第二十一話 混在する悪意
「決まった!!」
(……名前は酷いけど、破壊力だけなら格上の相手だろうが只では済まないはずよ!)
雌雄一対型の能力は一人でいる時よりも、二人でいる時の方がそれぞれの個性がさらに強まる傾向がある。例に漏れず、ゴルドバもギルガもそうだった。足して2になるのではなく、5にも10にもなるのが雌雄一対型の特徴だ。
例え団長クラスが相手でも通用するはず。
自分の考えが正しかったことを確認するために、エイルフィールは目の前の男から離れて飛んでいった『もの』を目で追った。
黒装束の男……シオンの胴体から千切れた首が宙に弧を描いて吹き飛んだのだ。
この場にいる誰しもがシオンの最期を確信した……はずだった――
まるで落として割れた水風船から広がった水のように、床に落ちた頭が影となって床に広がり始めた。
気が付くと、男の首より下の部分も人の形を保つのを止め、影となって溶け落ちる。
「なに!! 【影人形】だと!?」
「バカモン!! 落ち着け、ギルガ!!」
慌てる弟を諌める兄自身も、絶対の自信を持った一撃を躱され動揺を抑えきれずに声を荒げてしまう。そんな兄弟とは裏腹に、エイルフィールは二転三転とする状況を見逃すまいと冷静に目を凝らしていた。
見失った敵の次の行動を警戒しつつ、ギルガは荷物が積み重ねられたところに背を向けて背後からの攻撃に対処する。
本来ならば、ギルガのその判断は正しい。
背後を注意しなくて済む分、他に意識を向けることができる。マジョカルの戦闘教本におけるマニュアル通りと言えるだろう。
だが、相手は『影使い』……影に通じ、視覚外からの攻撃を可能とする……
「ギルガ、その場から離れなさい!!!」
荷物に映るギルガの影が、立ち止まっているにも関わらず揺らめく炎のように動き出したのを、金髪の少女騎士は影触手に縛られながらも見逃さなかった。
黒装束の男が使っていた刃が物音もたてず、影の中からゆったりと出現。分厚い筋肉に覆われた大男の背中に迫る――!!
(ぬぅ!! 今から動いても間に合わん!! せめて、筋肉硬化せねば!!)
自らの筋肉を鎧と化す【筋肉強化】の始動を弟から見て取った兄ゴルドバは、瞬時に弟の判断に言いようのない不安を感じ、無意識に身体が動いた。
今からギルガと影から現れた剣の間に入って、弟を庇うことなど絶対に間に合うはずがなく――
「兄者!?」
「……ぐぅ……間に合わないなら……無理矢理でも間に合わせ……るだけだ…………」
「ゴルドバ、あなた……自分の身体で剣を受け止めることで剣速を緩めて……僅かに生まれた間でギルガを突き飛ばす時間を作ったというの!? 自分の身を犠牲にしてまで……」
だが、そうしなければギルガは助からなかった。
助けなければギルガがやられていたし、助けに入ればゴルドバがやられてしまう。そういう切羽詰まった状況でゴルドバが選んだのは、自身を犠牲にしてでも弟を守ることだった。
兄弟の絆を目の前で見せられたエイルフィールの瞳に、兄の無残な姿を見た時とは、また別の理由で両目が潤い始める。
(兄様が私を守り続けてきてくれたことと……あなたも一緒なのね……ゴルドバ……)
瑞原薙斗に負わされた傷の上から、ゴルドバの腹筋に横刃がざっくりと喰い込んでいた。刃は筋肉の奥深くに埋もれていて見えない。その代わりに赤い血が剣を傳って流れ落ちていた。その流れる血の量が致命傷であることを物語っている。
「儂のせいで……兄者すまねぇ……!!」
「いつまで突っ立ておる!! 今のうちにエイル様を助け出さんか!!」
「お、おう!」
「……それを黙ってさせると思うか? …………!?」
筋肉に横から刺さったままの剣を、影から半身を出した状態でシオンが引き抜こうとするものの、剣はピクリとも動かない。
「こちらのセリフよ……黙って行かせると思ったか?」
「…………」
兄が黒装束の男を抑えている間に、ギルガは副団長の元に駆けた。
すぐにエイルフィールを縛り付けている影を掴む。幸いにも素手で影に触れることが出来たので、筋肉の力のみで乱暴に引き剥がす。
「大丈夫ですか!? エイル様!!」
「くっ……ええ……」
肯定の言葉とは違い、動きも声も弱々しく、足に力が入らないエイルフィール。眼光だけは戦闘時と変わらず鋭いままだが、思うように動かない自分の身体に腹立たしさを覚えていた。
「ギルガっっ!!!! エイル様を連れて、この場から離れるのだ!!! なんとしても守れ!!! この場は儂が任された!!!」
「な!? 許しませんよ、ゴルドバ!! 勝手な真似は……!!」
「兄者……」
執行対象との先の戦いで負った傷は、致命傷とはいえ、相手の手心によって命を奪われるまでではなかった。しかし、新しく出来た傷も同じく致命傷ではあるが、同一のものではない。筋肉の中に沈んだ刃からもたらされた流れる血と匂いは、死を連想させるに十分なものだ。それに気付かない者など、この場にいる誰一人としていなかった。
兄の言葉に従うか決め兼ねている間にも、聖十二の団長をも殺害しうる実力を持った襲撃者が、影の中から無言で完全に姿を現す。猫背で、今もニヤけ顔を崩さないグラヴェルとは違い、その表情には一切の油断も驕りも感じない。
かつて、エイルフィールが幼き日に見た、両親を襲った暗殺者の顔に似てる……そう少女騎士は思ったが、そうではない。さらに冷静で冷酷……身体の節々から発する威圧感も戦闘能力も、暗殺者として少女の瞳に映る男は完璧過ぎた。
「私が……あいつを殺さなければ……!!」
けれど、その言葉は絶対に叶わない――戦った少女が一番、自分と敵との実力差を痛感していたのだ。そう思ったら、悔しさで目から涙が流れてきた。
到底自分では敵わないと知りつつも……否!! 知っているからこそ、仲間を守るためにゴルドバは、捨て身で恐るべき襲撃者に覆い被さるように男の背中を両手で締めた。巨体が繰り出した、いわゆるベアハッグである。
相手の動きを止めることはできたが、それも長く続かないだろう。傷が有るからとか、そういった次元の話ではない……それほどまでに両者の間に力の差があるのだ。
(兄様を守るどころか、仇を討ってあげることすらできない…………ゴルドバも命懸けで私たちを助けようとしている……このままだとギルガだって殺されてしまう…………)
一度流れ出た涙は、本人の意志に逆らい留まろうとしない。
泣いている暇があるのなら、いますぐにでも立ち上がり動かなければならない。……というのに、自力で動くことも出来ないほど身体は疲弊しきっていた。
部下を守るのは副団長である自分の役目……なのに、実際はどうだ? ゴルドバが命を懸けて不甲斐ない自分を逃がすための時間を作ろうとしてくれている。本来なら、それは自分がすべきことだと思っていたのに……。既に少女のプライドはズタズタに切り裂かれていた……悔しくて、非力な少女のように泣くことしかできない自分が、ただただ情けなくて惨めだった。
「……私はいったい…………いったい今まで何をしてきたというの!? …………私は……何も守れない……誰も助けることができない……私は……!!」
「失礼します、エイル様!!」
「きゃっ!?」
突然、ギルガの肩に担がれた金髪の少女は驚きのあまり、普段の張り詰めていた声とは違う、年相応の少女らしいものを漏らしてしまう。
「いったいどういうつもりです、ギルガ!? 今すぐ下ろしなさい!!」
(そんなの決まってる……私を逃がすためだ。だけど、それは許されないの……!!)
「兄様がいない今、私が皆を守らないといけないの!! だから私じゃなく、ゴルドバを連れて逃げなさい!! さぁ!! 早く…………うっ!?」
担がれたままのエイルフィールの首筋に、不意に手刀を喰らわしたギルガ。自分の身に何が起きたのかを確認もできないままに、少女は突然訪れた鈍痛に意識を持って行かれてしまう。
「……これで良いんだよな? 兄者……」
「うむ……上出来だ、我が弟よ。……エイル様のこと頼んだぞ…………」
「…………ああ」
今生の別れを察したギルガは、兄の勇敢な姿を絶対に忘れまいと、目を釘付けにして脳裏に焼き付けようとした。時間にして数秒のことだったが、ギルガにとってはそれで十分。
「さらばだ、兄者……」
背を見せ、唯一の肉親に別れの言葉を残すギルガの目からは、上司と慕う少女がさっきまで流していたのと同種のものが零れ落ちていた。けれど、少女のように今は悲しみの奔流に飲まれるわけにはいかない。兄との約束……エイルフィールを無事に安全なところに逃がすまでは――
「エイル様を連れて、どこに行く気です、ギルガ? エイル様だけは置いていってもらわないと困るんですけどねぇ」
ギルガの前に立ちはだかったのは、新たな上司が参戦してから、黙って静観していたグラヴェル・シールだった。
「どこまでも恥知らずな男め!! シヴィルド様とエイル様に不忠を働くとは!! 御二人のおかげで今の地位にまで上り詰めることができたというのに、貴様には恩義というものはないのか!!?」
「恩義~? ええ、感じますとも! エイル様がいなくなれば!! 兄妹がいたからこそ、私のこれ以上の出世は見込めなかったのだ!! 二人さえいなくなれば、私こそが聖十二の筆頭となるのです!!」
「貴様、まさかそれだけの理由で我らを裏切ったのか……!?」
「それだけとはお言葉ですねぇ。シヴィルド様は齢二十にして、あの才覚……私が生きてる間にとてもじゃありませんが団長の座をお譲りして頂くことはできなかったでしょう。そのうえ、副団長であられるエイル様までもが若くして化物並にお強いという……。不公平ですよねぇ~……普通にやったんじゃ、私の実力ではどうしようもないんですから。…………だから御二人には死んでもらうことにしたんですよ。裏の住人……聖十三の団長シオン様の御力を借りることでね!!」
下卑た笑い声が燃える倉庫内に響く。
戦闘前と比べると、随分と火の勢いが強まっており、いつ倉庫が崩れても可怪しくない。今でも天井の一部がパラパラと火の粉と共に落ちてきている。いよいよもって、ここに居続けるのは危ないだろう。
「……下衆めが」
肩に担いでいたエイルフィールの身体を、なるべく優しく背中へと移すギルガは、少女を背負ったままで突進の態勢を取る。
「ああ! ですが安心してください。エイル様だけは死んでもらう前に、たっぷりと隅々まで慰めてあげますので。それも私の夢の一つでしてね。いつか必ず、エイル様の柔肌を蹂躙して差し上げようと……どんな声で鳴くんですかねぇ……想像すると堪りませんよ……ひ~っひっひっひ!」
「……それ以上、喋るな。……お前の存在は不快過ぎる」
これ以上は言葉を交わす価値など無いと判断したギルガが、ついに突進を開始した。
「馬鹿め!! それだけデカい的が、ただ真っ直ぐ突っ込んで来るだけで、どうにかなるとでも思ったのですか!?」
黒装束の男シオンほどではないにせよ、鋭く尖った影が二本、床から伸びてギルガを襲う。一本は右太腿へ……もう一本は左脇腹へ……。
頭に血が昇ったギルガが勢いに任せて猛烈な突進を始めた――そうグラヴェルは考えていた。だが、実際は違う。
肉体強化で鋼のような筋肉を纏うギルガが繰り出す脚力は、助走も相まって、まるでダンプカーが人に向かって突進してくるような破壊力を伴っていた。ちょっとやそっとの攻撃ではビクともせず、薄皮は斬られたものの、ギルガは襲ってくる影諸共グラヴェルを弾いていった。
「ぶげぇぇっっ!!!」
まさにノーブレーキで人を轢いていったダンプカーの如く、吹き飛ばされるグラヴェルと、駆け続けるギルガ。壁に叩きつけられる間一髪のところで、グラヴェルは影に入り難を逃れた。一方で見向きもせず、ギルガは出口に向かい直進する。
「おのれぇ……!! 筋肉馬鹿が、よくもコケにしおってぇ……!!」
「逃げられたようだな」
静かだが圧倒的な迫力を内在した抑揚のない声が、不意に自分に向けられたものだとグラヴェルは気付き、猫背の男の背が気持ち伸びる。
声だけで、聖十二の三位にまで上り詰めた自分に恐怖を覚えさせる男の声が、誰なのか確かめる必要もなかったが、敢えてグラヴェルは裏Noの団長がいると思われる方へと振り向く。
横腹の半分が切断され、臓器がはみ出たまま立つ巨漢の男の姿があった。両腕が肘より下位の部分を失っている。身体中も、男の立つ場の周りも血に染まっていた。
「時間切れだ……俺はこの島を出る。後のことはお前が何とかしてみせろ。……逃した二人はお前の失態だ……この意味がわかるな?」
「!!」
言いようのない悪寒がグラヴェルの全身を駆け巡る。本能がこの男に逆らってはならないと告げている。息が詰まる――
返事を聞くことなく、シオンの身体に変化が……人の形を成していた全身が、影で出来た液体のようなものとなって崩れ、床に黒い水溜りを作った。すぐに床に染み込むように影が消えていく。
シオンの存在がこの場から感じなくなって、ようやくグラヴェルは大きく息を吐き出した。今も恐怖で身体が震えてしまっているが。
この世には絶対的な強者と、絶対的な弱者がいる。
常々グラヴェルは前者でありたいと思っていた。だからこそ、聖十二で三位までの権威を手にしながらも、団長も副団長も排するために、此度、裏の存在であった聖十三と協力したのだ……自身が団長となるために。聖十三は、裏の世界から表の世界へと出るため……裏の執行者が表の執行者と取って代わろうというのだ。その際は、グラヴェルは執行部の任を放棄するつもりであり、シオンもそのことは了承済みである。両者の利害が一致しての計画だった。
(本当にこれで良かったのでしょうか…………私はもしや取り返しのつかない失敗を犯してしまっているのでは……)
誰よりも強者でありたいと思っていたのに、グラヴェルはシオンの気当たりを受け、竦む身体の震えを未だに抑えることが出来ずにいた。今のグラヴェルの姿は紛れもなく、忌み嫌っていた弱者に他ならないというのに、当の本人は気付いていない。
「……エイル様とギルガを追わねばなりませんねぇ。此度の計画を知る者を島から出す訳にはいきませんし」
何より見逃してしまえば、自分が聖十二を裏切ったことがマジョカルの上の面々にバレてしまう。それに協力した聖十三も只では済まないだろう。そうなれば、今度はグラヴェル自身がシオンに不要と見做され始末されかねないのだ。
神名島に着た自分以外の聖十二のトップを根絶やしにしてこそ、瑞原薙斗粛清の任を隠れ蓑にした『本当の任務』が完遂される。
「そういえば、エイル様を退けた、あの娘かなりの実力者でしたが…………これは裏の奴らに恩を売る良い機会かもしれませんねぇ……」
聖十三とは『別の協力者』の顔が頭の中に浮かぶ。これまで接点はあまりなかったが、今回の計画をグラヴェルに持ち掛けてきた張本人だ。
その者の名は……レン・オルティブ。
かつて聖八に所属していたが、神名島で魔女狩りの任を受けた後、今回の計画を思いつき行方知れずとなっていた男である。どうやら今は聖十三に身柄を置いているらしかった。
「……『私も』彼が向かったという学校に行ってみましょうかねぇ……ひっひっひ……」




