第二話 黒魔術
全ての窓をカーテンで閉じきり、学校の教室でよく見かける敷居の上を左右にスライドすることで出入りする引き戸にまで、室内が見えないように窓をダンボールで塞いだ教室内。
室内に備え付けられている照明は使わず、真っ暗な闇の中で教室中央付近に設けられた机の上に置かれた燭台の蝋燭が四つ轟々と燃えている。その熱を帯びた灯りをもって室内の光源としていた。
黒いローブを纏い、フードをすっぽり頭に被っているのでお互いの顔がよく見えない集団がいる。
顔が見えないのには別の理由もあり、揺々《ゆらゆら》と動く僅かな光源を頼りにフードから覗く顔に素肌のそれではなく、顔を丸ごと覆った仮面が付けられているためである。
人数は五人。
五人それぞれが特定の位置で印を結び何かを唱えていて、教室の古くなった板張りの床には五芒星……もしくはペンタグラムと呼ばれるものが逆さに書かれていた。
(これは典礼魔術……情報どおりって訳か)
教室内で怪しげな儀式を行っている連中に気付かれないようにカーテンの端からこっそり中を覗いている瑞原薙斗は、すでに暗くなった空の下で、窓の外側にある足場とも言えない場所に立っていた。
薙斗が所属する組織の仲間からの情報では、この学校で今夜、黒魔術の集会があるかもしれないということだったので、こうして薙斗が見張ることとなった。
(こんなご時世に黒魔術……か)
時代は二十二世紀。
携帯電話から発展したスマホが普及し、各家庭で一家に一台以上パソコンがあるようなコンピューター全盛のインターネット社会。
それにも関わらず、今、薙斗の目の前で行われている光景は一切の科学に頼らない、さながら中世ヨーロッパの時代に存在したという『魔女』が執り行う儀式そのものに薙斗は思えた。
フード姿の連中の抑揚した詠唱がだんだんと抑えの効かないものへと変化する。
(そろそろ儀式も山場っぽいな)
この儀式を終えたらどういう結果がもたらされるのか薙斗は知る由もないが、けれど良いものではないということだけは想像がつく。
黒魔術とは『死』や『病気』と身近なものであり、それは自身や他人に危害が及ぶものが多く、決して人が触れて良いものではない。
それでも黒魔術を求める者がいるのは自己の欲求や欲望を叶える為であろう。その不道徳的な行いを省みない黒魔術師を昔から人々は忌み嫌ってきたという歴史がある。
目の前で今も尚行われている儀式も同様のものだと感じた薙斗は、それを止めるべく行動に移す機会を窺っていた。
高まる緊張感のためか、掌に薄っすらと汗が滲み出る。
「!!」
逆五芒星のちょうど中央から浮いた何もないはずの空間に変化が見え始めた。ゆっくりとまるで口を開くかのように空間が横に裂けだしたのだ。
(……これは…………)
裂け目から覗く穴からは紫だの白だの黒だといった色が無秩序に動いていて、一目で非日常な出来事が目の前で起きていることがわかった。
(ここで術者の一人でも倒せば、まだ儀式を中断させることは可能かもしれない……)
儀式が完成してしまえば、どのような不幸が周囲にもたらされるか。
(向こうはまだこっちに気づいていない……不意を付けば一人ぐらいはいけるか? …………いや)
薙斗は動かないことにした。
とりあえず今は――――
縦に向いた口が開いたような空間の裂け目は、ちょうど人が一人通れるぐらいまで開くとそれ以上は変化しなくなった。
動かなくなったのを合図のように、先ほどまで詠唱を唱えていた術者五人が一人ずつ順に空間に開いた裂け目の中へと入っていく。
一番最初に入って行った一人以外はなぜか足取りがおぼつかないことに薙斗は気付いたのだが、今はさして重要ではないと考え、頭の片隅に閉まっておくことにした。
五人の姿が見えなくなったところで、薙斗はこれ以上隠れる意味はないと踏み、自分も裂け目の前まで足を運ぶ。
「さて、どうしたものか……」
と、口にはしたものの、実際のところはすでにやることは決まっている。ここでジッとしてても、時間をかければ本当に儀式が完成してしまいかねないからだ。
さっきまでの儀式はこの空間への入り口を作るためのもので、本当の儀式はこれからこの中で行われると薙斗は考えていた。
ここまでして五人の術者が生み出した空間。その先に黒魔術本来の目的があり、人に害を及ぼすものであれば止めなければならない。
なにより、そこに『魔女』がいる可能性があるからだ。
それこそが薙斗が所属する組織の役目なのである。
意を決して中に入る。
不気味な色が渦巻く、自然界にはとても存在しない空間。周囲の様子がどこもいろんな色が混ざり合おうとするかのように蠢いている。床などは存在していないように思えたが、片足を踏み入れると目に見えない何かに着地した感覚があった。
立つことが可能ならばと両足を空間内に踏み入れたところで突然、目に映る景色が変わった。
そこは白と黒以外の色が存在しない世界……灰色の世界――――