第六話 血塗れの狩人
後ろの方から突然の大きな爆砕音が聞こえ、私は反射的に音の鳴った方を振り向いた。
その大きな音の原因を瞬時に理解した私は、自分で言うのもなんですがいつもの笑顔の絶えない顔を維持し続けることができないほどに驚きました。
(ヘルハウンドはそれほど弱い相手じゃなかったはずなんですけどねぇ……)
瑞原薙斗……攻撃力もさることながら、一瞬でヘルハウンドのいたところに移動してのけた、その瞬発力もかなりのもの。新人の戦闘力としては異常なほどで、これが初任務だとは到底思えないほどに。
それにマジョカルは各々が専用の武器を扱うが、彼はその武器を持っていない。
持っていないように見えるだけなのでしょうか?
(今はもう消えていますが、先ほどの光に何か秘密がありそうですね……。……面白い。これが瑞原君の能力ですか……)
頬がまたいつもの緩んだ表情へと変わりだすのを自ら感じてる最中、残り一匹だけになった黒い犬が私に向かって走り出す。良い気分でいたのになんとも不快なこと。
「瑞原君のを見た後だと、こっちはどうでもよくなりましたね……」
誰に言うわけでもなく小声で言うや、その姿を一瞥し、背中から長さ一メートルほどの棒状の物を二本取り出す。そのうちの一本には先に大きな鎌が付いており、大鎌の付いていない先同士を組み合わせ、一本の棒状の武器に瞬く間に変化させた。出来上がったのはマジョカルとしてずっと使いこなしてきた武器。サイスと言われる大鎌武器『ハルパー』である。
サイスは取り扱いに癖があり慣れが必要な武器であるが、自身の身の丈ほどある大鎌の攻撃範囲は極めて広い。
頭を食らおうと飛び跳ねてきたヘルハウンドを私は難なく振り回し一瞬にして胴を真っ二つにし鮮血を迸らした。
頭上から血を浴びる結果になってしまったが悪い気はしない。
ヘルハウンドとの戦闘……と言うには一瞬で終わってしまったが、私の姿を見ていた瑞原薙斗が恐々とした表情を向けているではないですか。
体中が血に塗れたまま、血の池の上に立つ姿……
この姿を見れば、瑞原君に限らず、まともな人なら誰でもそういう目で見るでしょうね。
「瑞原君、そんな怖い目で見続けないでください。僕が怯えてしまいます」
「…………」
まったくそうは思ってないくせに……っと思われていそうだと心の中で呟きつつも、私はその視線と周囲や自身が浴びた血から起ちこめる臭いに愉悦を感じ、どうでもよくなってきていた。
悪い癖が出始めてきた。
でも…………ああ……気分がいい……。
***
鳥居の一定範囲内に侵入者が来たら見張りとしてヘルハウンドが現れる仕組みがあったのだろう。
ただし、この仕組みが日中に発動するとは考えにくいので、おそらく夜限定なのか、術者がどこからか見ていて任意に発動させたかと思われる。
鳥居がある以上、一般人が参拝に訪れることもあるだろうから、立ち寄る人全てにイチイチ見張りが反応するとは思えないからだ。
先ほどまで鳥居の中央にあった黒い渦はもう見当たらない。
レンが倒したヘルハウンドが現れた方の渦も消えたままで、これ以上のことは両方とももう起きる様子がない。
ふと俺は足元の辺りから淡い光が見えたので、そちらに目をやると、自分が倒したヘルハウンドが淡い光に包まれていた。その光はすぐに内側へと収縮するように形を変えていき、そして姿を消した。
四メートルほどもあったヘルハウンドの巨体はすでに無くなり、残ったのは俺が倒した時にできた地面の陥没した後のみ。
同じような現象がレンの倒した方でも起きていた。
こちらは胴を切断され血が大量に撒き散らかされた惨状だったのだが、光が見えるのは切断された体だけではなく、地面に散っている大量の血までも淡い光に包まれていた。
こちらもまた次第に光が収縮して姿を消していく。
あれほどの惨状がまるで無かったかのように地面には一滴の血も見当たらない。
俺はふとレンが浴びた血も光るのだろうか? という疑問に思い当たりレンを見てみるが、そんなことはなかった。
あれだけ血を浴びたのだから身体中が光っているのではと思い、想像するとなかなか間抜けな姿なのだが残念ながらそうはならなかったらしい。
ただ、これはこれで、なぜレンの浴びた血だけが何も起きず光らなかったのかという謎が残るのだが。
「ん~……この血どうしましょうね」
どうやら、そのあたりはレンには興味ないらしい。
「一度、態勢を整えに戻った方が良いかと。さっきのでこの山に魔女が関わっているのはわかったし、多分、俺らがここに来たのも今のでバレたはず」
侵入者避けの仕掛けまで準備してたような魔女が一度定着した土地から早々に立ち去るとは考えにくい。
魔女が住処を選ぶ時、魔法の行使しやすい土地や魔力を生み出しやすい土地を選ぶことが多いのだが、現代において、そんな魔術的な土地はほとんど存在しない。
そのため、そういった土地を見つけるのは大変なことであり、数少ない希少な土地を見つけたとしても、その希少性のため、すでに他の魔女が住み着いているなんてことは珍しくもないのだ。
よって魔女は住み着いた土地を簡単には離れられない。
魔術的な土地から離れるということは、魔法が使い難くなるということであり、魔法を使い身を守る魔女にとって生死に関わることにもなりかねないのだから。
絶対にこの土地を捨ててまで逃げ出さないとは言い切れないが、もし離れるにしても数日ほど時間に余裕はあるだろう。
ここから先はさらに罠が仕掛けれられている可能性もある。
時間に余裕があるのなら準備万端で臨んだ方が良いと俺は考えた。
レンも同じことを考えていたらしく、あっさり賛同してくれた。
戦闘時はやけにテンションが高まっていたのに、戦闘が終われば反動のためか急にやる気を失っているようだが。
「身体も洗いたいですし、ちょうどいいですね」
(……むしろ、そっちが本音なんじゃ……)
レンがもと来た道を引き返そうと進み始めたので俺も慌てて後ろから付いていく。
鳥居から離れれば行きの時と同じように帰りも明りの乏しい道を通るのだが、行きの時と違って道が分かっていることと、この山道が大した距離なく出口に辿り着くことを俺もレンも既に知っているので、さして不安はなかった。
数分歩くとすぐに田園覗かせる山の出口に到着した。
「さて、今日はこれで解散としましょうか。瑞原君も初任務で疲れたでしょうから、今日はゆっくりお休みなさい」
「……レンさん、いくら人気の無い時間だからって、まさかその服装で町中へ行く気じゃ……」
血塗れのレンをもし誰かが見たら警察に通報されること間違いなしである。次の日には事件になっていそうだと思ったが――
「さすがに瑞原君が考えているようなヘマはしませんよ。私、目立つの苦手ですから。……では、そろそろ行きますが、明日またスマホで連絡します」
本当に大丈夫なのか? と少々不安を抱きつつもレンの後ろ姿を見送る俺だった。