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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
転移編 第2章 黒鋼のドラゴニュート
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彼女の異変

 俺たちは、黒鋼竜ヴリトラとの契約に従ってこの世界にやってきた。ただ、この世界のことを何も知らない。


 幸村の腕時計を見ると、午後の七時を過ぎたくらいになる。時差と呼ぶにしては曖昧な表現だけど、陽の高さから察するに昼を少し過ぎたくらいだと思う。空を見上げると太陽が二つあるし、ここは本当に地球ではなく、どこか別の惑星なのだと思う。


 そもそも、あの天体を太陽と呼ぶかどうかもわからない。


 ここが地球ではないのであれば自転周期や公転周期だって違うだろう。一日の時間や一年の日数、それに気候だって地球とは異なるかもしれない。ただ敵味方は別として、少なくとも俺を狙って襲ってきた奴らのように、人間がいることはわかっている。


 俺たちがこの世界へ移動してきた場所は、草原が広がる丘の中腹だった。丘の先は遠くまで水平線が広がっている。たぶん、海か巨大な湖だろう。丘の中腹には直径にして約十メートルほどの大きさの洞穴の入口があり、少し離れた場所からでも洞穴内が巨大な空洞になっているのが確認できる。


 もしかしたらこの洞穴は、ヴリトラが居住していた場所だったのかもしれない。洞穴の入口の脇を見ると、迷彩色の四人乗りの自動車が一台停められている。エンブレムのロゴを見ると、母さんの愛車と同じワーゲン社のマークに似ている。


 今のところ辺りに人の気配がないので、俺たちを襲った二人組の軍人がここに来るための移動手段として使った車両の可能性が高い。燃料のことも考えれば、近くに街が存在しているかもしれない。


 ヴリトラは、俺たちを襲ってきた軍人に仲間がいると言っていた。相手の数は不明だけど、普通に考えれば、ここは俺たちを襲った第四帝国の領土内なのだと思う。いつ奴らと遭遇するかわからない状態だ。


 奴らは、あの巨大なヴリトラと接触を考えていたようだし、近くにいる敵が小隊から中隊規模だとしてもおかしくない。奴らは無抵抗な女子高生に、容赦なくいきなり機関銃を発砲するような連中だ。可能であれば逃げ切りたいけれど、こちらが先に奴らを発見できれば、何か手を打たないと今度こそ危ない。


 一番最悪な展開は、こちらが奴らに先に発見されて襲撃されることだ。俺が殺めた二人の軍人がなかなか戻らないことから、既に捜索が開始されている可能性もある。


 とりあえず、俺たちは武器として使えるものを探すことにした。手近にあるもので使えそうな物は、兵士が持っていた機関銃とピストルが一丁づつ。それに、ヴリトラの額に突き刺さっていた剣が一振りだ。洋剣にしては細身で軽いこの剣のことを、ヴリトラは聖剣と呼んでいた気がする。


 見た目で百発程度の機関銃用のベルト式の弾丸が、首のない兵士の死体に巻かれている。兵士の胸のポケットには、弾が詰め込まれたピストルの予備の弾倉が二つあった。俺は首のない死体から弾薬を取り外す際に、無残な兵士の亡骸と血の匂いで吐き気を催した。


 俺が……、やったんだよな……。


 今頃になって、この二人の兵士の命を奪ったという実感が湧いてくる。やらなければやられていただろうし、彩葉が助かる機会はなかった。後悔はしていないつもりだけど、体は正直でガタガタと震えている。


 彩葉が撃たれた時に、怒りと共に何か強いエネルギーのような力が込み上げて来たのを感じた。それ以来、俺の中の魔力というのだろうか。底知れない力がどんどん湧いてくるのが自分でもわかる。


 二人の兵士を殺めた時、頭の中で手に力を注ぐようなイメージをすれば、雷の塊を手元に作り出して、それを一瞬で思い描く形に変えることができた。以前と変わらず、俺自身は、俺が作り出した電気的なエネルギーに触れても痛みや刺激は全く感じない。


「なぁ、ハル。あの車って、動くかな?」


 隣で機関銃をいじっていた幸村が俺に尋ねた。


「わからないけど、動くならあれで移動したいな。敵がいつ来るのかもわからないし。すぐにでもここから離れたいところだけど」


「そうだな。ボクがちょっと見てくるよ」


 そう言うと幸村は、車まで移動して運転席や日本車でいう後部のトランクの部分にあるエンジンを確認し始めた。


「ハル、エンジンキーがついてるし、多分これ動くぞ。ハルは運転できたっけ?」


 高校二年生で運転免許証を持っていない俺が、乗用車を運転できるわけがない。


「おいおい、俺たち高二だろ? 免許なんて持ってるわけないだろ。店の車の車庫入れくらいならやったことあるけどさ……」


「頼もしいねぇ。ボクはゲーセンの車の運転すら余り得意じゃないからさ」


 たしかにゲームセンターのカーレースで、果敢にコーナーを攻め過ぎる幸村はいつもクラッシュしているイメージだ。幸村は余り得意じゃないと言うけれど、幸村の場合は性格的な問題があるように感じる。


「お前なぁ……。こんな旧式の外車だとミッションの位置だって全然違うし、実際に運転できるかわからないぞ?」


「本物の車庫入れができるなら、キューベルワーゲンなら大丈夫だって」


「幸村はこの車のこと知っているのか?」


「少しだけね。ナチス政権時代の旧ドイツ軍が使っていた軍用車両だよ」


「へぇ……。旧って割りに、まだ新しいように見えるな、この車。何でそんな昔の車がここにあるんだ?」


「ボクに聞かれてもわからないさ。でもきっとそのうちわかるだろ」


 そう言いながら幸村は車のエンジンをかける。イグニッションキーを何度か回しているうちにエンジンがかかったようだ。


 燃料がどれほど持つかわからないけれど、まだ彩葉は目覚める感じがないので、徒歩以外の移動手段があるのは不幸中の幸いだった。見た限りではGPSのようなカーナビはなさそうだし、追跡などされる恐れはないと思う。


 逃げずに巨大な洞穴で籠城するという手もあるけれど、高火力の武器を持った敵に強襲されたらおしまいだ。


 エンジンがかかったようなので、俺も車の方へ移動して幸村と一緒に積載されている荷物を確認した。ボンネットのトランクの中は、銃剣が付いたライフルが一丁と、恐らく機関銃の弾薬が入った金属製の箱が十箱ほどあった。一箱に何発入っているかわからないけれど、機関銃の弾は十分にあるように感じた。


 機関銃以外の弾薬も木箱に入れられており、絵柄で判断する限りピストルとライフルの弾なのだと思う。また、機関銃の銃身と思われる金属製のパーツもいくつか入っていた。


 武器がある程度揃ったとしても、まだ目が覚めない彩葉を含めて、こちらはたったの三人だ。敵の数が多ければ多勢に無勢だろう。自動車のボンネットの上にはスペアタイヤの他に三十リットル容量のガソリンの携行缶が三本積まれている。一本は空だったけど残り二本は満タンだった。


「武器がこれだけで足りるかわからないけど……。幸村、その機関銃は使えそうか?」


「あぁ、これはMG42と言ってナチスが使っていた映画やアニメによく出る有名な軽機関銃でさ。見まねで触ってみたけれど、ボクでも撃つだけならどうにか使えると……思う。けれど、銃身の交換のタイミングとか、弾が詰まったりしたら、ちょっとわからないかな。本当は試し撃ちができればいいんだけど、音に気づいて敵が来たんじゃ困るし」


「たしかに」


「あれ? この助手席の後ろの支柱、機関銃がすっぽりと填まるけど銃座なのかな?」


「本当だ。これに備え付けて撃てば、反動とか少なそうだな。でもさ、幸村」


「ん?」


「無理はするなよな」


「おいおい、ハルがそれ言う? お前が魔法使ってた時なんて無茶そのものに見えたぜ? ハルこそ無茶しないでくれよ」


 俺は逆に幸村に注意された。


「あぁ、悪かったよ」


 幸村に痛いところを突かれ返す言葉もない。


「あ、ハル。後部座席に水筒があるぜ。……中身は、変な臭いもしないし腐ってなさそうだ」


 思い返すと昼から何も食べてないし、飲み物も暫く飲んでいない。緊張のあまり気が付かなかったけれど、腹も減っているし喉もカラカラだった。


「そう言えば何も口にしてなかったな、俺たち」


「ボクもさすがに腹が減ったよ。喉も渇いているし、頂こうぜ」


「そうしよう。とりあえず彩葉を乗せて移動しながら、だな。後が怖いから彩葉の分まで残しておけよ」


 俺は幸村に笑いながら言う。


「確かに全部飲んだら本気で怒られそうだ」


 幸村も笑いながら答える。やっと少しずつ、お互い笑えるようになってきた。けれど、敵が周りにいる可能性があるので緊張を緩めるわけにはいかない。そもそも、ここが奴らの国ならずっと敵地になるわけだ。


「とりあえず、彩葉を車まで運ぶのを手伝ってくれ」


「了解。彩葉、目が覚めたらビックリするだろうなぁ」


「間違いないね」


 そう言って俺と幸村は、まだ目を覚まさずに仰向けで眠っている彩葉の元へと戻った。そして彩葉が驚くより前に、彼女の姿を見た俺たちが、彼女の異変に驚かされた。


「おい……。なんだよ、これ……」


「これがもしかして、竜の力……なのか?」


 身長や容姿など基本的な見た目は変わっていない。しかし、耳の上あたりの髪の間からは、十五センチメートルくらいの黒い角が左右対象に生えていた。それから、彼女のこめかみから首筋にかけて、黒く輝く金属のような鱗が立体的に浮き上がっていた。


 彩葉の体表に現れた鱗は、菱形の形状で一辺が三センチメートルくらいの大きさだ。鱗の数自体、それほど多いわけじゃないけど、大きさ的にどうしても目立ってしまう。服の下がどうなっているか確認できないけど、地肌が見えている手の甲や肘、それに大腿部の外側なども同様の鱗に覆われていた。


 そして大腿部とスカートの間には、膝下くらいまでの長さの尻尾が見える。尻尾の先端は棘があり、尻尾の全体が首筋と同様の鱗に覆われている。彩葉はまるで体の一部が竜化しているような感じだ。


 そう言えば、ヴリトラは魂が宿っても余り変わらないようなことを言っていたけれど、竜から見ればこれは()()の範囲なのかもしれない。


 彩葉はまだ眠っている。胸が上下に動いているからしっかりと呼吸ができているようだ。彩葉の死は免れたけど、目が覚めた時に何て言うだろうか……。


「ハル、彩葉が目覚めたら何て説明すればいいだろう?」


 幸村も同じことを考えていたらしい。


「正直に話すしかないと思うけれど、受け入れられるかどうか……。それに、人から逸脱した竜の力とか竜の心も気になってくるな……。あ、幸村。彩葉を車に運ぶのに、俺が右側支えるから幸村は左側頼む」


「了解。ちょっと彩葉がかわいそうに思えるけど……、これでよかったんだよな?」


「死んじまうより……いいさ、少なくても俺は……だけど。もし、彩葉が現実を受け入れられなければ、どれだけ時間が掛かっても俺は一緒に悩んでいこうと思う」


「ボクも混ぜてくれよな、ハル」


 真顔で俺を見つめる幸村に、俺は黙って頷いた。そして、俺と幸村は二人で彩葉を運ぶために左右に分かれて、合図に合わせて彩葉を抱き上げようとする。彩葉の鱗に触れると、ヴリトラに触れた時と同じ感じで、金属のようにとても硬く冷たかった。


「いくぞ、せーの……」


 二人で彩葉を持ち上げた時、俺たちは彼女の体の重量の異変に気付いた。


「あれ?軽い……?」


 幸村はびっくりして俺見る。


「あぁ……。すごく軽いけど、どうなってるんだ」


 これも竜の力なのかわからない。しかし、彩葉の体重は、先程手にした機関銃程度の重さしかないことに驚きだった。どう考えても質量と重さのバランスが合わない気がする。


「まぁ、重くなったと言って怒りだすよりいいか」


 幸村は笑いながら言った。


「そりゃそうかもだけど……。まぁ、たしかに重いよりはいいか」


 俺も思わずつられて笑ってしまった。


 車の後部座席には毛布が二枚あった。今は寒くないけれど、夜になったら冷えるかもしれないのでありがたい。俺たちは後部座席に彩葉を運び、毛布を掛けてそっと寝かせた。あまりサスペンションが良さそうな車に見えなかったので、着替えが入っている彩葉のリュックを彼女の頭の下に敷き、クッション代わりにして、車の振動で生じる彼女の頭部への負担を減らした。


 彩葉を後部座席に寝かせながら気付いたことがある。それは、太陽が二つあるせいか、影というものがほとんど存在しないことだ。さすがに車の真下などには影が存在するけれど、物の影というものが見当たらない。


 俺と幸村は、キューベルワーゲンに乗り込んだ。俺が左側の運転席で、幸村は右側の助手席だ。


 キューベルワーゲンは、オープンカータイプだけど、後部座席の後ろにたたんである幌を見ると、幌を展開すれば雨の心配も必要なさそうに思える。運転席と助手席の間には無線機とコンパスがあった。


「彩葉の鱗、ヴリトラの鱗みたいに硬くて冷たかったな」


「俺もそれを感じたよ。尻尾もあったし、本当に竜と一体になってる気がする」


 ヴリトラの魂が彩葉の体内に宿ったというのはわかったけれど、ヴリトラの魂がこのまま彼女の肉体を支配してしまうのではないかと正直不安だ。


「さて、どちらに向かおうか?」


「ハルに任せたよ」


「わかった。一刻も早く敵地を抜けないとな」


 コンパスがあって動いてるということは、この惑星にも磁気があるってことだ。俺はアクセルを踏んでクラッチの感覚を掴みながらゆっくりと車を前進させる。左ハンドルの車はゲームセンターでも乗ったことがないので違和感があった。


 ハンドルは重たくギアーも硬く入り辛かった。それでも、何度かシフトチェンジをしているうちに、普通に運転できる程度に慣れてきた。とりあえず、ずっと遠くに山が見える西を目指すことにした。


 現代の自動車と違い旧式の車両だけあって、予想通りサスペンションの性能はとても悪い。道路ではなく荒野を進んでいるのだから乗り心地は最低レベルだ。俺はミラーで後方を確認すると、俺たちがこの世界へやって来た丘はもう見えなくなっていた。


 体重が軽くなったために、振動や衝撃で彩葉が吹き飛んでしまわないか心配したけど、後部座席で眠っている彼女は今のところ大丈夫そうだ。ただ、悪い夢を見ているのだろうか。閉ざされたままの彼女の目から涙が溢れているのがミラー越しに見えた。俺たちが襲われたのは、俺の()()せいだ。胸が締め付けられるような罪悪感に駆られた。


 ヴリトラはヴァルハラを目指せと言っていたけれど、そこがどこにあるかもわからない。まずは情報が欲しい。それよりも先に早く安全なところまで進みたい。食糧だって手に入れなければ飢えてしまう。前途多難なことは重々承知だ。今できることを精一杯やるしかない。俺たちは周りを警戒しながらコンパスの示す西へと進み続けた。





 休憩を挟みながら三時間ほど走ったあたりで、車載されている無線機が急に賑やかになった。もしかしたらこちらを呼んでいるのかもしれない。しかし、無線機から聞こえる相手の言葉はわからない。アクセントや響きからしてドイツ語だろう。


 二つの陽は傾き始め、夕方のような淡い陽射しになっている。


「無線が入って来てるってことは敵が近くにいるってことだよな。幸村、見張り念入りに頼んだぞ」


「任せとけって!」


 幸村は助手席と後部座席の間の支柱に取り付けた機関銃を構えて周囲を警戒する。ゆっくり前進していると幸村が何かに気付いたようだ。


「ハル、ストップ! 何か聞こえるっ!」


「わかった」


 俺は席を立って周りを警戒していた幸村の指示で車を停める。すると大きな重機が移動するような音が右前方の小高い丘の向こうから聞こえてくるのがわかった。


「この音ってまさか……」


 幸村の顔が強張る。俺はとりあえず車のエンジンを切った。


 しばらくすると丘の向こうの重機のような音も止まった。


 緊張が俺たちを包む。ほとんど樹木のないこの草原地帯では、見つからずに逃げ切れる可能性は少ないだろう。


「ちょっと俺、様子を見てくる。幸村は車の下に潜って、敵が来たらいつでも迎撃できるように構えておいてくれ。弾も余分に準備しておいてくれよ」


 俺は車を下りて丘を目指すことにした。


「お、おい! 無茶するなよな! 作戦はどうするんだ?」


「奇襲できそうなら一番の大物に雷撃ぶち込んでこっちに戻ってくる。多分二発は撃てると思う」


「了解だ! ボクも敵を引きつけてから迎撃してみる」


「それと、彩葉を後部座席から降ろして車の陰の安全なところに頼む」


「わかった!」


 幸村も車を下りて準備を始めた。


 丘の頂上には背丈の低い樹木が数本生えているので、身を潜めるには丁度良さそうだ。俺は重機のような音の様子を見るために、物音を立てないように静かに丘を登り始めた。


 緊張のせいで、俺の息遣いはいつもより荒く、激しく脈を打つ自分の鼓動が全身を通してはっきりと伝わって来る。


 そして、丘の頂上の木陰から丘の反対側を見下ろすと、そこには俺が想定していた中で最悪な光景が広がっていた。

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