第十五話 作戦開始
この島に来て二度目の夜。
随分と中身の濃い二日間を過ごした気がする。
今夜は真っ暗な夜の中に灰色がかった雲がところどころ浮かび、頭上の満月を時折霞めていた。
儀式を行うための注意点は、満月の見える夜がベストだが、その前後の日でも良いこと。
日付が変わる時。それに霊的、もしくは魔力的に集まりやすい土地……この三点であると前もって逢花さんから聞いていた。
今晩は見てのとおり満月であり、儀式を執り行うのに最高の日。
場所も申し分ないだろう。
なんせここは月之杜神社……神社とは霊的に強い土地に建てることが多く、退魔巫女が管理しているような神聖なところなのだ。
何もない普通の土地とは考えにくい。
すでに注意点のうちの二点は問題どころか文句の付けようがないぐらいに完璧だと言える。
残りは『時間』だけだ。
(タイムリミットは0時まで……)
確認したかったが生憎スマホは見つからないままなので、正確な時間を知れる物を持ち合わせていない。
不安ではあるが自分の時間感覚に頼るしかないだろう。
こちらの準備が出来次第、『新緑の魔女』の元に帰った逢花さんに合図を送るのが俺の最初の役目だ。
その後、神社内に仕掛けられているという見張りを俺に集め一人で相手をするというもの。
逢花さんが魔女と一対一で対峙できる状況を作り、弱らせ、魔女が用意していた儀式を逆に逢花さんが使う……魔女の儀式を利用することは元々、俺と出会う前から彼女が考えていたことだ。
精神操作の力を持つ剣……儀式後の傷ついた音羽水葉の精神を癒やすためにこれを使うのが理想だが、最悪の場合は、剣の力で魔女の精神を音羽水葉から切り離すのに使う。
彼女が言うにはこの剣の力を使えるのは一振りが限界らしい。
一振りしかできない剣を持って戦う訳にもいかないので、あくまでもこれは切り札として扱う。
正直、俺一人で昼過ぎに現われた骨犬の群れが出たらキツイのだが、逢花さんが相手する魔女の方が大変になるに違いないし、魔女に逃げられないためにも彼女が集中できるように、俺が露払いすることになった。
それ以前に、音羽水葉を救う役目は彼女がやった方が良い……そのためにずっと頑張ってきたのだろうから。赤の他人の俺がその役目を受け持つのは違う気がする。
「さてと、行きますか」
長い階段を上がり続け、ようやく最後の段に足を踏み締める。
下からは上の様子が見えなかったが、神社の入り口らしく真っ赤な大鳥居が出迎えてくれているのが真っ先に目に入った。
先には昼頃に見た建物が並んでいる。
さすがに昼と夜とでは神社の雰囲気はまるで違って見えるが。
いや、雰囲気だけじゃなかった。
神社正面には、逢花さんが倒した骨犬と同じやつがざっと二十体はいるだろうか。
「これは骨が折れそうだ」
……骨だけに。
なんて決して思ってないぞ。うん。
「まぁ……なんとかなるか」
あの時は逢花さんが凄すぎて、骨犬の強さがイマイチ分からなかったが、耐久力そのものは大したことないんじゃないかと読んでいた。
そのため、俺が取る戦術は一つ……先手必勝だ。
両足の膝より下が光りに包まれる。
「【閃瞬】!!」
一瞬にして骨犬のうちの一体の懐に入った俺。
昨夜のヘルハウンドや蔦人間との戦闘を瞬時に終わらせた肉体強化の能力で、普段使われているエネルギーを自分の意思でどれだけのエネルギーをどの部分に分配するかを決める。
普段はほぼ均等に各部位に割り振られて供給されているエネルギー。
それを優先度の低い部位のエネルギー量を減らし、逆に今必要な部位には減らしていた分のエネルギーを加算。そうすることで通常の人間には得られないほどの力を集めることができる。
今、俺は両足にエネルギーを集め、他は最小限のエネルギーに留めている。
その結果、脚力が強化され瞬時に移動することができた。
今はその能力を全開にしているのでエネルギー光が足から存分に溢れるほどだ。
脚力強化の恩恵はただ速度を得ただけではない。
この能力のもう一つの特徴は爆発的なスピードから生まれた破壊力である。
今の状態は言わば、アクセル全開で急発進した車そのものなのだ。
急激な速度の乗った拳が骨犬の頭にめり込む。
頭蓋骨剥き出しの頭が砕け、骨犬の群れの中に吹き飛んで行った。
衝撃はほとんど弱まることなく、吹き飛ばされた骨犬に衝突した他の骨犬たちも数体が自らを生成している骨を四散させる結果となった。
今ので四~五体はやれたか。
まだまだ残っている。
足を止めている暇などない。この数に一度に襲われれば無傷ではいられないだろう。
「うおおおおおおおっ――――!!」
まるで閃光へと変化したかのような速さで、俺は続け様に攻撃の手を緩めることなく群れの中に飛び込んでいった。
***
神社本殿の中にまで外からの大きな衝撃音が聞こえてきた。
もちろん、逢花にはこの騒動を起こしている主が誰だか考えるまでもなく分かっている。
(始めたようですね、瑞原さん)
現時刻は23時40分――
この派手な音は薙斗と前もって立てていた作戦開始の合図。
自分と同じく緋袴を履いた、外見は巫女少女の姿をしている目の前の魔女は、深夜日付の変わり目に最も魔力が高まる満月の日を狙って儀式の準備を行っていたのだが、どうやら外の異変に気付いたらしい。
「仕留め損なったみたいね、逢花?」
顔をこちらに半分向け流し目でじっと見てきた。
その冷たい視線は逢花の知っている厳しくも温かい水葉の目とは到底似ても似つかない。
今の彼女は水葉であって水葉ではないことを改めて逢花は思った。
逢花はその視線から逃げることなく正面から真っ直ぐ見据え、ゆっくりと巫女に向かって歩を進める。
「これで良いのです……『新緑の魔女』」
「……いつかこんな日が来るとは思っていたけど、残念だわ」
どうやらこちらの意図に気付いたらしく、魔女は警戒の色を強めた。
「『新緑の魔女』イスカ。中世ヨーロッパの魔女狩りが行われていた激動の時代に生きた魔女……。その二つ目の通り緑のルーンを扱い、自然魔法を得意とした。狂気に満たされていた、あの時代を生き抜くためにあなたは死の間際に自らの肉体を失ってでも、禁術によって魂をその翡翠色の首飾りに移すのに成功……」
こちらの様子を見ていた魔女の口元には笑みが零れているが、瞳にはより一層の警戒……いや、憎しみが篭りだしたのが分かった。
「そんな昔のことをよく調べたわね。……ええ、そうよ! 1300年代、魔女裁判全盛期に生まれた正真正銘の魔女よ、私は! 魔法が最も発展した時代に生きた魔女相手に、現代の弱まった魔法しか使えないような魔女が勝てると思って?」
「……瑞原さんも勘違いされてたようでしたが…………私は魔女ではありません」
「ふ、そんなの屁理屈よ……。私や多くの仲間たちは自分は魔女じゃないと言ってきた。叫んできた! けど、魔法を使えない人間たちが私たち魔法を使える者たちに何をした? ……地獄だった……生き地獄よ! ある者は生きたまま皮を剥がされ、ある者は生きたまま身体中を引き裂かれ……」
自分で話しながら内容を思い出しているのか、魔女は自分の言葉を耳にする度に徐々に興奮していき、同時にさらにさらに深い闇を瞳に宿していった。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い――――――!!!!!!」
中身は違うとはいえ、親友の身体で闇に落ちていく姿を逢花は見るに耐えなかった。
彼女は『人間』として、もう手遅れだ。
「【戦舞衣装変換】」
光の繭が瞬く間に逢花を包み、次に姿を現した時には既に戦闘衣装に身を纏っていた。
そして――――
「魔剣【操技絶剣】召還!!」
逢花の頭上に魔法陣が現われた後、刃渡り一メートルほどの、立派な彫刻が施された柄を持つ長剣が現われ、そのままフワフワ浮かび続ける。
その切っ先が魔女へと向けられた。
「あなたにこの子の身体を斬ることができて?」
「……やってみればわかります」
ニタァっと邪悪な笑みを満面に浮かべ、魔女はこう言った。
「そうね。……そうしましょう!!」




