表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
76/93

第二十五話 離間の先に

 昼休憩の最中。


 手紙で呼び出された水葉の帰りを待つべく、薙斗と逢花は先に弁当に箸を付けずに、一緒に食べようと教室で待つことにした。今日は珠々香も雅も、それぞれ理由は違うが学校へは来ていない。そのため、食事を共にする面子が二年生しかいないためである。


 だが今は別の理由で二人は食事を摂ることを止めている。


「逢花のことだから大丈夫と思うけど、無茶しやがって……」


 銀髪の少女の揺れる後ろ髪が廊下から見えなくなった後、薙斗は窓から見える分校舎を見つめていた。


(今の状態の俺が、今から向かっても何も出来ないかもしれない…………それならいっそのこと……)


 自分の閃きを実践するべく、薙斗は逢花に遅れて教室を後にした。




 水葉が呼び出された、分校舎三階にある理科室は既に使われなくなって久しいと、逢花は以前に聞いたことがある。


 理科室に限らず、分校舎自体が古い木造の建物のため、いずれは取り壊す予定のようだが、今はその時にあらずらしい。それまでの間、存分に使い切るようだ。


 分校舎に行くには、一度本校舎から出て、運動場を横切らないと行けない。


 昼休憩時間中ということもあり、廊下ですれ違う人の数も、運動場に出ている人の数も、授業と授業の合間にある普段の10分休憩とは比べるまでもなく多かった。


 走りながらも逢花は、速度を緩めることなく廊下をすれ違う学生たちを難なく避けて進んで行く。


 なぜ逢花がそこまで急いでいるかというと、水葉が向かった先から突然魔力を発する何かが現れたからだ。それも感じたのは逢花が『知っていた』魔力……逢花が知る限りでは、この魔力を持つ人物は既にこの世にいない……はずだった――


(どうして『新緑の魔女』の魔力を学校で……水葉ちゃんが向かった所で感じるの!?)


 呼び止める薙斗の声も届いていないのか、一人で飛び出した逢花。()しくも昨晩、マジョカルが神社にまで攻め込んで来た時の、薙斗の反応と自分が同じことをしてると逢花は思った。


(ごめんなさい、ナギトさん……。もし本当に魔女がいるなら、今のナギトさんの身体で戦闘になればあまりにも危険過ぎます……。それに分校舎にいるのは、どうしてかわかりませんがおそらく新緑の魔女……)


 マジョカル襲撃の際に、限界以上の力を行使し過ぎて全身の筋肉を痛めている薙斗……歩くのもやっとだというのに、これ以上戦わす訳にはいかない。一人先行はそう思っての逢花の判断だった。


 廊下にいる人の波を掻い潜りながら、ようやく本校舎を出る。


 時間にして1分もかかっていないのに、逢花にはとても長い時間のように感じられていた。


 急く気持ちを抑えようと思ったわけではなかったのだが、逢花は運動場に出て不本意ながら足を止めた。


『……相変わらず、さすがですねぇ。影の中にいて気配など、まったく発していなかったと思うのですが、それでも私の存在に気付くなんて』


 (しわが)れた男の声がする。聴力に訴えるものではない。かと言って、魔術の類による、頭や心の中に伝えてくるようなものとも少し違う。


「昨夜、神社にいた影使いですか……」

『ええ。安心してください。私たちの会話は他の人たちには聞こえていません。【影通信】と言いましてね……影を通じて、特定の者とだけ会話を出来るのですよ。今はあなたと二人っきりという訳ですねぇ……ヒヒヒ』


 影使いの上役であったエイルフィールを、逢花は敵ながら嫌いではなかった。尊厳を重んじた誇り高い精神に尊敬すら覚える。


 それに比べて影使いグラヴェルという男の印象は、逢花にとって、まったくの正反対だ。あまり人のことを悪く言う逢花ではないが、昨夜の戦いぶりは卑怯で卑劣という言葉が真っ先に浮かぶものだった。……仲良くなりたいとは微塵も思えないし、正直、薄気味悪いとさえ思っていた。


 どうしてこんな者が、エイルフィールという少女騎士と同じ所属なのかと思ってしまったほどだ。一組織に組みすれば、いろんなタイプの人がいるし、それも仕方がないのかもしれないが……そう思うことで逢花は自分を納得させることにした。


「今あなたの相手をしている暇はありません。私に用があるなら後にしてもらえませんか?」

『おっと、そんなに殺気立たないでください。何も争いに来たわけではないので。昨夜はあなたの実力を知りたくて襲いましたが……エイルフィール様たちと違い、私たちは本来なら戦う必要はなかったのですから。……それにこんなに人のいる中で、あなたも戦いたくはないでしょう?』


 視線だけを左右に動かし、逢花は周りにいる学生の数を把握しようと計る。


「……それは脅しのつもりですか?」

『滅相もない! ただ、あなたに聞いてもらいたい話があるだけですよ。そのためにわざわざ、紅栗瀬里菜を敵に回す危険を犯してまで、ここまで来たのですからねぇ』

「……話とは何ですか? 先程も言いましたが私は今急いでいます……。出来れば簡潔にお願いします」

『フヒヒ……それは音羽水葉……さんでしたっけ? その方の身を案じてのことですか?』

「!!」


 相手の顔が見えないところで話しているというのに、抑揚する声の感じから、逢花は影使いのニヤけた顔が、まるで目の前にあるかのように思えた。


 今、水葉の身に何か良くないことが起きている……そのことを、この男は知っている……。いや、それどころか関わっているのかもしれない。そう思える男の口調に逢花の中で、言いようのない不安と怒りが入り混じった感情がどんどん大きく心の中を満たしていく。


 少女の足元を起点に、力を解き放つ際に生まれる風の渦が生まれようとする。


『おっと! 周りに何も知らない人たちがこんなにいる中で【戦舞衣装変換(ドレス・フォーム)】する気ですか? あまり目立たない方が良いと思うんですけどねぇ……今時は情報が容易に拡散されてしまう時代ですし』


 得意げに話すグラヴェルの顔が目に浮かぶが、言っていることは最もなので逢花は渋々、霊力解放に伴う戦衣への着替えを抑えることにした。


「……水葉ちゃんの元にいるのは誰なのです?」

『執行部の者ではありませんが……あなたも知ってる人ですよ。レン・オルティブと言えば、わかりますかねぇ?』

「レン・オルティブ……」


 もちろん知っていた。


 薙斗がマジョカルにいた時のかつての上司であり、水葉の命を狙って、この島に来たマジョカルの一員。レンの非道な行いに反発した薙斗が、マジョカルを抜ける切っ掛けとなった人物であり、薙斗にとっても水葉にとっても因縁の深い相手だ。


 だが、逢花が聞きたいのは彼ではない。


 『彼女』だ――


「他に水葉ちゃんのところへは行っていないのですか?」

『いえ、レン一人だけですよ。彼女相手なら、それで十分ですし。そんなに心配なら、ご自分の目で確かめると良い。私の話を聞いた後でね』


(どういうこと? この人は新緑の魔女が今、学校にいることを知らない……? 接触してきたタイミングと、新緑の魔女が現れたタイミングが一致していたのは偶然だと言うの!?)


『それでは本題に入らせてもらいましょうか。単刀直入に言いますと、私たちはあなたの力を必要としています。逢花さん、あなたの力を貸して欲しいのですよ』


 まったく予想していなかった言葉を聞き、逢花は目を見開く。


「……執行部にということですか?」

『執行部とは違いますが、一応、今はマジョカルに所属している組織にです。そのマジョカルの実権もいずれは我々のものにしますけどねぇ……そのためにあなたの素晴らしい力をお借りしたいのです』

「そんな誘いを私が受けるとお思いですか?」


 逢花にとってはあまりにも突拍子もない話であり、心外過ぎた。昨晩この男に襲われてばかりだというのに……自分は誰の誘いにでも応じるような、そんな軽い子だと思われていたのだろうか? そう考えると、とてもじゃないが良い気はしない。


『もちろん、普通に誘ったのでは断られるのは明白だと思ってましたよ。……なので、あなたがちゃんと受け入れれるだけの条件を提示しようと思います』


(そんなもの、あるわけありません。聞くだけ、これ以上は無駄ですね……)


 声の主に構っている場合ではないと判断した逢花が、遅れを取り戻すべく分校舎のある方へ向きを変えた、その時――


『今更言うことではありませんが、私の能力は影を操り、影の中を行き来できるものです。自分で言うのも何ですが、この能力とても便利でしてねぇ……。影の中を移動するだけなら本土から、この島ぐらいまでなら射程に入るのですよ。……ねぇ、すごいと思いません?』


 これ以上、逢花は次の言葉を聞きたくないというのに、嫌な予感が脳裏を掠める。すると、足を進めることが出来なくなってしまう。


『この能力があれば、いつでも、ここの学生たちと会えるんですよ。もっとも私は人見知りする方なので、その時は移動するのは私とは限りませんけどね……例えば、昨夜は紅栗瀬里菜のおかげで失敗しましたが、あの時と同じ爆破物を贈りつけても良いですねぇ』

「……あなた、自分が何を言っているのかわかっているの!?」

『ええ、わかっていますとも。だからこそ、あなた自身に選んでもらいたいのですよ。……私のお願いを聞いて頂けるかどうかをね。今なら私がレンに言って、あなたの親友、音羽水葉さんも助けてあげても良いですよ? 今後、手を出すこともしないと約束しましょう。どうです? 悪くない話でしょう?』


 悪いに決まってる……要するに従わなければ、学園の皆を殺すと言っているようなもので、学生全員を人質に取られたのだ。そして逢花にとって一番の親友の命までも交渉の材料にされたことに、逢花は怒りに身を震わせた。


『そんなに怖い顔しないでください。あなたが了承してくれるだけで万事解決するんですよ?』

「こんなのただの脅迫でしょう……!?」

『まぁ、そう受け取って頂いても構いませんけどねぇ。ああ、そうそう……私を殺したら解決するとか思わないでくださいね。実はあなたに来てもらいたいところを束ねている方は、私と同じ影を操る能力を使えましてね~。ひひ。しかも、私とは比べ物にならないぐらいの実力者です。その辺りの詳しいことは、実際に会って聞いてみると良いですよ』


 どうしたら、この場を切り抜けられるのかと悩む逢花の目に映るのは、友達同士で楽しそうに一緒に弁当を食べている人たちや、恋人同士と思しき男女一組が笑顔で会話している姿……それらは総じて、幸せそうに逢花の瞳には映った。


(……皆を巻き込むわけにはいかない……絶対に……)


 話によると今、水葉の周りにはレン・オルティブがおり、さらに新緑の魔女がいるかもしれないという、状況がまったく読めない分校舎の理科室。


 水葉をすぐにでも助けに行きたいと思っていた気持ちが、今では水葉に助けを求めてしまっていることに逢花は気付いていない。無意識に水葉がいると思われる分校舎三階にある理科室を願望を込めて見ていた。


(無関係の人たちを平気で人質にするような者たちと一緒になんか居たくない…………私は……今のままでいたい……水葉ちゃんやナギトさん、珠々香ちゃんと毎日一緒にいたいだけなのに…………私、どうしたら良いの…………)


 この場から今すぐ逃げ去りたい……けれど、人質を取られているため、それも叶わず……。レン・オルティブが水葉に接触し、おまけに新緑の魔女まで現れたとなると、何事も起きないなんてことは考えられない……だからこそ、直ちに水葉を助けに行きたいというのに、それも許されない……。


(水葉ちゃんのところへ急がないといけないのに……!!)


 ――けれど、選べない……


 選べずに擦り減っていく逢花の心が、時間の経過と共に追い詰められていく。体感時間では30分も1時間も過ぎ去っているはずなのに、実際は10分も満たしていないことを逢花が知る術はなかった。


「……私は…………」


 やがて逢花は思案した挙句、意を決して辿り着いた答えを口にした。




『…………良いでしょう』


 姿が見えないのではっきりとは言えないが、グラヴェルの声の感じからして返答に満足したように思える。その証拠に、グラヴェルの気配が影の中から消失……影伝いに接触することを終わらせたようだ。


 目下の緊張が解け、しばし空を仰いで呆然とする逢花……。


 白い雲が所々散りばめられているが、青空を完全に覆い隠すほどではない。


「……早く……水葉ちゃんの元に行かなくちゃ……」


 言葉を零すように呟いた逢花が、混乱気味だった思考をリセットしようと、そっと瞼を閉じる。


 次に目を開けた時、瞳には逢花本来の強い意思が含まれたものに戻っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ