新たな旅の仲間
私たちがアルザルから遠く離れた地球から来たことをアスリンに伝えても、最初はすぐに信じられなかったようだ。私だって彼女の立場ならば同じ反応をするだろう。
しかし、私たちがこの世界に持ち込んだ日本の通貨やユッキーのスマートフォンなどを彼女に見せると、見たこともない文字や液晶パネルに映る画像を見てアルザルの産物ではないとすぐに悟ったようだった。
「何これ……。こんなの見たことがない……。まるでアヌンナキのヴィマーナのような光。これがテルースの産物なの?」
アスリンは驚きよりも、むしろ興味深そうにユッキーのスマートフォンを手に持ってまじまじと見つめている。この子は好奇心がかなり旺盛らしい。アルザルの人たちは高度な文明をもつ伝説の水の惑星をテルースと呼んでいるらしい。それは恐らく地球のことだと思う。
「アスリンはアヌンナキのことを知っているの?」
私が夢の中でヴリトラに言われた、人類が天使と崇めている宇宙の民の名前をアスリンが口にしたので、私はその存在について質問する。
「えぇ、彼らは数万年前にこのアルザルに現れて人間やドワーフ達に魔術や文明を伝えた宇宙の民と語り継がれているわ。その姿は殆ど人と見分けがつかないけれど、中には異形のアヌンナキもいるみたい」
「だから人間たちはアヌンナキを天使と崇めたりしている感じなのかな?」
私に代わってハルが尋ねる。
「信仰の厚い人間やドワーフ達は、彼らを天からの使者として畏怖の念を抱いているわ。そのアヌンナキの教えと偉業を広めたそうよ。やがてそれが宗教と言う形になって今でも語り継がれている感じ。その中でも勢力が強いのはジュダ教ね」
ヴリトラの言っていた通り、人々はアヌンナキを天使と崇めていることに間違いなさそうだ。ジュダ教というのは、地球で言うところのキリスト教やイスラム教のような感じかもしれない。
「それで、さっきアスリンが言ってたヴィマーナというのは一体何なんだ?」
ハルがアスリンに先ほど彼女が言った洋食レストランみたいな名前について尋ねる。
「ハルたちの星にはアヌンナキはいないの? ヴィマーナは、彼らが持つ高度な技術で作り上げた空を飛ぶ小型の船よ。私たち人類は触れさせてもらえないので構造とかわからないけれど、空を飛ぶことができる円盤みたいな感じかしら。この地方でも稀に見ることができると思うわ」
「何だかUFOみたいだなぁ……。地球では天使の存在って空想上の神の使徒なんだよ」
「アヌンナキが存在しないの? アルザルと少し違うのね。その……、ゆうふぉーって言うのは何?」
「天使はともかく、ボクたちの地球では空飛ぶ円盤をUFOとか未確認飛行物体って呼んでいるんだよ。地球では人間以外の知的生命体がいるって証明がされていないから……未確認なんだ。まぁ、ボクはアヌンナキみたいな宇宙人の存在を信じていたけれどね」
たしかにユッキーが言うように、話を聞く限りまるでUFOだ。地球でもオカルト話や目撃例があったりするけれど、それと何か関係あるのだろうか。それにしてもオカルト話が大好きなユッキーは、子供のように目を輝かせてアヌンナキの存在に魅せられているように感じる。
「へぇ……そうなんだ。それで、みんなはどうしてアルザルへやって来たの?」
私たちがこの星へ来た動機が気になるのは当然だ。私は慣れ親しんだ神社で起こった昨日の事件のことを思い出すと胸が苦しくなる。
「アスリン、聞いてくれ。何となくわかると思うけれど、ボクたちは好んでこの世界に来たわけでは無いんだ」
アスリンはユッキーの言葉にゆっくりと頷く。
「昨日のことだけれど……。第四帝国の奴らが地球にいたボクたちの前に、いきなり紫の光の中から現れてね……。奴らはアスリンが呪法って呼んだ、ハルの魔法を狙っていたようなことを言っていた。ボクたちの世界には魔法なんて存在しないから、その時ボクは奴らの言うことの意味がわからなかった。それと、奴らはボクたちの世界へ来るために、黒鋼竜ヴリトラが守護していたシンクホールって言う転移装置を使ったらしいんだ。たぶん、紫の光はその影響だと思う」
ユッキーの言葉にアスリンは真顔で驚いている。
「シンクホール……。そんなものが……本当に存在したんだ? 星と星とを繋ぐ転移装置があるって昔に聞いたことがあるけれど、私は古い伝承の中でしかそのことを知らない。黒鋼竜ヴリトラは有名な古の竜だけれど……。そのヴリトラは……まさか……?!」
何となく察したのか、アスリンは私を見ながら恐るおそる言った。
「俺たちがヴリトラを見た時は、すでに帝国の兵士に攻撃されて深手を負っていた。竜は俺たちに逃げろと言った。けれど、俺たちは逃げ切れなかった。彩葉もその帝国の兵士にやられて……」
ユッキーに代わってハルが説明しようとしたけれど、そこで言うのをやめて俯いてしまった。歯を食い縛ってとても悔しそうだ。そんなハルを見ると私もいたたまれない気持ちになる。
「ボクは正直もうダメだって思ったけれど、ハルは帝国兵たちが言っていたように本当に魔法が使えたんだ。ボクも初めてハルの魔法を見た時は驚いたよ。その威力は凄まじくて、ハルは一瞬で帝国兵たちを撃退したん。けれど、もう彩葉の息はなかった……。その時、ボクたちは、息が絶えそうになっていたヴリトラから取引を求められた。ヴリトラの魂を彩葉の体内に宿すことで、彩葉の命を救う代わりに、ヴリトラの魂を神竜王ミドガルズオルムの元へ届けるように、ってね……。そして竜と契約を結んだボクたちは、この世界へ来たんだ」
ユッキーも昨日のことを思い出しながら話しているのだろう。いつも明るい彼の声のトーンは低い。私のせいで竜と契約を交わした二人の人生を大きく変えてしまった。本当に申し訳ない気持ちで一杯になる。
私が地面を見つめていると、アスリンは立ち上がって私の元へやってきた。私が彼女の顔を見ると、彼女は涙ぐみながら私の手を握ってきた。
「辛かったね、イロハ……」
「ううん、大丈夫だよ」
アスリンは心の底から同情してくれている。この子は心から優しい子なのだと思う。何だか私までつられて涙が込み上げそうになる。私だって普通の人間じゃなくなるのは本気で嫌だけれど、こうしてまた皆と一緒にいられる奇跡に感謝していることも事実だ。
「アスリン、一つ知りたいことがあるんだけれど、アルザルでは戦争とか争いになった時ってどんな武器や戦術を使って戦う感じなんだ?」
いきなりハルが戦争の戦い方をアスリンに質問したけれど何だと言うのだろう。
「そうね……。何ていうか当たり前のことだから説明が難しいけど、基本は騎兵騎士や重装騎士が歩兵を率いて前線に出て、弓兵と魔術師が後方から支援する感じよ。近年は錬金術師に火炎弾を作らせて、炎で焼いたりする戦術や飛竜に乗って空から攻撃する戦術もあるわ」
「魔法や飛竜って言う要素が少し変則的なところもあるけれど、アルザルの文明レベルは地球の歴史で言うところの中世あたりかな? だとするとヴァイマル帝国の軍事力は……」
なるほど……。ハルはアルザルの文明を確認するためにアスリンに戦争の戦い方を聞いたんだ。
アスリンはハルが何の話をしているのか不思議そうな顔つきだ。
「たしかに、補給さえ届けば帝国の軍事力は圧倒的すぎる」
ハルの発言にユッキーも同意する。
「アスリンが見た角がある鋼鉄竜って言うのが、俺たちがいた地球では戦車と呼ばれていて、それ一台で石造りの城くらいならあっと言う間に制圧できる戦闘力を誇るんだ」
「そんなに凄いの?! 帝国が使っている武器はテルースの物だと言うことなの?!」
「どうやって来たのか知らないけれど、奴らはボクたちと同じ世界から高度な文明の兵器を持ち込んで、この世界へ来ているのだと思う。奴らはボクたちが生きていた時代より、一世代前の地球上で世界を恐怖に陥れた独裁軍事国家の軍隊だと思う。その後奴らは、戦争に負けて解体したはずなんだけどね」
「話が良く見えないけれど……。ヴァイマル帝国は昔のテルースにいたということなの?」
ユッキーの説明は何となくアスリンに伝わっているようだ。
「アスリンの言う通りだよ。六十年以上前の話だけど、奴らはボクたちの世界に存在した」
「それで彼らのことを知っていたのね……。でもそれって変よ? ヴァイマル帝国が大陸南部に突然姿を現して国を興したのは三年前だと言われているの」
「えっ?!」
私は思わず声に出してしまう。時代的に大きな差がある……。
「時間にズレが生じているな……。どう言うことだろう?」
私だけでなくユッキーも疑問に感じたようだ。ハルも考え込みしばらく沈黙が続いた。
「ハルたちの話を聞いて、強大な軍事力でヴァイマル帝国が大陸南部をたった一年で平定したことに頷けるわ。それからこの二年は争いもなく安定しているようだけれど……。でもそんな相手によく勝てたわね」
「不意を突いた奇襲攻撃ってやつだよ、アスリン。完全に油断していた奴らはハルの雷撃で一瞬で崩壊したのさ。さすがに反撃されたけど、その時の彩葉の戦いぶりも凄かったよ! 敵の攻撃を弾いて受け付けないんだ。この二人は本気で凄いんだぜ」
ユッキーが得意気にアスリンに語る。彼女は頷いているけれど、ユッキーの説明は少し大袈裟だ。
「ちょっと、ユッキー大袈裟よ……。痛みだって伴うし、私は完璧じゃないからね。ユッキーだって敵から奪った銃で応戦して頑張ったじゃない」
「どうにか奴らを撃退できたけれど、俺たちはたくさんの人の命を奪ってしまった。凄く怖かったし、思い返すと辛くて悲しい……」
ハルの言葉で昨日の戦闘を思い出した私たちは暗い空気に包まれる。私には恐怖と言う感情がなくなったけれど、辛さや哀しさは今まで通り感じられる。
「それは、みんなが力を合わせて頑張ってお互いを守っただけ! みんなが生き延びてくれたおかげで、私も助けてもらえた。私だってこれまで人の命を奪ってしまったことだってある。戦争だったり、奴隷商人から逃げるためだったり……。だから、私にもその気持ちがわかるよ。生き延びるためと言ってもいいものじゃないよね。それでも、前を向いて行かなくちゃ!」
「アスリン……。ありがとう」
私はアスリンの言葉に救われた。たぶん、ハルもユッキーも同じだと思う。まだ私たちの人生が終わったわけじゃない。むしろこれからだ。
「俺たちもくよくよしてられないな、幸村」
「あぁ、そうだね。ハル、ボクたちが地球を目指す旅はこれからなんだしな」
「とりあえずここにいつまでもいるわけにはいかない。アスリンは俺たちの素性を理解してくれたみたいだし……。少しでも情報が仕入れられそうな人が住むところまで移動した方がいいと思うけど、どうだろう?」
「そうね、ハルの言う通りね」
ハルの提案に私も賛成だ。ユッキーもハルを見ながら親指を立てて頷いている。もちろんアスリンをここで一人置いて行くわけにもいかない。それはみんなも同じ意見だと思う。
「荷物を失ってしまったって言うし、アスリンも私たちと一緒にどうかな? できれば案内とかしてくれると嬉しいかも」
「私の方こそ嬉しい! 感謝します」
私がアスリンを誘うと彼女の表情は明るくなった。
「こんなところに女の子を一人置いて行くなんてできないさ。一緒に安全な場所まで行こう。よろしくな、アスリン」
「私こそよろしくお願いします、ハル。是非レンスターまで案内させて。ここからなら丁度歩いて六日くらいの距離かな」
「け、結構遠いんだね……。でも、ボクたちは地理的な知識もゼロだ。アスリンが案内してくれるって言うのは本当に助かるよ」
ユッキーの言う通り、私たちはこの世界のことを何も知らない。全く先が見えない暗闇の中に一筋の光が射しこんできたように思えた。
レンスターへ着いたとしても、本来なら言葉も通じない怪しい身なりの私たちは、街へ入ることだって許されないだろう。ましてや、私はドラゴニュート。アスリンと出会えたことは、きっと運命的な縁があったのだと思う。
「言葉が通じるようにしてくれたし、お礼を言わなければならないのはこっちの方だよ。話の続きはアレに乗りながらでもいいかな?」
「うん! 鋼鉄竜の調査に行った私が鋼鉄竜に乗って帰るなんて……。何だか滑稽ね。イロハとユッキーもよろしくお願いします」
アスリンは嬉しそうに私たちにお辞儀をする。
「こちらこそよろしくお願いします、アスリン」
私もアスリンに対してお辞儀をする。体を起こすと互いに目が合って自然と笑みがこぼれる。
「ボクの方こそよろしくね、アスリン。いやぁー、美人が増えるっていいことだよな、ハル!」
「幸村、お前……。割と楽しんでるだろ?……まぁ、確かにアスリンは凄く可愛いけど」
「はぁ……」
私は思わずため息をついた。昨夜のことがあったばかりなのに全く呆れた発言だ……。
この男どもと来たら……。
私は呆れて二人を見つめると、悪戯っぽく笑うハルから思わぬ返しが来る。
「お互い様だろ、い・ろ・は」
「う……」
ハルの裸を思い出してしまった私は、恥ずかしくなって俯き地面を見つめる。顔が熱くなり赤くなっているのが自分でもわかった。
「さて幸村、二号のスペース確保したいから荷物整理でも一緒にやろうぜ。あ、彩葉はアスリンと一緒に待っててくれよ」
「オッケー。ところでハル、なんで彩葉は硬直してるんだ?」
「さぁ……」
ハルはすれ違い際に私の肩をポンポンと叩いてユッキーと一緒に二号へ向かってゆく。
あのことはユッキーは知らないのかな? だからと言って、何が『さぁ……』だ。わざとらしい……。
「イロハ、大丈夫?」
アスリンが心配そうに私に訊いた。
「う、うん……。な、何でもないの、大丈夫」
作り笑いで誤魔化しながら私はアスリンに答える。ひとまず深呼吸をして、私は先ほどアスリンに見せたオーディオプレイヤーを手に取って彼女を見る。
しばらくこの世界で生活していくためには、どうしてもお金が必要だ。そのためには街へ着いたら働かなければならない。もし彼女がザ・コアーズやエンヤを聴いて喜んでくれたら、街へ着いたらライブ活動で収益を得られるかもしれない。
「ねぇ、アスリン。地球の音楽を聴いてみない?」
「その装置で聴くことができるの? 聞いてみたい!」
アスリンは首を傾げて私に聞く。彼女は本当に好奇心が強い子だ。
「うん。これはね、オーディオプレイヤーと言って音楽を再生させる機械なの」
私はイヤホンを右手に持ってアスリンに渡す。
「えぇと、ここから……歌が流れるの?」
アスリンは、イヤホンを片手で持って私に質問する。
「そう、それを耳の穴に嵌めて、このボタンを押すと音楽が流れるの」
「イロハたちの世界の音楽ってどんなだろう?」
「最初は小さい音で聴いてみて。もし音が小さかったら、この右のボタンを押すと音量が上がるから調節してみて」
「わかったわ」
アスリンはオーディオプレイヤーを再生させると目を輝かせて私を見つめる。
「わぁー! 凄いすごい!! 本当に素敵な音と歌声……」
アスリンはオーディオプレイヤーから流れるエンヤの『Only Time』を聴いて感動している。これほどまで感動してくれる彼女を見ると、何だか私まで嬉しい気持ちになった。
「ねぇ、ハル、ユッキー? 今夜だけど、アスリンの歓迎会のライブをしてみない? アスリンが気に入ってくれれば、私たちの音楽がアルザルで通用するってことだろうし」
私は荷物を整理している二人に提案する。
「お、いいじゃん! やってみようぜ!うまくすれば街で生活費が稼げるかもしれないな」
「もちろん俺も大賛成だ」
ユッキーとハルも快く二つ返事で私の意見に賛成してくれる。
「みんなは一座か何かだったの?」
「一座って言うほどじゃないけれど……。私たちは、昨日まで三人とも学生だったの。時間が合う時に共通の趣味で音楽を演奏していた感じかな」
アスリンの率直な疑問に私は答える。
「そうなんだ! イロハたちがみんな学者だとか意外かも。でも、きっと素敵な音楽なんだろうなぁ。夜が楽しみだなぁ」
「楽しみにしててよ、アスリン。ボクたち、こう見えて意外とやるんだぜ?」
「わかった、ユッキー! 期待してるね」
移動の準備が終わると私たち四人は、早速キューベルワーゲン二号に乗って荒野を進み始める。アスリンが言うには、もう少し川の上流に大きな倒木を人工的に並べた橋のような物があって、彼女はそれを渡ってきたという。私たちは彼女の案内に従うことにした。たぶん地図にも記載されていたヴァイマル帝国が河川を渡るために敷いた浮橋なのだろう。
アスリンに教えてもらった二つの太陽、リギルとウルグはすっかり高く昇っていた。初めて乗る自動車の助手席に座るエルフの少女は、緊張と興奮でテンションが高い。そんな彼女を見ていると微笑ましくなる。昨日と違って今日は新たな旅の仲間のおかげで雰囲気は明るい。
見た目こそ少女だけれど、アスリンはこのような辺境までたった一人でやって来る勇敢なレンスター公王陛下直属の従士だ。私も前向きに生きるアスリンを見習って、ありえないような現実から目を背けずに前を向いて進んで行こうと心に誓った。




