表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
68/93

第十七話 崩壊の序曲

 音羽家が管理する月之杜神社で、瑞原薙斗と逢花がマジョカルから派遣された執行部との戦いを始めて間もなくのこと。雨降る浅間の波止場近くに幾つかある倉庫の中で、誰も使用していない空き倉庫が一つ……そこでも別の戦いが繰り広げられていたことを薙斗たちは知らない――


 マジョカルの制服姿……それも各団の団長にしか許されていない白の上着を羽織った青年。男性ながら見事なまでに長く整えられた金髪を、先ほどからの激しい動きで踊らせているのだが、その運動量の多さほどに青年は疲れを感じてはいなかった。それもそのはずで、マジョカルの一組織を任せられている現役の団長がちょっとやそっとで疲れているようでは、団長など務まるわけもないのだが。


 聖教第十二師団団長であり執行部の長……シヴィルド・エル・ヴェルナーゼ……それが彼の肩書きと名前だ。


 今、シヴィルドの前に彼の持つ肩書きの効果がまったく通用しない、顔を覆面で隠した黒装束の相手が、束になって何度も襲い掛かって来ていた。既に彼の周囲には、彼に返り討ちにされた者たちが所々に倒れ伏している。


「いくら数で来られても、この程度なら数のうちに入らないよ。団長相手にするならね。……そろそろ、出て来たら、どうだい?」


 どれも顔は伏せられ、戦闘時に破れた覆面から素顔が見えた者もいたが知らない顔ばかりだった。それでもシヴィルドは、突然の襲撃者の正体に大体の察しはついていた。


 この倉庫は、執行部が神名島での任務遂行の間の拠点とするために用意したアジトである。執行部要する聖十二の者でも、今、神名島に着ているシヴィルドを含めた五人に、今回の任務の情報を提供したレン・オルティブしか、このアジトの所在は知らないはずであった。


 もしかすれば、マジョカル一、諜報活動に長けた聖十一の者ならば、知る術もあったかもしれないが、唯一この島にいた聖十一所属の倉敷雅は瀕死の状態で既に動けないのは、先に戦った同隊員たちからの報告で知っている。


 執行部が島に到着する前にアジトを決めていたなら、いざ知らず、ここをアジトに決めたのは倉敷雅を処罰した後だ。よって倉敷雅が情報を掴んだとも考えにくいし、何よりシヴィルドを今も襲ってくる連中は聖十一の者らしくないのだ。


 聖教第十一師団……情報収集や諜報活動に長けた者たちばかりで構成された情報関連のスペシャリスト部隊。上位の者であれば、それなりの戦闘力を有してはいるのだが、ほとんどの者がそうではない。


 けれど、シヴィルドが返り討ちにしてきた者たちは、決して戦闘力を悲観するようなものではなかった。ナンバリング持ちと比べれば、当然大きく見劣りするものだが、平隊員と考えれば、かなりの練度である。それこそ、執行部の者たちと比べても見劣りしないほどに。


「……最初から、お前相手にこの者たちだけで何とかなるとは思ってはいない……」


 小さな声……なのに、聞き逃すことができないほどに威圧感を含んだ、無視できない男の声が近付いてくる……。残っていた襲撃者はついさっき全滅……目の前にも誰もいない……それなのに、声だけが自分に向かって近付いてくるのが、シヴィルドにははっきりとわかった。


 視認できない……足音も聞こえない……けれど、確実にそこに存在する敵意――


「お前の実力を見せてみろ。……でないと、一瞬で終わるぞ」


 途端、シヴィルドに倒された黒装束の覆面連中が、何事もなかったかのようにムクッと立ち上がった。白目を剥いて気を失ったままの者もいれば、命を絶たれた者たちだっている。彼らの肉を断つ感触をこの手でしかと感じ斬り伏せたシヴィルドにとって、それは大いに驚くべきことだった。


「……生命の有無に関わらず、対象の意思さえ曲げ、術者の思うままに操る……影を操っているというわけかな」

「……見た一瞬で能力に気付くとは大したものだな」

「どういうわけか、我が隊員にも同じ能力を使う者がいるのでね。いや、少し違うか……効果の及ぶ範囲の広さにその対象数……力は圧倒的にそちらが上だ。腑に落ちないのは、本来、能力というのはオリジナルと、オリジナルを真似てギフトによって作られた物の二種類しか存在しないし、どちらにとっても唯一無二のはず……。僕はまだその例外と出会ったこともないし、聞いたこともないよ……だが、それほどの力がコピーされた物とは考えにくい……オリジナルということになるね。……僕が気になっているのは、なぜ、あなたの能力を我が聖十二のNo,3であるグラヴェル・シールが使えるかということだ」


 ギフトによってオリジナルを元に作られた能力所有の武具や器具は、能力の存在を恐れるマジョカルによって一つ一つ厳しく管理されており、一つの能力に対して作れるのは一つまで――作られたものは必ずマジョカルに申請するという条件の元で、マジョカルはギフトを討伐対象から外した。マジョカルにとっても、魔女と戦うのに強い力を必要とするため、物に込められた作られた能力に関しては例外としたのである。


 ただし、一つの能力から決められた一つのことしか出来ない力……例えば、結界を張るのみだったり、傷を癒やすだけだったりと使い道が限定された物に関してのみ、マジョカルへの許可は必要ではあるが量産を許している。


 技術開発の進歩を望むギフトにとっても、ビジネスとして大金が動くということもあり、マジョカルと協力体制を取っていた。


「……勘の鋭い男だ。……まぁ、そうでないと執行部の団長など務まらないか」


 液体化した影の中から、ゆっくりと静かに、こちらも派手さがまるでない黒装束の上から、季節外れのロングコートを羽織った男が頭から姿を現す。


 彼に影で操られている部下同様、覆面をしているため素顔はわからない。 そこから覗く瞳が向ける視線とシヴィルドの視線が重なり合い、シヴィルドはハッと息を呑んだ。瞳の奥に吸い込まれるようにどんどん暗く深い闇に沈んでいくような感覚……身体がだんだん冷たくなっていくことを自覚し、いつの間にそうなってしまったのか、闇に捕らわれるような錯覚から抜け出すために、思わず目を逸らしてしまう。


「お前もそうか……」


 男の言葉の意味が何を指しているのかわからない。


 けれど、これだけはシヴィルドにもわかった――


 この男は聖教第十二師団を束ねる団長である自分から持ってしても、危険な存在であるのだと――――


「噂に聞いたことがある……聖教十二師団には実は誰にも知られないように秘匿された裏No(ナンバー)と呼ばれる、暗殺や汚れ仕事を生業の中心とした第十三師団が存在していると……」

「……十二師団の中でも、我らのことを知っているのは十一の団長ぐらいのものだと思っていたのだが……」


 ロングコートを翻した男は、瞬時にして腰に下げていた刀を鞘から抜き放つ。刀身には波打つ刃紋が並んでおり、刀に疎い者でも見る者に美しいと思わせるであろう見事なものだ。


「お前を少し見くびっていたようだ……ここからは俺一人で相手しよう」


 男の登場から、今まで動きを制止していた意思無き襲撃者たちが、突然糸が切れた人形のように一人、また一人とバタバタと倒れていった。


「……では、行くぞ!!」




  ***



「……手酷くやられたものね…………」


 意気揚々と魔女狩りと裏切り者への粛清のため、八重山の中腹辺りにある、代々、音羽家によって管理されていると言われている月之杜神社へと出向いたエイルフィールたち一行。


 ところが、わざわざスイスから遠路遥々(はるばる)、日本にまで遠征に着たというのに、結果は言い訳のしようがないほどの完敗だった。


 辺境の島の、さらに街外れの深夜……電灯も殆ど無い場所で、人目などあろうはずがないのだが、可能性は0ではない。もしものことを考えて、無用のトラブルを避けるために、女騎士は騎士の象徴たる鎧を着ることを止めていた。今の時代で鎧など着て歩いていたら、怪しいことこの上ない。


 彼女は後ろを付いて歩く巨漢の男を一瞥する。


 背中に、自分と同じような容姿の大男を担いで歩くギルガがおり、彼が背負っているのは傷つき気を失っている兄のゴルドバ。裂傷は酷いが命に別状はないとエイルフィールは判断していた。


 山を降りている最中は、自分の後ろを黙って付いてくる巨漢の男よりも上位の階級を持つ男もいたのだが、今はいない。山を降りた頃には、いつの間にやら姿を消していたのだ。


(あの男、相変わらず何を考えているのか……これだから嫌なのよ)


「あの……エイル様……申し訳ありません……。我ら兄弟二人して、この前まで新人だった若者相手にやられてしまうとは……」


 エイルフィールの険しい表情に自分たちの責を感じたのか、ギルガは目を背けて言った。


「別にあなたたちだけを責める気なんてないわ。むしろ、これだけの人材を揃えておいて、敗れてしまった私にこそ責任があるのよ……」

「そんなことは……!!」


 ギルガの口から続きの言葉が発せられるよりも先に、エイルフィールは(かぶり)を振って、それを止めさせた。


 何と言われようとも自分は敗軍の将に変わりはしない。慰めや優しい言葉は、時に相手の心を大きく抉ることだってあるのだ。今はただ、エイルフィールはその責任を重く受け止めたかった。


「ギルガ……あなたとゴルドバが二人して敵わなかったという瑞原薙斗という少年のこと……少し聞かせてくれるかしら?」


 驚いた表情を見せたのも一瞬、すぐに何を思ったのか、大男には余りにも似つかわしくない心底嬉しそうな顔を主人に作って見せる。


「あの若者……戦闘における強さも()ることながら、心の芯を失わない強さも兼ね備えていると見受けました。儂ら兄弟、負けたから言う訳ではないが……あの若さで大したものです。昔、兄者と共によくエイル様の訓練を付きっきりで見ていた時の頃を思い出し、懐かしい思いでしたぞ」

「……どうして、そんなに嬉しそうなのよ」

「が~はっはっは!!!!」

「……それにうるさい!」


 何が嬉しいのか、より一層声を上げて笑い始める大男の年甲斐もなく破顔した表情に、エイルフィールは隠すこともなく、うんざりした仕草を見せた。


(そういえば、昔はこんな風によく笑ってたわね……。こういうやり取りも久しぶりな気がするわ……。……いつからだったかしら……? 私たちが心から笑えなくなったのは……)

 

「エ……ル……!! ……ル様!! ……エイル様!!」

「!!」


 何度もギルガに名前を呼ばれていたことに、遅れて気付いたエイルフィール。いい加減、大きな声で話しかけられるのが煩わしくなってきたので、少し黙らせてやろうかと思い始めていたエイルフィールだったが、すぐにギルガの声に切迫したものが込められていたことに気付く。そしてその理由にも――


「倉庫が……燃えて…………あそこには兄様が!!」

「急ぎましょう!!」

「いえ……私一人で行く! あなたはゴルドバを安全な所に連れて行きなさい!」


 ここから、そう遠く離れていない港のある方角……今は夜空の一部を赤く照らしている。一般人なら走れば20分ほどの距離だろうか。けれど、ここにいるエイルフィールは違う。今は鎧も解除している。7分……いや、5分もあれば十分だろう。


 連れ人の返事を聞く時間さえ惜しいらしく、エイルフィールは部下を置いて一人、今も轟々と燃えているであろう、熱源の発生場所へと銃から発射された弾丸のような勢いで飛び出した。


(兄様……どうか、ご無事で……)





 片手で数えれる程度しか曲道はなく、ほぼ直線が続いたおかげで、エイルフィールは予想よりも1分近く早くにアジトに辿り着いた。


 金髪慧眼の少女が最後にここを離れた時と、今とは見た目がまるで違う。道中も目にしていた、暗闇を淡く、そして紅々と照らしていた炎は、倉庫の屋根いっぱいに燃え広がっており、これが光源の元で疑いようがない。いつ燃え崩れてもおかしくないように女騎士の目には見えた。


 屋根だけじゃなく、炎は建物全体をも燃え包もうとしているが、出入り口となる横にスライドさせて開ける大型扉は、内側に乱暴に(ひしゃ)げた跡を残して転がってはいるものの、この辺りは唯一まだ火の手が回っていないようだ。


 ここまで燃え広がるまでに幾分か時間が経っていたはずだが、周りに消防隊どころか野次馬一人さえいないことにエイルフィールは不信に思ったが、もと大型扉のあった場所に足を踏み入れて、その理由に気付いた。


「この感じ……人避けの結界…………そういうこと……」


 いくら人の往来の少ない田舎で、皆が寝静まっている時間といっても、ここから一番近くの街は、この島で一番人が集まった地区である。闇に包まれたいつもの空が、月光でも星の輝きでもない、普段と違う光に照らされていれば、誰かしらが異常に気付いて消防署なり警察に連絡が入って当たり前だ。


 けれど、ここにはエイルフィールしかいないし、騒ぎを聞きつけて誰かがやって来るような気配すらないまま。


 人避けの結界が張っているということは、ここに誰も近づけたくないと思っている者がいるということで、執行部が用意していたものでもない。そしてこの倉庫は執行部が神名島での活動拠点として使っていたものだ。


 つまり、この状況から考えられるのは、執行部を快く思っていない何者かが襲撃してきたということだろう。


(いったい誰が!? ……まさか瑞原薙斗!? ……いえ、彼らにそれほどの余裕はないはずよ……。……ダイヤモンドの姫が瑞原薙斗に協力していたのは意外でしたが、彼女の様子からしてギフトが関わっているような感じでもないし……)


 犯人に心当たりが浮かばないものの、兄の身が心配なあまり、エイルフィールは先立つ気持ちを抑えられずに足が前へ前へと急いてしまう。


 屋外ほどではないにせよ、倉庫内のあちこちが炎に喰われていくのが見える。熱気もかなり上昇しており、少女は自身の肌が汗ばみだしたのを感じる。屋内を火の手で満たすのも時間の問題と思われた。


 奥に行けば行くほど、火の勢いは強くなる。


 そうして足の赴くままに進むと、すぐにエイルフィールの知りたかった答えが否が応にも視界に入ってきた。


 一度、瞳に捉えると背けることなど出来ない――


 いち早く知りたかったことなのに、最も知りたくなかった現実を知ることになろうとは――


「……兄……様……?…………」


 倉庫の最奥、最も炎が大きく、全てを燃やし飲み込もうと炎が暴れている。一目でここが火事の発生元だとわかったが、いつ飛び火してもおかしくないほど近い距離にいる背丈の高い男の存在に気付き、エイルフィールは視線が吸い込まれてしまう。


 彼女の目が大きく見開く。


 男の手には『丸い何か』を掴み、その『何か』から赤い液体がポタポタと滴っていた。


「あ……ああ……そんな……」


 長身の男が手にしているのは人の首……それも血が乾いておらず、今も流れ落ちるほど新鮮な生首……エイルフィールがよく知る人物であり、敬愛している兄……シヴィルド・エル・ヴェルナーゼ、その人だった――


「いやあああああああぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!! 兄様ぁぁぁぁっっっ――――!!!!」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ