第十四話 共有
「長い年月、瑞原さんの中にいたことで剣の霊力と瑞原さんの霊力の結び付きが強くなっていると考えた私は、私の霊力をもっとも流しやすい方法で剣に接触することにしたんです」
一緒にいた時間が長ければ長いほど、そこには何かしらの結び付きが生まれる。
人も、物も、魔法も、霊力も…………等しく生まれる現象だと私は思っていました。
なので、こういう結果を想像してなくもなかったのです。
それでも可能性があるならどんなことでも試したい…………今は少しでも時間が惜しい。
「あ~…………キス……のことかな……」
!!
な! な、な…………
「恥ずかしいから、わざわざ言わなくても良いです! というか、忘れてください! 今すぐ忘れてください!」
早口についまくし立ててしまった私。
そんな私の慌てる様子がよっぽど可笑しかったのか私と同じぐらいの年の少年が微笑ましく見てました。
「う~……」
唸り声をあげてしまう。
今の私はきっと恨めしい顔をして彼の顔を見てるのでしょう。
私がこんなに恥ずかしい思いをしてるというのに、彼はそうではないの?
……こういうの初めてじゃないのでしょうか…………
コホンッ。
気持ちを落ち着かせるためにわざとらしい咳払いをする私。
それでも今も心の動悸が収まらないのを感じています。
だって仕方ないですよね…………
…………初めてだったんだから……。
話は戻りますが……と一言添えてから、私は瑞原さんの胸から取り出した短い棒状の物を目の前の少年に見せることにしました。
それは剣から刃のみを取り外した物……柄から鍔……そして鈨までは存在しますが肝心の刃だけが失われた剣。
「……失敗と言っても完全な失敗ではありません。これを使えばいつでも刃も取り出すことができます。……ただし、予想通り瑞原さんと剣との結び付きが強くなっていて霊力が癒着し合っていました。おそらく剣を完全に取り出せば、その霊力は瞬く間に力を失います」
多分、刃を取り出して使えるのは一振りが限界……。
剣に備わっていた霊力のほとんどを瑞原さんの治療に使い切ってしまったんでしょう。
刃さえ取り出せば、瑞原さんはもう大丈夫。
あとは…………
「……瑞原さん、刃を取り出すのはもう少しだけ待って頂けませんか?」
さっきまで微笑んでいた少年の表情に少しですが疑問を持った感情がチラリと覗いたのを私は見逃しませんでした。
……当然です。これは完全に私の我儘。
長年苦しんできた病気を完全に治せる機会が目の前にあるのに、知り合ってばかりの人のためにそれを待つことになるなんて…………。
「私には……ううん…………私たちにはその剣の力がどうしても必要なんです」
親友を助けないと…………守らないと……今、それが出来るのは私しかいないのだから。
例え一振りだって良いです。
この剣の力を使えるならば――――
***
私たち……逢花さんが含まれているのは間違いないが、それには音羽水葉も関係あることを俺は容易に察した。
「……逢花さん、君と音羽水葉はいったい何をしようとしているんだ?」
ずっと気になっていたことを俺はようやく逢花さんに尋ねる。
「……瑞原さんは誤解されてるかもしれませんが、水葉ちゃんは魔女ではありませんよ」
「そんなはずは……俺の仲間が音羽水葉との戦闘で負傷したんだ。マジョカルでもかなりの実力者のその人を倒せるとなると……」
「退魔巫女としての力を持ってはいますが、魔女の使う力とは違う系統なんです。あなたたちマジョカルからしたら、どの力も魔女として一括りにしてるのかもしれませんが。ちなみに私も魔女ではありません♪」
逢花の言うとおり、マジョカルは自分たちが理解できない不思議な力を持っている者に対して魔女認定することが大いにある。
巫女もそうだ。
本来、魔女とは遠い存在であるにも関わらず、力を持っているというだけでバイトなどではなく本物の巫女を魔女としてマジョカルは扱うことがある。
そのため、今回の一件では音羽水葉がマークされることになった。
「『新緑の魔女』イスカ。それが瑞原さんのお仲間を襲った魔女です。そして水葉ちゃんの身体を操っています」
初めて聞く名だった。
「操る?」
「水葉ちゃんの意識がない時にだけ人格が水葉ちゃんと入れ替わり魔女が表に出てきます。二重人格と似ていますが、魔女の意識は水葉ちゃんがいつも首に身に付けているペンダントに封じられているんです」
朝見た、あの翡翠色の首飾りか。
「魔女の人格が表に出ている間、水葉ちゃんにその間の記憶はありません。逆に魔女の方は覚えているようです」
なるほど。逢花さんの話からすると、レンが戦っていた音羽水葉は、イスカという魔女の方の人格だったということなのだろう。
「つまり、俺の仲間と戦ったのはそのイスカっていう魔女ってことで良いのかな?」
「はい」
「じゃあ、その首飾りっていうのはいったい何なんだい? 魔女の人格を封じ込めるようなものがただのペンダントとは思えないけど」
「あれは水葉ちゃんのお母さんの形見なんです。昔、水葉ちゃんのお母さんも退魔師だったらしく、退魔の仕事中に新緑の魔女との戦いで封じ込めたものとお聞きしました。元々、あのペンダントは魔力を封じ込める特性があったので魔女を封じ込めるには打ってつけだったんです」
自分の命を救ってくれた憧れの人である逢花さんの母を、まるで親を追いかける子供のような気持ちで俺がいたように、音羽水葉も母親に憧れ同じ道である退魔師になることを選んだのだろうか。
そう思えば、なんだかあのツンツンした物言いも少し可愛いものに思えた。
……ほんのちょっとだけだが。
「魔女を封じた後は、封印が解けないように水葉ちゃんのお母さんが肌身離さずペンダントを身に付けていたんですが、魔女のことを知らなかった水葉ちゃんはお母さんが亡くなった後、形見として自分も身に付けてしまいました」
そこまで言い終えた逢花さんの表情が厳しいものに変化したように見えた。
「魔女が水葉ちゃんと入れ替わるようになったのは一年ほど前からです。長い年月が経ち封印が弱まっていたのでしょう。日に日に魔女が表に出る時間が増していって……魔女は今日まで水葉ちゃんの身体を完全に手に入れるために儀式を始めていました。そして儀式の終わりが見えてきたのです……」
その儀式を繰り返すうちに、マジョカルがどこかしらから魔女の存在を知ったということなのだろう。
儀式の規模が大きければ大きいほど、その存在を知られやすくなる。
今回は日数をかけて念入りに行われていた。
そのため発見がつい最近になるまで分からなかったのだ。
「儀式が終わるのはいつ頃なんだ?」
「……今週中と思っていました」
『思っていた』ということは、変わったということか。
「おそらくマジョカルと接したことからして、予定を早めると思います。……瑞原さんのお仲間を倒し、瑞原さんを私が倒したと思っているでしょうが、あの魔女はかなり用心深いので今晩にでも……」
「もし今晩の儀式が終われば、音羽水葉はどうなる?」
答えの想像は出来ていたが、苦々しげな逢花さんの口から考えが肯定される言葉を耳にする。
「ペンダントに封じられる人格が魔女から水葉ちゃんに完全に固定されます。そうなれば、もうペンダントを残す必要もないので、おそらく壊され、そして……水葉ちゃんは消滅します」
逢花さんは音羽水葉と幼馴染と言っていた。
幼馴染の『死』が間近に迫って、本当なら今すぐにでも助けに行きたいであろう。
知り合って間もない俺の目からしても、逢花さんの切羽詰った気持ちをヒシヒシと感じられた。
「私は……水葉ちゃんを助ける方法はないかとずっと探してた……。手がかりを見つけるまで魔女の味方をしてでも水葉ちゃんを助けようと……。魔女は……私が水葉ちゃんを攻撃できないことを知っています。なので、もしペンダントに危害が加えられれば、魔女は魔力を暴発させてでも水葉ちゃんを道連れにすると……」
「…………」
「水葉ちゃんと魔女は長い年月を近くで居続けたうえに、人格の入れ替えができるとあって魔力的に精神が強く結びついています。どちらかがいなくなれば、残ったものが精神にダメージを負うでしょう。とてもじゃありませんが水葉ちゃんが耐えれるようなものではありません。下手をしたら廃人に……」
「それを何とかするための儀式ってことか……」
いくら魔女でもタダでは済まないだろう。
肉体を失い、精神だけで生きているような存在がその精神にダメージを負うようなことがあればどうなるかわかったものではない。
消滅さえしかねない。
そうなると、お互いの精神を切り離すのが良いのだろうが、おそらくそういう類の儀式なのかもしれない。
そこで俺は実感はないが今も俺の中に残っているという剣の刃のことを思い出した。癒しと精神操作……二つの力を有した剣。逢花さんがこの剣を求めるのは精神操作の力の方に違いない。
……などと思っていたら、逢花さんがこちらの頭の中をまるで読み取ったかのように、俺の考えていた儀式の特性と剣が必要な理由を説明してくれたので、俺は自分の考えに確信を持つ。
「私は水葉ちゃんを助けたい。……マジョカルの仕事がどういうものかは知っているつもりです。ですが、敢えて魔女のことは私に任せて頂けませんか? 水葉ちゃんを助けた後で良ければ、私の身柄もあなた方に任しても構いませんので」
自分の身を犠牲にしてでも音羽水葉を助けたいということか。そのためならば、マジョカルに身を差し出すと。
気持ちは分からなくもないが……だが、その考えは俺には間違ったもののように思えた。
逢花さんがそこまでして音羽水葉を助けたいと思うように、もしかしたら音羽水葉も逢花さんと同じように目の前にいる銀髪の少女を大切に想っているかもしれないからだ。
そこまでして助けたいと想ったのだ。
それだけの絆が二人にはあるのだろう。
だからこそ二人揃って助かるべきだと思った。
「せっかくだけど断る」
「……悪くない話だと思ったのですが、どうしてですか……?」
「ああ……」
二人はきっと俺と同じだ。
逢花さんは幼い頃に母親を失い……
音羽水葉もまた母を亡くし、母の思い出を忘れまいと面影を追いかけている。
「俺も行くよ」
不思議そうな顔を見せる逢花さん。
「もちろん君の邪魔をするためじゃない……。音羽水葉を助けるために」
魔女と音羽水葉の関係を話している間、ずっと険しい表情をしていた逢花さんの顔が、俺の言葉を聞いた途端、険が解かれていく。
昼間一緒に弁当を食べた時に見せていた、あの優しい表情に。
「ありがとうございます…………」
俺の追いかけていた天使はもういない。
目標も見失い、これからどうしたら良いかも正直見当も付かない。
だけど、今は迷っている時じゃないはずだ。
迷うのはもう少し後からでも遅くはない。
こんな思いを二人にして欲しくなかった。
俺一人で十分だ。
逢花さんと音羽水葉には幸せになって欲しいと心の底から俺は思った。