第十二話 それぞれの戦い
(どこだ!?)
(どこにいるんだ――!?)
「ナギトさん! 先行しすぎです!」
普段は温和で、聞く者の心を落ち着かせるような優しい声の逢花。今、制止を呼びかけた、その声は普段のものとは違い、切羽詰まった印象を受ける。
それでも俺の頭の中では、隠そうともしない剥き出しの敵意に当てられたせいか、今も殺意を放つ相手の居処を探すことしか考えられなかった。
大鳥居を抜けると、下方に三百段は余裕である石造りの階段が伸びている。その両脇を一定の距離毎に石灯籠が配置されており、夜の闇に包まれている今は、明かりが灯されているため先が見えないとはいえ、進む分には苦労しない。
その階段のずっと先……おそらく最下段の辺りと思われる一帯で淡い光源を発しているものを俺は見つけた。
「そこか!」
もし俺が考えている通りなら、そこには執行部がいるはずだ。
本来なら逢花が来るのを待ってから一緒に降りるべきなのだが、後輩の仇を撃つことに躍起になっている俺は直ぐ様、駆け下り始めた。
執行部の狙いは本当なら俺と逢花、水葉だっただろう。
上手くいけば逢花と水葉は魔女認定グレーという扱いで狙われないかもしれない。それならばマジョカルに目を付けられているのは俺だけということになる。
俺としてはそれが最も望む形だ。
だが俺の思惑とは違い、最初に犠牲になったのは何の関係もない、同じマジョカルに組みしている雅だった――
つまり……俺が雅を巻き込んだ――
一つ間違えれば雅の命はなかったはず……そう思うとゾッとする……
自分が襲われる分には我慢できたが、自分と関わったために他の者が襲われ命の危機に見舞われる……それも見知った者が……そんなの耐えられるはずがなかった。
こうなることを恐れて、皆を守れるようになりたくて、逢花に修行をつけてもらっていたというのに……
「……くそ!!」
苦虫を噛みしめる思いで階段を一段飛ばしで走り続けると、すぐに終わりが見え……予想通り正式マジョカルのみ着ることが許されている制服に身を包んだ男が懐中電灯片手に待ち構えていた。
俺なんかと違って見習いではない、正式マジョカルが二人。
どちらも身長2メートル近くある大男で、服の上からでも全身筋肉が隆々としているのが分かる。制服のみならず顔も体格も似通っており、誰が見ても兄弟であることを安易に想像させるだろう。
彼らを俺は知っている。
正しくは、俺が人の顔を認識できるようになったのがここ最近のことだったので、この兄弟の顔を見たのは初めてだ。それでも彼らの目につきやすい特徴のおかげですぐに誰だかわかった。
知っているだけで直接会話を交わしたことはないが、聖教十二師団上位の者であれば、例え団長、副団長じゃなくても組織内では知名度があり、新人でしかなかった俺の記憶にさえ残っていた。
(ダルバ兄弟……兄がゴルドバに弟がギルガ……だったか。共に執行部で、兄は聖教十二の団員の中でも兄が確かNo.4……弟はNo.5。……どっちも実力者だったはず……)
二人とも肉体強化に特化し、鋼の肉体から繰り出される攻撃は素手でありながら全てを砕き、その筋肉が鎧の如く防御力の高い役目を成していると聞いたことがある。
攻撃面のみで言えば俺と似たタイプだ。
雅を襲ったやつと目の前にいる大男が関係しているのは明白で、もしかしたら襲った当人かもしれない。
そこまで分かりながらも俺はこれだけは聞かずにはいられなかった。
「雅をやったのはあんたらか?」
本当なら怒りで腸が煮えくり返っている気分なのだが、敢えて静かに……努めて冷静を装いつつ俺は姿カッコのよく似た兄弟に尋ねた。けれど端々から漏れる感情が返って相手からしたら凄みの増した様子に映っていたことに、この時の俺はまだ気付いていない。
「雅? 倉敷雅のことか? あの小僧、諜報部風情が自分の分を弁えず向かってくるという愚行を犯した大馬鹿者か!」
「あの程度で我らをどうにかできると思うとは愚かなことよ。よって我らが制裁を下してやったわ!」
雅を敢えて侮蔑するかのように嘲笑いながら言う弟に兄が続く。
戦略として、相手を挑発し冷静さを奪うことで、相手の動きを単調にするというのは歴史を紐解いてもよく使われる手だ。言ってしまえば、この兄弟は起こるであろう戦闘前にマニュアル通りのことをしたまでである。
けれど――
そうとは頭では分かっていても、仲間を傷つけられ、それを笑う姿に、理性で出来た積み木が一つ一つ崩れ落ちていくのを俺自身、心の中で感じていた。
「…………まったく……本当はもう少し温和にいくつもりだったんだけどな」
ソっと、そして力強く拳を握りしめる俺は――
「「!!」」
次の瞬間、ギルガの目前まで飛び入り、漏れるエネルギー光を纏った拳がギルガの頬を捉えていた。
拳がインパクトした一瞬、ギルガの石で出来てるかのような硬い肌の感触に俺は瞬時に気付きつつも、何の躊躇いもなく、お構いなしにさらに光る拳に力を込める。器に収まりきれなかったエネルギーが溢れ、拳を纏うオーラが肘にまで伸び広がる。まるで稲光のような放電現象に似た症状が腕を包むように現れた。
厳しい逢花との毎日の修行の末、一つ上の段階に昇華した光拳。
いくら石のように硬いと言ったって、そんなこと関係ない。
なぜなら、今の俺の光拳は本物の石だって難なく砕く。
戸惑う理由などなければ、相手を気遣う気なんてさらさらない――
頭から落ちたギルガは硬い石畳が砕けるほどの衝撃を受け、ボールが地面に跳ねるかのように巨体が跳ね上がった。
「ギルガッッ!!」
反応はない。
悲鳴も呻き声すらも上げる暇もなく、瞬時に意識が遠い場所へ飛んでいったようだ。
壊れた石畳の上に静かにうつ伏せで寝そべったまま。痙攣を起こしているようで、小刻みに身体を震わせている。
彼らは後になって後悔することになるだろう。
怒りで動きが単調になってしまおうが、その動きそのものを捉えることが出来なければ、なんてこともない。むしろ意識が一つに絞られる分、より良い動きを生み出すことだってあるということに。
倒れ伏した大男の姿を一瞥した俺の意識は早くもこの男から離れることとなった。この場にいる残り一人の筋肉質の男に声を掛ける。
「次はあんたの番だけど、どうする? ……って、いつもの俺なら聞くんだけどな……。最後まで付き合ってもらうぜ」
***
家から外に飛び出て、殺気のする方へと一目散に走る薙斗の背中に付いて行っていた逢花だったが、大鳥居を前にして追いかけることを止めていた。
大鳥居を薙斗が通った際はなんてこともなかったはずなのに、今は鳥居の柱の後ろから強い殺気を感じたからだ。
これは明らかに逢花に向けたものであり、それを感じ取ったからこそ、先行する薙斗のことが気になりつつも逢花はこの場に留まることにした。
「……私に御用でしょうか?」
静寂に包まれている夜闇の中。
時折風に揺られる木々の音を聞きながら、その度に風で宙に流れる髪を自由に泳がせていた。
少しして返事の代わりに殺気の主が姿を現す。
「私の殺気に気付きましたか……さすがレン・オルティブを退けたBランク魔女ね。……いえ、Aランクなのかしら?」
「……あなたたちの決めるランクのことはよく分かりませんが……。わざと私が気付くように、あなたが断っていた気配をわざわざ解いてくれましたから」
「私がそんな小細工などしなくとも、あなたなら最初から気付いていたのではなくて?」
それは謙遜だと逢花は思った。
確かに逢花はごく僅かほどの人の気配を大鳥居の辺りから感じてはいた。
ただし、それは逢花の中で『取るに足らない』ものと判断していたのだ。
そのため、走る速度を緩めることなく、何事もなく突っ切るつもりでいた。
――だが、そうはさせてもらえなかった。
大鳥居の影から隠れて放つ殺気があまりにも大きかったから。
逢花をもってしても強敵と見做すほどの強敵に、足を止められた形となる。
見事な隠形だと思った。
姿を現したのは自分より年上そうだが、けれど、そう離れてなさそうな少女が一人。
首元の襟をきっちり中央から閉じた服の上から、白銀の鎧を纏った騎士風の出で立ち。腰には長剣サイズの鞘を帯びている。
長い髪に、瞳に宿る光は鋭く厳しい金髪慧眼の少女。顎を引き、胸を前に出して真っ直ぐに立つ姿は、年端のいかない少女に似つかわしくない堂々としていて落ち着いたものだ。
「ナギトさんから話は聞いています。……執行部の方ですね?」
「……マジョカル執行部であり、聖教第十二師団副団長エイルフィール・エル・ヴェルナーゼ。あなたを討伐する者の名前よ。覚えておくといいわ」
自己紹介しながらも手際良く鞘から剣を抜き放つ慧眼の少女。
益々持って騎士そのものにしか見えない。
姿を見せた剣は、鞘の長さ大きさから想像していたものと違い、意外と幅狭く細長い。軽さと扱い易さを優先させた速度重視で選ばれた剣であることを逢花に想像させた。
想像通りなら剣を扱う者同士でありながらも、逢花と戦闘スタイルは違うこととなる。もっとも、逢花の戦闘スタイルは少々特殊なので、同じタイプと剣を交わすことなどないだろうが。
「私も自己紹介した方が良いでしょうか?」
「……いえ、結構よ。どうせ、この一戦で終わるから覚える気はないわ」
「私だけ覚えるだなんて不公平ですね。我儘です」
苦笑して言う逢花だったが、すぐに顔からそんな余裕は消え失せることとなる。
会話はこれで終わりと言わんばかりにエイルフィールと言う名の騎士少女が、鋭さの篭った眼光からよりいっそうの殺意を逢花に放ったからだ。
強い殺意が一陣の風となって、逢花の顔を叩きつけながら通り過ぎていく錯覚を覚えた銀髪の少女は、眼前の少女の気迫に負けまいと、自身も心を奮い立たせるべく意識を集中し始める。知らず知らずに目に力が篭もる。
エイルフィールの殺気に逢花が錯覚したのと同じように、この時、慧眼の騎士の身にも同じようなことが起きていた。
両者の間に無言の緊張感が生まれる。
やがて、どちらからともなく人間離れした剣の撃ち合いが開始されることとなった。
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