第十四話 クラウ・ソラス
境内の階下で瑞原薙斗が戦いの決着を迎える数分前のこと。
大鳥居付近でも執行部との激しい戦いが繰り広げられていた。
執行部の金髪騎士の最初の踏み込みを、既に【戦舞衣装変換】に身を包んだ逢花は魔剣【操技絶剣】を喚び出し迎え撃ったが、いつもより不思議とキレが悪かった。そこで逢花は【宝剣・二竜剣】に喚び直し、無数の剣をもって女性騎士を迎撃する。そして今も尚、数え切れないほど降り落ちる剣の雨を、神業とでも言える驚異的な剣技で全てを弾き落としていく騎士。その二人の戦いを巻き込まれないところから水葉は眺めていた。
「まるで戦場ね……」
逢花と薙斗のことが気になって、後から追いかけた水葉だったが、二人の次元の違う戦いに近寄ることができず、せめて逢花の邪魔をしないようにと、ここでこうして見てることしかできないでいたのだった。
後になって水葉は知ることとなるが、【操技絶剣】は剣自身の魔力で風を操り自由に飛ぶことができる魔剣で、この魔剣の能力だけでも十分ポテンシャルは高いのだが、逢花の剣を操る能力が魔剣に上乗せされることで手のつけられないような強さを誇るのだそうだ。
だが女騎士の能力は魔力キャンセラー。
魔剣の風を操作する魔力を打ち消されたために、逢花は【操技絶剣】の力を半減させられ、やむなく宝剣【二竜剣】に換えたというわけらしい。
並の相手なら力が半減されようとも魔剣を使った逢花の敵ではないのだが、目の前の敵は水葉が見ても只者ではなかった。
ちなみに二竜剣の力の源は仙力のため、魔力キャンセラーの対象外。
だから、逢花が早々に魔剣から宝剣に切り替えたのだろう。
「痛っ……」
二人の緊迫感のある戦いを見ていると、殺気に当てられてしまったのか、なんだか首筋がピリピリ痺れるような痛みを水葉は感じ始める。
「はぁ……あんなの私たちとの稽古の時にされてたら瞬殺だったわね……。それにしても……あの人すごい……逢花と互角だなんて」
半板金鎧に身を包みながら、その鎧の重さを苦に感じていないかのような、無数に分裂した二竜剣の一斉攻撃をギリギリのところで滑らかに避ける女騎士の長い金髪が宙で泳ぐ。
その戦う姿に水葉は、敵ながら美しいと思った。
「でも、うちの逢花だって負けてはいないわ」
宙を舞っているのは金髪だけではない。
東洋の民族衣装のような【戦舞衣装変換】に備え付けられている長い帯と一緒に、逢花の少し青みがかった銀色の髪が大海原のように空に広がる。
さながら二人の戦う光景は、水葉には美女二人による美しい演舞のように映りさえしていた。
一方で女騎士エイルフィールの見解は違う。
(……強い…………本当にAランク以下なの!? これではまるで……)
まるでSランクにも匹敵するのではないか?
そう感じ始めていたのだ――
レンから聞いていた情報と違う……そう思いはしたがよくよく考えてみれば、レンの実力でこれほどの使い手の実力を完璧に推し量ることなどできようはずがなかったとエイルフィールは自分と対峙している少女に安易に戦いを挑んだことを後悔していた。
離れて見てる水葉の目には互角に映る戦闘も、実際に戦っている当人たちは違う。
逢花やエイルフィールほどの実力者が剣を交えれば、すぐに相手の実力が想像できる。
(……まだ何か隠しているわね…………)
女騎士のその予想は的中していた。
この戦いで逢花がエイルフィールに見せた剣は、風の魔力を宿し、絶対防御不可の剣と恐れられた、ケルト神話に登場する魔剣と同じ名の【操技絶剣】――剣を分裂させる度に数を増やしていく宝剣、中国の明時代に神仙が使っていたという【二竜剣】――この二つ。
そしてこれから逢花が第三の剣を見せようとする――
両手をエイルフィールに向け、左腕は拳をつくり、右腕は指を広げて見せる逢花。
すぐに逢花の周囲に変化が現れた。
新たな霊力の解放に樹木がざわめく。
「来なさい!! 【呪刻魔光剣】!!!」
左の握り拳がまるで剣の鞘であるかのように、抜刀しようと右手を左拳と反対方向に引き始める。
その動きと同時に逢花とエイルフィールを包むように、魔剣から出現した闇が二人を瞬時に覆った。
「なに……!? 何なの……あれは!?」
いつの間にそこにいたのか、逢花の両脇を固めるように人型の骸骨が二体そこに。
けれど、人のものではない。
頭の大きさは人間のものを優に超え、頭だけで成人男性ぐらいの大きさがある。その身体のアンバランスさゆえか、重さに耐えきれず頭が地面に突っ伏す姿勢を二体とも取っていた。
他にも異常な部位がある。
腕は細い人間のものなのに、手が30インチぐらいのテレビほどの大きさがある。それぞれが片手に刃渡りだけで2メートル近い大きな包丁を手にしていた。
常に戦場に身を置くエイルフィールでさえ、気を一時でも緩めれば恐慌に陥ってしまうのではないかと思えるほどに、女騎士は瞳に映る異形から恐怖しか感じない。
逢花の右手の動きと共に、徐々に抜き身の刃の姿と、そこから漏れる光が――――
「くっ――!!」
先の二本の剣が魔剣、宝剣というだけあって強大な力を持った剣だったことと、この異様な状況を作ったであろう逢花が新たに喚び出す第三の剣からエイルフィールは目が離せないでいた。それゆえ注視する余り、剣が発する眩い光に視界全体が覆われてしまうのも一瞬――気付いた時には、眩しさで目を逸らしていた。
魔剣【呪刻魔光剣】――ケルト神話の四秘宝の一つで第三秘宝。剣自体に呪文が刻まれており、鞘から抜くと輝く光が敵の視界を奪う。そして完全に抜き放った刃は、隠れた敵さえ見つけ出し必ず屠ると言われている絶対不敗の剣。
すぐに目眩ましだと察したエイルフィールだが、闇の中から一転した突然の光源に視界を奪われ、ほんの一瞬だが動転してしまう。時間にして1秒あるかないかの、ほんの一瞬の隙だったのだが、今、金髪の騎士が相手をしているのは『たった1秒の隙』を『1秒もある隙』と感じさせられてしまうような相手だった。
「……ここまでの魔女だとは思わなかったわ」
自分でもびっくりするぐらい素直な言葉が、女騎士の口から漏れる。
魔女と言っても魔法を行使して直接攻撃を飛ばしてきたり、妨害・補助魔法をかけるような従来の魔女とはまるでタイプが違うのだが。自身と剣が備え持つ魔力・霊力を融合させ、剣を自在に操り、圧倒的な魔力量と剣技で戦う変則型の剣士と言ったところか。
最後は奇をてらう形となり、正直不満が無くもない。けれど、それを抜きにしても、このまま戦っていれば負けるのも時間の問題だったことをエイルフィールは戦いの中で悟っていた。
負けて悔しいと思う気持ちこそあれど、全力を出して尚、自分の手に負えないほどの剣の達人との戦いに心が震えたのが心底気持ち良いと思えたのだ。
そのエイルフィールの背後を、今、逢花が捉えている――――
「…………私の負けよ。……殺しなさい」
「……死に急ぎたいのですか?」
白銀の鎧に身を包んだ女騎士の背中を眺めながら声をかけた逢花。その背は、先ほどまで全身を覆っていた闘気が嘘のように今では収まっていた。
「ふぅ~……」
相手に戦意がないのを感じ取り、逢花は魔剣クラウ・ソラスを抜き放った時とは真逆の動きで、見えざる鞘に魔剣の姿を眩ませる。
敵の戦意が消失したのを逢花が感じ取ったのと同じように、背後に限りなく高まっていた霊力が、膨らんだ風船がみるみる縮むかのように消えていく様を背後から感じたエイルフィールは驚いた。
己の立場を忘れ、怒りの感情が瞳に篭もるのを抑えきれない女騎士は、自分をそうさせた相手の顔を再び見ようと無意識に振り向いてしまう。
女騎士のその動きに、逢花が危険を感じ斬り伏せようとしてきてもおかしくはなかったのだが、幸いとそうはならなかった。
「どういうつもり!? なぜ剣を仕舞う!?」
「どうも何も……戦いが終わったからとしか」
「ふざけないで!! 早く私を殺しなさい!!」
「ん~……ふざけてなんかいないんですけどね……。あなたは冷静な方かと思ったのですが……それとも死にたがり屋さんなのでしょうか?」
「くっ……私はあなたに負けたのよ!! だから止めを刺しなさいと言っているの!!」
「私もあなたの命を奪いたくなんてないんですけど……。それ以前に、どうして負けたら死なないといけないのか……」
「……私に生き恥を晒せと言うの!?」
騎士のような姿をしていると思っていたが、精神までそうであったことに一瞬、言葉を失う逢花。
(今時、こんなにも誇り高い心を持った方がまだいたんですね)
悪く言えば、時代錯誤と言われるかもしれない。けれど、逢花は同じ剣士として、彼女の振る舞いを見事だと思ったのだ。
金髪が美しく、透き通るような白い肌に整った顔立ち。軽装型の鎧に身を包んでいるとはいえ、戦いに身を置くものとは思えない、不釣り合いなほど綺麗な容姿をしているというのが、逢花が最初に彼女から受けた印象。
でも今は違う。
彼女の滲み出るような美しさは外見以上に、その誇り高い精神から生まれたものだと知ったからだ。それと同時に逢花は、目の前の女騎士のことを嫌うことは出来ないなと思った。
友達……倉敷雅を瀕死に追い込み、今も目を覚まさない状態。本来なら、この金髪碧眼の騎士は憎むべき敵のはずで、倉敷雅の身体中は斬り刻まれ、右腕を失い、凄惨な身とされた。……憎んで当然の相手だ。
だが、逢花は知っている。
――いや、戦いの中で知ったのだ。
戦いの最中、彼女は常に真正面から逢花と向き合い、愚直なほど真っ直ぐな剣筋だったことを。剣と剣とが交わる度にその考えを強く認識し、確信した。
彼女――エイルフィールという名の少女に、相手を惨たらしく斬り刻むような真似など出来るはずがない……と。
剣による切り傷もあるし、倉敷雅と戦ったのは確かなのかもしれない。
けれど、物のように打ち捨てられた倉敷雅の傷ついた姿を見た時、付けられた傷全てが同一ではなかったことに、剣の使い方に精通している逢花には分かっていた。傷の大きさが大小様々で傷口が違う。異なる鋭い刃を持った攻撃による裂傷……彼女が今も手にしている剣が付けたと思われる傷口もあるにはあったが全てではなかったのだ。
戦いに身を置く者は、一度戦場に出れば傷つくことは当然であり、常にその心持ちを有しているものだ。よって、それを責める気など逢花にはないし、倉敷雅には戦う力があっただろうから。もちろん、悲しい、悔しいと思う気持ちが湧き上がらないかと言えば嘘になるが、人が当たり前のように傷つき倒れるのが戦いなのだ。
――だから、逢花は戦いがすごく嫌いだった。
「あなたが死にたいと言うのは自由ですが、私はあなたの命を奪ったりしません!」
「なっ!? 何を言って……!!」
「勝ったのは私なんですから、少しは私の言うことを聞いてください! ……ね」
と言って、その場に似つかわしくない微笑みを逢花は騎士に向ける。
「……確かに私はお前に敗北した……それは認めましょう。……けれど、心まで許す気はないわ。ここで私を逃しても、いずれ、またお前たちの前に現れるわよ」
「むぅ~……まぁ、その時はその時で。とにかく今はもうあなたとは戦いませんし、仲間とも戦わせません! 良いですね?」
「……勝者のお前がそれで良いのなら、敗者の私がこれ以上言う権利はないわ」
「そう……良かった」
いっそう微笑みが増す逢花に釣られてか、エイルフィールの顔にも笑顔が溢れる。
「あなたのその強さ……それにあれほどの伝説級武器をいくつも持っているなんて普通の魔女ではありえないわ……もしかして、あなたはあの……!?」
「!!」
両者の重なっていた影が揺らめいた――と思った瞬間には、影の中から突くことに特化した細身で長い刃が勢い良く飛び出してきた。
条件反射的に身の危険を感じた逢花は後ろに飛び退こうとするが……
(足が動かない!?)
動くはずのない影が、いつの間にか逢花の両足首を捕まえるために変形しており、この場から逃れることを拒まれてしまう。
(躱せない!! 剣召喚も……ダメ! 間に合わない……!!)
不意を突かれ、身動き出来なくなった逢花に無情にも刺突武器が迫る――




