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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
転移編 第2章 黒鋼のドラゴニュート
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レクイエム(下)

 ボクたちは、自分たちの荷物と持てるだけの武器弾薬を持って、先程の戦いでハルが駆け降りてきた丘を登っている。


「機関銃と弾薬を持って移動するとか……。重すぎだろ、これ……」


「さっきだってそうだけど、これからだって俺たちを守ってくれる武器なんだ。文句言うなよ、幸村」


「あー、お風呂入りたいな……」


「わかるよ彩葉……。ボクも風呂入ってぐっすり寝たい……」


 ボクも彩葉に相槌を打つ。彩葉なんて制服は自分の血液と敵兵の返り血で、もう元が白地のブラウスだった面影がない。ゆっくりと風呂に入りたいっていう気持ちは誰よりも強いだろう。


「ねぇ、ハル? これだけ重たい荷物持って移動してるけど、もし丘の向こうに車が残っていたら、それに乗って取りに戻ればよくない?」


 彩葉がさり気なく正論を言った。


「彩葉、たまにはいいこと言うなぁ」


 感心したようにハルが言う。


「おい! こんなところまで苦労して持ってきちまったじゃないか!」


 苦労の割に報われないことをハルが言うもので、ついカッとなってしまった。こんな簡単な発想もできなくなるくらい、ボクたちの体力は限界に近かったのかもしれない。


「まぁまぁユッキー。もし車がなかったり、動かなければずっと持ち歩くことになるんだし……」


「悪いわるい。ここまで登っちゃったし、後は降りるだけだから我慢してくれよ」


 丘の頂上に来ると、まだ炎が燻っているトラックと大破した戦車が視界に入った。丁度その中間に幌が掛かったキューベルワーゲンが停められている。


 あの戦車は旧大戦時代に量産されたナチスドイツのⅣ号戦車で間違いない。小学生の頃にプラモデルで作った思い出がある。あれをハルがやったのか……。


 ボクは改めてハルの雷撃の破壊力が、凄まじいものだと実感させられた。


 戦車やトラックの周りには兵士の死体が転がっていた。もし生存者がいたら尋問できるかもしれないと思ったけど、戦車の中の乗員を含めて生憎生存者は誰もいなかった。


 ハルは戦車の砲塔の下敷きになっている戦車長らしい男の死体を調べ始めた。


「ハル……? 何やってるの?」


 彩葉がやめなさいと言うように怪訝そうな顔でハルに言った。


「いや、隊長クラスだと地図とか命令書みたいなの持ってないかなってさ」


 なるほど、さすがハルらしい分析だ。


「なるほどぉ」


 彩葉も感心している。


「お、何だこれ」


 ハルは手帳みたいな物を取り出す。


「これ、手記みたいだな。んー……。アルファベット表記だけど読めないな。AとかUの上にウムラウトがついてるからドイツ語かな、これ」


 そう言ってハルは手記をボクと彩葉にも見えるように広げる。


「第二次大戦時代のナチスドイツの親衛隊が、何でこんなところにいるのか不思議だよ」


 ボクの呟きに二人も同意のようだ。


「そうだ、幸村。俺はもう少し戦車を調べてみるから、そこのキューベル号が動くかどうか見て来てくれないか? ついでに積載物も調べてくれると助かる」


「へいへい。ハル、何かわかったら教えてくれよな」


「あ、ユッキー。私も手伝うよ。死体に触れるのはちょっと無理」


「サンキュー!」


 ボクと彩葉はキューベル二号のところへ向かった。車は施錠されておらず、乗ってきたキューベル一号同様に鍵はつけっぱなしだった。


「大丈夫、エンジンも掛かりそうだ。燃料もほとんど満タンだぜ」


「よかったー。屋根もあるし、これならしばらく大丈夫そうね」


「そうだね。何だか後ろの席は荷物でいっぱいだな」


 彩葉とボクは後部座席の荷物を確認する。辺りは薄暗くなってきているけれど、夕陽が射しこんでいるため、積荷を確認するには問題なかった。


「この箱、食糧だな。缶詰とか鍋もある。こっちの箱は……何だろう?岩塩かな、これ」


「しばらく食べ物も大丈夫そうだね、ユッキー」


「あぁ! これだけあれば何日か心配いらないな」


 ボクが開けた大きめの木箱は、食料が入れられていた箱だった。大量の小麦粉とジャガイモ、それに岩塩の塊が少々と、何が詰められているのか読めないけど、かなりの数の缶詰だ。ボクたち三人なら一週間以上食糧に困ることはないだろう。


「水が見当たらないけど、トランクあたりにあるのかな」


 ボクはボンネットのトランクを開けて中を見ると、案の定それらしい樽が積んである。トランクにすっぽりと収められた樽は四つ入っており、一つの樽は三十リットルくらいの大きさだ。トランクの奥は、ワインと思われる赤い液体の入った瓶が十本近く入っている。樽のコックを捻って中身の液体を確認すると、予想通り中身は透明な水だった。


「やっぱり水はトランクにあったよ。それに酒類もある」


「お酒ね……。さすが大人の男たちって感じ」


 こんなところにまで酒を同伴している軍隊にやや呆れるように彩葉が言った。


「この袋にあるのは衣類かなぁ。あれ、これギターケースじゃない?」


 助手席側の後部座席を見ていた彩葉が、衣類が入っていた麻袋を動かすと、その下にギターケースがあるのを見つけたようだ。後部座席の足元には、鉄製のヘルメットとゲートルも何足か転がっていた。


「あ、本当だ。中身はギターかな?」


 実は中身がライフルでした!なんてオチもありそうだったので、一応確認する。ケースを開けてみると中身は程度の良いクラシックギターだった。


「おぉー。これ見たらハル喜ぶな」


「うん! ユッキーのバイオリンもあるし、またライブできるんじゃない?」


 彩葉も目を輝かせている。


「そうだなぁ。落ち着いたらまたやろうぜ」


「うん、やろう! 私、ハルに知らせてくる!」


「あぁ、車内は調べたし、エンジンも掛かりそうだからボクもそっちに行くよ」


 彩葉がギターケースを持って、小走りでハルの元へ戻る。ボクもキューベル二号のドアを閉めてから彼女に続いた。





「ハル!彩葉がギター見つけたぜ……っておい、どうした?!」


「ハル……?」


 手記を見ながらハルは肩を落として落ち込んでいた。


 ボクと彩葉はハルが心配になって互いに顔を見合わせた。


「ごめん、別にどうしたっていうことはないんだけどさ……」


 一瞬心配したけどハルは大丈夫そうだ。手に持っているのは写真だろうか。


「何それ? 写真?」


 彩葉はまだハルが心配なようで、ハルに近づいて手に持っているものについて尋ねる。ハルが手に持っていたのは、手記に挟まっていた小さな子供を抱いている若い女性の写真だった。きっと手記の持ち主の家族だろう。


「俺が殺してしまった敵兵にも家族がいて、どんな命令だかわからないけど、仕事でここまで来ていたんだろうな……って。そして、この家族の元に、この写真の持ち主は帰らないんだって思ったらさ」


 ハルは俯いたままそう言った。ボクもボクが殺めた三人の兵士のことを想う。きっと彼らにも帰りを待っていた人がいただろう。そう思うと胸が苦しくなる。またボクたちは少し暗い雰囲気になってしまった。


「わかっているけどさ、生きるか死ぬか……だったんだ。こいつらだって同じだろう。ボクたちを殺せなかったから家族のところへ帰れなかったんだ」


「うん、正当化するわけじゃないけれど……。生きるか死ぬかだったのよ。ユッキーの言う通りよ。私だって一度殺されたようなものだし。もう二度とお別れなんてしたくない! 失いたくない! そう思って……二人の命を奪った……」


「あー、また暗い雰囲気にさせちまってごめん。もっと前向かないとな!」


 毅然としていたハルも、ボクや彩葉と同じ気持ちだったとわかって少しホッとした。


「ハルってば、平然としていたから、こういうの大丈夫かと思ってたけど、少し安心したぜ? ボクたちと同じだって、ね」


「やらなければやられる。頭でわかっていてもいいものじゃないな……」


 ボクと彩葉はハルのその言葉に頷いた。


「それより、キューベル二号には水と食料が積んであったぜ。車もちゃんと動きそうだ」


 また少し暗くなった空気を変えるために、ボクは少しテンション高めに言う。


「水と食料に加えてギターまで?! 大収穫じゃないか!」


 ハルに笑顔が戻ってボクはホッとした。ハルはボクに手記を渡し、早速ギターケースを開けて中身の上物を手にとって奏で始めた。


「これ、結構いい代物だな。ナイロン製の弦じゃなくてガットだけど、ちゃんとチューニングもされている。予備ガット弦だってしっかり用意されている。前の持ち主は……好きだったんだろうな、ギター」


「そうね。これだけ手入れが行き届いている楽器ならハルがちゃんと弾いてあげれば、ギターや持ち主だって喜ぶわよ、きっと」


 前の持ち主が喜ぶかどうかは別として、弾いてもらえるギターはきっと喜ぶと思う。


「あぁ、少し後ろめたい気もするけど、そうさせてもらおうかな」


 ハルに渡された手記を見ていると、何やら手書きの地図が描かれているページを見つけた。


「これって地図かな?」


 ボクは二人に手描きの地図を見せる。


「本当だ! このあたりの地図かもしれない! あ、ここ。東に突き出した半島に、アルファベットでVritraと書かれているけど、これってあのヴリトラだよな?」


「たぶんそうよ! きっとこの半島が私たちが今いるところね。このちょろちょろって線、川……かな?」


「そうかもしれないなぁ。これが川だとすると、この橋みたいなマークのところが通れるってことなのかもしれない」


「スペルは発音が違うだろうし、ほとんど読めないけれど、何か文字が書かれている場所は人がいる集落や町なのかな?」


「わからない。その可能性もあるけど、奴らの基地だっていうこともありえるから注意だな」


 ハルも彩葉も手描きの地図に夢中だ。


「ところで、このバツ印のマークって何だろうね? 海から矢印が引かれているし、第四帝国の小隊がそこから上陸したっていうことかな?」


 ボクは、地図で言う半島の付け根の南側あたりあるマークが気になった。


「その可能性も考えられるなぁ。第四帝国って表記みたいなものは地図に書いてないようだし、帝国はもっと遠い場所だったりするのかもしれない。そもそも何で第四なんだ?」


 ハルの問いにボクには思い当たる節があった。


「第二次大戦中に、一部のナチス党員は自分たちを第三帝国と呼称していたんだ。それを引き継ぐって意味で第四帝国なのかもしれない……。あの右に四十五度回転してる鍵十字は紛れもなく奴らのシンボル、ハーケンクロイツだよ」


 第四帝国と名乗る彼らの国はどこにあるのだろう。それに、ヴリトラが目指せと言っていたヴァルハラという文字も、この地図に記されていなかった。


「さすがユッキー。そういうの詳しいね。でも、この人たちが私たちと同じ世界から来たとするなら、どうやってきたのかな」


「ずっと昔に俺たちと同じようにシンクホールを使って国家単位でこの世界に流れて来たって考えるのが妥当な気がするけど」


「そんなことってあり得るの?」


 ハルの説に彩葉が不思議そうに聞き返す。


「俺たちがここにいるのだって……普通ならあり得ないだろ?」


「たしかにそうだけれど……」


「ナチスは戦争に負けて解体しているけれど、戦争が始まるずっと以前から、オカルトだとか考古学にやたらと手を出していたという話があるし、組織の中枢にいた人物で行方知れずになっている政治家や軍人も大勢いるらしい。ハルが言った可能性はゼロじゃないかもしれないぜ?」


 ボクはハルの説が濃厚な気がする。ただその場合、偶然にこの世界へ来たとは考え難い。誰かが何かの目的を持って、彼らを手引きをしたと考えたほうがよさそうだ。


「国家単位でこの世界へ来るとなると、偶然ってわけじゃないよね?私たちとは少し違うのかな?」


 彩葉もボクと同じことを考えていたようだ。


「ボクも同じことを考えていたよ。偶然じゃ考えられないよな。あんな兵器まで持ち込めるんだ。逆に考えれば、きっとどこかにシンクホールだっけ? 地球へ通じる門があるはずさ」


「そうだな。きっと帰る方法は何かある」


 そうだ、ハルが言うようにきっと帰る方法は存在する。これからも試練があると思うけど前向きに進むしかない。


「あぁ、ヴリトラとの契約を果たしたらみんなで帰ろうぜ」


「うん、帰ろう。いつかみんなで……」


 ボクに続いてそう言った彩葉はどこか寂しげだった。彼女も色々あったから疲れているのだと思う。


「あれ、ここにも写真がある。これって、……この小隊の写真かもな……」


 ハルが一旦ギターケースにギターを収めようとした時、ケースの底に一枚の写真があったのを見つけたようだ。ハルはボクと彩葉にその写真を見せる。


 セピア色のその写真は、戦車を背景に十四名の男たちが、楽しそうに笑顔で写っている集合写真だった。一番左端に立つ男はギターを持っている。もしかしたらこのギターの持ち主かもしれない。中央に座っている男は、服装からハルが手に取った手記の持ち主だろう。十四名の男の中には、ボクたちを神社で襲撃した将校や兵士も写っている。


「あいつも……いるな」


 ボクが言う『あいつ』は、ハルには伝わったようだ。


「あぁ」


「でも、この写真。みんないい笑顔だね」


 彩葉は少し寂しそうに言う。


「そうだ! 憎い奴らだと言っても同じ人間なんだ。彼らを弔うためにもさ、歌を届けないか? 何かこのままじゃさ、ボクたちずっと引き摺っちまいそうだし」


「いいな! レクイエムを届けよう」


「うん!」


 ボクの意見に二人は賛成してくれた。ボクは背負っていたバイオリンを下ろして準備する。ハルも一度収めたギターを再び手にとって、調律を確認するように爪弾き始めた。


「何を歌おう?」


 彩葉がボクに尋ねる。ボクはゆっくりと彩葉に頷いて何も言わずにアメイジング・グレイスの前奏を弾きは始める。二人ともボクに無言で相槌を打ち、ハルもギターでボクに合わせ始めた。


 前奏が終わると、彩葉の澄んだ歌声が夕陽に照らされた荒野に響き渡る。彼女の歌声は、ドラゴニュートになっても変わることはなかった。どこまでも届きそうな、曇りのない澄んだ奇麗な歌声だ。


 二つの太陽のうち、一つは完全に沈んでいた。東の空を見ると星が輝き始めていた。彼女のその澄んだ奇麗な歌声は、空に輝き始めた星たちにも届いているようにボクには感じられた。

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