プロローグ 三色のチャイナ
「誰か三番テーブルにお冷と注文聞いてきて! あと味噌ラーメンと餃子出来上がったので、これもお願い!」
「「はーい!」」
詰襟タイプのワンピースのような、足にスリットが入った赤いドレスを着た金髪ツインテールの少女が、色違いの白と青の同じドレスを着た二人の少女に指示を出した。
初めて着た頃は、少し歩くとスリットから太股が見え足がスースーするし、服は肌への密着感が強くスタイルがわかりやすいものだったので恥ずかしくて抵抗があったのだが、今日だけで四十回は超えるだろう指示の多さに、二人は当初の恥ずかしさを忘れて、まるで戦場と化した店内を急ぎ動き回っていた。
夕方頃から繁忙時間ということもあり、それほど広くはない空間の中に人がぎっしりと入っている。
駅からそう離れていない街中に店を構えており、立地条件はこの島では割かし良い場所だと言える。
そのため、土曜日のこの時間ならば今の店の混雑状況も見慣れたものだ。
ただし、今日はこの状態が午後21時を過ぎるまで続いていて、ようやく客足が落ち着いてきたところだった。
「ふ~……。二人ともお疲れ様。はい、これ」
と言って、赤いチャイナドレスを着ているツインテールの少女は、それぞれの仕事を終えてこちらにやって来た白と青のドレスを着た二人の少女に冷たいお茶の入ったグラスを手渡す。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
二人ともグラスを受け取り、思い思いの量を口にする。
「今日は一段と忙しかったわね。まるでお祭りがあった日みたいじゃない」
「まぁ、ある意味、わかーい、お客様からすれば、お祭りみたいなものだったのかもねぇ……」
白いチャイナドレスを身に纏った一見すると古き良き大和撫子のような黒髪の音羽水葉の愚痴を、さも当然とでも言うようにこちらは赤いチャイナドレスを着た、この中華飯店の店主の娘・川澄弥夕が答えた。
「弥夕、どういうことです?」
青いチャイナドレスを着た銀色の長い髪の少女が尋ねた。
「相変わらず逢花はこういうのに鈍いわねぇ。ほら、これだけの美女が三人もいるのよ。年頃の男からすれば嬉しいんじゃないの?」
襟元の端を指で挟んでわざとらしくパタパタとする弥夕。
その顔には笑みが――――
その仕草を見た男性客が邪な視線を弥夕に向けるのだが、その度に弥夕が鋭い視線を向けるので、男性客は慌てて目を背けたり食事を再開する。
「ほら、ね♪」
「また遊んでる……」
客で遊ぶ弥夕にも、イヤらしい目で見る客にも呆れる水葉。
「何言ってるのよ。せっかくのお客様にちょ~っとだけサービスしてあげているだけよ、私は♪」
「あ、悪魔……」
「ん~? 水葉、何か言ったかしら?」
「な、なんでも……」
弥夕を怒らせると何を言い出すかわかったものではないので、水葉は大人しく引いた。
この少女の場合、仕事量を増やすとか、自給を下げるとか、平気で言いかねないことを水葉も逢花もよく知っている。
言わば、日常の光景であった。
「まぁ、いいわ。そんなことよりも、二人とももう上がって良いわよ」
「弥夕、定時までまだ時間ありますよ?」
閉店は22時までで、逢花も水葉も閉店作業を手伝うのでいつも定時は22時半。あと一時間ばかり時間がある。
逢花が不思議がるのも当然だった。
「今日は二人ともよく働いてくれたからね。店の中も落ち着いてきたし、後は私一人でも回せると思うから、今日は特別早めに上がって良いわよ。もちろん、定時まで働いたことにしとくから」
「ふふ。太っ腹ね、弥夕。ありがたく厚意受けさせてもらうわ」
「ええ、そうしなさい。ほら、水葉も」
「う、うん……。弥夕、あ、ありがとう……」
顔を赤くして礼を言ういつもの水葉に弥夕も逢花も苦笑した。
「そういう顔をされると、つい虐めたくなっちゃうのよねぇ」
不吉なことを言いながら不気味な笑みを浮かべる弥夕。
「もう! 弥夕!」
「ほらほら、水葉ちゃん。弥夕の気が変わらないうちに早く行きましょ」
「そうしなさい」
水葉の背中を押しながら逢花は水葉を連れて控え室へと入っていく。
二人の後姿が見えなくなるまで弥夕は見つめていた。
(それに、あんなところでずっと立っていられると商売の邪魔になるしね)
店の外で今も立って待っていると思われる自分と同い年ぐらいの少年の姿を弥夕は思い浮かべる。
(あの子たちにもやっと春でも来たのかしら)
自分の春はいつになったら来るのだろう?
……などと自分ぐらいの歳の女の子なら誰でも思い浮かべるであろう甘い想像に思い至ったが、そう言えば自分の恋人は仕事だったなと急速に夢から冷めていく気分に、弥夕は現実に引き戻された。
「さ、お仕事、お仕事っと」
二人の抜けた穴というほど忙しいわけではないのだが、それでも急いでウェイトレスの仕事に戻る弥夕であった。




