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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×マジョカル ~第三章 情勢変異~
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第十話 小糠雨に打たれて

 日中から降りそうで降らなかった雨空は普段よりも早く、そして静かに空を流れていた。


 雲に覆われた空が夜の闇を伴い、日付が変わったあたりからぽつぽつと青雨が落ちる。


 濡れないように傘を差す俺と隣にいる逢花は、路地裏でまるで粗大ゴミのように放り捨てられた目の前の信じられないほど無残な姿で横たわる茶髪の少年から目を離せないでいた。


 右腕の肘から下が何か鋭利な物で斬られたようにすっぱりと失い、あるべきはずの失われた部分が彼の側に無造作に転がっている。


 鋭利な傷は他にもあり、特に袈裟からの裂傷は特にひどい。


 雨に打たれ流されたと思われる、流血の多さを安易に俺たちに想像させるほどに身体中に血の跡が残っており、今も彼の周りには雨の中にも拘らず血溜まりが残っている。


 直ぐ側には彼――倉敷雅がいつも身に付けていた眼鏡が、持ち主のように本来の姿からは遠ざかった形となって落ちていた。


「ひどい……」

「…………」


 逢花が言うのも最もだ。


 目を背けたい状況だというのに、俺たちはそれでもそうすることができないでいた。


 なぜなら目の前で気を失い瀕死で倒れている少年は俺たちの知る人物なのだ。だけど、いつまでもこうしてる場合じゃない……雅はまだ生きているのだから。




 月之杜神社で休んでいた俺は、スマホから突然鳴り響いた音で飛び起きるように起こされた。


 鳴った原因はアラームをセットしていたからでもなければ、電話やメールの着信音などでもない。以前に一度起動した新しいアプリのせいだった。


 アプリの名は『魔女術探査ウイッチクラフト・サーチ


 このアプリはどうやら魔女の発する魔力の残滓ざんしょうを発見し、その場所を突き止めるというものらしい。


 どういう仕組みでこのアプリが魔女の手掛かりを見つけれるのかは、雅なら的確に答えてくれそうなものだが、この分野に疎い俺には、魔力や霊的なものを電子変換して魔女に関わるものを捜索するアプリなのだろうということだけは分かるが、それ以上の知識を持ち合わせてはいない。


 前に一度、凶鴉の魔女が潜む灰色の世界(グリモア・シェール)への入り口を見つける際に活躍して以来の起動だった。


 就寝中だった俺は部屋の明かりを付けるよりも先に、スマホの明かり伴う液晶画面を覗き見た。


 映っていたのは浅間の地図と海辺沿い……おそらく船着き場と思われる場所に光点が示されており、魔女術探査アプリがそこに魔女に関する何かを知らせてくれていた。


 自室で休んでいる逢花と水葉を急ぎ呼んで事情を話した俺は、水葉に留守を任して、調査に赴くべく逢花と共に深夜の小糠雨の中、山を降りた後タクシーに乗って浅間へと向かったのだった。


 そしてアプリの示す場所まで着た俺たち。


 付近を捜索するが目新しい船が一隻着岸している以外はこれといって変わったこともなく、先ほどより少し雨の強さが増してきていた。


 そんな折、雨の中でも流れきれていなかったのか、微かに残る血の匂いを路地の方から感じた俺は、匂いの元を辿って路地裏に入ってみる。


 そこで俺たちが目にしたのは凄惨な殺人現場のような光景だった……。


 明らかに誰かに襲われたと考えるのが妥当な……


 魔女に関する何かに魔女術探査アプリがこの付近で反応を示した以上、雅と戦ったのは魔女と考えるのが本来は普通だが、今回ばかりはそうとは言い切れない。なぜなら明日……いや、もう日付が変わったので今日になるか……今日はマジョカルが神名島に来る日だ。マジョカルと接触し(もつ)れた可能性だって十分に考えられた。


 雅を傷つけたのが魔女でもマジョカルであったとしても、命の灯火が今にも掻き消えそうなほど弱々しく揺らめくほどにまで追い込む必要なんてあったのだろうか?


 そう思うと言いようのない怒りが俺の中に沸き起こりだす。


 けれど、今はその感情に身を任せる時ではない。


(冷静になれ……冷静に…………)


 限りなく危ない状況であるのは一目で分かったが、幸い命はまだ繋ぎ止めている。今すぐにでも治療を施さないと手遅れになりかねない一刻を争う状況――




「まだ辛うじてだけど息はある……すぐに病院に連れて行かないと!」

「ナギトさん、だけど普通の病院では……!!」


 普通の病院がなんとか出来るか甚だ疑問である……それ以前にこんな辺境の島にこれほどの傷の治療に適した設備が整った病院があるかと言えば、かなり怪しい。そのことを逢花は言っていた。


「それでもこの出血量は……! それに雨に打たれ続けたせいで体温がかなり下がってる! まずは病院に連れて行ってからだ……!!」

「お困りのようですわね」

「――――――」


 声をかけられるまで、近くまで歩み寄ってきていた存在に気付けずにいた俺と逢花。どうやら予期せぬ事態に動転して俺たちは、まだ雅を襲った相手が近くにいるかもしれないという状況なのに周りへの注意が疎かになっていたことを今になって知ることとなった。


 声をかけた相手が、もし雅を襲った相手だったならば、俺たちは完全に不意打ちされた形となり、タダでは済まなかっただろう。


 相手の表情を見れば、すぐにそれが杞憂であったと分かったが。


 紺色の瞳に少し吊り目がちな目。青紫色の髪に腰まで伸ばした長髪。身長は逢花より気持ち大きい程度だろうか。


 赤い傘を差しており、傘から覗く表情には敵意のない優しいものを浮かべて見せている……俺たちと同じ学校の制服を着た女の子が、こちらとの距離を詰めるべく歩み寄って来ていた。俺たちと同じ高校生なのだろうが、女の子と呼ぶにはどこか大人びた雰囲気を醸し出している気がする。


 俺の知らない女性だ。


「生徒会長……さん?」

「はい。生徒会長です」


 ニッコリ。


 状況を知ってか知らずか、この場の雰囲気にまったく似つかわしくない表情。


「逢花、その人を知って?」

「はい。見ての通り私たちと同じ高校に通う一つ上の先輩です。生徒会長をされており、学園ではちょっとした有名人なんですよ」


 逢花が説明してくれた生徒会長は俺たちの話を余所に、先ほどまでの場に相応しくない表情から一転して厳しいものへと変化させたのを俺は見逃さなかった。


 彼女をそうさせた視線の先には雅が――


「今はのんびり挨拶を交わしている場合ではなさそうですし、私に付いて来て頂けないでしょうか? 悪いようには致しませんので。向こうに車を止めさせていますので、瑞原君は倉敷君を運んで頂けると助かりますわ。一刻を争いますし詳しいことは車の中で」

「どうして俺の名を……?」

「それも後ほど」


 今度はさっきまでの厳しい表情から、また一変させて、最初に見せたニッコリとした表情を浮かべる生徒会長。


 確かに彼女の言う通り、ここで問答している暇などないし、そんな時間は勿体ない。聞きたいことは移動中にでも済ませれば良いだけの話だ。


 雅の右脇に俺は自分の首を入れ左腰を掴み、そっと後輩を抱えたまま起き上がらせる。気を失った人一人を持ち運ぶのは思っていた以上に重いことを俺は知る。


「車を近くまで来てくれるように頼みに行ってきますので、二人は路地裏を出たところで待っていてくださいまし。すぐ戻りますので」

「わかりました。よろしくお願いします」


 俺の代わりに応える逢花。


 手にしていた自分の傘を逢花に手渡すと、駆け足で、この場から立ち去る青紫の髪をした少女の後ろ髪が上下に弾む。


 その間に雅の傷口がこれ以上広がらないように慎重に俺は運ぶことに。雅がこれ以上、雨で濡れないように逢花が傘を差してくれていた。


 一人で歩けば大した時間も必要とせずに路地を出る道でも、人を抱えて運ぶとなると勝手が利かず思いの外手間取ったが、それでもそう時間をかけずに路地を出て開けた場所に出た。


 そして大して待たされることもなく車のエンジン音と共にヘッドライトの光がこちらに近付いてくる。夜の闇に溶け込むような黒色で、外装からしていかにもお金持ちしか持つことを許されないような縦長の高級車が現れた。


 車の窓が開く。


 そして人の頭が窓からひょっこりと。


「旦那様! アエカお姉ちゃん!」


 驚いたことにリアドアの窓から姿を見せたのは、雅の家に預けているはずの珠々香だった。


 俺たちの前に車の側面を寄せるようにして黒い車は止まる。そして後ろドアが開かれた。


 助手席に座る生徒会長が窓を下に下げ、身を乗り出すような形で頭を外側に出す。


「お待たせしました。瑞原君、倉敷君を珠々香ちゃんの隣へお願いします」

「!! そういうことか……わかった!」


 彼女は珠々香の治癒能力を知っていた……だから、この場に連れて来ていたということなのだろう。


 誰かに言われるまでもなく、珠々香は雅の身体に触れる。途端、俺もお世話になったことがある珠々香の治癒能力が発動した証である淡い緑色の発光が雅の傷口を包むように見て取れた。


 雅の傷だらけのこの姿を見て何がどうしたのかを聞くでもなく、すぐに自分の役目に取り掛かったあたり、珠々香は既にこの状況を前もって生徒会長から聞かされていたのだろうか。


 なぜ学園の生徒会長が珠々香の能力を知っていたのかまでは分からないが、雅のことも知っている辺りにその秘密があるのかもしれない。


 言われるままに雅を珠々香の隣に座らせた俺は、その隣に腰を下ろし、次いで最後に逢花も座したところで自動的に開かれていたドアが閉まりだした。


 前に座る運転席にいる人物は後ろからなので顔は分からない。細身のスーツに身を包んでいるようで、チラッと見える頭髪には白髪が混じっている。それなりに歳を召しているのだろうが、座席越しに見える少ない情報からは一見男とも女とも思える。


 俺の思考を知ってか知らずか、それを証明するかのように運転席の人物が声を発した。


「お嬢様、それでは出発致します」

「ええ。よろしくお願いします」


 声は皺がれた男のものだった。


 運転席の男がお嬢様と呼ぶ生徒会長から発進の了承を得た運転手が静かに車を動かし出す。


「どこの病院に向かわれるのですか? 素人目で恐縮ですが……倉敷君の傷は既に普通の病院で手に負える範囲を超えていると思われますが……」

「逢花さんもそう思われますか。私も同意見ですわ」

「俺だけじゃなく逢花の名前まで知ってるのか……」

「学園の生徒に限ってですが、全員の顔と名前が一致する程度には。生徒会長に就任した日に覚えさせて頂きました」


 俺の驚きに苦笑する生徒会長。


「そう言えば、ご挨拶申し遅れました。私、神名学園三年の紅栗(くくり)瀬里菜(せりな)と申します。現在、生徒会長を務めさせて頂いていますわ」

「ご丁寧にどうも……俺の名は……って、もう知ってるんでしたよね」

「はい。瑞原薙斗君」


 今度は笑顔で生徒会長、紅栗さんは応えてくれた。


「倉敷君を助けるには珠々香ちゃんの治癒の力がどうしても必要ですわ。ですが、これほど重症ですとすぐに治るというわけにはいかないはず……そうなると珠々香ちゃんの負担も増え、能力を維持するのも困難になってくるかもしれません」


 確かに能力を使い続けることは使用者への身体の負担がかなり大きい。俺自身も思い当たるところが多々あり、実際何度も自覚したことだってある。まだ身体の小さい珠々香にはさらにキツいものになると容易に想像できた。


「今、向かっているのはこの島で霊的に強い場所……瑞原君も知っているはずの場所ですわ」

「霊的に強い場所? …………まさか、魔女の……」

「ナギトさん、心当たりが?」

「ああ……。魔女は自分の住処を選ぶ時、術の実験に便利なことから霊的・魔力的に有利な土地を選ぶ。これは術者の力を強くしたり、その土地の力を術の行使に利用することができるからなんだ。つまり、その土地ならば、珠々香の魔力消費の負担を抑えつつ維持しやすくなるはず……」


 そしてそんな場所を俺も逢花も既に二箇所知っている。

 

「浅間の街外れの森の中にある教会は倉敷君曰く、土地から流れる魔女によって汚れた霊力の浄化がまだ完全に終わっていないとのことですわ。そこの霊力を使うのは珠々香ちゃんに悪影響を与えてしまうかもしれないので、ここは対象外でしょう」

「じゃあ、今向かっているのは……もしかして月之杜神社ですか? ……あの場所なら最近まで魔女が居着いていたとはいえ、水葉ちゃんが神社のお務めを日々果たしてくれているので霊力はとても澄んでいます」


 逢花の問いに紅栗さんの首が縦に動いた。


「逢花さんの言う通り……私たちが向かっているのは八重山にある月之杜神社ですわ」



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