B-3 戦場離れ
前回のあらすじ
・イチャコラされた。目の前で。
東部の辺境にその村はある。
首都パリック・ブシティからは電車を乗り継いでおよそ半日。距離として200km弱。
アルメリア高原の北部にある。
特産品は魔物の骨をベースとしたお守りを手掛ける工房が幾つか。手作り故に数こそ少ないが、その丁寧で壊れにくい造りが人気だそうだ。他では売らないらしく、観光業も賑わっているそうだ。
それと高原野菜やジビエも食べられるとか。正直海産物の方が好きだけども。
東部国営鉄道の電車で体を揺らすこと半日。
少し乾燥気味の大気を通して降り注ぐ陽光に目を瞬かせながら、電車の外を眺める。
「次は、メリア~。メリア~。メリアでお降りの方は準備をお願いします。」
絶対に日本人関わってるよな、と思いたくなる何度も聞いたアナウンス。
モケットの張られた座席に預けていた体を僅かに動かす。
両手を頭の上に組んで、体を伸ばした。
いやぁ、疲れた疲れた。
半日も座りっ放しはきつい。でもやっぱり電車って好きだ。
……いや、電気は使ってないから機関車?動力なんだっけ。
まぁいいや。
足元に置いていた荷物に手を伸ばす。私的な服を一着しか持っていなかったので、非常に軽い荷物。二泊三日分の服と、首都圏でしか売ってないというお土産を詰め込んだボストンバッグ……みたいなもの。
それを肩に掛けて、一人で独占していた二人席を後にする。
そのカバンに加えて、壁に立て掛けてあった重厚なケースを背中に回す。
車両内通路を歩き切り、車両の端の乗務員の席の傍に立つ。会釈をするとデッキに案内してくれた。とてもお客様を大事にしてらっしゃる。
そうして辿り着いたデッキの窓から、列車の傍を駆け抜けていく風景を眺める。
近隣の山から吹き下ろす風と、若緑色の高原野菜。
とても平和的な光景。とても戦時下とは思えない。
東部は戦火が及んでいないと聞いているので、当然と言えば当然だが。
減速していく列車が、少しずつ集落に入っていく。
石造りの家屋が立ち並ぶ集落。如何にもRPGに登場する村、という風貌だが線路がそれを邪魔している気がする。
そんな感慨は気にもされず、灰色の駅が目の前に現れる。
徐々に流れていく速度がゆっくりになる駅のホーム。速度は落ちていき、やがて停止する。
空気を吐き出す音がすると、どういった原理か自動で扉が開いた。
こんな異世界にはオーパーツ過ぎるだろ、この電車。自動ドアって。自動ドアって。
ホームに足を踏み出す。軍靴を越して、硬い感触が跳ね返ってくる。
駅はさして大きくない。それこそ地方の町に一つしかないような規模。
駅員に切符を見せ、くぐり抜けた改札口。小ぢんまりとした駅舎に出れば、見覚えのある人影があった。
「久しぶり、アキラ。たった一年しか経ってないのに随分と変わったね。」
柔和な表情で微笑みかける青年。輝く金髪と、青玉の瞳。そしてその造り物の両脚は、車椅子に乗せられた使えないもの。
かつて一度だけ戦場を駆けた、およそ戦争には向かなそうな青年。
ミシェル・クローデル。軍で初めて、俺に優しくしてくれた青年。
「こちらこそ久しぶり、ミシェル。急に来てゴメン。お世話になるよ。」
一年以上会ってなかったのか。体感的にはもっと長かったような気がする。
正直、もう前世の記憶が怪しい。学校で習った使うともしれない知識よりも、師匠に教わった知恵の方が遙かに多く残っている。
「聞いたよアキラ。五日後の調査団の一員なんだろ。凄いなぁ。やっぱり君は僕よりも強いよ。」
俺の背負ったケースに目を向けてミシェルが続ける。
「それ、君の武器かい?やっぱり君専用の武器を貰えたんだね。」
本当に、心が苦しい。
彼の将来を奪ったのは俺だ。
「注文してみたんだよ。ほら、俺って狙撃が苦手でさ。だから思い切って突撃特化にしてもらった。」
右手でケースを指差しながら説明する。
「こんな場所で話をするのも変だから、早く家に行こう。あ、母さんに余計な事は喋るなよ?」
少し悪戯っ子のような笑みをその顔に浮かべて、左人差し指を唇に当てるミシェル。
ご丁寧に右目まで瞑っている。
イケメンはその表情止めろよ。俺が並みの人なら新たな扉を開くところだったぞ。
器用に車椅子を反転させて駅舎を出るミシェル。遅れて彼の後ろについていった。
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辺境というには発展しすぎている街並みを歩く。師匠によると、公国は他とは一線を画す軍事力が特徴だったそうだ。
だったそうだが、今のこの国は軍事力よりも総合的な国力の方に重点を置いている雰囲気がある。
そのお陰でミシェルがこうして福祉を受けているのだが、そもそも軍事力により力が注がれていれば無人機だけで軍を作れてたんでは無かろうか。
あ、でも資源が足りないのか。
魔導無人機の原動力は所謂魔石。
鉱脈だとか魔物の体内だとかで魔力が結晶化したものだそうだ。つまりはエネルギーそのものらしいが、一度あった場所から取り出してしまえばもう二度とエネルギーの補充は出来ない。
一方で通常の生命体ならば、食事やスキルでエネルギーを補充できる。
……そのうち魔物を養殖し始めるんだろうな。ハイコストでもハイリターンだし。
てくてくと街を歩く。手作業で作られたお土産が人気だと言うだけあって、レンガ造りの工房と売店だか注文所だかが散見される。
駅を出てから5分と少し経ったか、一つ一際大きな工房の前でミシェルがその足―――――もとい車輪を止めた。何のつもりか、咳払いをしてからバスガイドの様に右手を工房に向けた。
「えー、こちらがこの街最大のお守り工房『クローデル工房』となります。
折角だからどう?この街に来てまでお守りを買わないのはないでしょ。実家の経営なんだ、ある程度までならタダでどうぞ。」
そう言って工房に入っていくミシェル。
入った先は、自然光と人口光の混じり合った如何にもインスタ映えしそうな店。壁に掛けられた巨大な骨から、棚に置かれた中くらいの骨、ストラップサイズの小骨まで。その光景に見惚れる俺と、カウンターへと向かうミシェル。
「こんな凄い実家なんだったらもっと自慢してもよかったのに。おすすめは?」
正直言ってお守りの効果なんて信じてはいなかったが、これは芸術品としても素晴らしい。
御守りと言えば、身代わりで死んでくれるような業物無いかな。あとは弾除けのお守りとか?
「なら、これなんかどう?死に至る攻撃を代わりに受けるって。
……こんな大きなのを傍に持っていたらの話みたいだね。多分貴族向け。ごめん、出来れば小さいモノにして。他の人の分も貰って行って構わないから。」
ミシェルが壁に掛けられた高そうな逸品を見上げて諦める。
続いて彼はカウンターの傍に置かれた、一転して小さなモノに手を伸ばす。
「これとかどう?縁結びだってさ。」
「結ばれる相手がいない。女性の知り合いなんて隊の一人ぐらいしかいないし、恐ろしいぐらいの美人なんだよ。『人間模型』って聞いたことない?
あ、これは隊の人へのお土産に買って行ってもいい?」
半ば冗談のつもりで聞いたが、予想よりも深刻な表情になったミシェル。
何というか、友達の趣味が理解できない、そんな引きつったような苦笑い。
「聞いたことはあるし、タダで貰って行っても構わないけど大丈夫?『人間模型』と言えばあのヘラルドゥリーだろ?襲われたりしてない?」
……ヘラルドゥリー家、どれだけ嫌われてるの?このミシェルにこんな表情させるなんて。
「流石にないない、こっちから襲いでもしない限りは何にもされないよ。
縁結びなんかよりもさ、俺は幸運の御守りでいいよ。縁結びのそれはお土産として19個買ってくよ。」
少し微妙な表情ながらも、ミシェルが鎖の繋がれた骨を袋に一つ一つ入れていく。
「うーん、幸運の御守りはこんなのでいい?」
奥の戸棚から取り出した、中程度のサイズの御守り。磨かれた骨の色と、鎖の鉄色のコントラストが残酷に映えている。素材は……何の骨だろうか。
「うちの工房の代表作、クローデルって言ってね。レプス種の大腿骨をエリア川に一月漬けた幸運の御守り。僕にも作れる唯一の御守りだけど、効果は保証するよ。これが無きゃ僕はもう死んでるね。」
渡された御守りは非常に軽く、それでいてどこか不可解な感触。
何かに守られているような、そんな安心感が腹の底から溢れる幸福を伴った違和感。
「次行く所、敵の本陣なんだろ。向こうで死んでしまったら葬儀も碌に行われないってさ。そのせいで今、依頼が急増してるんだよ。
……入軍試験の日、僕が言ってたこと憶えてる?」
入軍試験?
……暑かった記憶しかないなぁ。
俺が首を横に振ると、ミシェルが答え合わせをしてくれた。
「僕はさ、国の役に立ちたいんだよ。
だからアキラ。僕の代わりに戦って来てくれ。
でも、絶対に死ぬなよ。こんな僕でも生き残れたんだから、君が死ぬはずはないだろうけども。だから、絶対に死ぬなよ。」
……本当にこいつは御人好しだ。
自分の事よりも他人の事。何よりも誰かの幸福を願うその自己犠牲は、多分ほとんどの人が理解できないものなんだと思う。
しかも、よりにもよって俺なんかを心配するなんて。
人ではない、この俺を。
「死ぬわけないだろ。そうだな、俺が向こうで大戦果挙げるのを待っててくれよ。お前の分まで責任持って活躍してきてやるよ。
……ごめんな。こんな目に合わせて。」
思わず謝ってしまった。耐えられなかった。俺だけがのうのうと無事でいるなんて、本来在ってははいけない事だろうから。
多分、俺は人を恨んでるんじゃない。師匠を殺した憎き敵共ではあるが、恨み憎しみよりも先に人間として生きた経験がある分、きっとどこかで同情している。
憎しみで人を殺したいんじゃなく、もう二度ともう何も失いたくない。
師匠も、友も、何も。
敵は、魔物でも人間でもない。
敵は、不当な評価。
俺にとっての敵は多分、生まれついての先入観なのかもしれない。
「気にしないでいいよ。遅かれ早かれ僕じゃ撃たれてただろうし、何なら殺されてたかもしれない。
でもさ、それがミスじゃなくて君を助けることで生まれた傷なら……僕は誇りにするよ。」
足を右手で叩きながらミシェルはそう語る。
やっぱり、こいつはこいつでどこか狂ってる。
いや、どこのどいつも狂ってる。
「そう、か。
分かった、この話はもうしない。後その………うん、一つ話したい。
ヘラルドゥリー先輩もさ、俺らとそんなに変わらないよ。そりゃぁ家族の人は酷い人なのかもしれないけれども、あの人は関係ないはずだよ。
だから……誰かを疑うよりは、信じてあげて欲しい。先輩も、出来れば俺も信じて欲しい。」
ミシェルの瞳は真っ直ぐだ。俺のずれた展望とは異なり、彼は真っ直ぐに未来を見据えている。
一度道を踏み落としたのにも関わらず。
「信じたいよ。僕だって、人の善性を信じたい。だって、悪い人が多いって疑うよりも良い人が多いと信じる方がどう考えたって楽しいじゃないか。
……でもさ、『人間模型』は――――――」
隊の本部に戻って、結局「タダでいい」と金を払えなかった御守りをお土産として先輩方に配り、ちょうどヘラルドゥリー先輩に渡している時にミシェルの言葉が頭をよぎる。
「『人間模型』は人を灰に変える。『人間模型』は仲間を殺している。」
怖い。
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ある者曰く、それは人のなりそこない。
ある者曰く、それは冷酷無比な殺戮者。
ある者曰く、それは、ただ普通の少女。
ある者曰く、生きていない被害者だと。
またある者曰く、それは人間を真似て作られた悪霊だ。
ミシェルがヒロインでは?いや無いですが。