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まじょカル  作者: リトナ
マジョカル×魔女×巫女 ~第一章 まじょカル~
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第五話 新人(ルーキー)

 微かに揺れるたびにパチッ、パチッ、っと薪が燃える音が静寂の部屋に響く。


 小さなやぐらはすでにかなり形を崩しており、燃え始めてからかなり時間が経ったことを示しているが、揺れ動く火の勢いは燃え始めた頃となんら変わらず続いている。


 その様子を正座しながら目を細めてジッと見ている巫女装束に身を包んだ女性は、炎の中から、こことはまったく違う場所を映像として見ていた。


「山の入り口……鳥居を通った者がいるわね……。数は……二人…………」


 揺らめく火の中の映像は侵入者二人の後ろ姿を捉えている。


「こんな時間に山に入る愚か者たちの顔でも見てやろうかと思ったけど……どうも良いアングルにならないわねぇ。……遠視って苦手だわ」


 遠視……字のとおり、遠くの場所を見る術なのだが、やり方は様々である。女のように火に魔力や霊力といった類を通して遠視したり、桶に水を張って水面に遠視したものを見る仕方。もっとも多いのは水晶に映像を映し出す方法だろうか。


 山を取り囲むように、山のいくつかある入り口には鳥居があり、そこを基準点として点と点を結ぶ結界が張ってある。人外のもの……つまり妖怪や魔物の類を寄せ付けないためのものだ。人間には無害なので、一般の人は何も気付かず難なく通り過ぎる。


「結界を通れたということは……人……なのかしら……」


 首にかけている翡翠の色をした楕円形の首飾りを人差し指と親指で掴みながらコロコロと転がして遊ぶ。その間、事態の状況を確認しようと思考するが、女はどうにも腑に落ちなかった。


 現在は午後11時34分。


 こんな時間に山の中に入る人は地元の者でもいない。


 では、いったい誰が……


 そこで三、四時間ほど前に一人の少年に蔦人形を壊されたことを思い出した。


 せっかく手頃な生贄を見つけたというのにそれを邪魔され、用意した人形も全て破壊された忌々しい記憶。


 あの学校から、ここまでそれほどの距離ではないけれど、まさか……。


 燃え続ける炎の中から見える映像をより一層目を凝らしてみる。


 侵入者の一人はなんとなく学校にいた少年と背格好が似てるような気がするが、相変わらず顔までは見えないのでなんとも言えない。


「ただの人ならばいいのだけど…………そうでなければ……」



 よくわからなければ殺せばいいのだ。



 怪しきは罰せよ。


「フフッ……あの子たちに任せたらいいだけの話よね……」


 冷酷な微笑みを、巫女は炎の中に浮かぶ二人へと向けるのであった。




  ***



 月明かり以外の明りもなく、その月明かりさえ木々に遮られているため所々からしか光が漏れてこない土剥き出しの山道を俺とレンは進んでいた。


 山道と言っても何度も踏み鳴らされた道のようで、日中であれば難なく歩けるはずだが、今は明りが不十分のため視覚が極めて悪い。


 なんてこともない道を歩くことさえも注意して進まないといけないため、普段より歩く速度が自然と落ちていた。


 だが、そんな歩きにくい時間はそれほど長く続かなかった。


 山道に入り込み五百メートルも歩かないうちに道の左右にある明りが見える。石造りの灯篭が明りを燈しており、灯篭のすぐ後ろにはライトアップされた赤い鳥居があった。


 鳥居は五メートルほどの高さだろうか。


 神社でよく見かけるような何の変哲もない鳥居に見えるのだが……


「なぁ、レンさん」

「なんです?」


 すぐ後ろから自分を呼ぶ俺の声にレンは立ち止まった。


「レンさんは魔女と戦ったことがあるって聞いたことあるんだけど」

「ええ、ありますよ」

「魔女と言っても強さはピンきりだとは思うんだけど、実際どれぐらい強いのかなって」

「ああ、なるほど。マジョカルとはいえ、実際に魔女と会ったことのある人は少ないですしね。ふ~む……そうですねぇ…………」


 そう。


 魔女と戦うことを想定した訓練をマジョカルとして受けても、必ずしも魔女と出会えるとは限らない。


 マジョカルとしての任務を受けたとしても、魔女の使い魔だったり、魔女の名を騙った何かだったりで、本物の魔女と出くわすことはそう多くはないのが実情である。


 もし本物の魔女が相手と予めわかっている場合、取り逃がすわけにはいかないので確実に倒せるようにマジョカルでも実力者が任務に選ばれる。


 例えばレンのような人が。


 つまり、今回の任務は本物の魔女と遭遇する可能性がある任務だということだ。


「強さにもいろいろ幅があって一概には言えませんが、最低でも私に近い実力だと思ってもらえれば」

「……それって新人の俺が付いて行ってなんとかなるのか…………」


 最低でもレンと同じぐらいの力があるのなら、前回の任務でレンが魔女二人を相手に戦い勝利したという噂はどういうことなんだ? と心の中でボヤいてみる。


 自分と同じぐらいの実力の敵を二人相手にして戦うのは素人でもきついと分かる。まぁ二人なら絶対無理という数ではないが、それでも能力次第か。


「確か……マジョカルに任命されたのって三日前でしたっけ?」

「ええ……」


 マジョカルに任命されてばかりの者は、ベテランのマジョカルの任務に同行し実践の空気に触れさせることになっている。


 マジョカルとしての資質を確かめる最終試験であり、言わば仮免状態のようなものだ。つまりレンは試験管。俺は仮免マジョカルということになる。


 最悪の場合、せっかくマジョカルになっても今回の任務で上手く立ち回れなければ、また見習いへと戻される。


 当然、俺としてもそれは不本意なことだ。……なんだけど…………


「普通、新人マジョカルの最初の任務って、危険の少ない任務が選ばれるって噂を聞いたことがあるんだけど……」

「……噂は噂ですからね~」


 しれっと言いやがった……


「…………今回の任務に俺が行くことになったのって、現場からの推薦って聞いてたんですけど……?」


 実は現場調査をしていたレンが何を考えてか、ちょうどマジョカルに任命されてばかりの俺一人を援軍に選んだのだ。まったく訳がわからん。


 魔女と戦うために訓練してきたとはいえ新人の俺を呼ぶよりも、経験を積んだマジョカルを呼んだ方が良いに決まってる。魔女がいる可能性が高ければ高いほどだ。


 そこまで人手不足なんだろうか?


「やだな~。あくまで新人育成の一環に手を貸してあげたいなぁと気紛れが指しただけですよ」

「…………俺、この任務次第でマジョカル続けれるかが決まるんですけど……」


 俺が受けた任務も、新人マジョカルが受ける任務と同じ難易度でありますようにと本気で祈る俺。


「いざとなったら私が戦いますので瑞原君は安心して任務を遂行してください。あ、ただし……」

「ただし?」

「噂で聞いた限り、私ではどうしても勝てそうにない魔女がいまして……その魔女が相手の時は話は変わります。自分の身は自分で守ってください」

「話は変わるって……」


 その時は守ってくれないのか。というか嬉しそうな声で言うんじゃない……。


「……まぁいいや。で? その魔女ってどんなやつなんです?」

「『剣撃の巫女』……『剣撃』とも言われています」


 故あって魔女のことをいろいろ調べている時に、俺はその名を噂で聞いたことがある。


「『剣撃』の名に恥じず、一撃がまるで零距離から魔法で撃たれたような破壊力を持った絶対防御不可の攻撃……大抵の敵は一撃で勝負がつくと言われています。……まぁ、ここ十年近く噂すら聞かなくなったので、既に生きていないかもしれませんけどねぇ」


「へえ……」


 レンも相当な実力者のはずだが、レンにここまで言わせる『剣撃の巫女』に俺は少し興味を(そそ)られた。戦いたいとは思わないが。


「話はこれぐらいにしましょう」

「……じゃあ、早速働きますか」


 実はさっきから鳥居のすぐ先から俺は肌に細い針をチクチク刺すような刺激を感じていた。


 目の前の鳥居を通り過ぎた瞬間、刺激はさらに強いものへと変化する。


 明らかな違和感……


 間違いない。


 ここに魔術的な何かがある。


「どうします?」


 当然、状況の変化に気付いているだろう緑髪の青年に尋ねた。


「瑞原君。……どうやら遅かったみたいですよ」


 ほらっ、っと背後の鳥居に視線を向けるので、同じように俺も振り向くと鳥居の中央……先ほど通った時は何もなかったはずのそこに黒い渦のようなものが生まれていた。


 そこから鉤爪をもった黒い獣の手が現れる。


「こいつは……」


 俺とレンを挟む形で、俺たちの背後にも鳥居側の渦と同じものが突然現れた。こちらからも黒い獣の手が見え出す。


「瑞原君、やれますか?」


 俺にとって、これから起きようとしている戦いは、初めての任務で二度目の戦いだ。


 経験浅い俺を、意外と面倒見が良いのかもしれないレンが気にしたのだろう。


 前方から現れる異変への意識を集中したまま、俺は軽く目を閉じた。


 マジョカルになるためには、魔女と戦える力を身に付けるためにより実戦に近い形で戦闘訓練をすることがあるが、たいていは人同士で切磋琢磨するものだった。


 魔女も魔法を使えるとはいえ人間なんだ。


 対人間を意識するのは当然だ。


 魔女の中には今、目の前で起きているような人ではないもの……使い魔なり魔物を操る者もいたりする。なので、それらとの戦いを想定した訓練も受けてきた。


 だが、それらは戦闘とはいえ、すべて『訓練』なのだ。


 訓練では実際に命のやり取りを行うようなことはない。


 けれど、これから起こるであろう戦闘は紛れもなく命の奪い合いを予感させるに十分の緊張感をこの場に生み出していた。


(俺は……戦えるのか……?)


 自身に問うた質問だが、当然の如く答えは返ってこない。


 その代わりに、閉じられた視界に映る黒い闇の中から光点を見つけることができた。


 光点を意識すると徐々に大きな光となり、俺の視界が真っ白なものへと急速に変わる。


 そこに夢の中で何度も見た、幼き日に会った髪の長い『天使』の後ろ姿が現れた。


 実際に会ったのは子供の頃にたった一度。しかも一瞬だけで、こうした後ろ姿など見たことがない。なのに不思議と俺は目の前の人があの時の天使だと確信していた。


 今なら分かるが本当は世間一般で知られているような天使などではない。


 おそらく『魔女』だ。


 だが幼い頃の俺には彼女の姿がとても神々しく、命を救ってくれた彼女はまさに天使そのものに思えた。


 それ以来、俺は彼女のことを『天使』と呼んでいる。


 その姿を見た俺は、氷が溶けるように先ほどまでの不安が溶かれていく自分を感じていた。


 心が満たされていくような気分だ。


(ああ……俺は…………)



 ゆっくりと瞼を持ち上げる。


 目を閉じていたのはほんの数秒のことだったが、気持ちの方は不安を抱いていたさっきまでとはまるで違う。不思議と高揚感さえ感じるほどに。


 背後を衝かれないように俺とレンは互いに背を合わせて、それぞれの相手に対峙することにした。


 両者は次第にその姿を完全に現し、黒い渦は共に役目を終えたのか姿を消した。


 どちらも全長四メートルはありそうな大型の黒い犬。普通の犬と違って大きさも異常だが、口からチラチラと見える牙はとても鋭く、ただの犬のものではない。目が赤く、普通ではないのは一目瞭然である。


「……ヘルハウンド。もしくは黒妖犬と呼ばれるものですね。これは楽しくなりそうだ……。けっこう強いので気をつけてく……」


 レンが言い終わるよりも先に俺は前方の黒犬に向かって瞬時に動き出す。


 外見からして俊敏そうな相手に先に動かれると面倒なことになりかねない。


 ならば……


 一瞬で間合いに入られた黒犬は不意を付かれたのか、目で俺の動きを追うので精一杯らしく隙だらけだ。


 右腕を振り上げながら右拳に意識を少し集中……すると右拳が薄い光に包まれる。その様子を確認するまでもなく、振り上げた拳を黒犬の頭上へと落とした。


ミシリッ――


 骨が砕ける音と共に強い衝撃が土剥き出しの地面にまで及び、地面を沈降させるほどの大きな爆砕音を鳴らした。


「……まずは一匹」


 動けなくなり横たわるヘルハウンドから光の拳を離す。その際、拳を纏っていた光の粒子のようなものはすぐに消え始めた。



 瑞原薙斗――


 マジョカル歴三日。


 対魔女武器は生体エネルギー操作。


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