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黒鋼の竜と裁きの天使 裁きを受けるのは人類か、それとも……  作者: やねいあんじ
東フェルダート戦線編 第3章 フェルダート川を越えて
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真紅の瞳の輝き

 ……葉……。


 ……彩……葉……。


 暗闇の中から()が聞こえてくる。頭の中で直接響くような、この声は……。


 そう、私の体内に魂を宿した黒鋼竜ヴリトラだ。私は、これまでに二度、ヴリトラと夢の中で邂逅したことがある。その時に、私は竜の力のことや世界の仕組みについて教わった。ただ、ヴリトラと夢の中で対話ができる時間は、非常に限られている。何でも私とヴリトラ、双方の魂の眠りの周期がリンクした時にだけ邂逅できるのだとか。


 暗闇の中、宙に浮かぶ私の前に見えてきたのは、紅く光る二つの目。その後、体長十メートルあろうかという、大きな影が徐々に近づいてきた。


『彩葉よ、我の意思が届いているか?』


(あなたは、ヴリトラね?)


 私は、念のために影の正体がヴリトラの魂であるかを尋ねた。


『いかにも。我は黒鋼竜ヴリトラ。どうやら意思が届いたようだな。一月(ひとつき)ぶりだな、彩葉よ』


 やがて、暗闇に黒鋼竜ヴリトラの姿が、はっきりと浮かび上がってきた。黒く輝く鱗に包まれた、大きな翼を持つ十メートルはあろうかという西洋の竜。久しぶりに見たヴリトラは、相変わらず雄大な姿をしている。


 ヴリトラは、私の体内に魂を宿しているだけあって、私自身の()()を共有している。見たり、聞いたり、感じたり……。竜族は、ほとんど眠らないそうなので、私のプライバシーなんてないに等しい。つまり、昨日の城内戦や天使シェムハザに接触したことも知っているはずだ。


 私が討ったダルニエス少佐は、私と同じく意思を持つドラゴニュートだった。彼の体内に宿っていた竜族は、ヴリトラと同じように太古の竜だと思う。つまり、私がヴリトラの同族を殺めてしまったことは、紛れもない事実。きっとヴリトラは、心の底で怒っているのだと思う。


 ヴリトラがこのタイミングで私の夢の中に現れたのは、ドラゴニュート同士の戦いと、自らの身の安全を懸念して、私を叱責するために違いない。私が倒れ命が尽きれば、私に宿るヴリトラの魂も死者の国に(いざな)われてしまうのだから。


(心配かけてごめんなさい、ヴリトラ。また、昨日も危ない思いをさせてしまったよね……。それに、ドラゴニュートのダルニエス少佐を討ってしまった……。あの人の体内にも竜の魂が宿っていたのよね? ごめんなさい……)


『そなたが謝る必要はない。あれは自衛、そうであろう? そなたが対峙したドラゴニュートに宿る竜は、黒火竜パズズの魂。彼の竜は、既に死者の国へと誘われた。それも奴の命運だったに過ぎぬ。それにしても、事態は複雑かつ深刻な方向へ向かってしまっているな、彩葉よ。これも我らが主、ミドガルズオルムの導きなのかも知れぬ。だが、我はそなたの力を信じておる。我は、人の子でありながら黒鋼の力を巧みに操る、そなたの勇姿に胸を躍らせていた。我は、そなたを(とが)めに、邂逅を求めたわけではない。実は、そなたに頼みがあってな……』


(私に? 改まって頼みだなんて……)


 てっきり、昨日の戦闘を忠告されると思っていただけに、ヴリトラが頼み事をしてくることは想定外だった。


『そなたと行動を共にすることになった、第四帝国のドラゴニュートの娘。あれに宿る、地竜アジュダヤの魂なのだが……。アジュダヤが、いかような経緯で肉体を失ったのか、我は存ぜぬ。忌まわしき第四帝国は、アヌンナキどもから、ドラゴニュートを生みだす術を学んでいた。恐らくアジュダヤは、我と同様に神竜王の勅命と欺かれたのであろう……。我とそなたの馴染みと交わした契約に、他の竜族を救うことは含まれておらぬのだが……。この先もあの娘と行動を共にするのであれば、あの娘をミドガルズオルムの元へ(いざな)って欲しい。神竜王の竜の力『再生』を授かれば、長い時を経てアジュダヤも復活することができよう。勝手な願いであるが、頼めるであろうか?』


 もちろん、私の答えはイエスだ。ドラゴニュートの体から竜の魂が離脱しても、竜の魂を宿していた者の命が尽きることはない。ただし、人に戻ることはなく、ドラゴニュートのまま生き続けなければならないけど……。同族を救いたいという、ヴリトラの気持ちはよくわかる。それなのに、私は自衛のためとはいえ、ヴリトラの同族である太古の竜を殺めてしまった。これは簡単に赦されることではない。


(もちろん、私はヴリトラの意見に賛成。私には、あなたの同族を殺めた罪がある。それに、人の道に外れたヴァイマル帝国のやり方は認められない。戦いの道具を造るために、人のエゴで竜族を討ちドラゴニュートを作り出すとか、本当に彼らは何を考えているのか……。地球から来た同じ人間として、あなたたち竜族に対して少しでも償わなければと思ってる……。本当にごめんなさい、ヴリトラ……。でも、アジュダヤの魂が宿るリーゼルさんとは、まだ出会ったばかり。彼女が地竜アジュダヤと何か契約しているかもしれないし、彼女の返事を聞いてからでもいいかな?)


『それは無論だ。我は、彩葉のその答えが聞けただけで満足だ。そなたは、実に健気だ……。もし、我がそなたと同じ人、或いは、そなたが竜であれば、そなたに求愛していたかもしれぬ』


(は、はぁ?! もうっ! ハルやユッキーみたいにバカなこと言わないでよね?!)


 私が真面目に答えているのに、種族を越えた竜の魂までもが、私をからかってくるだなんて心外だ。恥ずかしさに加えて苛立ちも湧いてくる。


『先程まで謝罪していた相手を愚者呼ばわりとは……。我は本心を伝えたつもりであったが、まぁよい……。実に滑稽。誠にそなたは飽きぬ存在だな』


 なんだか、ハル以上に返し方が腹立たしい。私とヴリトラは、六感を共有している分ハルよりも性質(たち)が悪いかもしれない。


 はぁー……。


 私は、長い溜息を吐くと共に、これ以上ヴリトラに反論することを諦めた。


 それよりも、折角現れたヴリトラに、私も聞いておきたいことがあった。ヴリトラは、私たちに接触してきたシェムハザについて、どのように感じているのだろう。


 昨夜、レンスター大聖堂でシェムハザから聞いた話は、私の常識を超えた内容ばかりだった。宇宙を旅する意思を持つ船が神で、神が作りだした天使が私たちの祖先ともいえる現生人類をアルザルから地球へ連れて来たとか……。挙句に、竜族の長が命と引き換えに使用した竜の力『呪怨』が、厄災を(もたら)す原因だなんて……。


(ねぇ、ヴリトラ。私からも聞きたいことがあるのだけど、いいかな?)


『何なりと。しかし、そなたもわかっていると思うが、我と邂逅できる時間は限られている。手短に問うがよい』


(わかった……。天使シェムハザの話は、あなたも聞いていたよね?)


『当然だ。我の感覚は、そなたと共有している』


(私たちは、シェムハザに協力する形で動き始めてしまったけど……。ヴリトラは、シェムハザを信用してもいいと思う?)


 アスリンが風の精霊術を使い、シェムハザの発言に虚偽はないと言っていた。アスリンを信用していないわけじゃない。太古から生き続け、天使に従属するヴリトラの意見を聞いておきたいというのが私の本音だ。竜族だって私たちと同じ世界で生きているのだから、厄災のことだって知っているはず。


『自尊心の強いアヌンナキの方から、そなたらの元へ支援を求め訪ねて来たのだ。シェムハザのことは、信用に値すると考えてよい』


(安心した。突然現れた天使に加勢する流れになってしまったけど、太古から生き続けている、あなたの意見も聞いておきたかったの……。シェムハザの話は難しかったし、私が知っている常識からかけ離れ過ぎていて、ついて行くのがやっとだったから……)


『そなたらテルースの人の子らが、古き伝承の記憶を忘却していたとしても無理はない。テルースの人の子らは、この数百年で実に劇的な変化を遂げていた。そなたの故郷の風景の変わり映えに、我はこの目を疑った程だ。得体の知れぬ飛行物体。地を駆け巡る鋼鉄の車駕(しゃが)。そして、そなたらが居住する高層の建造物。我が思うに、もはや一部の技術は、アヌンナキを(しの)いでるように感じる。ともすればアヌンナキは、そなたら人の子の飛躍的な進化を恐れているのかも知れぬな』


(地球の文明技術……、のこと?)


『いかにも。特に、あの忌まわしき第四帝国の武具は、我の想像を遥かに上回る破壊力を持っていた……。テルースでは、竜の力を満足に使えぬとはいえ、我の黒鋼の鱗を貫通するとは、不覚にも思わなんだ……。その破壊的な武具を所持した大集団を、なぜラファエルらがテルースからアルザルへ(いざな)ったのか。我には、それが解せぬ。何か大きな力が、陰で動いているようにしか思えなくてな……』


 陰で動く大きな力……。


 シェムハザも同じことを言っていた。そして、ラファエルが率いる天使たちを警戒しているようだった。ラファエルたちは、天使の社会で警察的な役割を担っているらしいし、きっと戦闘力が高いはず。もし、そんな彼らと敵対することになったら……。


 全ては憶測にすぎないけど、そもそも厄災が起こらなければ問題がないことだと思う。厄災を解決する方法は、襲来するレプティリアンを撃退する方法以外にあるのだろうか? もし、未然に厄災が起こらないようにできるなら、間違いなくそれがベストだ。私は、何か別の手段がないか、僅かな期待を込めてヴリトラに尋ねてみた。


(ねぇ、ヴリトラ。厄災は、レプティリアンの襲来を待つだけではなく、未然に防ぐことはできないのかな? 例えば、神竜王の()()解くとか……?)


『彗星ニビルは、一定の周期で必ず訪れるものだ。そして残念だが……、既に死者の国へ旅立った……、アジ・ダカーハの呪怨を……、解く(すべ)はない』


 徐々にヴリトラの()が薄れ始めているのがわかった。私かヴリトラの目覚めが近いのかもしれない。


(やっぱり……、レプティリアンを迎え撃つしかないのね……)


 そうなればきっと、ハルは襲来するレプティリアンと戦わなければならなくなる。ハルだけじゃない。キアラとリーゼルさんだって同じだ。


『そう気を落とすな、彩葉よ……。そなたの気持ちは十分……、わかるが、厄災が始まってから……、この数万年……。甚大な被害を受けたことも……、あったが、我ら竜族……、だけにとどまらず、あらゆる生命体がこの危機に……、立ち向かうであろう。そうやって、幾度となく……、我らはレプティリアンを退け続けている。こうして我らが……、生き続けている……。それが何よりの証拠だ……』


 私たちが生きているということは、ヴリトラが言うように、今まで厄災を乗り越えてきたことに他ならない。だけど、その厄災に真っ先に抗うことが、堕ちた天使たちの運命だというなら……。それは、あまりにも酷く残酷な話だ。


 誰もが好んで選択した道ではないのだから……。


 私は、みんなの支えになりたい。何よりも、私はハルを失いたくない。


(ヴリトラ。私は、ハルたちだけに辛い思いをさせたくない。大切な人や仲間を失いたくない。だから、私もレプティリアンと戦う。もちろん、無理をするつもりはないし、神竜王がいるヴァルハラの場所だって探し続ける。あなたとの約束も、必ず守るから安心して)


『承知した……、彩葉よ……。本来、竜族は戦いで……、力を示し……、生きる種族。己が身や……、同胞を守るために……、戦うことは道理……。我は、そなたの……、純真無垢な心に……、惹かれたしがない竜だ……。我は、あらゆる術を……、用いてそなたに……、協力するつもり……である……』


 ヴリトラは、()だけでなく、まるで暗闇の霧に包まれるかのように姿まで徐々に薄れてきた。純真無垢だなんて、大げさな気がしてならないけど……。不思議と悪い気はしなかった。


(ヴリトラ……。あなたは、本当に優しい竜ね……)


 ヴリトラの大きな真紅の瞳は、どこを見つめているかわからない。でも、その真紅の瞳の輝きは、とても優しく温かかった。いつも影で私を見守ってくれていた、父さんの眼差しにどこか似ているように感じられた。久しぶりに父さんのことを想うと、目の奥が熱くなるのが自分でもわかる。


『さらばだ……、彩……、葉よ……。そなた……、の……、無事を……、祈……』


 やがて優しい竜の姿は見えなくなり、その()も届かなくなった。ヴリトラが去ると、私は一人暗闇の中に取り残された。今回は、いつものパターンと違って、ヴリトラの方が先に目覚めたのだと思う。


(ありがとう、ヴリトラ……)


 私は、私の心を癒してくれたヴリトラに、心の中で感謝を伝えた。そして、目の前の暗闇が私を包み始め、私の意識が薄れてゆく。


 私が今日、新たにヴリトラと交わした約束は、私の中に宿るヴリトラと共に、リーゼルさんの体内に宿る地竜アジュダヤの魂を神竜王ミドガルズオルムの元へ届けること。


 その前に、厄災やヴァイマル帝国の脅威もある……。


 私の旅路は長くなりそうだけど、目的がしっかりと見えた気がする。そして、全てが解決したら、私はハルとユッキーを地球へ送り届けなければならない……。私の旅は、そこで終わるのだと思う。


 私は、地球では生きられないドラゴニュートなのだから。


 たとえその時が、私とハルの永遠の別れになるとしても……。


 いつか、必ず……。

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