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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×シスター ~第二章 相交わる惨禍~
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第十一話 不協の旋律(おと)

 道と呼ぶには少々荒い、ただ踏み固めただけの土道を通る二人の人影。道の端には明かりの弱い、あるいは明滅している街灯が時折気持ち程度あるだけ。それ以外は延々と木々が広がっている。


 カァー、カァー。


 明かりが足りず、暗闇が支配することの多い、この林の中では烏の声がとても不気味に思えた。


 木々に遮られ月光もここまで届かない。


 さっきまで多いに泣いていた修道服を着た少女は今度は別の意味で泣きたい気分だった。


 シスター見習いの少女の手を握っていたスーツ姿の老人が立ち止まり、道がなく明かりも届かない、暗闇しかない一点を何故か見つめる。


「さ、珠々香ちゃん。こっちだよ……」

「……おじいちゃん、街このまま真っ直ぐだよ?」


 道沿いに進めば街に出て、そうしたら電車なりバスが使える。珠々香と呼ばれた少女はてっきりそうするものだと思っていた。


「ここを進めば近道なんだよ。先に私の車を置いてるから早く行こうか」

「う、うん……」


 今までの道だって怖かったのに、明かりが微塵も見えない林の中はさらに怖く六歳の少女の目には映った。例え大人だって怖くて通るなんて真似できないだろう。


 それでもミュー先生のために怖くても我慢しようと思い、勇気を出して土道から片足を一歩外に踏み出した。


「待ちなさい!」


 女性の声――――


 見覚えがある学生服に綺麗な黒髪……ポニーテールの女の子が息を切らして前から現れた。


 夕方頃、孤児院に来ていた、ちょっと怖そうな方のお姉ちゃんだ。


 老人も驚いた表情を見せたが、その驚きから瞬く間に鬼のような怒りの形相へと変化した。初めて見る老人の変化に珠々香は無意識に身の危険を感じ繋いでいた手を離した。


「珠々香ちゃん、こっち!!」


 真横にいる老人と、前にいるお姉ちゃん。どっちが怖いか比べるまでもなく珠々香は音羽水葉の胸に飛び込んだ。


「大丈夫、珠々香ちゃん? どこか怪我してない?」

「……ううん」

「そう……良かった…………」


 心底安堵した表情を見せる水葉に、珠々香はキョトンとした。少女が思っていた印象とまるで違っていたから――


「妖気をそんなにダダ漏れにして……それでも人になったつもりなのかしら? いい加減正体を現したらどう!?」


 もちろん若いシスターに向けられたものではない。人間とは思えない(いびつ)なまでに表情を歪めてしまった老人に言ったのだ。


表情だけじゃなく、身体中の全てが変わり始める。口から鋭く尖ったものが前に突き出し始め、手足の指先の爪が異常に伸び始める。背中からは黒い羽が二つ現れ、その色に合わさるように全身の肌から黒い羽毛が生まれた。


「貴様はあ……の、女と一緒ニイた……許さ……ンゾ……許サンぞ…………」


 肥大化する姿がスーツの生地をあちこち突き破って、見る見る間に老人は数刻前に見た烏人間へと変貌した。


 口の中から棒状の先端が見える。それを口元から引っ張り上げると二メートル近くある錫杖が現れた。


 烏人間の見分け方など、どれも同じような顔に見えて、二人いたうちのどちらなのかわからない水葉だが、剥き出しの殺意を向けてくる目の前の妖魔が敵であることだけはわかった。


(武器になるものは……)


 手持ちの武器を確認する水葉。


 先の戦闘で使い切ってしまった護符の補充をする時間がなかったので、即興で用意した霊棒が一本のみ。その辺にある木の棒に自身の血で祝詞(のりと)を書き記した簡易的な武器だ。時間をかけたり、より良い素材を用いれば強力な武器となるのだが、そんな暇はなかったので正直あまり期待できない。それでも何も無いよりは遥かにマシだ。


「珠々香ちゃん、危ないから、お姉ちゃんの後ろに見える木の裏に隠れててね」

「う、うん……」


 バイト先で弥夕に膝の手当をしてもらった際に、離れた場所から僅かに妖気を感じた水葉は、弥夕に頼み込んで仕事を早引きさせてもらった。


 今は妖気は収まっているが、妖気の感じた方向はバイト前までそこにいた街外れの林の方……。嫌な予感がし、急いで孤児院へ向かっていた最中――自分の予感が的中していたことを水葉は知ることとなった。


(こんなことなら、弥夕に無理言ってでも逢花も連れてくるんだったわね……)


 水葉がバイト中に感じた妖気は微量なものだったので、おそらく逢花も気付いていないはず。薙斗に至っては論外だ。退魔巫女として専門的な知識を有すればこそ水葉だけが気付いた。


 よって、この場に応援は期待できない。水葉が一人でなんとかするしかないのだ。


「えぇぇっい!!」


 先手必勝!!


 一気に間合いを詰め、肩先から霊棒を振り下ろす――だが、それを烏人間は錫杖で受け止めた。


 逆に錫杖による激しい突きの連打が学生服の少女を襲う。


 一度掴んだ剣の間合いから、錫杖の間合いへと変わってしまい、激しい攻撃も相まって近寄ることができない。


 必死に霊棒で払う水葉だが、霊力で補強してるとはいえ、所詮はその辺にあるような木の棒。錫杖を払う度に霊棒が軋みを上げていた。


(くっ! ……このままじゃ保たない!!)


 それならばと、水葉は耐久力残り僅かの霊棒に最後の力を込めた突きを放つ。


 黒い妖魔も必死に対応しようと錫杖を防御に充てる。その結果、霊棒の軌道は逸れ肩を打ち付けるに留まってしまった。


 ニヤァァ。


 勝利を確信した笑みが、邪悪な瞳と共に水葉に向けられる。


 急いで態勢を整えようとする水葉の目の前で無残にも霊棒は中央から砕けてしまった。折れて二つになってしまった先端から順に元あった形が崩れていく。


 錫杖が横に薙ぎ払われ、退魔巫女の胴体を叩きつけた。衝撃に耐えることが出来ず、珠々香が身を隠す木にまで吹き飛び背中を激しくぶつけてしまう。強い衝撃で息が詰まる。


「お姉ちゃん!!」

「ゲホッ、ゲホッ…………大丈夫よ……心配しないで。……ね」


 錫杖で殴られた体も痛いし、木に激しく当たった背中も痛い。けれども水葉は痛みに耐え、目の前に映る小さな女の子をこれ以上不安にさせまいと出来得る限り優しい顔で彼女の頬を撫でた。


「……お……姉ちゃん……」


 二人の雰囲気もお構いなしと黒い妖魔が真っ直ぐに飛び込む姿が水葉の視界に入った。


「あなた、大丈夫?」

「!?」

「……私の霊棒は折れてしまったけど……まだそこに生きてるのよ」


 烏人間の通る地面には砕け散った霊棒の破片があちらこちらに広がっている。


「キ……さま、マサか……!!」


 右手で人差し指と親指でL字を作り、人差し指と中指を合わせて、妖魔のいる方向……霊棒の破片に向かって右腕を伸ばした。


「――――滅しなさい!!!!」

「ガアアアアアアアアアアアア――――――――――ッッッ!!!!!!」


 霊棒の破片を触媒に護符と同様の効果を妖魔にもたらした。


 霊力に焼き尽くされた烏天狗は立ったまま、塵となる。



「ふ~……なんとか終わったわね」


 珠々香を招き寄せて自分の胸でギュッと抱きしめ安堵する水葉。


「お、お姉ちゃん、苦し……よ」

「あ、ごめんね!」


(……う~……可愛すぎる…………って、あれ?)


 幼いシスターが触れている部分がやんわりとだが水葉の痛みを和らいでいってる気がする。


「……これは…………魔力……?」

「まだ力は大したほどじゃありませんが、その歳ですごいでしょう?」


 いきなりの人の気配に水葉は慌てて、声のする方を見た。遅れて珠々香も続く。


「あ! ミュー先生!」


 慣れ親しんだ姿が目に入り駆け寄ろうとする珠々香を水葉は咄嗟に行かせまいと抱きしめる腕に力を込めた。


「妖魔とはいえ、人間がよく私の使い魔を倒すことができましたね」


 お姉ちゃんの胸の中に抱かれている珠々香には彼女が怖さで身を強張らせていることがわかった。慕っていた黒色のシスターの顔を見た時、その理由もわかった。


 とても冷徹な……全てを見下したような視線。これが誰なのか瞬時にわからなかったぐらいに珠々香の知ってるミュー先生とはかけ離れていた。


「……そう。あなたが魔女だったのね。……シスター・ミュー!!」


 女子高生の言葉に答える代わりに唇の端を釣り上げ、より一層の笑みを見せるミュー。


 そして何かが羽ばたく音と既に聞き飽きた鳴き声が水葉たちの耳に届く。見上げると烏の群れが周囲を完全に取り囲んでそこにあった。烏人間が引き連れていた数よりも圧倒的に多い。


 烏を従える魔女――――


 ここ最近の烏の一件は使い魔である烏人間の独断というわけではなさそうだが、ナギの話を聞いた限りでは、昨日の公園で烏はミューと珠々香ちゃんを襲おうとしたと言う。それならなぜ主人であるはずのミューを襲ったのか?


「あなた昨日、公園で珠々香ちゃんといるところをお仲間に襲われたって聞いたわよ? ……どういうこと?」

「……詳しいことが聞きたかったら着いてきなさい。もっとも、嫌だと言っても一緒に来てもらいますけどね」


 ここで逆らっても魔女どころか、これだけの数の烏を相手にするだけでも、今の水葉には絶望的なものだった。胸の中にいる女の子もなんとしてでも守らなければならない。そう考えると水葉の取るべき道は一つしかなかった。


「……わかったわ」



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