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小林ー4 春の小川

前回のあらすじ

・いじめられたからキレた。

 森の中を歩いていた。

 一歩踏み込む度にその足跡を凍てつかせ、一歩進み込む度にその森を凍りつかせる。


 思考を凍てつかせながら、暴力的に進軍する。キリキリと氷の軋む音が響く。

 食事すらせず、補給などいらず、恨み、呪い、憎しみ、怒り、復讐心だけで歩いている。

 環境を鑑みない。他己のの事を考えない。死をばら撒いて進む迷惑人物が俺だ。


<Lvが138から139に上がりました。>


 体感時間ではどれだけか、半日ほど経っているのではないだろうか。この森には魔物すらも居ないのか、少しづつしかレベルが上がらない。

 目標は無い。目的もない。

 復讐を望んでも手段が無い。反逆を願っても方法が無い。

 その絶望感に浸りながら、ただひたすらに森を進む。


 怒りはなぜか薄い。文字通り頭が冷やされているからか。もしくは気でも狂ったか。歯を砕かんばかりに噛みしめながら、森を氷で浸食させていく。


 白息が零れる。零れた白息は足元まで垂れ下がり、同心円状に広がっていく。広がり、広がり、常温と氷の最前線にて、解け消える直前に突然現れた人の足に当たって掻き消える。


 常人ならば逃げる以外の選択肢を持たない異常な光景。それに逃げ出さないのは同じく異常な者だけだ。


 例えばそう、この少女のような超越者だ。



 腰に両手を当てて、睨み付けてくる少女。こんな辺境に居るはずのない、12歳ほどの幼い容姿と、この冷気に耐えている現実が果てしない違和感を生んでいる。

 そんな少女が、右手でこちらを指差してから高声で唐突に叫ぶ。


「お前がこの森で暴れ回ってる外道だな?

 この『運命の魔女』の領域でこんな非道を行うなんて良い度胸だ!裁きを受けて、地獄で悔いろ!」


 そう宣言しながら、宣言と同じく唐突にこちらに走り寄ってくる少女―――――自称『運命の魔女』。

 右拳で殴りかかってくるその少女は、殺意を目に宿らせながら左足を俺の目の前で踏み込み、そこから腰の捻りを拳に加えていく。


 咄嗟に氷を作製、同時に後ろへと飛び退く。

 その氷をものともせず、拳が降り切られる。拳に砕かれた欠片すらなし、一切の抵抗が無い攻撃。流石にアレほど綺麗に破壊されると、この少女の評価を数段階改める必要が出てくる。


 飛び退いたこの姿勢では、次の攻撃を完全には躱せない。

 躱せないなら、当てなければいい。下に傾いた左腕を無理矢理振り上げる。一拍遅れて俺の左側の地面から、氷の塔が少女に襲い掛かる。

 少女と氷塔の衝突。否、それは衝突と呼べるものではなかった。それを正しく表現するならば消滅。最初から「あってはいけないもの」の様に掻き消える。


 慌てて氷を作り出して体を押し出す。

 2m、3m、4m。少女の衝突地点と推測される場所から離れていく。

 10m。そこで氷の押し出しを止めて、立ち上がる。そこから背を向けて逃亡。


 ……したが、背後からの衝撃に姿勢を崩された。

 右側面を下にしながら、目を開いて衝撃の方向を見る。


「どうだ!君が手を出した『運命の魔女』の強さを思い知ったか!?」


 右拳を左手でポキポキと鳴らしながら歩み寄ってくる少女。その顔に浮かぶのは、こんな危険な状況には似合わない誇らしげな表情。上から見下すその視線は、どこか俺を憐れむようだった。

 攻撃する様子ではないので、立ち上がる。両手を上げて降参の意志を示す。


 つい先日罠に嵌められた自身の観察眼を信用は出来ないが、恐らくこの少女には話が通じる。


「……私には貴方の森も、貴方も害する気はありません。謝罪させていただきたい。」


 だが、俺の予想とは裏腹に少女は顔を不機嫌そうにしかめる。


「ふん、言わせておけば。自分の身が危険になったらすぐ降参かい?都合がいいにもほどがあるだろ。

 ……でも、うん。謝罪ぐらいは聞いてやる。最期を僕みたいな美少女に看取ってもらえるんだ。喜べ。」


 言わせておけば。調子に乗りやがって。


「……実は、私は今帝国から身を追われているのです。それでこの森を彷徨っておりました。

 騙されましてね。所謂没落貴族の生き残りです。」


 一体なぜこんな話をしているのか。もはやこれは正気とはとても言い難い。

 いやいい。あんな貴族共と比べて正気でないならその方が断然嬉しい。


 なぜか、笑みが零れる。そこに嘲りは一切ない。


 少女が右手を振りかぶる。あんな細い手で何を出来るとも思えないが、その価値観をたった数合で打ち壊したのがこの少女だ。回避不能、防御不能の一撃が俺を襲う。



 ……その前に、右手で少女の首に触れてみた。相手の体内の水分を凍らせることの出来る右手で。一方で少女の未だ拳は動いていない。

 嗤ってやった。今度は思いっきりの嘲りを籠めて。


「抜け落ちたのは信仰。その手に持つは未来予知、現状維持、運命改変。であっていますか?『運命の魔女』さん?

 確か、自身の周囲を異界化させてるんでしたっけ?無生物を支配しているとか。」


 この少女の話は確か本に載っていた。弱冠12歳にして国際魔導師の資格を得た後、帝国の研究所で独自の魔導系を確立。しかし不戦の姿勢を貫き、遂には冠城山脈へ逃亡。

 『魔女』や『魔法使い』などと呼ばれる永世中立者に認定された一人、だとか。


 一方で『運命の魔女』は「やれやれ」と言わんばかりに肩を竦める。


「古いなぁ、君達は。いつまで経っても変わらない。うん、君の言った事は合ってるよ。

 でもさ、この僕が、『運命の魔女』がいつまでも進歩しないとでも思ってるの?僕の『天命宣告』は無生物だけ、なんて縛りはもうない。だからさ、いい加減その手を離せよ。」


 『運命の魔女』がそう言い終えると、俺の右手が消えていた。手首から先が綺麗に。それも、痛みは無い。


「まぁ、人間様には僕みたいな下賤な魔人族との混じり物の考えは理解できないだろうけどね。安心しろよ、君の指は『元々無かった』事になったんだ。直に君の体は全てそうなる。

 ……一体何で、魔人族の君が貴族なんて名乗るんだい?」


「そちらこそ古いですね。帝国は人種なんかで差別しませんよ。帝国民は別のようですが。分かっていただけましたか?」


「なるほど、そういうことか。……ところで、今は何年なんだい?」


「……3565年です。」


 殺さなくていいのですか?とは聞かないでおく。


「100年ぶりか……。情報ありがとう。一瞬だ。休み給え。」


 小さな手が伸びてきて、そこで俺の意識は終了した。

                        ・

                        ・

                        ・

 目を覚ますと、そこは知らない部屋だった。

 そういうとまるで謎の施設にいるようだが、生憎とそういう事ではないらしい。

 なにせ、謎のログハウスだ。加えて言えば黴臭いベッドと大量の落書きが付属している。


 人間工学を馬鹿にしているかのようなベッドから起き上がり、窓から覗く景色で察するにここは森の中。

 いつの間にか替えられていた白装束を眺めながら立ち上がると、どうもここは村などではないらしい。なんといえばいいか……生活音が周りから聞こえない。元に戻っていた右腕を見つめて、握る開くを繰り返してみる。

 死後の世界とは、なんとも見栄えしないところのようだ。


 そう思いながら窓を開けると、心地良い温度の春風が吹いた。

 周りに生えている木は特別なものでは無い。帝国でも普通に生えている木だ。


 その名前を思い出そうとしていると、扉の開く音がした。


「おや、目を覚ましたようだね。どうだい居心地は?ここなら魔導の研究は誰にも邪魔されることは無い。面倒な社交も、上からの命令も無い楽園(パラダイス)さ。」


 入ってきた少女には見覚えがある。12歳ほどの幼い容姿で、エプロンを付けて野菜を抱えている。


「……遂に死んだと思ったのですが。まさか貴方を道連れに出来た訳でもないでしょうし、ここはどこですか、『運命の魔女』さん?」


「君はこの僕が人を殺すかと思ったのかい?ここは僕の家。100年ぶりの客だよ、君は。丸二日間もベッドを占領されるとは思ってもみなかった。

 ……まぁ、一部語弊があるか。確かに最初は君を殺そうとしてたよ。生かしているのは気まぐれ。後は実験に使おうっていう好奇心だね。」


 人体実験か。それは出来ないだろうな、彼女の信条から考えると。


「ま、何よりも君の話に興味がある。色々と情勢も変わったみたいだし。こんな僻地まで来る人間なんてそうそう居ないからね。今、帝国では何が起きているんだい?」


 なるほど。

 俺を殺すよりも生かしておいてほうがメリットが大きかったと。ならば、せいぜい利用価値があると思わせよう。

 ベッドの隣に置いてあった椅子の背もたれに腕をかけている少女に尋ねてみる。


「……まず、何から聞きたいですか?」


 顎に手を当てて考え込む『運命の魔女』。


「うーん、そうだなぁ。まず聞きたいのは魔人と人間の関係性かなぁ。次に、分かるのなら今代の『神子』について。後は君の目的、かな。」


「……大したものじゃありませんよ。復讐……というよりは八つ当たりです。帝国のやり方に腹が立ったから帝国を潰す。それだけのことです。」


「違うよ、それは最後。君の身の上話の優先度はそんなに高くない。さぁ、僕の言葉を思い出して、その上で指示に従いたまえ。命が惜しいのならね。」


 ……話を逸らす作戦、失敗。


「これは申し訳ありませんでした。魔人と人の関係、ですか。

 そうですね、11年前からは戦争状態です。ですが、国によって扱いが大きく異なっています。大抵の国では即捕虜扱い。扱いがあまり変わらなかったのは帝国ぐらいでしょうか。それでも、国民が抱いている感情はあまり良い物ではないと思います。」


 大人しく従う作戦は問題なさげだ。


「なるほど……ま、今までとそんなに変わっちゃいないな。

 しっかし君達は本当に戦争が好きなんだな。今まで300年ぐらいは生きてきたけど、寧ろ平和だった時間の方が少ないんじゃないか?」


 余計なお世話だ、と言いたい。自分だって好きでこんな話をしたいわけじゃない。

 だがしかし、戦争状態にあるのは事実なのだ。流石にここで嘘を吐く勇気は無い。


「……次に、今代の『神子』と言いましたか。『神子』スキル所持者として有名なのは『英雄』アルストロメリア・アルファ・ストレリチアです。50年前に魔王を殺したことで人類史上最強との呼び声も高いです。」


「は?……もう一度言ってくれ。」


「?はい。『神子』スキル所持者として有名なのは『英雄』。魔王を殺したことで人類史上最強とも言われているそうです。」


「そこでストップ。魔王を殺した?50年前に?あり得ない。一体どうしてそいつは生きている?」


「はい?何の問題が?」


「生きてることだよ。逆に聞くけど、そいつの前に魔王殺しを為して、生き残ってた奴が歴史に居たかい?魔王にはそういう特性があるんだよ。『魔王の剣』とやらによってね。」


「……?」


「まぁいいさ。君の身の上話はさっき聞いたから、楽にしてくれ。しばらくしたら昼食を運んでくる。それまでは寝るなり散歩するなり逃げるなり自由にして構わないよ。」


 逃げても構わない、という言葉から考えられる意味は二つ。

 俺に利用価値が無くなったか、俺が逃げたとしても捕まえる自信があるのか。

 何にせよ、今すぐに殺されることは無いはずだ。


 しばらくすると、サラダを持って少女が戻ってきた。

 そのまま机の上に二人分を置いて、よもやそれだけと言うつもりだろうか。


「知らないのかい?僕は菜食主義者だ。さ、そこの席につきたまえ。」


「……失礼します。」


 この魔女、ただ寂しいだけなんじゃないだろうか。


「そういえば君、名前は何なんだい?そろそろ聞いておかないと不便だ。」


「アイシセイチェ、です。別に呼び名は何でも構いません。」


「ではアイと。……いいね、愛とは程遠い様子の君をアイだなんて呼ぶとは。なかなかどうして面白いとは思わないかい?」


「いえ、あまり。生憎とそういったセンスは僕にはないもので。あなたの名前は?」


「イディール。苗字は無い。別に呼び名はなんでもいいよ。」


「ではイディールさん。僕をどうするつもりですか?」


 考えてみれば、この少女は目的を持っていると思えない。

 言い方は悪いが、生きた屍と言って差し支えない。この少女は、死んでいないだけで生きてはいない。そんな印象を今抱いている。


「そうだな……まあ、話してもいいか。

 とある約束をしたんだ。君、不老魔術について何か聞いたことは無いかい?」


「いえ。それなりに勉強はしていたつもりですが、そのような術式の噂は一度も。」


「そうか。ならまだ最悪の事態には陥っていないという事かな。

 君にも理解はできると思うが、権力者は皆不老不死を求めるものだ。そしてこの世界には『老化無効』なんてスキルがある。彼らがそれを欲するのは当然の帰結……ということは理解できるね?だがもちろん、このスキルを入手するのはとても困難だ。そこで発案されたのは、術式による不老。」


「待って、下さい。術式で不老?あなたが魔導研究の最前線に立っていたのはもう600年は昔の話でしょう?そんな頃に、不老術式?そんなもの……」


 在る筈がない。

 在って良いはずがない。そんな考えが頭に浮かんだ。


「できるよ。僕の術式、『天命宣告』。分類としては『強化魔法』と『界魔法』。これを使えば自分の体内も自由に操ることが出来る。

 尤も、消費魔力が酷すぎて常時展開なんて普通は出来ないはずだ。

 でも、術式さえあれば誰でも展開できるようになる方法がある。何か分かるかい?」


 誰でも?

 いいや、無いな。絶対に。証拠は俺。俺はそもそも、『氷魔法』に分類されていなければ術式を理解することさえも出来ない。どこぞのぼっちゃんに言われたとおり、俺は下劣な存在なのだろう。


「……前提からして間違っています。二つの魔法を組み合わせるのはそもそも困難です。ましてや、『界魔法』を組み合わせた複合術式?無理です。そんな複雑なもの、大抵の人間は使えません。使えるはずが、ありません。」


「レベルが上がっても?」


「無理です。」


 ここに良い例がある。レベルが上がっても『氷魔法』しか使えない間抜けが。


「……そうか。確かに、こいつを使える人間がいるとすればそいつは間違いなく天才の類だろうね。僕みたいな。」


 このアマ、調子に乗りやがって。

 実際天才だというのが腹立たしい。


「それでも、何人かはいる訳さ。そんな奴らは、どうやってレベルアップしようとすると思う?」


「……それはもちろん、何かを殺して、でしょう。」


「じゃぁ、もっとも経験値効率の良い生物は何か知ってるかい?」


 俺が首を横に振ると、『運命の魔女』は意地の悪そうな笑顔を見せて、こう答えた。


「人系の生物。獣人とか魔人とかね。」


「……それはまた、何とも恐ろしい話ですね。人間と魔人の戦争なんて、英雄が現れるのも納得です。」


「そして、だ。こういった天才たちがイコールで権力を手に入れる国がある。ど-こだ。」


「インペラトリス帝国、ですか。」


「そう。だから、見張ってるのさ。僕と同じ術式を使う人間が現れないように。現れたとしても、そいつを止める事が出来るようにね。」


「人間と魔人との関係性を訊いたのは、常時展開を使いこなせる逸材が現れるかもしれないから。『神子』スキル所持者の所在を訊いたのは、あなたの術式を再現出来る可能性があるから、ですか。」


 そして、俺の目的を聞いたのは、俺をスパイとでも考えていたか。


「正解。そういうわけで、君に少し協力してほしい。君だって、帝国が一層強くなるのは嫌だろう?」


 そう締めて、彼女はこちらに手を伸ばしてきた。その手を握った時、彼女との契約を俺は容認するようになる。そして、そうするのが尤も安全で、確実に復讐を果たすための方法の一つだ。


 それはそうだ。

 だが、彼女と俺では何かが決定的に違う。だからこの関係は、いつか必ず崩れ去る。


 なので精々、利用させてもらうとしよう。


「分かりました。あなたの実験に付き合わせてもらいますよ。ただし、つまらないものは見せないでくださいね?」


「ふん、上等だ。そっちこそ僕の天才っぷりに付いて来いよ。」


 この瞬間、俺は『運命の魔女』に弟子入りした。

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