レクイエム(上)
ボクたちは、荒野で遭遇した戦車小隊に勝利した。ハルの雷撃魔法による奇襲攻撃と前線に出た彩葉の竜の力は圧倒的だった。無我夢中だった割にボクは、あまり役に立てていなかったように感じる。それでも戦闘の中で、三人の敵兵を殺めたことをはっきりと覚えている。
敵兵から奪った機関銃MG42を構え、車の下に隠れて敵を待ち伏せた。ハルが敵を引きつけてくれたおかげで二十メートルくらいの至近距離から一気に掃射することができた。
一人は頭を撃ち抜いた。たぶん即死だろう。また、もう一人は首筋に弾が当たったようで、喉を押さえながら「カーッ」という声にならない叫びをあげてしばらく転げ回っていた。最後の一人は胸部から肩にかけて銃弾が何発も当たり、肉片が飛び散るのがはっきりと見えた。思い返すだけで嗚咽が止まらなくなる。
その後の敵の応戦で、ボクは恥ずかしながらパニックに陥り、どうやって車の下から外に移動したのかすら覚えていない。けれど、ボクに大した怪我はなく、熱を持った銃身に触れた時に、右手の人差し指に軽い火傷を負った程度で済んだ。
あれほど殺してやりたいと思っていた憎い敵を望み通り殺したのに、これほど空しく心が痛むだなんて思いもしなかった。はっきり言って身も心もボロボロだった。それでも、死んでしまったはずの彩葉が帰ってきてくれたことが、今のボクにとって何よりの救いだった。
ボクたちは乗ってきたキューベルワーゲンの陰に隠れたまま、心が落ち着くまでしばらく待機した。待機しながら、ボクとハルはこれまでの経緯を彩葉に説明した。彩葉からも、彼女が夢の中で会ったというヴリトラとの話を聞かせてくれた。
竜の体質のこと。彼女に恐怖という感情がなくなったこと。人々から天使と呼ばれるアヌンナキという宇宙の民と竜族の争い。シンクホールという転移装置と竜族の生体エネルギーを使うという仕組み。彼女のような竜の力を持つ人はドラゴニュートと呼ばれ、ドラゴニュートはこのアルザルという世界では歓迎されていないということ。
そして、神竜王ミドガルズオルムに会うことができれば、ボクたちが交わしたヴリトラとの契約は成され、地球へ帰るための道が見つかるだろうということ……。
ボクらが乗ってきたキューベルワーゲンは、敵兵の銃弾を浴びたため右側に傾いている。タイヤが前後輪共にパンクしているようだ。リアのエンジンルームからは、エンジンオイルなどの液体が漏れている。残念ながらこれ以上の自走は厳しそうだ。
「幸村、今が何時かわかるか?」
時刻は日付を超えて、ボクの腕時計で六月四日の午前三時を表示している。充電式のソーラー電池の腕時計に充電時のマークがあるので、アルザルの陽の光でも充電されるらしい。今日は色々あり過ぎて、今まで生きてきた中で一番疲れた一日だ。この先も今日以上に疲れる日は来ないような気がする。
「今は六月四日の午前三時だね……。本当に今日は色々なことがあり過ぎたな……」
「本当だな……」
「ハルもユッキーもごめんね、私のためにこんなところに来ることになってしまって……」
「彩葉が謝るなよ……。何度も言うけど謝るのは俺の方だ。奴らの狙いは俺だったわけなんだし」
この三十分でこの流れは三度目だ。
「もうさ、何度も言うけど二人のせいじゃないって。ハルの秘密を知っていたナチスの親衛隊が異世界から襲って来たとか、そんなことどうすることもできないだろ?」
「そうね。私もまた二人とこうして話ができるだなんて、今でも信じられないもの。もしかしたら、ここが死後の世界なんじゃないかって思えるよ」
「俺たちは死んじゃいないさ。現実だよ、彩葉。でも本当に良かった」
「彩葉、ハルなんてさ。ずーっと彩葉を抱きしめてこの世の終わりくらいに号泣しちゃってたんだぜ? まだ伝えてないことがあるのに! だってさ」
せっかくなので少しからかってみる。だが、事実だ。
「おい、幸村! さっき話した時より内容盛ってるんじゃねぇよ!」
ハルも彩葉も顔が真っ赤だ。これは明らかに夕陽のせいではない。
「何を今更言ってるんだよ、二人とも。戦闘が終わった後、十分以上ボクの前で抱き合ってたクセにさ……」
そして今のは、ボクのヤキモチが言わせた愚痴だ。
「あ、あれは……その……なぁ?」
「そ、そうよ、あれは色々と……」
いつもの日常の会話の流れに戻ってきた。二人のおかげでボクは平常心を取り戻すことができた。照れ合う二人を見ていると、ボクは思わず笑ってしまった。真っ赤になって照れる二人も、互いに顔を見合わせてボクにつられて笑いだす。
楽しそうに笑う彩葉。ボクは、既に彩葉が現実を受け入れていることに、正直なところ驚いている。普通に会話ができるようになるまでだって、ショックを受けて結構な時間が掛かるのではないかと思っていたからだ。角だとか尻尾とか……。特に肌の見える部分の鱗なんて、年頃の女の子なんだしショックは大きいと思う。
それでも彩葉はいつものように振舞って、落ち込んでいる素振りを全く見せない。本当に、彼女は強い子だ。
「これからどうしよう? この車、もう動きそうにないよ?」
「そうだよなぁ……。こいつもボロボロだな。歩いて移動するにしても、どこへ向かえばいいのかもわからないし、食料もない。……そうだ! 敵が逃走していなければ、丘の向こうにもう一台同じ車があったはず。奴らの所持品を調べて、いただけそうな物はいただいておこうか。食べ物くらいあるかもしれない」
「たしかにずっと何も食べてないし、お腹すいたね……」
「あ、彩葉。水だけなら少しあるから体に入れておきなよ。ボクたちはここに来るまでに移動しながら少し飲んだから遠慮しなくて大丈夫」
「ありがとう。口の中が血の味でいっぱいで……。嗽したかったから嬉しい」
ボクが彩葉に言うと彼女は笑顔でそう言って、早速ガラガラと嗽をしてから水を飲み始めた。やっぱり彩葉は何をしていても可愛いらしい。それはドラゴニュートという存在になっても何も変わりはなかった。まったくハルの奴、羨ましいな……。
「あー。生き返ったぁ」
水を飲み干した彩葉は気持ちよさそうに言う。ボクとハルは遠慮して一口づつしか飲まなかったのに、この子は遠慮せずに全部飲み干したというのか……。
「言葉、そのままだな……」
ハルがボソッと突っ込む。
「う、うるさいっ!」
そんな二人を見て、ボクはまた笑ってしまう。
「冗談はともかく、もうじき夜になるだろうから、暗くなる前に行動しようか」
ハルの意見にボクと彩葉は賛成だった。ボクたち三人は、早速荷物をまとめて移動の準備を始めた。