かに聞かれたりしたらすぐ噂が広まってしまうだろう。


「さやちゃん、声が大きいよっ! まだ周りにみんないるんだから……」


 言いかけたところで、私は人差し指を立てた自分の手の甲から鱗がなくなっていることに気が付いた。それに、私たちが付き合い出したのはアルザルへ来てからだ。さやちゃんが知っているのはおかしい。


 あぁ……、これは夢なんだ……。


 どうせなら目の前の風景が現実で、ドラゴニュートになってアルザルにいる私が夢であればいいのにと思う。もしそうなれば、今度は現代の日本で、ちゃんとハルに私の気持ちを伝えようと思う。


 たとえ夢だとしても、久しぶりに見た祥鳳学園の教室やクラスメートたちが懐かしくて嬉しかった。しかし、夢だと気付くと現実に帰るのはあっという間だ。


 手の甲の黒鋼の鱗を見つめていると、数日前の騒動を思い出してしまう。ファルランさんの家族を人質に取ってまで彼を操り、アスリンを殺めようとした黒幕が許せない。


 それに、灰色のドラゴニュートになる時、彼は()ではなくなることを理解した上で竜の血を飲んだように思えた。彼や彼の家族のことを思うと居た堪れない気持ちで切なくなる。


『久しいな、彩葉よ』


 目の前にいたさやちゃんも祥鳳学園の教室も消えてしまい、代わりに暗闇に浮かび上がる形で黒鋼の竜が姿を現す。展開から何となくわかっていたけれど、予想通りヴリトラが現れた。ヴリトラに会うのは、私がアルザルへ来た時と合わせて二度目だ。


(やっと会えた。ヴリトラ、なかなかあなたに会えなくて困っていたの)


『そなたの肉体と我の魂が眠りに就き、双方の思念が虚無となった時、僅かな時間だけ邂逅する機会が訪れる。我ら竜族は人の子らと異り、肉体が酷く損傷を受けると数年の眠りに就くこともあるが、通常であれば半年のうち、数日間の眠りに就けばことが足りる』


(何それ……、半年間起きていて、そのうちの何日間か眠り続けると言うこと?)


『いかにも。しかし、そなたは気付いたであろう。我ら竜族は強いアルコールを体内に入れると眠気に襲われる習性がある。竜族の中にはただ眠りたいために、人の子らに竜の血を与えて酒を運ばせる輩もいる』


 なんとなく朝が来ても起きられないことと、ワインを飲むと眠くなる理由がわかった気がした。


(ヴリトラ、それ以外にもドラゴニュートについてわかららないことだらけでとても辛いの。時間が許す限り教えて貰えないかな?)


『生憎だが我はドラゴニュートではない。しかし、竜族についてであれば、可能な限りそなたの問いに答えよう』


(ありがとう。竜族はこれをしてはいけないというものはあるの? 例えば、食べてはいけないものとか)


『竜族にとって禁忌となる物質は、以前にも伝えたとおり、アルゴンと呼ばれる気体だ。ただ、アルザルの自然界にアルゴンは存在せぬ。それほど案ずることはない。それ以外における竜族の弱点は、竜の個体により異なる。我の場合、酸性の強い食物と塩基は避けた方が良い。仮にそなたの身に錆が生じたなら、錆が広がる前にそれを削り落とすのだ』


(えぇっ?! こ……この鱗、錆びるの?! それは嫌だな……)


『我が鱗は黒鋼そのもの。故にそなたが好意を寄せる、あの雷の魔術師にも用心せよ。ハルと言ったか。あまりあの若者に触れすぎると感電して痺れるぞ?』


 まさか、ヴリトラに見られている?!


『我が魂はそなたの肉体を寓居(ぐうきょ)にしている。そなたの六感は我が六感だ。彩葉よ、そなたの心まで覗くことはできぬが、我はなかなか楽しませて貰っておるぞ』


 ヴリトラはそう言うと、私の脳の中に雷鳴が響き渡るような音が反響した。これは竜の笑い声なのだろうか? それにしても、ヴリトラと私が感性を共感していたとなると、それはそれで腹立たしい……。


(ちょっと! それじゃプライバシーも何もないじゃない?!)


 私は恥ずかしさでついヴリトラに文句を言ってしまう。


『そう怒るでない。そなたの目覚めが近付くぞ? 我ら竜族は自己愛はあるが他者を愛しむ習性はないに等しい。しかし、そなたらを見ていると、定命(じょうみょう)の人の子が、実に愛おしい生き物だと教えられる。弱さ故に互いを支え、想い合うかと思えばぶつかり合うこともある。我は力を合わせ、前に進むそなたらに心を打たれた』


 褒められているのか、それともバカにされているのか私にはわからないけれど、ヴリトラから悪意は感じられない。それよりずっと見られていたことが正直恥ずかしい。この際、恐怖だけじゃなく羞恥心も竜の心から消えてもらいたいものだ。


(私が神竜王に会うまで、あなたと運命共同体となの?)


(おの)ずとそうなる。それより、彩葉よ。幾度か肝を冷やす場面もあったが、よく我が魂を守り無事に切り抜けてくれた。礼を言わせてくれ。だが、この先も厳しい状況に出くわすこともあろう。竜の力を存分に使いこなせ、彩葉よ』


 まだまだ聞かなければならないことはたくさんある。しかし、ヴリトラの登場はあまりに唐突過ぎた。私自身にヴリトラと接触する心の準備ができていなかったので、質問がうまくまとまらない。


(黒鋼の鱗はあらゆる攻撃を弾くと言っていたけれど痛みがあったわ。それに、竜の力を使うと呼吸が苦しくなるような感じがあるのだけれど、使える時間も限られている感じなのかな?)


『痛覚や疲労の感覚と言う点で、人の子と竜とでは異なるのかもしれぬ。しかし、肉体的な損傷はないはずだ。また、竜の力は鍛錬次第である。その辺りは体感で覚えてもらいたい。慣れればそなたの黒鋼の尾も刃に変えることが可能となるだろう』


 竜の力を体感で覚えろと言われても良くわからない。今までのように竜の力を使ってイメージすればいいのだろうか。それにしても尾を刃って……。


(一応、毎日練習してみるね。それと、ドラゴニュートは不老だと聞いたけれど、私はずっと……、歳をとるなくこのままなの?)


『我々竜族は肉体の劣化はない。しかし、不死にあらず。我らの力を受け継ぐそなたも同様と言えよう』


(やっぱり本当だったんだ……)


『それ故、人の子らは不老の肉体を求め、我ら竜族の血を欲するが実に愚かなことだ。我と結んだ契約のように、魂を宿らせるか眷属と同化させない限り、竜の生血を啜った人の子は、精神が崩壊して獰猛な獣と化すであろう』


(ケンゾク? それはいったい何なの?)


『竜族の雌体が単為生殖で孵化させた幼生のことを眷属という。眷属は有性生殖ではない故、母体を劣化させた複製に過ぎぬ』


(孵化……。竜は卵から……生まれるの? 単為生殖? 竜の力を使い続けると……、竜化したりしないよね?)


『そなたの身体は竜の体ではない。構造は人の子のままであろう』


(良かった。少し安心できた。ねぇ、ヴリトラ。神竜王にあなたの魂を届けたら、私は……どうなるの? また人間に戻れたりするの?)


『神竜王ミドガルズオルムに会い、我が魂を彼の王に届けても、そなたが人の子に戻ることは叶わぬ。我が魂がそなたの体から離れても、そのままで半竜の身であり続けるであろう。言ってしまえば、そなたは我が眷属のようなものだ』


(そっか……。やっぱり、そうなんだ……)


 薄々わかっていたことだけど、ヴリトラから直接言われてしまうと正直悲しい。けれど、普通なら私はあの時に死んでいた。今こうしてハルやユッキー、そしてアスリンと一緒にいられるだけでも幸せなことなのだと思う。


 私の目元は熱くなり、涙が込み上げて来るのがわかった。でも、前を向かなくてはダメだ。ハルやアスリンに叱られてしまう。


(シンクホールについてもう少し詳しく聞かせて。あなたたち竜族が天使から託されて守護しているシンクホールは、それぞれ個別に時差があったりするの?)


『時差……か。表現が少し異なるが、結果的に時間の差が生じる。そもそもシンクホールは、アヌンナキが創造した星間転移装置だ。内部は時が止まった状態であるが、実際には膨大な時間を費やす。太古の竜などの生体エネルギーを用いれば、僅か数時間から数年で移動が可能となる。我が生体エネルギーを活用した場合、転移に費やす時間は数時間といったところだろう』


(竜が守護していないシンクホールを使った者にとっては、一瞬のことに感じるけれど、実際は凄く時間が掛かる。なんだか……未来にだけ行けるタイムマシンみたいな感じだったのね)


『言い得て妙だ。生体エネルギーのない始祖のシンクホールを使えば、テルースからアルザルまで数十年経過する状況になるだろう』


(そもそも、地球とアルザルの距離は、シンクホールを使わなければならないくらい遠いの?)


『アヌンナキが母船とする巨大な船で数千年の歳月がかかるという話だ』


 あまりの時間の長さでイメージが湧かない……。話の流れを整理すると、六十年以上昔にナチスドイツの軍隊が始祖のシンクホールを使ったとすれば、彼らが集団で現在のアルザルにいる理由が納得できた。


 逆に言えば、ヴリトラの生体エネルギーを使って、私たちの前に突然現れた帝国兵のように、私たちが竜の生体エネルギーを使って地球へ向かえば、現代の日本に帰れる。


 少し希望が湧いてきた。


(ヴリトラが第四帝国と呼んだヴァイマル帝国の正体はなんとなくわかったわ。けれど、どうやって彼らはアルザルのことや、その始祖のシンクホールの存在を知り得たの?)


『第四帝国がテルースからアルザルへ来た目的は我にもわからぬ。ただ、アヌンナキと関わっていることはたしかだろう。その証拠にそなたが持つ聖剣ティルフィングは、竜族の鱗すら斬り裂くと言われるアヌンナキが製造した竜殺しの剣だ』


 ヴリトラが言うようにアヌンナキが帝国と関わっているとしたら、彼らは一体何を企んでいるのだろうか……。その謎を解かない限り、きっとまたハルは狙われるだろうし、私たちが地球へ帰れないような気がする。


(あなたを狙った理由と、ハルを狙った理由。いずれにしても帝国と天使たちに接触しない限り彼らの目的はわからなそうね……)


『そうかもしれぬな。さて、別れの時間が時間が迫っているようだ』


 ヴリトラの姿は段々と薄くなり始めている。私が夢から覚めるのが近いのかもしれない。


(待って、ヴリトラ! 最後に一つ。私たちが目指すヴァルハラはどこにあるの? 人間より長寿なエルフ族でもわからないみたいなの。何か少しでも手掛かりがあれば教えて!)


『エルスクリッド……と呼ばれる地に、竜族と共存するグラズヘイムの民がいる。グラズヘイムの伝承……調べてみよ……』


(ありがとう、ヴリトラ。頑張ってみる)


 グラズヘイム……。夢の中だからメモなどできないので覚えていられるか不安だけど、これだけは忘れてはダメだ。


『それではしばしの別れだ。そなたの良き友が……迎えに来ているようだぞ。また会おう……』


 やがてヴリトラの姿はフェードアウトするように消え、私の名前を呼ぶアスリンの声がはっきりと聞こえてくる。きっといつものように眠り続ける私を起こしてくれているのだろう。


 ヴリトラと次に会えるのはいつになるのかわからないけれど、この黒鋼の竜との再会によって、私たちは少し前に進めたような気がする。

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