A-7 開戦前夜
前回のあらすじ
・イド到着。
この街には今、正規兵だけでも2万の兵がいる。
彼らの力だけでもSランクの魔物ぐらい、容易く屠るだろう。
しかし、この世界では個人の力が大きすぎる場合がある。一騎当千を容易く実現する彼等は、国の命運を左右すると言っても差し支えない。単独でSランクの化け物に勝利するような輩がこの世界には数え切れないほど存在する。
それでも、魔人族の国、魔王国ヴェネフィクスは人類が結束して初めて対等となる。最たる理由は名高き四天王魔。その中でも『紋章の一族』ヘラルドゥリーと『烙印の種族』ブランドは武の双璧として名高い。
紋章とは、異能を誇り、子を徹底的に鍛え上げる魔人族の変異種。しかしその数は20に満たない。
一方で烙印は異能こそないが、その基本能力は格段に上昇する。その特性を受け継いだ一族は、上位魔人などと呼ばれ、特権階級として優遇されているそうだ。
一般的にブランドの一族は、通常の兵百人分と言われている。
対するヘラルドゥリーは万人分と言うとか。
ならば、もし。
ブランドとヘラルドゥリーが交わった時、一体どれほどのものとなるのだろう。
何度も試みられたそうだが、そのことごとくが失敗。今や不可能を表す諺として使われている仮説だ。
・
・
・
俺達の泊まっている宿は本当に質が良い。ベッドは柔らかい。飯はうまい。それに加えて、風呂もついている。塩水のプールがあって、街がぴりついていなければ完璧だった。
後は馬鹿でもくつろげるように頭を空に出来る話をしてもらいたかったのだが、会話は現在途絶えている。
『紋章』を持っている者、という目撃情報があったからだ。
緊張の度合いで言えば、あのネルネさんがひっきりなしに立ったり座ったりを繰り返すぐらい。そんな緊張の水面下、ブリーフィングに向かっていた各パーティーのリーダー、俺たちにとってはミリさんとアレハンドロさんが戻ってきた。
「すまない、少し長引いた。この街、は早々にもかなり危機的な状況にあるようだぞ。
原因一つ目、迫ってきている部隊にいる『紋章』は四人。『焔』、『眼』、『夜』そしてもう一人は詳細不明。加えて『烙印』の本家から三人。分家も含めれば三百はくだらないとのことだ。
そして二つ目だが、『拳』の動向を見失ったらしい。」
「『拳』はともかく……『眼』がここにいるだと?普通に考えて過剰戦力だ。敵は何を考えている。」
「前回の結末が結末ですし、何としても王国を攻め落としたいんじゃないかな?なぜ、そうまでしてここを落とそうとしているのか。それが少しばかり気になりますが。」
「『眼』がここででてくるはずがないと思っていたのだがな……対策は既に行ったのか?『夜』だけではない。詳細不明の四人目に関して何も分からないのか?」
「無理だ。どうしようもない。だがデータが無いという事は少なくとも第二次人魔大戦には参戦していない、という事でもある。戦争に参加していないのであればレベルはまだ低いだろう。敵も、こんな序盤からリスクを負うことはしないはずだ。だから……」
「四人目が戦闘に直接参加することは無い、ということか?」
「その通り。尤も、あくまでも予想というか希望的観測だけどね。」
俺とオーちゃんを無視して三人で頭よさそうな事を話している。人間同士のいざこざに関しては知恵が無いので俺には何も出来ないから、別にいいけど。うん、何の問題もない。
「ならその詳細不明の子よりも『夜』の対策をするべきじゃないかしら。まだ完全に解明されているわけじゃないんでしょ?十分すぎる脅威だと思うわ。」
訂正。俺だけ参加できないのか。
「諦めて下さい。『夜』への対策はみんな無駄になってきた。それよりも重要なのは『焔』と『眼』を討つ事ではないかと思うのですが、何か案はありますか?」
「案というよりは情報だが、その二人はペアで戦っていたことが多い。『焔』が門をこじ開け、『眼』を侵入させる、という戦法が多く取られていた。これに加えて『夜』への警戒も必要とはとんだ難問だがな。」
「ええ。しかも、仮に彼らがその方法で侵攻してきたとして、我々にできるのは精々が全身鎧に限定して配備させるぐらいだからね。実に厄介な能力だよ。」
「遠距離から『焔』を討つ方がいいのではないか?そうすればそもそも侵入させずに済む。」
「過去何度も試みられた、とだけ言っておくよ。」
「なら仕方がないな。……くそ、『眼』の動きはどうなっている。ここに奴を投下するだけのメリットは無いはずだろう。短期決戦でも狙っているのか?」
「もしかすると見せかけのつもりなのかもしれないね。いやそれだとなぜわざわざ彼をここに登用したのか、という疑問は残るな。そんな所に使える人物じゃない。」
えーと、なんで『眼』がここに来ようとしているのかが問題、なんだよな。
ひょっとしなくてもこれ、『ラプラス予測権限』の晴れ舞台なのでは?
『ラプラス予測権限』行使。求める未来は……『眼』の動向十日間ぐらい、でいいのかな。
_____________________________________
ラプラスに予測される「インスぺルーフ・ヘラルドゥリー」の迎える結果。及びその確率の表示。
「『十二色』主戦力の殲滅」・・・推定45%。詳細を表示。
「イドでの戦死」・・・推定30%。詳細を表示。
「ハロルド市での虐殺」・・・推定19%。詳細を表示。
「イドでの負傷による戦線からの離脱」・・・推定3%。詳細を表示。
「ハロルド市での負傷による戦線からの離脱」・・・推定2%。詳細を表示。
「ハロルド市での戦死」・・・推定1%。詳細を表示。
_____________________________________
インスぺルーフさんっていうのは『眼』で間違いないはず。だとして、あくまでも狙いは『十二色』なの?ネルネさんの予測と同じくイドには十日以内に奇襲を仕掛けるって事でいいんだよな。ならなんでハロルド市での虐殺?この二つは相容れない?なんで?
いや、落ち着け、考えることに関しちゃ他力本願にいこう。
「すいません、一つ質問してもいいですか?魔人は僕達よりも魔法への適性が高い種族、ならここで襲撃を仕掛けてから他の街へ即座に『転移』する、とか出来るんじゃないでしょうか。」
「無理だな。烙印の主家クラスならともかく、その道に精通してなければ戦闘の直後に他の戦場へ転移なぞ、自殺行為だ。」
「この街以上に王国を潰すために重要となるのは……やはりイドと王都かな。ここを狙うのは王都とイド、両方を繋ぐ補給基地のような役割も持っているからだろうけど、それ以上の意味は無い。畑でも焼いて進む方がよほど……あぁ、それに、王都もイドも魔力場というものが濃いんだ。細かい説明は省くけど、『界魔法』なんかは特に悪影響を受けやすいから、そのためにあそこを挟んでの『転移』は魔導研究で名を残すレベルの人物が数日をかけてやっと一人を送る、ぐらいが限界だろうね。」
「正確にはイドではなくシンサー大森林一帯らしいな。王都は人為的に濃くしていると聞いたが、『夜』の紋章の影響を緩和させるには足りないらしい。だからこそ、奴の王都占領は歴史に残っているわけだが――――」
「ちょっとストップいいかしら。なら、詳細不明ちゃんが『転移』に近い能力を持ってたら話が変わるんじゃない?」
「なるほど……直接戦闘的な能力じゃない可能性かぁ。それなら或いは、いやそんな紋章あるのか?他のどの紋章にもそんなもの無いぞ……」
待て、詳細を。えっとだから『ラプラス予測権限』行使。「『十二色』主戦力の殲滅」の詳細を表示してくれ。もしかするともしかしている可能性は十分にある。
_____________________________________
インペルーフ・ヘラルドゥリーによる「『十二色』主戦力の殲滅」その詳細。
ハロルド市にて戦闘に参加、その後ディメイト・ヘラルドゥリーの助力によってイドへ転送。ゴブリンと魔人族の徒党襲撃の混乱に乗じて『十二色』本部侵入の後、殺戮を行うでしょう。
_____________________________________
ディメイトさんの正体は分からんが、転送の助力が出来る紋章、つまりは未知の物ならば多分詳細不明さんで……やっぱり転移系の能力ことだよな!なら、「ハロルド市での虐殺」によって「『十二色』主戦力の殲滅」が行われなくなるのは魔力的な問題ということだろうか。
とにもかくにも、ほのめかすぐらいはしておこう。報連相大事って聞いた事あるし。
「そう考えていても問題は無いんじゃないですか?少なくともそれを想定していれば、えーと……『眼』を街中に放り込まれる、とかにも手を打てます。」
「なるほど、可能性の一つとして考えておくべきだな。」
俺からの提案にネルネさんが賛同してくれる。
正直、『ラプラス予測権限』についてはアレハンドロさんの前では話したくない。普通に手の内を晒したくないし、変に持ち上げられるのも嫌だ。ていうかこのスキル、使ったとしても理解するのが一番難しいし。
「ではそれも踏まえた上で領主様には提言しておくよ。……そういえば、皆は僕と違って戦闘員だけど、戦闘準備等はいつ頃始めるんだい?」
「基本的にはいつでも戦える。ただ傭兵と言えども経験を積めたのは先の大陸戦役が久しぶりだったからな。おかげで勘を取り戻すことが出来たよ。オー、君達も似たようなものだろう?」
「敵さんには悪いけどその通りね。人類を本気で滅ぼすつもりならドルーワとの三つ巴にでも持ち込んだ方が勝ち目があったんじゃないかしら。」
「いや、そんなことはないだろう。我々や君達の様に前線で戦っていたものは意外と少ない。生き残っている人間はな。故に例えばこの街の兵士とか、彼らにとっては先の戦争など沿岸の火事に過ぎなかっただろうな。他ならぬ君達の奮闘の成果だ。彼らの分も働かなければならないのだから、傭兵という立場も辛いものだな。」
「おや、その口ぶりはネルネ氏も戦うのかな?それは頼もしい。今回は何人討ち取るつもりですか?」
「さてな。皆殺しと行きたいところだが流石にそうはいかないだろう。ドルーワの木偶の坊とも勝手は違うだろうから、上手くいけても烙印百人斬りが限界だろう。」
「え、ネルネさん戦えるんですか?」
しかも百人斬りって相当な化け物かバカだぞ。
「当然だろう?頭を使うだけで『黒』のパーティーに入るなど、『十二色』の最高文官でもなければ不可能だ。」
「知らなかったのかい?大陸戦役でのドルーワ決戦のための前哨戦となった、公国の港町ライベル奪還作戦。そこで、元住人の有志として参加しておきながら最多撃破を為したのがこのネルネ氏だよ?あぁいや、あの時は名前を名乗っていなかったから公的には別人扱いなのか。」
うっそでしょ。箸より重い物持てなさそうな仕事してたじゃん。
「今回からそう上手くはいくまいよ。あの戦いとは違い、今の我々が対峙しなければならないのは一部の強者、つまりはさっき報告があげられた紋章や烙印を相手どることになるな。彼らを相手に1000人も斬ることができる自信は無い。」
「そもそも1000人も烙印がここに来ていてはそれこそ詰みだろ。」
「1000人斬れば問題ない。君達は数の力を過剰に考えすぎではないのか?」
しかもバカな方だったのか。数の暴力信者を全員敵に回したぞその発言。
「あぁ、流石にこんな話がいつまでも続くとは思っていない。時代は変わり、いずれ個の英雄の時代から軍の兵士の時代が訪れるだろう。英雄譚が途絶える頃には、我々の仕事は無くなっていくだろう。金を払わずとも国民を使えばいいわけだからな。」
頭の良いバカってことですか。
「そんな時代に至っていないのは公国の例から見ても明らかだけどね。我々の代でそんな時代が訪れるとも思えないけども、そんな時代が来れば寧ろ戦争は激化しそうな気がするけどね。」
やばい、頭の良い話ルート始まった。もう嫌なんだ、頭の痛くなる話は!これ以上この頭の良い馬鹿どもと同じ部屋にいられるか!
「すいません!急用を思い出したので街に行きます!」
自分の無能加減を思い知らされて嫌なんだよ!
――――魔王軍のイド強襲まで、残り3日。




