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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
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第二十話 雌雄一対

 倉庫内には、プラスチック製のパレットに載った大型のダンボールが山積みにされており、同じようなパレットが複数整理されて端から置かれている。


 ただし、原型を止めていたのはついさっきまでで、現在進行形でダンボールが幾つも天井に向かって派手に燃えていた。辺りに火の粉を撒き散らす。


 室外に出れば、屋根が燃えているのもわかるが、今、エイルフィールは室内にいる。ここに来るまでの間に武装を解除して少しでも身軽にし、金髪の髪を揺らして走って来たのだった。


「よくも……よくも……」


 奥にいる黒装束の男を正面から見据えているように見えて、そうではない。今、エイルフィールが目にしているのは、男が乱暴に髪を掴み垂れ下がっている人の頭。


 エイルフィールの脳裏が過去に起きた、父親が暴漢に襲われ首を切断されていた、あの時の父親の顔を思い浮かべさせる。あの時も襲撃者に髪を掴まれた、首から斬り離された頭が、手にぶら下がるレジ袋のように無残な姿を晒していた。そして、首より下は立ったまま壁にもたれかかって……状況が過去の出来事とよく似ている。


 違うことと言えば、過去にあった襲われた人物は、エイルフィールが最も軽蔑し嫌悪した父であり……今、目の前で起きているのは、エイルフィールが最も敬愛し大切な兄……


「よくも、兄様をっっっっっ――――――――――――――!!!!!」


 鞘から愛剣を抜き、一足飛びに物凄い勢いで駆け出した金髪の少女。


 瞬く間に黒装束の男の元に接近するかと思われた矢先、頭上から何かが動く気配を感じ、そちらに首を動かす。


 物陰に潜んでいたのだろうか。今にも襲いかからんと黒い装束を着込んだ五人の者たちが空中にいた。どれも目元以外は布で隠してある。兄に危害を加えた憎き男と同じような姿。


(ならば、考えるまでもない!!!)


 まだ離れている相手に対して、エイルフィールは横薙ぎを振るう。真空波が刃となって、空から降りてくる者たちの胴を真っ二つにした。


(雑兵か……こんな奴らに兄様が敗れるはずがない! やはり、やったのはあいつ!!)


 怒りの限りを込めた視線を再び、目の前の黒装束の男に移す。男が手にする、無残な姿となった兄を見る度にエイルフィールは胸の奥が締め付けられる。同時にあらん限りの憎しみが心の内から沸き起こってきて、これまで連戦続きだった疲れも吹き飛ぶぐらいに怒りで意識が一点に集中していた。


 空中の敵を一太刀で全て葬った少女は、再度突撃を始める……はずだった――


 周りが見えなくなっていたエイルフィールの死角を突いて、いつの間にか地面の影から太い紐状のものが伸びており、少女の手足に絡み付いていた。


 エイルフィールはこの能力をよく知っている。


「【影喰い(シャドウイーター)】!? これはグラヴェル・シールの能力!! ……いったい何故……!?」


 聖教第十二師団団員第三位であり執行部を兼任している、少女騎士より階級は一つ下に当たる人物グラヴェル・シール。エイルフィールの部下である。そのため、彼の能力をエイルフィールは何度か戦場で見たことがある。つい先刻にも、たった一人で複数の神器級の剣を操る、恐るべき魔力量を誇る少女と相対しているのを見てばかりだ。


「……マジョカルとギフトは協定によって、一つの能力につき一つの武具にのみ能力付与を認めている。雌雄一対型の能力を除けば、この世に二つと同じ能力は存在しない……」


 雌雄一対型……ゴルドバとギルガの兄弟が扱う筋力強化の能力がそうだ。これは元々が二対一組を想定して生まれたものであり、二つ合わさって初めて力を発揮するタイプのもの。雌雄一対型の能力は極めて稀なため、マジョカル本部にいる時でさえ、エイルフィールは兄弟のものしか実際に目にしたことはない。


「ただし例外があるわ。……それはギフトが魔女のデータを元にして開発、研究したものではないもの……。つまり、魔女オリジナルの能力よ!! ……お前のその能力と同じものを、ギフトに与えられ使う者を私は知っている! つまり、それはお前が魔女であるということよ!!」


 少女騎士の全身を一瞬にして光が包む。包んでいる間までも一瞬のことで、瞬きする暇も与えず、エイルフィールから光が解かれていく。同時に手足を縛り付けていた紐状の影が消滅していく。


 光が完全に消え去る頃には、あらゆる魔法、魔術を打ち消す能力……【反魔法(アンチマジック)】を備えた半金属鎧がエイルフィールの手によって喚び出され装着されていた。


 最早、彼女を阻むものは何もない。


 助走をつけた突進による勢いに乗った突きが黒装束の胸元を捉える。


「!!」


 男の身体の穿かれた箇所から穴が外側に広がり始めるが、少女騎士にそんな能力はない。何事かと目を見張るエイルフィールが見たのは、男が着ている黒装束よりもさらに深い黒に、身に付けている全てのものを染め上げていく異様なものだった。


「これは……影!?」


 背後からの突然現れた殺気に慌てて振り向く。


 普段なら冷静に相手の動きを分析し、相手に適した動きで自身の能力も相まって封殺していくエイルフィールだが、怒りに我を見失っていたために判断が遅れてしまう。


 後悔する暇も与えられずに、影の中から出現した黒装束の男の刃が、少女の背後を容赦なしに斬りつけてきた。今から回避を試みても、もう間に合わない……間に合うとすれば……背後に傷を負うという、騎士にとって不名誉な傷をもらわないようにすることだけ――


「がっ……!!」


 正面から黒装束の男の凶刃を受け止めたエイルフィールの鎧が木端微塵に崩された。割れた鎧の破片が宙に飛び散る。


「……見事だ」


 少女と対峙してから一度も口を開くことのなかった男の唇が初めて言葉を発した。


(この男……強い……兄様と同じ……いえ、それ以上に…………本当に兄様はこいつに……)


 倒れそうになる騎士を再び影から伸びた紐が、今度は手足だけじゃなく腰や胴体にまで伸びて縛り付ける。地面に倒れ伏せてしまうことは免れたが、捕らえられてしまった形だ。


「第十二師団団長シヴィルド・エル・ヴェルナーゼ……噂通り大した腕前だったが、能力だけならば、お前のは団長をも超える……。副団長共々、大したものだ」

「……私のことも兄様のことも知ってての狼藉だったわけね……。いったい、お前は何者なの……?」

「…………」

「そう……。また、だんまりなわけ…………良いわ、早く殺しなさい……。でないと、私があなたを殺すわよ!」


 捕らえられ完全に身動きを封じられたエイルフィールだが、戦いに敗れたからといって兄の仇を討つことまで諦めたりはしない。……いや、諦められないのだ。


「くっくっく。そんな状態でまだ強気でいられるなんて、相変わらずですね、エイルフィール様」

「……やはり、お前も関わっていたのね」


 声のした方へ、少女は忌々しげに視線だけを動かす。


 黒装束の男と同じように影から別の男がゆっくりと姿を見せる。背は前屈みに、髪はウェーブのかかった黒い脂ぎった髪。エイルフィールは男の年齢は三十代だと知っているのだが、見た目は四十後半にしか思えない。


 男の名はグラヴェル・シール……エイルフィールと同じ団員の第三位。


 影の中から完全に姿を出したグラヴェルがニヤけた顔を浮かべながら、少女の方へ歩み始める。


「どうして私が関与してると思ったのです? 完璧に隠しきれていたと思っていたのですが」


 自分より階級が上の少女の元に立ち止まり、グラヴェルは少女とわずか20cmの距離にまで顔を近づける。まるで愛しい恋人同士がこれから愛を確かめ合うかのように。それを連想してしまい、エイルフィールは吐き気を覚えてしまう。


「お前のその臭い息はどんなに隠れていても鼻に付くものなのよ。……知らなかったの?」

「こ! このアマぁぁっ!!」


 少女の白い頬を叩く、乾いた音が倉庫に響いた。肌がほんのり赤みを帯びる。


「約束通り、この小娘は私の好きにさせて頂きますぞ、よろしいですな?」

「……契約の上での取り決めを保護にしたりなどせぬ」

「グラヴェル、貴様……兄様を……いいえ……第十二師団を売ったのか――っっ!?」


 兄の死を目撃した時に黒装束の男に向けたのと同等の殺意を、少女は『元同団員』のグラヴェルに放つ。


 胡散臭い男で、とてもじゃないが背中を任せれるような人格ではないと前々から思っていたが、まさかここまでの暴挙に出るとは思ってもいなかったのだ。


「許さない……絶対に許さない、グラヴェル!! ……そして貴様も!!」

「くく……許さなければどうするというのです?」


 エイルフィールを縛り付けていた、ただの紐状だった影が突然、上下左右に(うごめ)く。その動きはまるで薄気味の悪い触手のよう。


「う……!!」

「先程のエイルフィール様のお話をお聞きしましたが、何か誤解をされてるようですな」

「……く……何のこと!?」


(……今度はグラヴェルが影を動かしているのか……!?)


 会話の最中も休むことなく金髪碧眼の少女の肌を触手化した影が這いずり回る。その姿を下卑た笑みを浮かべて眺めるグラヴェルに、少女の中で怒り以外の感情、羞恥心が芽生える。


「あっ……! ……ん……」

「確かに私の能力はご存知の通りギフトから与えられたものですが、だからと言って、シオン様が魔女と決めつけるのは早計ではありませんかねぇ? ああ、でも雌雄一対型とも違うのであしからず。……ひひ」


(シオン……それがこの影使いの名前…………それにグラヴェルのこの口ぶりからして、魔女ではないの!? ……雌雄一対型とも違うとなれば、残るは…………)


「ああっ!!」


 太腿を擦っていた影触手が少女の豊かな胸にまで延びた。両胸が揺蕩(たゆた)う動く様が、胸を強調して締め上げているため、はっきりとわかる。


「……はぁ……ん……そういうこと……ようやく見えてきたわ。」

「何がですかな?」

「馬鹿な部下を持つと苦労するという話よ……。あ…………『元上司』として進言して……あげましょう……。そこの馬鹿は早めに始末しておいた方が身のためよ……はぁはぁ……裏No(ナンバー)の団長さん」


 元々細目だったシオンと呼ばれた黒装束の者の目がより一層深まる。


「なぜ知っている? ……といった顔ね。……く……第十一ほどではないにしろ、執行部の情報力を侮らないことだわ。もっとも私も以前、兄様に聞いたのだけど……十二しかないはずの師団には、実は続きのNo(ナンバー)があり、私たち執行部に出来ない裏の任に就いているのだと」

「…………」

「はぁはぁ……裏に所属する者の名はシオン。『無音』のシオン……と裏の世界では恐れられているらしいわ」

「…………確かにお前の言う通り、愚か者が喋り過ぎたようだ」

「シ、シオン様!?」


 口数少ない男からの威圧感の含んだ鋭い視線を感じグラヴェルがたじろぐ。


「喋り過ぎたついでに言うと、魔女でも雌雄一対型でもないのに同一能力が存在する理由……それも想像がついてきたわ。……礼をいうべきかしら、グラヴェル?」

「こ……このガキがぁ……!!」

「……グラヴェル、この娘の身柄はお前に預けるとは言ったが、俺が相手をする」

「な! シオン様、それでは約束が……!!」

「これはお前の失態だ……我らの行動は機密を重要視する……この意味がわかるな?」

「……はい…………」


 猫背の中年男は、これ以上口を挟むのを止めた。もし、これ以上言おうものなら自分が始末されないからだ。


「身動きできないからといって見逃すつもりはない……そのような辱めも不本意であろう? すぐに終わらしてやる」


 影に拘束されたままのエイルフィールに、足音を立てずに、そして殺気を押し隠した冷たい視線が近付いていく。


「……なら私『たち』も遠慮する必要はなさそうね」

「その御言葉、待ってましたぞ、エイル様!」


 まるで申し合わせしていたかのようなタイミングで少女騎士の言葉を切っ掛けに、筋肉の鎧を身に纏った男が、エイルフィールとシオンがいる方へ猛烈な勢いで真っ直ぐに走り現れた。


「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ――――――っっっっ!!!!」

「ギルガ!!」


 全員の視線がギルガに集まる。


「離れた場所から雄叫び上げながら、ただ走ってくるだけだと!? 馬鹿だ馬鹿だとは思っていたがここまでとは……!! こいつ頭の中まで筋肉で出来ているんじゃなかろうか? ひ~っひっひ!」


「そうね。確かにギルガは馬鹿だわ……。そのうえ、五月蝿(うるさ)いし(わずら)わしい」


 ギルガが目指すは黒装束の男シオン――両者の属性の違う視線がぶつかり合う。片方は氷のように冷たく、もう片方は今も倉庫を焼く炎のように熱い――


「……それでもお前よりよっぽどマシだわ、グラヴェル! ……それに馬鹿も増えれば、ただの馬鹿じゃなくなるわよ」


「!!」


 その時、ちょうどシオンの真上の炎に包まれた天井にヒビが入り、一瞬で崩れ落ちる。燃え落ちる瓦礫の隙間から、火傷をものともせずに落下する人物が一人――胸から腹にかけて、まだ癒えない傷を残したままなのが見ていて痛々しい。


「行くぞ!! ギルガっっっ!!!!」

「おうとも、兄者っっっ!!!!}

「雌雄一対型の本当の力、見せてみなさい!! ゴルドバ!! ギルガ!!」


 ゴルドバは左腕を、ギルガは右腕を力(こぶ)を作るように三角に曲げる。力を込められた上腕二頭筋が普段よりも大きく膨らむ。


 向かってくる二人に挟まれる位置に立つ黒装束の男。


「「くらえっっ!!! 合技【断頭台の露(ギロチンボンバー)】ァァァァっっっっ――――――――!!!!」」


 猪突猛進な突撃から繰り出されるギルガの……プロレス技でいうところのラリアットと、空中から落下速度を加えた、同じくゴルドバのラリアットが、シオンの首を捉え引き千切らんとばかりに挟み込んだ――!!


(……馬鹿兄弟、力を見せろとは言ったけど、その恥ずかしい技名は何なの……!?)




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