彼女の素質
ユッキーの機関銃の活躍でどうにかロック鳥を撃退した私たちは、ロック鳥に襲われた岩山の麓まで戻ってから改めて遅めの昼食を摂った。アスリンが言うには、ここからレンスターまで歩いて数時間で到着できる距離だという。
「みんな本当に怪我はない? 痛むところがあったら隠さずに教えてね」
アスリンがみんなの怪我の有無を改めて確認した。ハルが食事担当なら、アスリンがメンバーの医務担当と言った感じだ。ユッキーがムードメーカーで、私は……見張り役?
「ボクは大丈夫だよ、アスリン。心配してくれてありがとう」
「私は……、ほとんど何もしてなかったし大丈夫」
ユッキーの返事に合わせて私も答える。
「俺も大丈夫だ。それよりあの岩の幻影は本当に助かったよ。精霊術って凄いんだな」
「どういたしまして。それより、キカンジューの音に……私が驚いてしまったせいで迷惑をかけてごめんなさい。こんな小さな武器でロック鳥を撃ち落としてしまうなんて凄い威力なのね」
アスリンは機関銃の威力に驚きを隠しきれない様子だ。
「正確に言えば、これがヴァイマル帝国の兵士一人の標準の装備だよ。だから、帝国の軍事力はこの世界の国々を相手にしても比較にならない程の差があるんだと思う」
「こんなのを見せつけられたら、ヴァイマル帝国が大陸南部を破竹の勢いで制圧したと言う話が当然に思える。もし彼らが海や大陸中央の砂漠地帯を越えて……大陸北部に大部隊で攻めてきたら……」
アスリンはユッキーの説明と彼女自身が目撃した機関銃の威力に恐怖に感じたようだ。私たちが荒野の丘で戦ったヴァイマル帝国軍は、ハルの雷撃の呪法による奇襲攻撃が大成功したから勝てたと言っていいと思う。硬化の竜の力を使っても、この機関銃で撃たれた時に木刀で叩かれるくらいの痛みを伴った。
アスリンが言うように大隊規模な部隊が大陸北部へ攻めてきたら、魔法があるとはいえ中世の軍事力では、あっという間にやられてしまうと思う。
「そういえば手記の地図に記されていた帝国が上陸したかもしれない場所って、結局何も痕跡がなかったけれど……。帝国の奴らどうやって大陸南部からここまで来たんだろうな?」
「船で上陸できるようなところはなかったしなぁ……。もしかしたら、輸送機で来たとか……?」
ユッキーと同じことをハルも疑問に感じていたようだ。
「輸送機か……。たしか、ギガントっていう戦車も積める大型輸送機があったはず。海岸線は、もしかしたら離着陸が可能なのかもしれないな」
「でも、もし航空機が存在するなら、戦闘機や爆撃機だっているってことだよな? 戦車だっているんだから最悪を想定しておいた方がいいかもしれない……」
私でさえユッキーとハルの会話について行けてないのだから、アスリンはさっぱり意味がわからないだろう。彼女は眉を顰めて首を傾げている。
「なぁ、ハル。レンスターの公王にどこまで知らせるかどうかは別として、アスリンには帝国の軍事力がわかるように説明しておいた方がいいと思うけど、どうだろう?」
「私からもお願いします。少しでも多く情報が欲しいの」
ユッキーがハルに提案すると、アスリンは興味を示している。
「さっきから黙ってるから、どうせ彩葉もわからないんだろ?」
不意にハルに図星を指された。
「わ、悪かったわね……。こういう分野は得意じゃないのっ!」
「イロハは剣士なのに知らないの?」
アスリンが不思議そうに私を見て言う。
「アハハ……。そ、そうなの。私たちが住んでいた国は、もう半世紀以上戦争のない平和な国だったから……。戦争とか兵器とか誰もが詳しい訳じゃないの」
苦し紛れの言い訳になってしまう。
「半世紀以上も戦がないの? 素敵な国だね、イロハ!」
「うん、本当に平和で素敵な国よ。残念なことに世界全部が平和ってわけじゃないのだけど」
「でも、どうして平和な国なのにイロハは剣術がそんなに凄いの?」
アスリンは平和と相反する剣術について不思議に感じたのかもしれない。
「私の剣術は本来人を傷つけるためのものではなくて、剣の道と書いて……うーん、スポーツと言ってうまく説明できないけれど、強さを競うもので……娯楽に近い感じかな」
「……模擬戦や武闘大会……、みたいな感じかな?」
アルザルの文明は中世くらいだというから、スポーツというものが存在していないのかもしれない。けれど、模擬戦などはあるらしく意味は通じたようだ。
「よく今の説明でわかったな、アスリン」
ハルに茶化される。
「う、うるさいっ!」
いつものやり取りになってしまった私たちを見て、ユッキーが溜め息をついた。
「言い争う二人は放っておいて……。それでね、アスリン。彩葉は、その武闘大会で全国一番の実力なんだよ、アスリン」
ユッキーも補足してくれたけど、その過大評価に私は困惑した。
「ユッキー、それは言い過ぎ! まだ私は全国制覇してないよ?!」
私は過大評価されるのは好きではないのでしっかりと否定した。
「でも、今年のインハイで優勝するつもりだったんだろ?」
ハルが私に言う。
「それはもちろん! 目標はそうだったけれど……」
今週の県大会で決勝戦まで進めば、私が小さい頃から目標にしていたインターハイへ出場できた。しかし、仮に今すぐ地球へ戻れたとしても、もうこんな姿じゃ予選にも出られない。そう思うと悔しさと悲しい気持ちで涙が込み上げてきた。
インハイ……、行きたかったな……。
「彩葉は毎日コツコツと努力していたし、その結果誰にも負けない程強かったじゃん? 俺はいつだって安心して試合を見てられたぜ? だからさ、幸村が言うように全国一でいいんじゃないか? 実際優勝できたと思うぜ、俺は!」
そう言ってハルは、私の正面に立って両肩に手を置いて笑顔で頷いた。ユッキーとアスリンの前だと何だか少し照れ臭かったけど、ハルの一言で今までの努力が報われた感じがする。私の心は自信と安心感で満たされた。私は涙を拭ってハルに頷いた。
「武闘大会で優勝するくらいだからやっぱりイロハは凄いじゃない! イロハと一緒にいればどんな悪漢が襲ってきても安心できるね」
「彩葉の剣術の強さは俺も保証するよ、アスリン」
私の肩に手を置いたままのハルを不満に思っているのか、私は少し冷やかなユッキーの視線に気が付き、慌ててハルから離れて話題を変える。
「あー! はい、ハル先生。そろそろ歴史の授業をお願いします。私とアスリンに講義してくれるんでしょう? 幸村先生もお願いしますね!」
立ち上がった私は、アスリンの隣へ移動した。
「誰が先生だよ、まったく……」
ハルは苦笑いしながらそう言うとユッキーと二人で、アスリンと私にわかるように地球の歴史について話を始めた。
◆
二人が彼らの知っている限りの歴史の知識を、紀元前の古代文明からわかりやすく簡潔に説明してくれたおかげでアスリンだけでなく、歴史が苦手な私も『なるほど』と感心してしまうところが多かった。正直、学校の先生の授業よりわかりやすく、そして面白かった。
特に、産業革命から現代の宇宙開発に至るまで、また、軍事に関しては、剣と槍の時代から銃の時代へと移り、やがて機動兵器や核兵器の時代に至るまでの文明の進化を念入りに教えてくれた。
なぜ地球の人間は、核兵器などという一瞬で世界を灰に変えてしまうような兵器を作り出し、それを相手に使わせないために持たなければならなくなったのか。アスリンには、その負の連鎖の考え方が理解ができなかったようだ。
私たちが生まれ育った時代はとても平和な時代だった。しかし、約六十年昔に、地球規模で二度目の世界大戦が起こったこと。そして、私たちの国を含めた世界全体が未曾有の戦争状態に突入し、世界が恐怖と狂気で満ちていた時代が地球に存在していたことをしっかりと伝えた。
「二人は学校の先生になった方がいいかもしれないわね。凄くわかりやすかったよ」
「ボク、音楽家じゃなくてこういう方が向いてるのかもしれないなぁ」
私は率直な感想を述べるとユッキーは素直に喜んでいた。
「みんながいた世界も激動の時代があったのね。でも、六十年も前の戦争で滅びたはずの国家が、なぜ現在のアルザルでヴァイマル帝国として存在しているのだろう?」
アスリンが私たちも一番疑問に思っていることを質問した。
「そのことなんだけど、俺たちもわからないんだ」
「わかっていることは、ボクたちが彼らから頂いた兵器や品物は、ボクたちの時代の武器からすれば旧式の品物ばかりで、本当に六十年以上昔の物なんだ。ただ、見ての通りまだ新しい。決して物理的に古くないんだよ」
ユッキーの言葉に私は思い当たる節がある。たしかに古い型式の二号だけれど、まだ新しさを感じる。今ユッキーが手に持っている拳銃だって新品同様に見える。
「言われてみればレトロだけど古くないのよね、二号……」
私もユッキーの発言に相槌を打つ。この時代的な時間のズレはおかしい。昼食に開けた缶詰のラベルには1942とアラビア数字で書いてあるけれど、これはたぶん缶詰が生産された西暦だと思う。
「そもそも、俺たちがこうしてアルザルにいることだって現実的には考えられないことだし、時間的なズレがあっても不思議はないのかもしれない。彩葉、もしヴリトラに会えたら色々と聞いてもらっていいか?」
「うん、わかった。でも、全然眠くならないし、元々夢をあまり見ない方だから……。期待しないでね……」
ヴリトラに会えたとしても、きっとまた夢の中だと思う。本当に質問することが沢山あって質問自体を覚えていられるか不安だし、そもそも私はあまり夢を見ない体質だった。単に見た夢を忘れて覚えていないだけかもしれないけれど……。
「ボクもあまり夢を見ないから、わかるよ。その気持ち」
「そう言う俺も……なんだけどな……」
ユッキーとハルも私と同じタイプだったらしい。
「なんだ、二人とも私と同じで爆睡するタイプなんだ」
私たちは思わず互いを見て笑ってしまう。そんな私たちを見て、アスリンも一緒に微笑んでいた。
「ところでユッキー。ユッキーが手に持ってるその小さいのも銃の仲間なの?」
アスリンがユッキーが持っている拳銃を気にして質問する。
「うん、そうだよ。これは拳銃と言って手に持って使う銃なんだ。命中性は少し乏しいけれど、小さくて持ち運びに便利だから護身用だね」
「へぇー」
アスリンはユッキーの回答を熱心に聞いている。
「そうだ、アスリン。撃ってみるかい?」
「使い方を覚えて、アスリンも持っておいた方がいいかもしれないな」
銃は余っているようだし名案だ。拳銃が使いこなせればアスリンだって心強いと思う。
「う、うん。いいの? ユッキーどうやって使うか教えて」
「オッケー。これはP38という拳銃でね。この時代のヴァイマル帝国でかなり出回っている銃なんだ。これをこうして、と」
ユッキーは銃の構造と弾が発射される仕組みをアスリンにわかるようにゆっくりと手取り足とり構造から説明する。私も興味があったので、折角だから覗きこんで一緒にユッキーの説明を聞いた。
「これは弾倉と言って弾を詰め込む場所。八発入るから押しながら一つずつ弾を入れてあげればいいんだ。弾倉だけ別に用意して弾を詰め込んでおいた状態で携行すれば、予備としてすぐに使えるよ」
「なるほどー」
アスリンはうんうんと頷く。
「アスリンは利き手どっち?」
「私は右利きよ」
「じゃ、グリップを右手で持って、弾を詰めた弾倉をグリップの中に嵌めこんで、左手でスライドを引いて……右手の人差し指でトリガーを手前に引く。反動があるから、慣れるまでは両手でしっかり持つといいかも」
ユッキーが空のガソリン缶を的にして試し撃ちをする。連射された拳銃から、パンパンと軽快な音が響き渡った。
「わぁ……。これも小さいのに結構いい音がするのね。凄い! 当たったところの鉄に穴が空いてる!」
アスリンは感動している。
「フロントサイトって先端の突起を目線に合わせて狙うと当たりやすいかな。反動で手が痛くなったりするから気をつけてやってみて」
「この前使い方わからなかったし、俺も護身用に練習しようかな。弾はけっこうあるのか?」
ハルも興味を持ったようで拳銃を取り出して弾を詰め始めた。
「十六発入りの箱がこの木箱全部そうだから二千発以上あるんじゃないかな?」
「弾は結構あるのね。私もやってみようかな」
いい機会なので私も挑戦してみることにした。
早速アスリンはユッキーが的にした空のガソリン缶を狙って撃ち始めている。
「わぁ……」
反動で手だけでなく体までよろけてしまっている。
「足をしっかり張って、目線に合わせて狙いを定めて腰に力を入れて撃ってみて」
彼女はユッキーに言われた通りにすると、今度はうまくいったようだ。そして彼女はそのまま連射する。
「アスリン、凄いじゃないか。ボクより命中率が高いよ!」
「アスリンやるなぁ」
ユッキーがアスリンを褒める。ハルも彼女の命中率に感心している。
「彩葉、俺たちもやってみようぜ」
「うん」
私はハルと並んで、十メートルくらい離れた場所に置いた空のガソリンの缶を狙うけれど全然当たらない。
アスリン、本当に上手なんだなぁ……。
体重が軽くなりすぎているのか、私は一発撃つ度に反動で吹き飛ばされそうになる。
慣れてきたのかアスリンは私たちより遠くから撃っているのに、ほぼ命中しているようだ。
「私にはちょっとこれ重いかも……。体が軽くなり過ぎているのがダメなのかもしれないけれど……」
私は拳銃を撃てないことはないけれど、体重が極端に軽くなったため、体質的に厳しそうだ。私は拳銃の練習を諦めて所持することも辞退した。やっぱり私に合う武器は剣だ。これしかない。
「ねぇ、ユッキー! 私って素質あるのかな?」
「有りあり! もの凄くセンスいいって、アスリン! その銃はアスリンが使うといいよ」
私も彼女の素質は本当にすごいと思う。
「いいの?!」
「あぁ、どうせこれは帝国兵から奪った物だし問題ないさ。あ、でも地球の文明兵器だからアルザルの人には見せないようにしてくれよ」
ハルが忠告した。
「うん、わかった! ありがとう! 何だか役に立てそうで嬉しいな」
「でも、これを使う機会が来ないことが一番だよね……」
私は本心からみんなに言う。できれば命懸けの戦いなんてもうしたくないし、身を守るためとは言え、人はもちろん、生き物自体を殺めたいと思わない。
「本当、そうだよな。でも必要だと判断したら、俺はみんなを守るために戦う覚悟はできているよ。もう誰も傷ついて欲しくないからさ」
「ハル……」
隣に立って私を見つめるハルが頼もしく見えた。私は思わず彼に微笑みそっと寄り添った。温かいハルの腕に触れると不思議と心が落ち着く。どうしてもっと早く素直になれなかったんだろう……。私だってもちろん、ハルだけじゃなく大切な仲間たちを全力で守る覚悟はできているつもりだ。
「ちょっと、そこそこーっ! 何またイチャついてくっついてるのさ!」
ユッキーの叫び声に私は驚いて我に帰る。自分の取った行動を冷静に省みると恥ずかしくなり自然と顔がほてる。
「あ……、これは何ていうか……」
ハルも顔を赤くして照れている。私も何か言い訳をしようとしたけれど言葉が出て来ない。この際だからユッキーに今伝えてしまおうか。
「はいはい! ユッキーは私と浜辺で練習の続きねー。嫌とは言わせないわよ?」
アスリンが横目で私たちに目配せをして、ユッキーのシャツの袖を引っ張って海岸の方へ向かっていく。
「わかったってば、アスリン。ちゃんとボクも練習するから袖を引っ張らないでくれよ」
ブツブツと文句を言いながらユッキーは、拳銃の他にライフルも担ぎ、弾薬を持ってアスリンと浜辺の方へ向かって行った。
「俺たちのこと、アスリンにはわかるのかな?」
二人を目で追いながらハルが私に言う。
「たぶん……。何だか気を遣ってもらった気がする。ユッキーも薄々わかっていると思うけれど、今夜ちゃんとユッキーに伝えようか」
「そうだな。後でうるさそうだし……。今日は少し早いけれど、明日のレンスター入りに備えてここで早めにキャンプをしよう。さすがにもうロック鳥も来ないだろうし」
私はハルに頷く。夜の見張りの時以外で、ハルと二人きりになるのは久しぶりな気がする。ユッキーたちが向かった海岸に目を移すと、傾きかけた二つの太陽、リギルとウルグに照らされた海面は金色に輝いている。私はハルの横顔を見上げると、彼のその視線はずっと海の向こうの水平線を見つめていた。
明日はいよいよレンスターだ。アルザルの人が住む街へ入ることになるけれど、ドラゴニュートの私が受け入れられるだろうか。皆に迷惑がかからないか正直なところ不安だ。不安に駆られて足元を見つめていると、ハルにそっと肩を抱き寄せられた。私が彼を見上げると目が合って優しく微笑んでくれた。
「心配だったり不安もたくさんあると思うけどさ。大丈夫、俺はいつでも側にいるから」
「うん、ありがとう……、ハル」
今はハルが側にいてくれるだけで、私の不安はすぐに消える。
明日もきっと大丈夫。アルザルの海は、地球の海とよく似ていた。浜辺に打ちつける波の音が心地よく響き渡る。空には、餌を求めた海鳥たちが鳴きながら羽ばたいていた。そして、水平線の先から私の肌に吹きつける潮風が、とても爽やかで気持ち良く感じられた。




