第八話 ある中華飯店のディナータイム
「一番テーブルの注文できたわ! 誰か持っていって!」
「わかったわ、弥夕」
トレーに乗った出来たてのラーメン&半チャーハンを運ぶ逢花。
「四番テーブルのお客様が呼んでいるわ! ヘルプお願い!」
「任せて!」
急いで、かつ平静にウェイトレスを呼ぶお客の元に行く水葉。
今夜も中華飯店『猫熊』はお客で賑わっていた。
逢花と水葉は今『仕事時の』戦闘用衣装チャイナドレスを着て、店内を慌ただしく動いている。
「………………」
その二人の働きっぷりを時折ジッと見る川澄弥夕。
薙斗と孤児院の側で合流した逢花と水葉は、電話で薙斗が言っていたとおり妖気が残っていないか感知を試みるがこれといった異常は何も感じなかった。
二人組の烏人間が思わせぶりなことを言っていた三人目。結局これがどうなったのか謎は残ったままだが、春の終わりが近いとはいえ、夜になるとまだ冷える林に居続けるわけにもいかないので、薙斗たちはここらでお開きにすることにした。
一緒に神社に帰れれば良いのだが、昨日から短期で始めたバイトが今日も逢花と水葉は入っていたためそうはいかない。
昨日からと言っても、時折人手が足りない時は弥夕に頼まれて応援で手伝うことがあったらしく、まるっきりの初めてというわけではなかったらしいが。
薙斗からすれば、戦闘後だし今日ぐらい休んでも良いのではと二人に言ったが、水葉曰く「私たちのバイト先には怖~い、小悪魔がいるのよ……ムリ!」だそうだ。
誰のことを言っているのか薙斗はすぐに想像がついたので、それ以上言うのを直ちに諦めたという。
「…………水葉、ちょっと来なさい」
「え? ……な、なに?」
突然、名指しされて何か悪いことでもしたのかと心配になる水葉の気持ちを知ってか知らずか、ツインテの小悪魔が笑みを浮かべている。
「逢花、少しの間一人でフロア回してもらえるかしら?」
不思議に思いキョトンとする逢花だったが「わかりました」と丁寧な返事をすると、状況がわからず突っ立ったままの水葉に弥夕はこっちに来るようにと人差し指を自分の方へクイクイっと二度折り曲げて見せた。
「……逢花、私どうなるのかしら…………」
「あははは……」
大袈裟なと思い苦笑する逢花。
軽口が言える程度には余裕があるらしい黒髪ポニーテールのチャイナドレスの親友が休憩室に消えていく姿を逢花は興味津々に見送った。
「さ……そこにお座りなさい」
弥夕が示したのは休憩室に設けられているパイプ椅子の一つ。
言われるがままに素直に水葉は座ることにした。
流し目でその様子を見た弥夕が棚の上段に置いてあった救急箱を持って、水葉に近寄る。
「? ……どうかしたの、弥夕?」
「あら……気付いてなかったの? それ」
それとは何かと首を傾げる黒髪の少女に呆れた表情を見せる弥夕は、水葉の足元に屈み、チャイナドレスの膝下まであるスカートを横に払い除けた。
「きゃっ!! な! なに……!?」
右太腿がモロ見えである。
同性しかこの場にはいないとはいえ、うら若い乙女には恥ずかしいものだったらしく、顔を朱に染め上げた。真っ黒な黒髪と真っ白で透明感のある肌とが相まって、赤くなった肌がよく目立つ。
「み、弥夕! あなたそんな趣味があったの!?」
「……そうね。こ~んなに色っぽいカッコされたら男性客が夢中になるのもわかる気がするわね」
満面の笑み……瞳の奥には弥夕が邪なことを考えている時の小悪魔姿が垣間見えた。
「…………何企んでるのよ?」
「あら、企んでるだなんて失礼ね。ウブでからかいがいがあるからちょこっと遊んでみただけじゃない」
この性格さえなければなぁと弥夕を睨む水葉。
「ところでこれどうしたのかしら? うちに来てからじゃないわよね?」
弥夕に指摘されて、水葉は初めて自分の膝に擦り傷ができていたことに気付いた。烏の群れからの攻撃を飛び避けた際に擦り剥いたに違いない。
「……呆れた。気付いてなかったのね。大した事なさそうだから仕方ないけど、一応手当ぐらいはしておきましょうか」
「へ、平気よ!」
「男性客のお客様にはこの生足を見に来ている人もいるかもしれないんだから、そんな痛々しいままでいてもらっては困るわ」
「べ、別にそんなもの見せてなんかないわよ!! …………!!」
有無を言わさない眼光が水葉を射抜く。たじろぐ水葉を横目に赤のチャイナドレスを着た少女はお構いなく救急箱から手際よく消毒液を取り出し、傷に塗りつけ始める。
「痛っ……!」
「それはそうよ。痛くなるように消毒してあげてるんだから」
金髪ツインテの小悪魔が今日もご再来なされた――――
水葉はそう思った。何か一言言うべきか、手当してもらっているのだからお礼を言うべきか葛藤するが、お礼を素直に言うのは悔しい。
「さ、これでお終いよ。逢花一人に任せっきりにしておけないし、そろそろ行きましょうか」
「……うん。……あ……りがと」
「ん~? なんて?」
意を決し礼を言うことにした水葉だが小声になってしまった。それに対して聞き取りにくかったのだろう……と思いきや、弥夕の表情にはまたしても満面の笑みが。
(これは絶対に聞こえてたわ………)
やっていることはとても正しいのに、相手にそうは感じさせない……それが川澄弥夕という女の子であると水葉は再認識したのであった。
ドクンッ!!
(え!! な、なに!? ……今のは……妖気?)
とても強い妖気……邪気を感じ思わず身震いしてしまう水葉。だがそれは一瞬のことであって、今さっき感じた邪気の大きさが嘘のように今は感じられない。烏の群れが発していたものとどこか似てる気がする……
「…………弥夕……」