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まじょカル  作者: リトナ
マジョカル×魔女×巫女 ~第一章 まじょカル~
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第一話 監視者(オブザーバー)

 女子高生の後をつけて数十分。


(これじゃまるでストーカーみたいだな……)


 普段使うことのない路線に乗り、すでに二時間。


 先程から車窓から見える風景というと辺り一面に広がる海ばかりである。


 数十分前には、周辺を海に囲まれた小島があり、その島の風景を楽しむこともできたが、現在は小島から小島を繋ぐ線路の上を二両編成の電車が移動中だ。


 編成数の少なさが物語っているが、この辺りは田舎であり、向かっている場所はさらに田舎らしい。らしいというのは、今向かっているところに行くのは俺も初めてなので、事前に調べていた情報からの推測である。


 初夏の近づく春の終わり頃ということもあり、車内には冷房が効いていて快適ではあるのだが、変わり映えしない風景に俺は少し飽き始めていた。


 Tシャツの上から上着を羽織り、下はジーパンに運動靴という、俺ぐらいの年齢ならば、どこででも見かけるであろう服装で、黒いリュックサックを片手で右肩に背負う。一見すると、観光者に見えるはず。


 座席横の扉の側に左肩をもたれ掛けながら、車窓から見える陽の光に照らされて輝く海を、俺はずっと『見てるフリ』をしていた。


 チラリとほとんど頭を動かすことなく視線だけを周囲に移す。


 車内は、俺以外にどこかの学校の制服を着た少女が一人いるのみで、この車両には他の乗客はまったくいない。


 都内ではなかなか見ることのできないような貸切状態である。


 ここは本土から海を隔てて遠く離れた小島で、本土から島に人が来ることはほとんどなく、島の人口も二千人未満とかなり少ない。


 今の車内のこの状態が普段通りのものなのだろう。


 この独占された空間に俺と一緒にいる、もう一人の客はというと、座席に座ったまま小説らしきものを読んでいるようだ。


 座っているので身長はよくわからないが、腰ぐらいまであろうかという背中に流れるような長髪。髪の色は薄く青みがかった銀色。ところどころ窓から差し込む光に反射しては淡く輝いていて、とても美しかった。


 顔立ちは『ある理由』から俺にはわからない。彼女の顔がどうこう言ってるわけではなく本当に俺には彼女の顔がわからないのだ。


 そのため俺は人を判断する時、普通の人と比べて必要以上に身体を見てしまう。


 今回もそうだ。


 太股の辺りまである白いニーソックスを履き、制服の上からでもわかる大きな胸の存在が俺の目を釘付けにした。着ている制服からして高校生と思われる。


 華麗な容姿にスタイルは出るところはしっかり女性らしさを誇張している。


 いかにも学園で人気がありそうだと考えていて、ふと自分が少女の胸に視線を固定していたことに気付き、顔が熱くなってくるのを感じた。


 たまらず視線を車窓の風景へと戻す。


「これじゃストーカーそのものじゃないか……」


 小声でつい言葉を吐き出したところで、自分がかなり動揺してしまっているという事実に我ながら情けなさが込み上げてきた。


 異性が嫌いとかそういうわけではなく、年頃の男らしく人並みに女性に興味はある。ただ、苦手なのだ。これまでの人生で女の子と話したことなどほとんどなく、何を話して良いかわからないという、異性が苦手な人によくあるパターンにどうやら自分も陥ってしまっているらしい。


 だからと言って、女の子との会話経験がもし多かったとしても苦手なままのような気がしないでもないが……


「へ~……ストーカー、なんですね」


 などと考えていると、動揺が完全に収まる前にすぐ近くで人の声が聞こえ、俺はさらに動揺を深めた。


 完全に不意を突かれたことで無意識に頭を動かして声がする方を見ると、そこには俺の顔を下から覗き込むように腰を前屈みにし、上目遣いで俺を見る、もう一人の乗客がそこにいた。


(こんなに近付かれるまで気付かなかったなんて……って、それよりも……!!)


「断じて違う! ストーカーだなんて絶対にそんなことしてないぞ!」

「ストーカーしてる人って、皆そう言うと思いますよ?」

「い、いや! だから違うんだって……!!」


 というか、なんて姿勢を……胸やお尻を突き出していて、すごく扇情的に映るんですが……。


「……なんだか目がヤラシイです」


 それは君がそんな姿勢してるのが原因だ……とは俺には言う勇気はない。


「まぁ、良いでしょう……。信じてあげます」

「そ、そりゃ、どうも……」


 とりあえず身近の危機は去ってくれたらしい。


 このことが『あの人』にバレたら間違いなく嫌味の一つも言われるだろうなと思いつつも、目の前の少女に今は意識を向けることにする。


「観光ですか?」


 少女の声はもちろん俺に向けられたものだ。ただし彼女は俺のことを知らないはずで、会うのも今日が初めて。なので、向こうから声をかけてくるとは露一つ思っていなかった俺は、これまた情けない声を出してしまった。


「え……?」


 少女はそんな俺の態度が面白かったのか、クスッと笑顔をこちらに向けた後、すぐにこちらの疑問に口を開いてくれた。


「島の人が島外に出ることはあまりないので、本土から来られた方かと思いまして」

「……なるほど。それで俺が観光しに島を訪れたと」


 俺の返答に少女はコクンっと首を小さく縦に振った。


「でも、島には特にこれと言って何もない田舎なので、本土の方がこちらに来ること自体が珍しいんですけどね」


 と言って、ペロっとお茶目に舌を出す少女の姿に、なんだか俺は照れくさくなってきて、左手で頭を掻きながら視線を少女の顔から目を離し下に移した。


 そこで俺は自分の動揺がさらに増すものを不覚にもまた見てしまう。


 顔をおそらく赤くしているであろう俺を、何があったのかと不思議そうにこちらを見る少女の姿勢は、今もまだ前屈みのまま顔を上に上げて、すぐ目の前にいる俺を見ている。


 ただでさえスタイルの良い彼女が胸を強調したような姿勢を取っているので、こちらは意識してなくても意識せざるを得なくなったのだ。


 少々惜しい気もするがこのまま見ているわけにもいかず、俺は今度は視線を上に泳がせた。


 恥ずかしさを誤魔化そうと、彼女との会話にチャレンジしてみる。


「君は島の人なのかい?」


 はい。と即答する彼女。


「島に住み始めて、もう数年経ちます。でも、もともとは私も島の外から来たんですよ」


 と言って、今では島ののどかな雰囲気が気に入り離れられなくなったと付け加える。


 都会暮らしの人が突然、田舎暮らしに憧れて自分で農作物を作ったり、スローライフを楽しんだりという話を割かしよく聞く。なので別段珍しいとは思わなかった。


 前屈みだった姿勢を直立姿勢に戻そうと、彼女が重心移動を始めたのが見えて、ホッとする俺の気の一瞬の緩みを知ってか知らずか、突然電車はカーブに差し掛かったらしく急に曲がりだした。


 そのため態勢を崩しそうになったが、なんとか持ち堪える。


 さすがに女の子の目の前でフラフラしたり、コケてしまうのはかっこ悪い。


 などと考えていたら、どうやら目の前の女の子にも同じ危機が訪れていたようだ。ただ俺と違うのは、そちらは完全に態勢を崩してしまっている様子。ちょうど姿勢を真っ直ぐ上に向けようとしたのと同時のこの急カーブである。


 運が悪かった。


「危ない!」


 俺は彼女が倒れてしまわないように咄嗟に腕を掴もうと手を差し出したのだが……


「きゃっ!」


 やけに柔らかいものを握った気がするが、今は気にしてる場合じゃない。


 俺は勢いよく彼女を自分の方に引き寄せた。


「ふぅ~……ギリギリセーフ……ん?」


 彼女を後ろから抱き寄せるような形で彼女の転倒を防いだ俺だが、先ほどの柔らかい感触が今でも手の中に残っていることを不思議に思いつつも、彼女の無事を確認することにした。


「大丈夫?」

「あっ……」


 あれ? なんだろ、今の声……。背中越しでよくわからないが、彼女の肩が震えてるような…………


 何気なしに手に込める力を少し強めてみると、指が柔らかい何かに埋まっていく感触。


 言い難そうにしている彼女の様子に、どこか痛めたのかもしれないと彼女を注意深く見て、そこで俺は初めて、ある結論に至るのだった。


 自分の腕の先を恐る恐る見ると、彼女の背中越しではあるが、その位置は胸の高さ辺りであって……


「ご、ごめん!」


 慌てて飛び退くように後ろに下がる俺。


「や……やっぱり…………」

「やっぱり?」

「やっぱりストーカーじゃないですか!! えっち!! もう、知りま…………」


 彼女の最後の方の言葉は声が小さく、ほとんど聞き取れなかった。よっぽど恥ずかしかったのだろう。こちらに振り向いた顔は恥ずかしさで真っ赤になってしまっている。


 もちろん俺もだが……


「これは、その、不可抗力であって、決してわざとじゃ……!」

「…………」


 なんとなくギクシャクしてしまった雰囲気。


 その空気から最初に逃れたくて動き出したのは俺からではなく彼女からだった。


 彼女は顔を赤面したまま会釈すると、元いた座席に戻り腰を降ろす。


 膝の上で両手を重ね、顔を下に伏せ、じっと恥ずかしさに耐えているもよう。


(まいったな……。目立っちゃダメだっていうのに……)


 俺は恥ずかしさを誤魔化すために再び車窓からの景色に目を移した。


 ただし彼女にはバレないように彼女の様子をチェックすることは怠らない。


 決して先ほどのことで彼女を怒らせたかもと気にしているわけではない……いや、少しは気になってはいるんだけど……ちなみに断じてイヤらしい意味ではない。


 もともと先ほどのことが起こらなくても、最初から彼女を視るつもりだったのだ。


 それが、わざわざこの島まで俺がやって来た理由なのだから。


 もっとも、彼女に気付かれることなく行うつもりだったため、この電車内でのやり取りは完全に失敗と言える。


 彼女も気にしてか、始めこそ時々こちらをチラチラ見ていたが、時間が経ち落ち着いてきたのか、今では俺と話す前まで読んでいた本を再び読み始めている。



 あれから気まずい時間は十分ほどで終わりを迎え……



 どうやら彼女は次の駅で降りるらしく、本を片付け始めた。


 彼女をこっそり監視している立場の俺としては、彼女と一緒に次の駅で降りるのが本当は良いんだろうけど、それは彼女と会話してしまう前までの話だ。同じ駅に降りて、これ以上、自分の存在を彼女にアピールするわけにはいかない。


 幸い彼女の家の住所は『共犯者』である仲間が知っているはずなので、ここで見失っても何の問題もないはず。


 一応、メールで連絡だけでもしておこうかとズボンのポケットからスマホを取り出す。


 素早く指を動かし、ポチっと送信。


 ここでの任務がもうじき終わりを告げる車掌アナウンスが車内に流れ始める。


 いや……これから始まると言うべきか……。今後しばらくは彼女を中心とした任務が待っているのだから。


「……この電車は各駅停車、○○行きです。次は神名、神名です」


 車掌アナウンスが終わり、あと二、三分もすれば駅に着くだろう。


 もうじき降りる時がくる彼女は、俺とは離れた扉の前まで移動を始め、その時が来るのを待つらしい。


 俺から離れた扉を選んだあたりが、如何にもさっきのことをまだ気にしているとでもいうふうに思えた。


(やれやれ……監視者が監視される側に顔覚えられたら、やっぱマズいよなぁ……)


 今後の行動に支障が出るかもしれないと考えていたら、少し気が重くなってきた……。


 こちらを一度も見ることなく待つ彼女。


 次第に電車は減速を始め、少ししてホームが見えてくる。


 神名駅に着いたようだ。


 そこで、マナーモードにしていたスマホが突然、短く震えだす。どうやら先ほど送ったメールの返信が届いたらしい。


(なに――っ) 


 メールの内容を見て俺は目を疑った。


 俺が先ほど送ったメールの内容は、彼女の身体的特徴と、これから降りる駅。自分と彼女が仕方ない事情で接点をもってしまったので監視を一旦中断すること。この三点のみである。仕方ない事情というのは、実際には全然仕方なくはなかったのだが、後が怖いので、あえてそういうことにしておく。


 それに対して返ってきた内容は『顔がわからない』少女の写真と…………


『お前は誰を追っているんだ?』


 という一文のみ。


 写真の少女も、俺が監視している少女と同じ制服を着ているので同じ学校のはずなんだけど………って、髪の色がまるで違うじゃないか!


 そもそも、どうして俺が監視対象者を間違えたかというと、学校帰りの対象者を駅で待ち伏せ、そこから対象に気付かれることなく追尾するというものだった。


 対象の情報は髪の長い、高校に通う女の子が特定の時刻に電車に乗る……ということだけを先ほどのメール主から告げられており、もともと普段から乗客数の少ない電車で、彼女はさらに人の少ない時間を選んでいるらしいので、駅で待っていれば、すぐわかるだろうというものだったのだが……。


 要するに、俺は駅で銀色で目立つ長髪の彼女を見た時、すぐに彼女が対象者だと思い込んでしまったのだ。それもそうだ。日本で、しかもこんな田舎に銀髪の少女なんて探してもそうそういないはず。


 …………だったのだが、追わなければならないはずだった対象の髪色は見事なまでの黒だったという。


 せめて対象の写真ぐらい最初から見せてくれていれば、こんなことには……とは思ったが、すぐにそれもダメだったなと思い直した。


 なにせ俺は『人の顔がわからない』のだから。


 今か今かと扉が開くのを待っている少女の髪は長い銀色。


 一方、写真の少女はポニーテールの長い黒髪。写真の少女もおそらくかなりの美少女なんだろうが、俺の目の前にいる少女とは明らかに別人だ。


 電車がもうじき止まろうかというところで、先ほどまでこちらをまったく見る気配がなかった彼女が、俺に向かって突然少し深めの会釈をし、そしてタイミングを計っていたのか、扉が開くと早々に電車を降りていった。


 そんな彼女の姿を俺は頭真っ白にして見送るので精一杯だった。


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