第三十四話 第十三師団
長剣を鞘に戻すと同時に、身体の内から溢れんばかりに漲っていた闘気が、風船が一気に萎むかのように収まっていくのがわかる。
金属鎧に身を包んだままの少女が、まだ青さの残る落ち葉の上を踏みしめながら、ゆっくりとこちらに向かって来ていた。
「瑞原薙斗……執行部はこの島から去ります。あなたの処分は追って行いましょう」
「あんたはどうするつもりだ? 執行部同士が戦い出すし、本来一般人との接触を好まないマジョカルが昼間から平気で学校にまで来るしで、正直あんたの手に負えなくなってきてるんじゃないのか?」
俺の真横を通り過ぎようとしたところで、エイルフィールが立ち止まった。
「……レン・オルティブのことですか……。執行部を裏切ったグラヴェルと彼は通じていました。そして、その二人を指揮する師団……いえ、男がいます。気を付けなさい……その男はあなたの仲間『剣撃』を狙っていますよ」
「逢花を……どうして!? そいつも逢花が持つ剣が狙いなのか!?」
代わりに答えてくれるのか、先輩が一歩前へ進み出た。
「今日の2時頃、港にある倉庫が火事で焼失しました。今朝方に鎮火はしたようですが、中からは身元不明の焼け焦げた遺体が二人……どちらも男性のようです。……それと関係があるのでしょうか?」
俺が思っていたのとは違うが、先輩の言葉は衝撃的なものだった。
このタイミングで言う火事が、ただの火事ではないことは容易に想像できた。
「……ギフトと言っても、各企業によって能力の優劣はあると聞きますが……あなたは十一師団並みの情報力をお持ちのようですね、ダイヤモンドの姫。……気を付けなさい……我々を襲った者の名はシオン……。マジョカル第十二師団が表とするなら、対となる裏で闇活動を行っている師団……裏No.と呼ばれる十三の団長です」
「十三番目の師団……そんなのマジョカルにいた時だって、俺は聞いたことないけど……?」
「当然です。表に出てはいけないような非人道的任務……要人に留まらず、一般人の暗殺や虐殺、破壊活動などといった、どんなに非道なことであっても内密に遂行し得る者たちなのだから……その存在は十二師団の団長クラスでも、知っているのは諜報部である十一と、我々執行部の十二のみでしょう……マジョカル内でも一部の者しか知らない……いえ、知られてはいけない……マジョカルの汚い部分を一手に担った裏の執行部なのです」
俺も初めて聞くマジョカルの裏の部分……そんなものが存在していたなんて……
ふと、俺の中で新たな疑問が浮かぶ。
「そんな奴が、なんで今回こんなに派手に動き回っているんだ? 人から知られるのを拒むはずなんだろ? 俺みたいな、この前までマジョカルじゃ新人だったやつがほいほい知れるものなのか?」
そう。マジョカルを抜ける前は新人だった訳で、そんな俺でさえ知り得ることが出来た此度の一件。
執行部や諜報部以外の他の団員たちが気付かないような、とても秘密裏に活動を行ってきた連中とは思えないのだ。
「つまり、そいつはもう隠れる必要がなくなったってことじゃないのか?」
裏の執行部が表に出ようとしているということは……本来、表であった対となる十二師団はもう……
「……私の兄である十二師団団長シヴィルドは、十三の団長シオンに討たれました……。私の側近でもあった執行部で四番手の実力者だったゴルドバまで失ったのです……今日一日で二人も……本当は私も殺すはずだったようですが……ここまで周到に前もって準備していたのです……もしかしたら、本部に戻っても既に私たちの居場所はないかもしれません……。今、思えば瑞原薙斗への執行と高ランク魔女……戦って分かったことで『剣撃』のことですが、彼女の討伐を口実に、我々、執行部をこの島に向かわせて、まとめて討伐することこそが目的だったのでしょう。グラヴェルもレン・オルティブも最初から裏の者と通じており、まんまと執行部は奴らに踊らされたことに……」
悲哀の表情を見せる少女の心情は察するに余りある。
おそらく、俺と逢花のことを知らせたのはレンだ。そこから今回の一件を裏No.の十三師団とグラヴェルが利用した……といったところか。
「あなたはこれからどうなさるおつもりですの?」
「……奴らが表に出てきた以上、もしかしたら、執行部は取って代わられているかもしれません……。それでも兄様とゴルドバの仇を取らないと、私の気が済みません」
「けど、それはマズいんじゃないのか? マジョカル内の同士討ちは御法度のはずだ……もしも十三師団が表に出てきたのなら、それを敵にするということはマジョカルそのものを敵に回すかもしれない……。もちろん、先に手を出してきたのは十三師団からだと上層部にわかってもらえたら良いけど……」
「根回しをしていない方が不自然ですわね」
まぁ、そうなるよなぁ……。
「そちらの方はわたくしが調べておきますわ。ですので、エイルフィールさん。宜しければ、わたくしのところへ来ませんか? その方が何かと都合が宜しいかと」
数秒思案した後、少女騎士が自身の身に付けている鎧を瞬時にして解除する。鎧は光に包まれたかと思った時には、既に光と共に消えていた。
消えた鎧の下からは、青色の学ランのようなマジョカルの制服を着た少女の姿が現れる。
「……せっかくのご厚意ですが、マジョカルの動きと十三師団についての情報さえ頂ければ、それで十分です。私はしばらく、この島にいますので……あなたならば、この島にいる私を見つけることなど造作もないでしょ?」
俺の横に留まっていたエイルフィールが、紅栗先輩の返事を聞くことなく、再び前へ歩み始める。
先輩もこれ以上は無理と思ったのか、少女の返答に「わかりました」と了承の意を伝えた。
そうして彼女は、この場から歩いて木々の中に溶け込んでいく。
「さて、瑞原君。わたくしたちも学園に戻りましょうか」
手を差し出す先輩を見ていて、先程までの真面目な空気はどこへやら、つい悪戯心が芽生える。
「え~と……それじゃ、行きしみたいに抱きついて……」
わざとらしく、俺は掌を広げては閉じてを先輩に繰り返し見せた。
……が、すぐにそれを止めることに。
笑顔を見せる先輩の目がまったく笑っていなかったからだ。
「……それはもう結構ですので『手だけ』を握って頂け・ま・す・か!」
「……はい…………」
苦笑いを浮かべて、俺は返答するしかできなかった。




