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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
レンスター編 第1章 遠い未来の音色
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黒鋼のカトリ(下)

「ねぇ、ユッキーはどんなタイプの子が好きなの?」


 アスリンは片手に持ったグラスのワインを飲みながら、唐突にほろ酔い顔でボクに質問してきた。


「な、何だよ今度は……」


「イロハとか……?」


 アスリンは陛下と笑顔で話をしながら食事をする彩葉を見ながらボソッと言った。


「はぁ? 何でそうなるわけ? ほら、彩葉にはハルがいるしさ。そりゃまぁ、彩葉は凄く可愛いよ? それに見た目より胸は大きかったし、強くてカッコイイのにおっちょこちょいなところもあって、嫌いじゃないぜ?」


 アルコールのせいもあると思うけど、ボクは途中から自分で何を言っているのかわからなくなった。このままだとアスリンの誘導尋問に引っかかりそうだ。しかも余分なことまで言ってしまいそうな気がする。いや、もうすでに言っているかもしれない……。


「ふーん……。私、ユッキーを応援してあげてもいいよ?」


 彼女は彩葉を見つめたまま、ボクの耳元に手を当てて意味深に言ってきた。彼女の吐息がボクの耳にかかる。たしかにボクは彩葉に恋心を抱いていた。今はもう抱いていないのかと言われれば、答えはノーだ。


 でも、ボクはあの事件でハルと彩葉が互いを想う気持ちを目の当たりにしている。ボクの気持ちなんて到底ハルにかなわないって悟ったし、それに二人はもう壁を乗り越えて公に交際しているじゃないか。わざわざ自分の欲望に身を任せて邪魔をすることはない。この先は悔しいけれど、お似合いな二人を応援してやるだけだ。


「あの二人は恋人同士なんだし、ボクが入り込む場所なんてないさ。たしかに彩葉のことは好きだけど、ボクがときめくタイプは目の前にいる君だぜ、アスリン。優しくて思いやりがあってそれでいて文句なしの飛びっきりの美少女だとか、本当に反則だって」


 彩葉への恋心を余り深読みされたくない一心で言ってしまったけれど、まるでアスリンに告白しているようになっていたことに気がついて、ボクは恥ずかしくなった。ただ、アスリンに告げた内容は紛れもなく本当のことだ。


「え……? ユッキーってば、また冗談を……。そもそも私は人間ではないエルフ族よ? 見た目は子供に見えるかもしれないけど、人間同士じゃありえないような歳の差なのよ?」


 アスリンはボクをはぐらかすように言った。さっきより彼女の顔が赤く見えるのは、もしかしたらワインのせいだけじゃないかもしれない。彼女の実年齢は直接聞いたことがないからわからないけれど、西風亭のナターシャさんよりずっと年上なのだろう。実際何歳なのか本気で興味がある。ただ、今は訊いてはいけない気がする。


「おっ、幸村とアスリン。何だか盛り上がってるな! 俺も混ぜてくれよ」


 先程まで自席で導師たちに囲まれていたハルが、彼らとの話に飽きたのかボクたちの席へとやって来た。


「宮廷魔術師のお誘いでもあったのか?」


「あったと言えばあったけど、流派だとか師だとか色々訊かれてさ。話が難しくて誤魔化せそうになかったから逃げてきちまった。とりあえず改めて乾杯でもしようぜ」


 面倒くさがりなハルらしい。話が流れてしまった感があるけど、先程の空気はボクのキャパシティを越えていたので、実際のところハルに助けられたのかもしれない。


「まぁ……、ハルに賛成だ。乾杯すっか」


 ボクはとりあえず乾杯に同意する。


「賛成! ハル、今日のライブも大成功だったわね」


「あぁ、ありがとな。アスリン」


「乾杯だけでも彩葉を……って思ったけど陛下の前から連れて来るわけにはいかないか」


 彩葉を見ると、彼女は陛下やメアリー公女殿下と話が盛り上がっているようだ。たとえ公女様でも小さな子とすぐに仲良くなれるだなんて彩葉らしい。


 彩葉はボクたちの視線に気がついたのか、こちらを見ると一度頷き、席を立たずにグラスだけ上げて乾杯の仕草をボクたちに送ってきた。どうやら意図が伝わったらしい。ボクたちも彩葉に頷いて乾杯の仕草を返す。とても嬉しそうに微笑む彩葉を見るとボクまで嬉しくなった。怒った顔も可愛いけど、やっぱり彼女は笑顔が一番似合う。


「さて、彩葉も喜んでいるし改めて俺たちも乾杯しようぜ! カンパーイ!」


 間接的な彩葉との乾杯をした後にハルが乾杯の音頭をとる。


「「乾杯っ!」」


 ボクとアスリンは声を揃え、ハルが差し出したグラスに自分たちのグラスをそっと当てた。先程まで飲んでいたワインと同じはずなのに、親友との乾杯後のワインはとても美味しく感じる。


「で、さっき盛り上がってたのは何話してたんだ?」


 せっかく逸れた話をハルが蒸し返してきた。ハルに助けられたと思っていたのはボクの思い過ごしだった。


「ユッキーの好きな女の子のタイプを聞いてたの」


 あぁ……、ストレート過ぎでしょう、アスリンさん……。


「ははーん。で、幸村。お前は彩葉じゃなくてアスリンって答えたわけか?」


 ハルはわざとらしくボクを見てニヤニヤしながら言ってきた。その顔はほんのり赤い。


 くそっ、こいつもだいぶ酔ってやがる……。


「ぐっ……。そう言うハルだって彩葉のどんなところが好きなのか、この際だからはっきりと具体的に教えて欲しいもんだね」


 ボクも負けずにハルが恥ずかしくなって困るような質問を返してやる。


「なんだよ、いちいち言わせるなって。俺は、自分の彩葉を思う気持ちを伝えただけだ」


 ハルは顔を赤くしながらボクから目を逸らしてそう言った。半分開き直っているところがちょっと悔しい。おのれ、リア充め!


 そんなやりとりを見ていたアスリンはまた声を上げて笑い始めた。


「あー、わかったよ、アスリン! この際だから前に言った『とっておき』を、今ここでボクが君のために弾いてやる! 本当は二人だけの時にって思っていたけれど、今回は周りの人らにも特別サービスだ」


 ボクはアスリンに言ってバイオリンを再びケースから取り出して弓を持った。話の流れと酔った勢いってヤツだ。


「え? ユッキー、今『とっておき』をやってくれるの?」


 お腹を抱えて笑っていたアスリンは、笑うのを止めてボクを真顔で見つめて言った。


「あぁ。期待してくれていいよ、アスリン」


「学コンのか? 俺もまだ聴いてなかったから結構楽しみにしてたんだぜ? ちゃんと聴かせてくれよ、幸村」


「あぁ、しばらく弾いてないからグズグズかもしれないけど……。まぁ、何とかなるだろう」


 そう言えばまだハルと彩葉に、コンクールで演奏した課題曲と自由曲を披露していなかった。盛り上がる宴の席でいきなり演奏を始めるわけにはいかないので、ボクは公王陛下に願い出ることにした。


「陛下、お願いがあります! この場をお借りして、とっておきの一曲を演奏させていただいてもよろしいでしょうか?」


 無礼を承知でボクが席を立ってその場で陛下に願い出ると、賑わっていた宴の席が静かになった。


「あぁ、構わぬぞ、ユッキー。先刻のそなたらの演奏にも驚かされたが、もっと素晴らしい曲でもあるのかね?」


 陛下は笑顔で頷いてくれた。


「ありがとうございます、陛下! ご期待に添えるよう努力します!」


 彩葉が『何を始める気?』と言わんばかりに、眉を少し吊り上げながら怪訝(けげん)そうな顔つきでボクを見た。大丈夫だという風に、ボクは彼女に頷いてバイオリンと弓を構え、そしてゆっくりと演奏を始めた。


 ボクの『とっておき』は、学コンの中部地区予選で演奏したヨハン・ゼバスティアン・バッハの無伴奏のバイオリン曲として有名な、ソナタ一番アダージョとパルティータ二番シャコンヌだ。今回ボクはソナタを選曲した。


 ボクが演奏を始めると、三秒と経たないうちに周囲のガヤ音はピタリと止んだ。そして誰もが手品師でも見るかのように、ボクに注目して演奏を聴いてくれている。先程演奏したドラゴンズラプソディの曲調とはまるで違う、所謂(いわゆる)本場のクラシックってやつだ。初めて聴く人は、そのテンポとリズムに驚くのは当然のことだ。


 アルザルの文明社会で考えれば、クラシック音楽とドラゴンズラプソディのライブは、どちらもずっと何世紀も遠い未来の音色だ。


 ただ、自信満々で演奏を始めたものの、発音のレスポンスも酷ければ音も外れまくりだ。これはアルコールのせいもあるかもしれないけど、明らかにボクの練習不足が原因だった。毎日欠かさず五時間前後練習していたのに、アルザルへ来てから一週間以上全く練習していなかったのだから当然の結果だ。


 この状態でコンクールに出ればただの笑い者でしかない。仮にすぐに地球へ戻れたとしても、もうこの遅れは取り戻せないだろう。それでもハルと彩葉はボクの演奏を凄く喜んでくれている。目の前にいるアスリンも目を潤ませて感動してくれているのがわかった。


 喜んで聴いてくれてありがとう。でも完璧なヤツをみんなに聴かせられなくてゴメン……。


 本気でやっているのにこのザマは少し悔しい。ただ、こんなにボロボロな音でもリスナーが感動してくれているのがわかる。重圧なんてまるでないし、ボク自身が演奏を心から楽しめている。とても複雑な気持ちだった。


 コンサートに比べ、コンクールは審査員が奏者を(ふるい)にかけるために待ち構えている。そして、審査員によって点がつけられ、残酷なことに順位が決まる。その道を目指す者であれば、その順位次第で人生だって左右されてしまう。


 自分の演奏前に楽しさなんて微塵もない。吐き気を伴うような重圧と失敗することへの恐怖だけが襲ってくる。そして、結果が出ると叱られることはあっても褒められたりしない。子供の頃のボクは、良い結果が出ても嬉しさではなく、単に安堵するだけだった。


 先日の予選でボクの演奏が終わった時、自分では完璧な演奏で絶対的な自信があった。それなのに三位という成績だった。しかもボクより上位だった二人は、去年まで中学生だった下級生だ。以前から天才と世間で騒がれていた彼らの演奏レベルは、ボクなんかより段違いに高く、清々しくなるほどの完敗だった。


 この世界には悔しいけれど何をしたって勝てない本当の天才がいることを痛感した。


  また音が外れた。


 あー、やっぱり練習していないと全然ダメだな……。


 自嘲しながらも今は楽しさが勝り、自分でも笑顔で弾けているのがわかった。


 やがてクライマックスを迎えて演奏が終わると、大広間は耳が痛くなるような沈黙にしばらく包まれた。


 アルザルへ来た時、ハルと彩葉には申し訳ないけど、少しホッとした気持ちになったことを思い出す。それは両親からの期待や兄貴との比較など、単に重圧から解放されたことだということは自分でもわかっている。


 でも、今こうしてボクの演奏を心から楽しんで聴いてくれた人たちを見ると、バイオリンを続けてきて本当に良かったと心から思った。


 特に目の前にいるエルフの少女が喜んでくれるたのが何より嬉しい。


「ユッキー、最高だったよ! ぐっじょぶ!」


「ありがとう、アスリン」


 ボクは讃えてくれたアスリンに笑顔で応え、彼女とハイタッチを交わす。


 そして鳴り止まない大きな拍手が沸き起こった。


 あぁ、やっぱり音楽っていいな! 重圧のないコンサートは最高だ!

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