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まじょカル  作者: リトナ
マジョカル×魔女×巫女 ~第一章 まじょカル~
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第八話 二人の巫女

 古い年月の経過を感じさせるが、よく手入れされた木製作りの拝殿内で、自分の中では正装に当たる巫女服姿で板間の上に直に正座しながら音羽水葉は瞑想していた。


 今朝は水浴びを済ました後に、学校へ行く時間まで拝殿内の掃除をするつもりだったが、私は今日に限り朝の日課を諦めることにした。


 理由は今、目の前で布団の中で寝ている男の子のせいだ。


 十代後半……自分と同じぐらいの年齢だろうと私は推測していた。


(学校の時間まで、あともう少しあるけど、どうしたものかしら……)


 今も尚寝ている少年の頭には、冷えた水で濡れ、小さく畳まれたタオルが置かれている。その側に冷水を入れた洗面器があり、少し前に少年の頭の上のタオルを冷やし直してばかり。


 その時に、少年の頭のコブが最初に見た時よりも随分引っ込んできたので、とりあえず安心したのは、つい先程のこと。


 ただ、安心はしたものの、決して自分が悪かったなどと思う気はない。


 なにせ、この男は私の裸を覗き見たのだから。


(そう……天罰よ!)


 とは思うものの、びっくりしていたとはいえ、さすがに頭に石を投げたのはやりすぎたかなと逡巡しては、これは自業自得だと思ったりし、さっきから全然瞑想に集中できないでいた。


「水葉ちゃん、顔がさっきから怒ったり、悩んだり、コロコロ変わって面白い♪」


 慣れ親しんだ声が聞こえたので、私は今度は不満げな表情を作って、声の主を睨んだ。


逢花あえかぁ~!」


 私と同じ年の、こちらもまた巫女服を纏った女の子に向かって、私は向ける相手が寝たままで消化できなかった不満をぶつけることにした。


「仕方ないじゃない! 今日は朝から最悪なんだから!」



 頭をプイっと横に逸らし、さも怒っているふうな態度をとる水葉だが、逢花と呼ばれた少女は水葉が本気で怒っていないことを分かっていた。


 逢花がこの月之杜神社にお世話になって六年経つだろうか。


 それから今まで、目の前で怒っているふうの女の子とその姉と実の姉妹のように過ごしてきたのである。


 水葉のそんな態度を見るのも特に珍しいことでもなかった。


 彼女がこういう態度をとる時は大抵は怒り半分である。残り半分は照れや恥ずかしさからくるものだろうか。


 水浴びの一件を既に水葉から逢花は聞いていたので事情は知ってはいるが、水葉のいつもの照れ怒りする姿を見るとついつい苦笑いしてしまった。


 視線を感じて(しまった!)と思った時には時既に遅し。


 水葉がジト目でこちらを見ていた。


「さ、災難だったねぇ」

「……ふん。……この男、どうしてくれようかしら」


 横目で怒りの張本人となっている男をなんとなく見てみると、男の眉がほんの少し動いたのが見えた。


「ん……ん~……」


 この時、布団の中で先程から眠っているフリをしている瑞原薙斗は困っていた。


 正確に言うと、起きるタイミングを先程から逃していたのだ。


 目を覚ましたのは、目を瞑っていたので顔は見ていないが声と名前からして女の子と思われる逢花と呼ばれる子がやってくる少し前。水葉と呼ばれる女の子が薙斗の額のタオルを冷たいものに取り替えてくれた時に薙斗は気が付いていた。


 本当なら目を覚ました時にすぐに起き上がれば良かったのだが、人の気配を感じたので起きるタイミングを窺っていたら、二人が薙斗の話題をし出したので起きるに起きれなくなったのである。


「そろそろ起きるかと思ったけど、まだそうね。逢花、時間になったら先に行ってて良いわよ」

「……そうだね。このまま、この人一人置いていくわけにもいかないものね」


「まったく、どうして怪我なんかするのよ」


 さすがにこれには逢花も見知らぬ男の子を同情してしまう。


 寝ているフリをしている薙斗も思わず声に出して反論しそうになったがなんとか我慢した。


 だが完全には堪えきれず、頬がピクピクっと。


「ん? 今、動いたような……」


 自身の顔を近づけて注意深く顔を覗き込む水葉。


 襟元から翡翠色の首飾りが静かに飛び出たがそのことに水葉は気付かず、首にぶら下がった状態のまま。


 顔が近付くにつれ、薙斗の鼻に柑橘系の爽やかな良い匂いが漂い、その匂いが目の前の少女からのものだと思うと胸の鼓動が早くなった。


 頬に少女の髪の先が当たって、くすぐったさと恥ずかしさとを織り交ぜる。


「水葉ちゃん、なんだか眠り姫にキスして起こす王子様みたい」

「な!」

「!!」


 一瞬で顔を真っ赤にした水葉は慌てて、顔を離す。


 薙斗の方も反射的に起きそうになったが、どうにかして動きを止めることに成功した。だが顔の火照りまでは隠せていないことに薙斗は気付いていない。


「あ、この場合、眠り王子になるのかな?」

「何、バカなこと言ってるのよ!」


 恥ずかしがる水葉の様子を逢花は微笑ましく見た後、今度は布団の中で眠る少年の顔を覗き込んでみようとした。


「…………」


(あら? この人は昨日の……)


 逢花は覗き込むのを途中で止め、その場に正座して微笑みながら、こう言った。


「おはようございます。昨日ぶりですね」

「え?」


 この挨拶が自分に向けられたものじゃないと不思議がる水葉。


 一方、薙斗は気付いた。


 この挨拶は自分に向けられたものだと。


 逢花という少女は気付いていたのだ。


 薙斗が既に起きていて、寝たフリをしていたことに。


 ただ、それ以上の衝撃を逢花という少女は薙斗にもたらしていた。


 昨日ぶり? 薙斗がこの島に来たのは昨日初めてだ。任務のため魔女と思わしき者を監視するため、なるべく目立つことは避けたいため人との接触は控えてたはずなので、誰かに覚えられるようなことをした覚えは…………


 そう言えば、この逢花という少女の声、どこか聞き覚えがあった。


 ただ、まさかとは思い、考えないでいたのだ。


 ―――― 一人だけいた。


 昨日、薙斗と接触を持った少女が。


 薙斗は飛び起きるように上半身を起こして、逢花の顔を見た。


 突然起き出したことにびっくりした表情を薙斗に向ける水葉の視線も気にならないほどに薙斗は驚いた。


 そんな薙斗の態度が面白くて、昨日から『二度目』となる笑いを逢花にもたらした。


 なんとか笑いを堪えて、できる限りの笑顔を向けて逢花は、再び昨日ぶりに会う少年に口を開く。


「おはようございます。昨日ぶりですね」


 さっきと一言一句違うことない挨拶。


 だが今度は返事があった。


「……おはよう。え~……と、昨日ぶりかな」

「はい」


 満面の笑顔で返事をする逢花と、はにかんだ表情の男を水葉は交互に見比べる。


「え……えー! 逢花、この覗き男と知り合いだったの?」

「う、うん」


 せっかくの奇跡的な再会に感動を覚えていたのに一瞬で現実に引き戻された一言に抗議の声をあげたいが、今は現状を把握するのが先だと薙斗は判断した。


 寝起きだが、さっきの動揺が幸いしてか頭がハッキリしている。


「昨日、学校の帰りの電車の中で会ったの」

「ふ~ん……。でも普通、同じ電車に乗っていたからって知り合うことなんてないんじゃない?」


 なかなか鋭い。薙斗は思った。


「あ、そうか。逢花の帰る時間って人があまりいないんだっけ?」

「うんうん。私とこの人しかいなかったから、見慣れない人だし、なんだか気になっちゃって。ほら、この島に観光に来る人って珍しかったから、ついつい」


「……この島狭いものね。島の人なら、ほとんど見覚えがあるって言えるほどに。まして、いつもの通学中に見かける人数となるとかなり限られるし」


 と言ってから、親友の警戒心の無さに水葉は溜息を吐いた。


 なるほど。薙斗は思った。


 電車の中で薙斗が目立つようなことをしたから逢花という少女が薙斗に声をかけたのではなく、本来、限られた人しか乗らないはずの電車に島外の人間が乗ること自体が目立った行為だったのかと。


 今更ではあるが。


「逢花の方は分かったけど……」


 先程までの逢花を見る目とは明らかに違う、殺意のようなものを込めた視線が薙斗に向いた。


「それで、あなたはいったい何してたのよ?」


 この島に来たことを言っているのだろうか? それとも今朝のことだろうかと考えるが答えはすぐに黒髪の少女の口から出た。


「どうして、あなたがあんなに朝早い時間に『あ ん な』場所にいたのよ?」


 彼女が強調して言う『あんな』場所とはもちろん滝のことだろう。


 そして彼女の目に宿る怒りの発端となる水浴びの一件もその言葉に含まれているのだと、危機感からくる動物的直感で気付いた。


「え、え~と……散歩……そう、散歩してたんだ!」


 さらに視線に鋭さが増した気がするが、ここで負けるわけにはいかない。薙斗自身の名誉のために。


「山の方が空気が美味いかと思って来たんだけど道に迷っちゃってさ! そしたら、ほら! その……」


 次になんて言えば良いのか言葉を探しているだけだった薙斗のそんな様子を、どうやら巫女様は水浴びしていた時の姿を思い出されていると思ったようだ。


 顔がみるみる赤くなる。


「もう! 思い出さないでー!」


 ドガッ!


 言うや否や冷水の入った洗面器が見事な早さで薙斗の顔面に直撃した。直撃と同時に冷水を頭から浴びるという恐るべし技も含めて。


(あんまりだ…………)


 慌てて、こちらに近寄る栗毛色の少女と、恥ずかしさで顔を真っ赤にしつつも怒りが収まらない様子の黒髪の少女を交互に見ながら、薙斗は同じ女の子でも何でここまで違うのかと疑問に思いながらも、女性とほとんど会話もしたことがない薙斗には知る由もなく、意識が徐々に遠のいていくのに身を任せるしかなかった。


 こうして薙斗は本日二度目の気絶をしてしまうのであった。




   ***



「あれはないよ、水葉ちゃん」

「……仕方がないじゃない」


 薄青が混じった銀色と黒色の二房の長い髪が上下に肩が揺れる度に跳ねていた。太腿の中ほどまで黒の絶対領域を装備した制服姿。学校へ行く時間になったので私たち二人は駅へ向かって走っている最中である。


 いつもより少し家を出るのが遅くなってしまったため、こうして遅れを取り戻すべく走っているが、このままのペースで行けば、いつも乗る電車の時間に間に合うはず。


 これで遅刻の心配は無くなるのだが、逢花の中ではもう一つの心配事があるらしかった。


「大丈夫かしら…………」


 月之杜神社に今も眠っているはずの少年の顔を思い浮かべて、そういえば、まだ名前を聞いていなかったなぁと思う逢花。


(学校終わってからにでも聞いてみようかな)


「……大丈夫なんじゃない? 私たちが学校へ行くこと置き紙に記したんでしょ?」


 うん。と逢花は短く答えた。


「あれぐらいなら、しばらく休んだら治るわよ。それよりも留守中に変なことしてないかの方が気になるわよ」


 さすがに自分たちが寝起きしている建物や御神体のある本殿、お金を取り扱う社務所の戸締まりはしてきたが、拝殿であの男が眠っているので、起きた時にいつでも出て行けるように拝殿の戸締まりだけはせずにおいた。


 特に金目の物があるわけではないが、だからといって見ず知らずの男を一人置いてきたのである。心配の一つもするというものである。


 なにせ、あの男は覗き魔なんだから。


 だというのに、こうして二人揃って神社を留守にして学校に行く気になれたのは逢花があの男の知り合いというのが大きいところだった。


 逢花は少々、世間ズレしたところがあるが人を見る目は確かだと私は思っている。その逢花があの男をこのまま休ませてあげましょうと言ったのだ。


 私があの男に抱く感情や言葉ほどには私は心配しているわけでも実はなかった。


 男を信用したのではない。


 逢花を信用しているのだ。


 子供の頃からの付き合いの、私にとって一番の親友を。


 ただし、心配してはいないが『覗かれた乙女の怒り』は別である。


「逢花も、あの男に変なことされないように気を付けるのよ?」

「それこそ大丈夫だと思うんだけどなぁ…………あっ……」


 話している最中に逢花は昨日の電車内でバランスを崩し、少年に支えてもらった時のことを思い出す。その時、彼の手が私の……胸を…………


「~~~~~~!」


 不覚にもこのタイミングで頬にほんのりした赤みを帯びたことに逢花は自分で気付いてしまった。それを意識すればするほど顔が熱くなるのに。


「ん? どうかした?」


 それを見逃す私ではなく。


「な、なんでもないよ……」

「……さては逢花、あの男にすでに何か如何わしいことされたんじゃ……?」

「え! う、ううん、違うの! そんなんじゃ……」


 赤面し慌てた顔で何を言っても説得力はなく……


「あの男、逢花にまで…………ぜ~~ったいに許さないんだから!」


 こうなった水葉はもう逢花にも止めれないだろうなぁと思うと、逢花は苦笑いを浮かべるしかなかった。


 せめて逢花は心の中で話題の主役になっている少年に対して「ごめんなさい」と一言念じることにしたのだった。




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