Aー14 計画倒れ
前回のあらすじ
・傭兵ギルド総員出動
そのまま自然と会議は解散された。ただし椅子や机は片づけられないまま。
恐らく、元に直すのはもっと大変だろう。
やることが無い、というわけでもない。例えば武器を取りにでもいった方が良いのだろうが、有難いことに武器はギルド本部にネルネさんが持ってきてくれたらしい。
半刻。体感としては一時間ぐらいだろうか。
戦闘の前にそれだけの時間が空いているとさすがに「暇」という感情が先行してしまう。
というわけで、ミリさんの見舞いに来ている。
兜を外された素顔は滅多に見ない――――というか、この人自身が滅多に晒そうとしない白髪だ。
そう言えば、人の寝顔なんて久々に見た。どちらかと言えば見られる側の機会が圧倒的に多かったからだろう。
「今、ミリさんはどういう状態ですか?」
ミリさんの寝ているベッドの向かい側、そこで何か果物の皮を剥いている『白』に問いかける。
「そうだねぇ。さっきも言ったけど、後はもう本人の気持ちの問題。よくあることだよ。私達みたいな治癒師にはもうどうにだって出来ない時があるからね。」
どこか達観したような表情で果物に目を落としながら答えてくれた。
少し納得いかなかったので、重ねて質問してみる。
「そういう時、何か出来ることは無いんですか?」
考え込んでから、『白』が答える。
「祈るぐらいね。ま、それしか出来ないっていうのは中々にもどかしいものよ。」
「そういう時、何に祈ればいいんでしょうか?」
無神論者にとっては、祈るという気分がいまいち分からない。
「神様に、って答えるのが神官としては正しいんだろうけどね。君は無神論者かな。となると、なんだろうね。
……例えば、ミリタロード本人とかかな。」
「本人に、ですか。」
意外な反応に思わず問い返す。
「そう、本人。頑張って生きてる本人を信じてあげな。」
改めてミリさんの顔を見る。
安らか、には見えない寝顔だ。かと言って苦しんでいるようにも見えない。言うなれば、後悔でもしているかのような表情だ。
「ちょっと、やってみます。」
もちろん、どれだけ手を尽くしても死ぬ奴は死ぬ。何ならミリさん自身が死を望んでいる節があった。
だからとて、諦めようなどとは思わない。
だから目を閉じて、両の掌を合わせる。
「うん。やってみるといい。私はもうここを出るよ。こいつみたいな無様晒す奴が出ない様にしなきゃ。」
「分かりました。僕ももう少ししたらここを出ます。」
切り分けた果物をベッドの脇の机に置いて、『白』は出ていく。その背中を見送ってから、立ち上がって背伸びをする。
ちらりと窓から外を覗いて、それからまたミリさんに視線を向ける。
最後に一言言っておこうと思っていたのだが、どうにも様子が違う。
ミリさんが、上体を起こしていた。
「ミリ、さん……良かった、目が覚めたんですか!」
「あ、あぁ。お陰様で、というべきなのだろうか。……俺が負けてから何日経った?」
「まだ一日も経ってませんよ。立てますか? これから反撃を始めるようです。参加できます?」
「すまないが……本調子とは程遠い。体の調子もそうだし……何よりも、精神が酷い状態だ。」
答える様子は手を震わせながら。声も瞳も一直線に定まらない姿は、心の底から怯えているように見えた。
……なるほど、これはまずい。この顔は新米兵士だとかとさして変わらない。
こういう顔をしている奴は大抵、戦おうが後方に引っ込もうが死んでいく。
「アキラ君、君はあの『紋章の眼』の殺害に成功したのだろう? どうして、そんな事が出来るんだ。……命の危機というのが、まさかこんなにも辛いものだなんて、君は知っていたのか?」
「まぁそりゃ、僕みたいな雑魚は懸けられるものが命ぐらいしかありませんでしたから。怖いどうこう以前に、そんな事考える余裕が無かった、って言うべきです。」
「……そうか。だが、だとしたら俺のこの弱さは何なんだ? 覚悟の一つも出来ていない、戦場においては邪魔なだけの案山子……いや、それ以下の疫病神だ。何で、どうして俺は、いくら強さを手に入れても強くなれないんだ?」
ミリさんの問いかけは、異様に重く、それでいて贅沢な悩みだと思う。
多分その贅沢さは、自身の評価が原因なのだろう。
「きっと…自分を強い、なんて考える余裕があるからだと思います。僕はもう自分を信じられないっていうか、自分はそんな人間じゃないんだろうなって。運命だとか奇跡だとか、そんなものは僕とは無縁の存在で、だから、どうにかして弱さを受け入れるしかなかったと言いますか。僕とミリさんでは違いすぎると思います。」
「そうか。そうなんだろうな。答えてくれてありがとう。……そうだな、自分の弱さを見てみよう。」
この辺りが俺の考えられる限界だ。結局、俺は所詮一兵卒に過ぎない。そんな贅沢な悩みが出来るのは、遥かな強者だけで充分充分。
……そういえば、気になっている事があるんだった。
「ミリさん、自分の手で『紋章の拳』を倒す、って言ってましたよね。……それ、ミリさんの過去とも関係はあるんですか?」
ずっと気になっていた事だ。ミリさんは何でどうしてここに居るのか。
センドゥレス先輩とも違うだろう。この人は自分の意志で魔人族と戦っている。そして何より、『紋章の拳』に見せた妄執だ。腹違いとは言え兄弟相手に、それまでの憎悪を抱けるものなのだろうか。
「ある。今の俺の全ては、50年前の第二次人魔大戦に作られている。」
ありきたりな表現だが、ミリさんの眼は、どこか遠いところを向いている。
それが映し出しているのは、例えば50年前の戦火だ。
「俺の本来の名はミリタロード・ヘラルドゥリーではない。そしてこの紋章も、生まれつき持っていたものではない。
俺の元の名はミリタロード・メイン・ブランドー。スウォルド・ヘラルドゥリーから『紋章の剣』を奪った……世界で唯一、紋章を持つ烙印だ。」
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紋章と烙印。魔王国ヴェネフィクスの誇る武の双璧。それぞれがそれぞれに強みを誇り、故にこそ互いの特性を持つ子を作ろうと政略的結婚が行われたことも何度かあった。
あるいはそれは双方を混ぜた血を用いての人造人間の作成であったり、烙印の遠縁との交合であったり。道理を問わず、難易度を問わず、ありとあらゆる方法が試されてきた。
その成功例はただの一人とて存在しない。
ほぼ全てにおいて母体が耐えられないか出生と同時に赤子が息絶えるかの二択。仮に一命を取り留めたとしても、身体に重大な欠陥を抱え、5歳を迎える前に命を落としてきた。
そこで、と第二次人魔大戦時の研究者達は考えた。
「交わらせて生き延びる事が無いのなら、元より育ち切った者を混ぜればよい」
即ち、移植という案であった。
だがしかし、その為には犠牲となっても構わない紋章と烙印が必要。そこで白羽の矢を立てられたのが、四天王魔唯一の汚点とさえ罵られた平和主義者、スウォルド・ヘラルドゥリー。
そしてその剣の腕を以て名声を高めていたミリタロード・メイン・ブランドーであった。
……らしい。
伝聞になるのは仕方がない。俺はその時代を生きていたわけでも、もちろん当事者であったわけでもないのだから。
だが、その当事者であったミリさん自身にとってはとても忘れられようのない記憶であっただろう。
「――――皆さん! 朗報です!」
既にギルド本部の前で集合、決戦前の最終点検を行っていた傭兵たちの元へと、叫びながら駆け寄る。
俺の叫びに何事かと人が集まってきたタイミングで、一言を口にする。
「ミリさんが……『黒』が目を覚ましました。」
俺からの報告に集まってきていた傭兵が沸き立つ。まるで戦勝ムードだったが、次第に疑問の声が上がり始める。
それが不満へと昇華される前に、容赦なく悲報を伝えた。
「ですが、今はまだ戦えない状態です。ですので、今からでも作戦の決行を遅らせてほしくて……。」
次に上がってきたのは当然ながら落胆の声。どころか「ふざけんな!」といった罵声も聞こえてきた。
どうしようもないかと思えるほどに膨れ上がった騒乱だが、その中を海でも割るようにして進んできた男が、俺の目の前へと来てその口を重く開いた。
「少年よ、名前は何だ。」
男は、『十二色』のギルド長だ。
「アキラです。ミリさんのパーティメンバーの。」
「あぁ、なるほど。『黒』ミリタロードの。それで? その『黒』ミリタロードが目覚めた、と言っていたな。本当か。」
「本当です。ミリさんは目を覚まして、そして……覚悟を決める、と言っていました。どうかその意志を汲んでは貰えませんか。」
俺からの懇願に、ギルド長は少しの間考え込む。
確かに、これは微妙な問題だろう。なにせこんなややこしい状況については想定されていない。俺自身も何が正解なのかは分からない。
ただ、ミリさんには夢を叶えてほしい。それだけの話だ。
「奴の覚悟とやらにどれだけかかる。」
「分かりません。」
「……仕方がない。出発を八分刻伸ばそう。それ以上は待たん。」
出た結論はありがたいことに延長。背を向けるギルド長へと、慌てて頭を下げた。
そんな俺の元へ駆け寄ってくる、ネルネさんの姿を発見した。
「おい、アキラ君。ミリタロードが目を覚ましたというのは本当か。」
「本当です。もうしばらくすれば来ると思いますが……」
そう言ってギルド本部の方へ視線を向ける。
「私は一旦戻る。オートノミーを呼んでくる。」
「分かりました。僕はここで――――」
会話の途中だったが、どうにも嫌な音が聞こえて口を閉ざす。
異音は次第に大きくなっていく。音に気付いた傭兵が続々と、その目を音の発生源へと向け始める。
言うなれば、門を破壊されるような音。爆発音だ。
最後に一際大きく爆発音が轟いて、僅かな間、静寂が訪れる。その次に響き始めたのは足音だ。
「……何か、嫌な予感しません?」
「予感、といっては曖昧だが、意見は同じだ。」
この嫌な予感、というよりは推測は、何度かしたことがある。こういう予感の直後には、大体同じ展開が待ち受けていた。
「敵襲、だろうな。」
頭の片隅にはあった。そもそも敵がじっとしているわけがない、とか。
だが、まさか現実になるとは。
せめてもう少し待っていてほしかった。せめてミリさんが戦える状態になってからなら……いや、ないものねだりをしたってしょうがない。
「総員、傾注。」
ギルド長の声が、傭兵の間を通り抜けて響く。
「第一門の破壊を確認できた。それに合わせて敵勢力も進軍を始めたようだ。
敵軍を即刻迎え撃つ。急ぎ戦闘準備せよ。」
……だそうだ。さっきの交渉は無かった事にされたのだろうか。
いや、分かっている。これは仕方のないことだ。怒るべきは自分の愚かさだろう。
深く、深く呼吸を行う。
……よし、決めた。八つ当たり、もとい時間稼ぎだ。
覚悟しろ、小鬼共。
小ネタ。八分刻は一刻を八つに分けたものです。四分刻は四つに分けたもの、二つに分けたものだけ半刻。一刻は一日を十等分したものなので2時間強ぐらい。