対戦車戦
俺は腰を低くしてゆっくりと丘を登り、丘の頂上近くの丈の低い三本の樹木の陰に隠れた。樹木の周りに生えている草は腰の高さくらいまで伸びていたため、身を隠すのに都合がよかった。掻き分けた草の陰から、急な外敵の襲来に驚いた小さな羽虫の群れが逃げるように飛び回る。どうやら、この世界にも普通に虫が存在しているようだ。
丘の反対側には、予想した通り奴らがいた。しかも、最悪なシナリオで。
先程の重機が進むような音の正体は、やはり戦車だった。普段から希望的な予想は全然当たらないのに、マイナス思考な予想だけは本当によく的中する。また、車両は戦車以外にも二台いた。幌に覆われたキューベルワーゲンと、運転席は通常のトラックで、後部の荷台が戦車のような無限軌道になっている輸送用の軍用トラックだった。
敵の車両は、戦車を含めて合計三台。後部がキャタピラーのトラックは、荷台に弾薬やドラム缶のようなものを積載しているのが見える。恐らく、ドラム缶の中身は燃料だろう。車両は三台とも停止しており、エンジンが掛かっている様子はない。
戦車の周りには、見える範囲で六名の兵士が座り込んだり戦車に寄りかかったりして、雑談をしているように見える。中には、タバコを吸っている者もいる。戦車の上部ハッチは、指揮官のような、黒い軍服を着た男が上半身だけ身を出して、兵士たちと楽しそうに会話している様子だ。この様子だと、どうやら奴らは休憩中のようだ。
俺は、奴らの正確な人数を確認しようと数え始めた。軍用トラックとキューベルワーゲンは、運転席にだけ兵士が乗っている。しかし、キューベルワーゲンの後部座席の人数や戦車の中にいる人数までわからず、結局推測に頼るしかなかった。戦車に三、四人乗っているとして、雑談している歩兵の六人を合わせて、最低でも十人以上いる計算だ。
最悪だ。どの道かなり不利だな……。でも、奴らは俺たちに気づいていない。
丘の反対側に停めてある俺たちが乗って来たキューベルワーゲンを見ると、幸村の姿と後部座席で寝ていた彩葉の姿が見えなくなっている。幸村が彩葉を後部座席から降ろし、幸村は車両の下に潜り込んで、機関銃を準備しているのだと思う。
俺は再び正面の敵の動きを観察する。
幸村にも伝えたけれど強力な雷撃魔法は二発が限度だろう。二人の兵士を殺めた時に気付いたことだけれど、強力な魔法を使った後は全力で長距離を走った時のような激しい疲労を伴った。攻撃したらすぐに丘を下り始めないと奴らに追いつかれて背後から撃たれてしまう危険性がある。
一撃で破壊できるかどうかわからないけれど、仮に足止しかできなかったとしても、戦車は最優先で雷撃を撃ち込むべき対象だと思う。とにかくアレを封じないことには、反撃された場合のことを考えるとゾッとする。
次のターゲットは荷台に弾薬を積んだ軍用トラックに決めた。これは荷台を狙えば弾薬や燃料に引火して、きっと吹き飛んでくれるだろう。しかし、俺の一存で、幸村と彩葉まで危険に晒してしまうことが躊躇われる。
休憩をしていた兵士の一人が、銃を持って丘の方へ向かってきた。俺に気づいている様子は感じられないので、これから見張りをしようとする兵士かもしれない。待っていても見つかるのは時間の問題だ。
状況的に対戦車戦なんてできるかわからない。でも、やるなら奴らがこちらに気づいていない今しかない。やはり、先手を取って少しでも数を減らすしかないと思う。失敗は絶対に許されない。相手は人数も多いし戦闘のプロだ。
緊張で額から汗が垂れてくる。
俺は意識を集中させて雷の塊を右手に作り出す。俺が殺めた将校は、裁きの雷だとかラミエルだとかいう、何かの名前を言っていたけれど、ラミエルとはいったい何なのだろう。
雷の塊は俺の掌の上で、バスケットボールの倍ほどの大きさになって、バチバチと音を立てながら青白く煌めいている。これだけの大きさの塊状の雷を作り出すために、三十秒程の強く念じる時間を要した。徐々に大きくする必要があるので、一瞬では作りだすことができなかった。また、同時に凄い疲労感に襲われた。
俺は右手に作り出した雷の塊を戦車に狙いを定める。そして左手を添えて戦車の砲塔を目掛けて解き放った。投げつけるのではなく、飛んで行けと念じるような感じだ。そして突き刺さるようにイメージを送ると、雷の塊は青白く輝く長い槍のように形を変えて音もなく一直線に飛んでゆく。
俺が放った槍状の雷の塊は、戦車の砲頭に直撃した。鈍い金属音がして砲塔をへし折り、雷撃が戦車を貫通して車体が青白くスパークした。上半身を出していた指揮官風の男は、その場で仰向けに倒れてビクビクと痙攣をしている。その後、戦車内部の弾薬が爆発したのか、車体の砲塔部が爆発音と共に十五メートル程の高さまで吹き飛んだ。
突然の戦車の爆発で、周りにいた兵士たちは混乱して騒ぎ始める。戦車に寄りかかってタバコを吸っていた二人の歩兵も倒れているところを見ると、爆発に巻き込まれたか感電したのだろう。俺は、歓喜よりも先に、自分自身の雷撃の破壊力に衝撃を受けた。
やがて、吹き飛んだ戦車の砲塔部が地面に落下した。
よし、戦車がやれた! これならやれる!
想像以上の戦果に俺は胸が躍った。戦車の周りにいた歩兵まで巻き込んだことを考えると、この俺の雷撃は、ターゲットだけじゃなくその周囲にも影響が出ると考えた方が良さそうだ。
俺はもう一度、なるべく大きな雷の塊を右手に作り出そうとしたけど、二発目は野球ボールくらいの大きさの物を作るのがやっとだった。疲労感が一気に押し寄せてきて、これ以上維持できそうにない。
残念なことに、魔力に限度がありそうだ。俺は両手を使って集中し、先程のように小型の雷の塊を輸送トラックに向けて放った。
雷撃が荷台のドラム缶に当たると、想像した通りトラックの荷台が大爆発し、運転席のキャビン部分も一瞬で炎に包まれた。ドラム缶の中は予想通りガソリンだったらしい。激しく黒煙を噴出するトラックの運転席にいた兵士は、全身火達磨になり、大きな声で叫びながら運転席から飛び降りてくる。
俺は火達磨になった兵士から思わず目を逸らした。
やらなければやられるんだ! 俺は自分に言い聞かせて活を入れた。
さすがに雷撃が飛んできた方向に、気づいたらしく、戦車とトラックの爆発で混乱していた兵士たちが、こちらを指差して叫び出した。まだ俺の姿は見られていないのかもしれない。正確な射撃ではなく、範囲的な威嚇射撃の銃弾が飛んでくる。だからと言って当たる可能性がゼロではないので、身を屈めて素早く茂みから脱出した。
正確な人数は確認できなかったけれど、動いていた兵士は最低でも五名はいたはずだ。もう強力な雷撃はしばらく撃てそうにない。後は車まで引いて幸村に託すしかなかった。
俺は脱出した丘の上の茂みから、幸村が待つキューベルワーゲン目掛けて全力で丘を駆け下りる。振り返ると思ったより奴らの動きは早く、もう丘の上に何名か辿り着いて俺を目掛けてライフルで発砲してきた。
弾丸の風を切る音とプスプスと弾丸が地面に刺さる音が聞こえてくる。もう少しで車だ。当たってたまるか!
「幸村、後は頼んだぞ!」
「わかった! ハル、いいから早く隠れて!」
だが、その時左肩に衝撃が走った。
「くっ……!」
俺はそのまま倒れこむように車の陰に身を隠した。左肩がズキズキする。
どうやら撃たれたらしい。けれど、出血はそれほどではない感じだ。致命傷ではなくかすり傷で済んだことはラッキーだったと思う。
俺は右手で左肩を抑えながら、キューベルワーゲンの陰に隠れて前輪のタイヤに寄りかかった。そこには彩葉が車の陰に隠れるように横になって寝かされている。
俺がキューベルワーゲンの陰に隠れた後も、車の助手席側の右側面に銃弾の当たる音が一定の間隔で続いている。奴らはライフルで発砲し続けながら、こちらに近づいて来ているようだ。
「ハル! 大丈夫か?!」
「あぁ、大丈夫。かすり傷で済んだ。戦車と弾薬を積んだ軍用トラックは破壊したぜ!あともう一台この車と同じタイプがいたけれど、やっぱり雷撃は二発が限度だった。あと兵士は五人前後だと思う。ごめん、正確な人数はわからない。俺でも使える銃とかあるかな?」
「お疲れ……。でも思ったより敵の数多いんだな……。彩葉の横にライフルと剣を置いておいたから、使えそうならハルも頼む!」
幸村はまだ撃たずに引きつけているようだ。ジャラジャラと弾薬を箱から出して、機関銃を連射できる準備をしているようだ。
俺は左肩の痛みに耐えながら、ライフルを持ってみたけれど使い方がわからない。幸村に撃ち方くらい聞いておけばよかったと少し後悔した。痛む左肩を横目で確認すると、制服のワイシャツの肩の部分が引き裂かれ、俺の血液で赤黒く滲んでいた。
おまえも俺と一緒でボロボロだな……。
俺は自分のワイシャツを見ながら心の中で呟いた。
「うーん……。」
どうやらこんな間が悪いタイミングで、彩葉の意識が戻りそうな感じだ。
いつもタイミング悪いな、彩葉は……。
予断を許さない状況なのにもかかわらず、俺はつい微笑んでしまった。本当に彩葉が生き返ってくれたことが嬉しい。俺はこの奇跡に涙が溢れそうになる。でも、今の状況を乗り越えなければ、その軌跡も何も意味がなくなる。
ヴリトラが言ったように、彩葉は本当に目を覚ました。彩葉は地面にゆっくりと右手をついて起き上がろうとする。首だけ起こした状態で陽の光が眩しかったのか、目を細めて左手で陽射しを遮る。
そして彩葉は、自分の左手を見てびっくりしたように目を見開いた。きっと、自分の手の甲に現れた鱗を見て驚いたのだろう。大声を出さなかったところを見ると、もう既に彩葉は、自身の体の変化に気づいているのかもしれない。
彼女は目の前にいる俺に気が付いたようで俺と目が合った。彩葉の奇麗な澄んだ黒い瞳は、黒鋼竜ヴリトラと同じクランベリーのような鮮やかな紅色になっていた。
「彩葉!」
もう二度と手放したりするものか!
「ハル? ここは……うわっ!」
俺に話しかけようとした彩葉の言葉を遮り、俺は再び目を覚ましてくれた幼馴染の手を掴んだ。そして、我を忘れて力強く彼女を抱き寄せた。
おかえり、彩葉……。