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まじょカル  作者: リトナ
まじょカル×魔女×シスター ~第二章 相交わる惨禍~
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第三話 瑞原薙斗の初体験

 烏の騒動から一夜明けた早朝。


 夏に向かって最近は気温が温かくなっていっていたのだが、今日の山の朝はまだまだ寒い。


 こんな日に朝から水浴びなんて大変だろうなぁと水葉の顔を思い浮かべていると、突然頭に硬い物で叩かれた痛みが走った。


「いてっ!」

「ナギトさん、稽古中に他のことに気を取られると危ないですよ」


 腰の端に両拳を当てるようにして、いかにも怒ってますよポーズをとりながら言う巫女姿の銀髪の少女、逢花。その姿が普段のお淑やかな印象とギャップがあり、むしろ可愛くさえあるので、俺はたまらず笑いそうになったがなんとか堪えることに成功した。


「ああ、ごめん」


 月之杜神社に俺が居候することになって一週間と二日。


 水葉が水浴びに行っている間、今日のように毎朝、境内か道場で俺と逢花は戦闘の稽古をしている。


 もちろん、実剣では俺が危ないので逢花には木刀を使ってもらっているのだが、普段使い慣れていないはずの木刀でさえ彼女にかかれば研ぎ澄まされた刃のような鋭さがあり、逢花の言うとおり気を抜いているととても危ない。


 彼女との稽古を始めたのは二日前からだろうか。


 一週間前の魔女との……そしてレンとの戦いで負った傷が完治するまで、俺は無理はせず療養していた。


 本当は二日ほどで動けるほどには回復していて、逢花と水葉を驚かせたものだが、完治していない俺が退屈して動き回ることを良しとしなかった逢花に(いさ)められたという。


 そういう理由で俺がまともに活動できるようになったのは二日前からだった。


「調子はどうですか?」

「ん~……身体の方は特に問題はないよ」


 そう、身体は何の問題もない。完全完治している。


 それなのに……


 彼女との稽古を開始してから三日目。


 何十戦も模擬戦をやったというのに、俺は一度も彼女に勝つどころか、まともに触れさせてもらうことすらできていない。


 ……というか近づくことさえも。


「【閃瞬(ラ・ヴァーナ)】!」


 ちょっと卑怯な気もするけど、突然の俺の能力『エネルギー操作』により速力を強化した高速移動技……不意打ち中の不意打ちである。


 これでヒットしなければ…………!!


「…………残念でした」


 いつの間にそこに移動していたんだ……?


 喉元まであと五センチほどの距離を残して木刀が宙を浮いていた。


 これ以上、踏み込めば俺が自滅する絶妙の位置。


 これだ。


 今までと同じように、木刀がまるで意思を持つかのように、宙を自在に……踊るように華麗な動きで逢花を守る姿をこれまで何度見てきたことか。


「今のでもダメなのかよ…………参った! 降参するよ」

「はい♪」


 ぜんぜん涼しい顔で銀髪の少女は俺に笑顔を向けた。


 それもそうだ。


 模擬戦が始まってから、逢花は一歩も動いていないのだから。


 汗一つかく理由すらなかった。


 一方の俺は対象的に汗を流している。


 本気で戦ったわけではないが、それは彼女にも言えることなので言い訳にはできない……と言うか、ここまでの実力差を思い知らされると返って清々しいほどだ。


 まぁ……逢花が本気になったら俺なんかは一瞬で天に召されるということがはっきりしたので、絶対にその気にさせてはいけないという戒めを得たのが収穫か。


「稽古、このあたりで終わりにしておきましょうか。そろそろ水葉ちゃんも帰って来ると思いますし、今日はナギトさんもいろいろ忙しいでしょうしね」


 実は今日はあるイベントがあり、その準備を既に済ましていたのだが、俺は逢花の厚意を素直に受け入れることにした。


 この、あるイベントは第一印象が大事というのが相場で、初対面でダラしない真似もしたくないし、何より俺にとっては初体験になるので多少の緊張もある。


 時間ギリギリになってから慌てるようなこともしたくないので、二人が戻ってくるまで今日はゆっくりとしておこう。


「私、先に汗を流してきますね」

「了解」


 いつも今ぐらいの時間は、稽古の後は汗をかいた風には見えないのに汗を流しに風呂に入る逢花に、水浴びで身を清める水葉。


 俺は汗を拭うだけで済ませるので、朝は割かし時間を持て余している。


 料理でも作れれば、その間に朝食の準備でもと思うのだが、生憎俺にはそんな素敵なスキルはなかった。


 ゆっくり時間を潰せることとなると…………


「もう少し調べておくか」


 部屋にあるパソコンへ向かおうとしたところで、スマホからポップな着信音が聞こえてきたので、ズボンのポケットから取り出し画面を覗いて見る。


 メールか…………!?



 送り主の名は『マジョカル』


 先週まで俺が所属していた対魔女組織の名称。


 自分の中では抜けたつもりでいたが、実際は何も組織には連絡していない。


 なぜなら、この島にいるという魔女を退治しに俺と、俺の上役だったレンは本土から遥々(はるばる)やって来たのだが、レンのやり方に疑問を持った俺は対立。……戦いもした。


 そのため、組織に戻ったレンが当然上の者に俺の行いを報告してるはずであって、そうなれば俺はマジョカルを首になっていてもなんらおかしくはないはずだった……。



 あまり見たくはないけど……


 恐る恐るメールを開く。



『浅間にて……新たな魔女現る…………早急に討つべし』



 ……どういうことだ、これは…………?


 


   ***



 音羽家の管理管轄する山の下に広がる田園風景を抜け、通勤時間にも関わらず人気(ひとけ)のあまりない神名駅から電車に二十分近く乗り、俺たちは学校へと歩いて向かう。


 もちろん、俺は学校への行き道を知らないので、逢花と水葉の案内の下でだ。


 電車を降りてからは、さすがに街の方から来てる学生もいるため登校時間ということもあって人気は多い。


 普通の俺ぐらいの歳の学生であれば見慣れた日常の光景なのだろうが、俺にはとても新鮮に思えた。


 幼い頃から今までマジョカルで訓練を続けていたので、学校というものへ行くのは今日が初めてなのだ。


 マジョカルでは戦闘訓練の他に勉学を学びもしたのだが、普通の学校と違い比重は戦闘関係を学ぶ方が多かった。そのため学校のようでいて学校とは少し違う。


 子供の頃から憧れていた、けれど叶うことはないだろうと思っていた憧れの学校へ、今、俺は向かっている。


 なんてこともない、ただの登校でさえ今の俺には興奮材料となるのだ。


 そういう素振りを隠しているつもりだったのだが、どうやらキョロキョロ辺りを見てしまっているらしく、時折そのことを水葉に突っ込まれてしまった。


 前もって、学校に通うのは初めてであることを二人には伝えてある。


「もう少し落ち着いたら?」

「……まだ、俺そういうふうに見える?」

「そわそわした感じが」


 苦笑する逢花に、仕方ないわねぇといった感じの水葉。


「でも私も中国から日本に来て、水葉ちゃんと初めて学校へ行った時はナギトさんみたいな感じだったかも」

「そんなこともあったわね。逢花の時は小学校の途中からだったけど。なんだか懐かしい……」

「ま、まぁ……学校に着くまでにはきっと落ち着くよ……きっと」


 最後の言葉は俺の自信の無さからか、かなり声が小さくなってしまい、そこでまた不本意ながら笑われてしまった。


「ところで気になってたんだけど、なんか俺たち目立ってない?」

「それはナギがキョロキョロしてるからでしょう! もう、恥ずかしいんだから!」

「まぁまぁ、水葉ちゃん」


 と言って苦笑いで周りを見る逢花。それに習って、俺も水葉もそれぞれ周囲を見た。


 当然と自分で言うのもイヤだが俺を見る登校中の生徒がチラホラといるのはわかるとして、何か逢花と水葉の二人を見る学生も多いような気が。


 二人もそれに気付いている様子。


「お二人さん……何かしたのかい?」


 軽い冗談で言ったつもりだったのだが、急遽こちらに向けられた水葉の鋭い視線が痛い。


「そりゃあ、当然でしょ」


 知らない男の声が突然、俺たちの後ろから聞こえてきたので振り向くと、俺たちと同じ学校の制服を着た眼鏡を掛けた茶髪の男がいた。やっぱり知らない男だ。


「あら、倉……敷君? おはよう」

「おはよう。ひどいなぁ、音羽先輩。今、朧げにしか僕の名前覚えてなかったでしょ? 何度か会ったことあるっていうのにさ」

「何言ってるのよ。何度も会ってなかったら完全に覚えてなかったわ」


 どうやら水葉の俺への態度は他の男子にも同様らしい。俺だけじゃなくて、ちょっとホッとした。それで何かが変わるわけじゃないけど……。


「ん~? ……見ない顔だけど転入生かい? この時期に珍しいね」


 いきなり話題がこちらに振られて少し慌ててしまう俺。


 水葉を先輩と呼ぶからには俺らの一つ下の学年なのだろう。転入してきてばかりとはいえ先輩らしく、変なやつと思われないように平常心を保たないとな。


「ああ、家の事情でさ。今は月之杜神社で厄介になってる」


 言うや否や、何やら周囲を通り過ぎる生徒たちからの視線がさっきよりも鋭さが増した気が…………もしかして……思った側から俺の平常心が音を立てて崩れていく。


「あ~あ、転入初日からやっちゃったね」


 そう。鋭い視線を向けてくる相手はみんな男だったのだ。逢花と水葉に向けている視線とは明らかに違う。


 つまり、俺は彼らを敵に回してしまったということである。


「その二人は学園でも指折りの人気を誇る女子だからね。気を付けた方が良いよ」


 確かに逢花も水葉もかなりの美人だと思う。


 そんな二人と男が一緒に歩いてたりしてたら妬む人間がいてもおかしくないか。


「はは……その忠告はもう遅そうだけど、ありがたく受けておくよ」


 前途多難な学園生活を覚悟する俺の気を知らず、逢花が新たな犠牲者を知らずに増やすべく口を開く。


「ところで倉敷君、私たちに声かけるなんて珍しいですね。何かありました?」

「ちょっと面白そうなネタがありそうだから、挨拶しただけさ」


 ネタ?


「そうですか。でも、ちょうど良かった。倉敷君に聞きたいことがありまして。後でよろしいですか?」


 逢花の言葉の後、見事に俺へ向けられていた殺意の篭った視線が倉敷という男に移ってくれた。お前の犠牲は無駄にはしない。


 男もそれに気付いて、気の毒なことにあたふたしだす。


「その子、新聞部なのよ。やけに街のこととかに詳しくて。……さ、話も済んだし、早く学校へ行きましょ」


 なるほど。


 水葉のフォローで俺はようやく逢花が聞きたい話が何なのかを理解する。


 茶髪の後輩の返事を聞くまでもないと言わんばかりに水葉が先へ進みだした。それに倣って水葉の後を逢花と俺は付いて行く。


 通り過ぎる際、俺たちをを立ち止まったまま見送る男の姿が横目に入る。


 相貌失認の頃に、どうやって相手の表情を知ろうかと俺が思案して身に付けた、顔の各パーツを見る癖が、顔を認識できるようになった今でもどうやら抜けていなかったらしい。


 男の口元が吊り上がったような笑みを浮かべていたのが見て取れた。その時、俺の中に何かはわからないが言い知れぬ不安が()ぎった。



「ふ~ん…………なるほどねぇ」

 少しズレ落ちてきていた眼鏡を定位置に戻すためブリッジを人差し指で上げると、茶髪の男もゆっくりと後を追うのだった。




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