第九話 二人だけの昼食
「くしゅっ」
春の終わりが近付きつつある今日。
今朝方は山中ということもあり肌寒かったのだが、陽が昇りだせば、朝の寒気はなんだったのかというぐらいにほのぼのとした快適な気温だ。
季節の変わり目に風邪を引きやすいと言うが、今まで瑞原薙斗にはそういった経験はない。
なので、さっきのくしゃみが風邪の引き始めなのかどうかも分からなかったので、深く考えないことにした。
「今、何時だろう」
布団から出て立ち上がり、時計がないかと周囲を見回してみる。
……が、時間の分かるものはこの拝殿には無さそうだ。
ズボンのポケットからスマホを取り出そうとして、そこで俺は探し物がないことに気付いた。
今朝、この山に登る前にレンに一応連絡を入れたので、その時にスマホを使い、それ以降は使っていない。時々、スマホで時計を見たぐらいか。その度にズボンのポケットに入れたはずなのだが……
(……あの子を追いかけた時に落としたかな……)
あるいは石を投げられ倒れた時に落としてしまったか。
どのみち今朝の監視で歩いた山中に探しに行かないといけなくなった。
今すぐにでも探しに行きたいところだが、しかし、俺はそうすることを止めた。
望んでこういう結果になったわけではないにせよ、ここは魔女の本拠地なのだ。
今朝から監視していた魔女と思われる少女、音羽水葉のことを調べるにはこれ以上ないチャンスと言えよう。
なぜなら、あの二人は俺が気を失う前に学校へ行くと言っていたので、今頃は授業を受けているはずで、音羽水葉の両親と姉はしばらく島から離れているとレンが言っていた。
つまり今、この場所には俺以外、誰もいないはずだからである。
既に本日早くも三度目となる起床をしたのは今さっき。その原因とも言うべき少女によって二度の気絶を体験させられたが、起きてみれば特にこれといった体調の不調というのはなさそうだ。
手当てが良かったのかもなぁと思ったが、瞬時にその考えを改めた。そもそも物を人の頭目掛けて投げなければ、こんなことにはならなかったのだから。
俺を襲った凶器をなんとなく目で探してみて、布団の近くにそれはあったのですぐに見つけることができた。
あの凶暴な少女が投げつけてきた時に零れたはずの冷水が、入れ直してくれたらしく今は満たされている。
ふと、洗面器の下に紙切れが挟まれているのを見つけたので拾ってみる。
あの二人の少女のうちのどちらかが書き置いたものみたいだ。
内容は、二人は学校に行くので、自由にしていて欲しいとのことだった。あと看病をしてあげれなくて、そのことを謝ったことが書かれていた。
文面の印象からして、俺が昨日間違って監視してしまった逢花という子が書いたものだろうか。
気を失っていたとはいえ、看病が必要なほどひどいものではまったくなかったのになと思った。多分、俺一人にしてしまうことを謝っているのだろう。
本当に看病が必要なほどのものなら誰か残っていただろうし、病院に連れて行くなりあったはず。大したことがないからこそ、彼女たちも学校に行くことができたのだろう。
もっとも、水葉という少女が本当に魔女であり、俺がマジョカルであることを知っていれば、俺の命は既に無かったはずだ。水葉という少女の前で俺は二度も気を失っている。殺そうと思えば、いつでもできたはずなのだから。
しかし、そうしなかったということは現時点で魔女に正体をバレていない。もしくは彼女が魔女ではないということになるのだが。
そこでもう一つの可能性を考えた。
もし、音羽水葉が魔女として、その魔女と一緒にいる逢花という少女は果たして何者なのだろうと。彼女も魔女なのだろうか? しかし、彼女にも俺を確実に殺す機会はあったのに、そうはしなかった。
なら、彼女は今回の件とは無関係ということなのだろうか。
ただ単に俺を一般人と思っていたか……。
魔女と思われる音羽水葉の俺の印象は『凶暴』の一言に尽きる。
まぁ、凶暴になる原因が俺自身にあったのだが。
それ以外の情報を知り得る暇もなかったので今はこの認識で良いだろう。
一方、逢花という少女の俺の印象はまるで正反対であった。
相変わらず顔は分からないので部分的な情報ではあるのだが、穏やかな唇の動きで優しい声を発していた逢花という少女。
あんなに穏やかな雰囲気をはたして魔女が出せるのだろうか?
魔女とは災厄をもたらす存在である。
己の欲を叶えるためならば、人を不幸にし、人を苦しめ、人を殺す。
そこに罪悪感などない。
彼女、彼らにとって善悪などという感情は関係ないのだ。
そのため、俺が持つ魔女のイメージと逢花の声があまりにもかけ離れている気がし、そのイメージが重なることは想像できないでいた。
(とりあえず、今の時点で何も判断できないか)
もっと情報が必要だと判断した俺は手がかりを探すべく神社内を調べようと思った。
だが、その前に……
(自分が寝ていた布団ぐらいは片付けないとな)
布団を畳み、その上に枕を乗せる。
置き場所は分からないのでここに置いておけば、まぁいいか。
(あの子が俺の看病してくれてたんだよな……)
自分を二度もKOさせた少女。
凶暴だと思っていたが、案外それだけじゃないのかもしれないなと印象を改めようかと思いかけたところで、彼女のことを思い浮かべ、その浮かんだ姿が怒りのものばかりだったので俺はそこで考えることを止めた。
まずは拝殿内を調べたがこれといって怪しいものもなく……というか、神職関連のことは一般の参拝客程度の知識しかない俺にとってはどれも怪しいものに見えてしまっていたので、早々にここを調べるのはあまり意味がないと判断し、いったん拝殿の外に出ることにした。
陽の当たる場所に出て、背筋を伸ばしてみる。
周囲に参拝客は見当たらず、時折鳥の鳴き声が聞こえるぐらいで、境内は随分静かなものだ。
「……こうして見ると普通の神社なんだけどなぁ…………」
鳥居の方から時々涼しい風が入ってきて俺の髪を揺らす。
この鳥居の先には、今朝方、監視時に見た、音羽水葉が歩いて下りた階段があるはずだ。
後で、その辺りから携帯が落ちてないか見に行かないといけない。
境内で目に付いたのは、拝殿の他に本殿、社務所、倉庫、道場、そして一軒家。五月も終わりが近いというのに尚今咲き続けている桜の御神木らしき大木も見えるが、ここは調べるほどでは無さそうなので今は良いだろう。
一番怪しいのはやはり本殿ということになるのだろうが、言い換えれば、そこが一番危険だとも言える。敵の本拠地の中心部なのだから当然、昨夜のような罠があると思って行動した方が良い。
出来ればレンがいる時に行きたいので、ここは後回しにした方が良いだろう。
残りは社務所、倉庫、道場、家……
結局、考えるのが面倒になってきたので、残りはここから近いところから順に周ることにした。
そして分かったことは、当たり前だがどこも戸締まりがしっかりしていて中に入れなかったということだけだった。
本気で中に入ろうと思えば入ることはできたと思う。
ただし、その場合、鍵を壊すなり窓を割るなりのどこかしらを破壊して侵入するという完全に犯罪者と違いのない手法を用いた場合だ。
ゲームに出てくるような盗賊の鍵開けスキルを残念ながら俺は習得していない。
それに十代にして警察のお世話になどなりたくもないし。
バレなければ大丈夫という考えも却下だ。
学校から二人が帰ってきて、家や神社が荒らされたのを見たら、二人が真っ先に疑うのは間違いなく俺のはずなのだから。
まぁ、見知らぬ男を一人にして家を出るのも無用心な気がしないでもないが。
わかったことといえば、社務所の窓口から見えた掛け時計が10時20分を指していたことぐらいか。
昨日に続き今日も監視対象者に接触するという大失態……レンになんて報告したら良いのか……。
今回の一件は俺にとってマジョカルとしての初任務ではあるが、実はそうではない。
正式には『まだ』マジョカルにはなっていない。
言わば『仮』の状態なのである。
組織にマジョカルとしての力を認められた者は初任務として魔女を退治する任を受ける。
この時、指導役として現役マジョカルを一人付けるのが恒例であり、俺の場合はレンがそれに当たる。
そして与えられた任務を全うできた時に指導役と本人の意思を持って初めて正式にマジョカルとして認められるのだ。
この時に指導役がマジョカルとしての適正がないと判断すればマジョカルになることはできないし、自分から辞退することもできる。
ただし、指導役に不合格を言い渡された時は一年後に再チャレンジの機会を与えられるが、辞退した場合は二度とマジョカルになることはできないとされている。
つまりは、今の俺は仮免状態のマジョカルということだ。
このまま任務が終われば、マジョカルにはなれないかもしれない。
しかし、そうは思っても特別焦るというような感情は生まれなかった。
自分から辞退しない限り、チャンスはまだあるからとかそういうことではない。
マジョカルとして認められることは組織の中では大変名誉なことであり、悪しき魔女を討ち、人々を守る姿は憧れの対象として見られる。
危険が伴うからには、それ相応の対価も約束されており生活も訓練生時よりは安定した収入を得られるのだ。
そのため組織の大抵の者ならマジョカルを目指して当然のこととされている。
にも関わらず――
マジョカルへの執着が俺にはまるでなかった。
俺自身それを自覚しているが、だからと言って、どうこうする気もなかった。
あるとすれば、任務への責任感あたりか。
なにせ俺と他の者達とではマジョカルを目指す動機が違うのだから。
「さて、と」
これ以上、ここに一人でいても調べられそうなものがなさそうなので、鳥居の方へと向かうことにした。目的地は当然、鳥居ではなく、その先の階段を中腹まで下りたところにある滝へと続く山道。
スマホをさっさと見つけて、レンと連絡しないと。
二時間後。
「…………ない」
もしかしたらとは思っていた。
だが、まさかなとも思っていた。
スマホも時計も今持っていないので体感的な時間感覚によるものだが、落としたスマホを探しだして二時間は経つと思われる。
俺が音羽水葉を追う時に通った道や、滝の付近も探したというのにスマホは見つからなかった。
これは参った……。
神社本殿の外に備え付けられている賽銭箱のすぐ前にある短い階段に腰を下ろして、俺は黄昏れていた。
レンとの通信手段を失い、レンが寝泊りしている所も知らない。
そのうえ、あのスマホはマジョカルに任命されて組織から支給品としてもらった物であって、手にしてからまだ一週間すら経ってない。
昨日といい今日といい、どうしてこうもやる事なす事上手くいかないのか……。
初任務ゆえの緊張や気負いなどというものは多少あったとしても、任務に支障をきたすほどのことは自分には起きないと思っていたが、実はそうではなかったのだろうか?
こうなると俺一人で魔女のことを調べるしか。
魔女を追っていれば、同じように魔女を追うレンと合流できるかもしれない。
物思いに耽ていて気が緩んでいたのか、人影が突然自分を覆うまで俺は彼女が目の前にまで来ていたというのにまたしても気付くのが遅れたという事実を声をかけられるまで気付けずにいた。
「どうかしたんですか?」
頭上からの声に反応して、顔を上に上げる俺の目に映ったのは学生服を着た、顔は分からないが見覚えのある銀色の髪をした少女の姿だった。
「……え……え~、と」
確か時間はまだ昼過ぎぐらいのはずで今日は平日なので、学校が終わるまでは時間がまだまだあったはずだと俺は認識していた。
そのため、突然現れた目の前にいる少女を見ても何が起こったのか瞬時に理解できないでいた。
彼女はそんな俺の姿が面白かったのか、まるで昨日の電車内で初めて声をかけた時のようにクスっと笑い笑顔を向けていたのだった。
「あ、自己紹介まだでしたよね。私、逢花と言います」
と言って、頭をペコリ。
「……俺は、瑞原薙斗。朝はその……世話してくれて、ありがとう」
今後の活動を考えると本名を隠した方が良かったかもしれないが、この子相手に出来れば嘘を付きたくないと思った。
「私は何も。瑞原さんを看てくれてたの水葉ちゃんなんですよ。看るの交代しようとしたら、水葉ちゃん『これは私の責任だから、最後まで私が看るわ』って聞かなくて」
俺が抱く音羽水葉の印象は最悪だっただけにちょっと……いや、大いに意外だった。気が強い暴力的な印象と魔女かもしれないという疑いがあったせいだが、優しいところもあったのかもしれない。
俺を一人で看病することに拘ったのが責任感からくる強迫観念に捕らわれただけじゃなければ良いのだが。
「水葉ちゃん、ああいう性格だから誤解されちゃうことあるけど、本当はすごく良い子なんですよ。なので、嫌いにならないであげてくださいね」
実際、音羽水葉が良い子か悪い子かはさておき、友達想いの目の前の少女が良い子だというのは分かった気がする。
「んと……嫌いになるほど話とかもしてないから、今のところ大丈夫。その……音羽さん? ……と一緒じゃないのかい?」
「………………」
「ん? ……どうかした?」
「……いえ。学校で今頃、昼食中だと思います」
と言って、逢花さんが後ろ手に隠していた手拭いに包まれた長方形の箱のような物を俺の顔の前に出した。
食欲を誘う温かい匂いが瞬時に鼻にまで届いたので、すぐに手拭いの中身が何なのか察し、その途端、急激に自分の空腹具合を知る羽目になった。
「これは―――」
「パチパチパチ。逢花さんの手作りお弁当です♪」
実際には手を叩いたわけではなく、擬音で拍手の演出を自らするお茶目っ気を見せるところは年頃の少女だと思う。
「もしかしたら朝から何も食べてないんじゃないかと思って。良かったら一緒に食べませんか?」
無言で首をコクコクと縦に二度すぐに振る俺。
その俺の姿に可笑しさを堪えてる様子の逢花に案内され、再び拝殿の方へと向かうことにした。
拝殿に入って、すぐに俺を一人残して逢花さんはどこかに行ってしまった。と思ったら三分もせずに戻ってきた。その両手にはお盆に乗った液体がなみなみ注がれたグラスが二つ。
彼女からグラスの一つを受け取る。掌にひんやりとした心地良い冷たさを感じる。何かまでは飲んでみないとわからないがお茶であることは間違いなさそうだ。
板張りの床にそのまま座っている俺を自分の正面にして逢花も同じように座った。
二人の間には既に手拭いから正体を見せた弁当箱が二つ。その一つを逢花から受け取った。
「「頂きます」」
二人それぞれ感謝の言葉を述べた後、弁当の蓋を取ると、すぐに充満された香りが漂う。
色取り取りで女の子が作った物らしく可愛らしい中身が現れた。
育ち盛りの男子には少々量が足りないと思いはしたが、見た目と香りに続き、その味を知った時にはその欲求を忘れて、ただひたすらに食べることに集中してしまった。
しばらく、俺の食べる姿を見て、目・口をどこか安心したふうな形に変えると、逢花も自分の分を食べ始める。
彼女の弁当は薙斗の分より、さらに量が少ない。いわゆる女の子サイズというやつだ。
(あれ? なんとなくどこかで見たような気が……)
もちろん、逢花が食べている弁当の中身のことを言っているのではない。
逢花の顔を見て、ふと思ったのだが、しかし考えてみても一向に思い出す気配がないので、すぐに気のせいだと決着が着いた。
そもそも相手の顔が分からない俺に顔に関する記憶があるとは思えない。
「……どうかしましたか?」
「え?」
「今、やっと私の顔を見てくれたと思ったので」
あ~……そういうことか。
どうせ顔を見ても分からない俺は、部分的に見ることはあっても人の顔を見続けるということをしない。
それよりも彼女のように誰なのかすぐに判断できるような特徴を持っているならば、そちらを優先的に見てしまう癖が俺にはあった。
この病気のことを知らない人からすれば、人の顔を見て話さない俺の態度は、人によってはあまり良い気分ではないだろうな。
「……違ってたみたいです」
そう…………俺は君の顔を一度として見ていない。
「……私を見ているはずなのに、私を越えて、その先にあるどこか遠くを見ているような…………そんな感じ。……今までは」
今までは?
「でも、今さっきの瑞原さんは確かに私を見ていましたよ。……『見えていた』って表現の方がしっくりくるような…………何言ってるんでしょう、私! ごめんなさい! 変なことを言ってしまって」
「…………俺が見えていた? 君を……?」
はい。と頷く彼女。
確かに俺は君の顔を見ようとした。
何か思い出しそうな感覚があったから。
……けれど、いつもみたいにそれは叶わなかった。
そう俺は思っていた。
なのに逢花さんは俺が君のことを見えていたと言う。
衝撃的な言葉だった。
俺にはその認識がまるでなかったというのに。今、逢花さんの顔を見てもやっぱり今まで通り顔が見えるということはない。
どういうことだ? そもそも、なぜ逢花さんには俺が見えていたと思えたのだろうか?
「……気を悪くしましたか?」
「!!」
気がついたら、いつの間にか俺は彼女の瞳に吸い込まれるように真っ直ぐ見つめていた。
目の前に映る少女は多分……困ったような……はにかんだような表情をして俺の言葉を待っている。
あれ? 俺、今…………? …………多分?
彼女の瞳だけを見ていた。
そのはずだ。
なのに俺は今、彼女の表情をなんとなくだが読み取ることができた……ような気がする。
いつもは顔にある複数のパーツの動き、仕草や声のトーンを総じて相手の表情を感じていたのに。
子供の頃、人の顔がわからなくなったことを知ってから、こんなこと初めてだ。
「いや……びっくりはしたけど、そんなことはないよ。こちらこそ、ごめん。ちゃんと顔を見て話せなくて…………子供の頃から怒られたことはあったんだけど、その……癖なんだ」
生まれた動揺を隠そうと、なるべく努めて冷静に話す俺。
そうですか……と、少し困ったような優しさが含まれた彼女の声。
実際のところは癖と言うのは少し違うが、相貌失認であることを話して同情されるのもなんか嫌だったので、あえて俺はそれに触れないことにし、場の沈んだ空気を払拭するために話題を変えようと試みることにした。
「せっかくの弁当だし、早く食べようか」
間髪入れず彼女が反応する。
「早く食べられては、せっかく作った お弁当が台無しです! 味わって食べてくださいね♪」
ついさっきまでのシリアスな雰囲気は何だったのか、瞬時に場の空気が変わったような気がして、俺は苦笑いを浮かべた。でも……この方が良い。
「はい。……そうさせて頂きます」
その後、俺たちはお互いの顔を見て微笑しあった。
食べ終えたのは俺の方が早く、逢花が食べ終えるのを待ってから俺は聞きたいことを聞くつもりでいたのだが、逢花は自分を見る俺をどうやら物足りていないと勘違いし、自分の分のおかずを差し出そうとしたので、俺はそれを丁寧に断った。
満更勘違いというわけではなかったが。
少し早いが彼女との会話にチャレンジしてみよう。
「今更な気もするけど、音羽……さんは学校なのに、君は帰ってきて良かったの?」
「?…………。あ~。今日は神社のお仕事があるからって言って早退してきちゃいました♪」
「そ、そう……なんだか気を使わせてしまって悪いね」
何か一瞬間があった気がしたが気にするほどじゃないと思い、話を続けることにした。なにせ、聞きたいことはたくさんある。
音羽水葉がいないうちに魔女と思われる、もしくはそうでないと思える、確信となる情報を早く見つけないといけない。
それに彼女が魔女かもしれないという可能性も。
彼女がもしも魔女だった場合、迂闊なことを言えば、こちらの正体がバレてしまう恐れがある。慎重に言葉を選ばねば。
「いえ、良いんですよ。お弁当を美味しそうに全部食べて頂けましたから大満足です♪」
「はは……。逢花さんと音羽さん、すごく仲良さそうだけど、付き合い長いのかな?」
「そうですね。子供の頃からのお友達で、私、ここに居候してるんですよ。……子供の頃の私は一人ぼっちでして、それを水葉ちゃんのご両親が気にしてくれて、そのご厚意で一緒に住まわせてもらっているんです。それ以来は実の姉妹のように」
子供の頃、一人ぼっちだったという逢花の言葉が気になった。両親はいなかったのだろうか?
しかし、いくら魔女の情報を探るためとはいえ、昨日今日知り合ってばかりの人に踏み込んでいい話ではないと思った。
幼い逢花の前から両親が居なくなるということは、つまりどんな理由があったとしてもそれは逢花にとって不幸なことだったに違いないのだから。
両親のいない子供の気持ちを知っている俺だからこそ、他人が無闇に触れてはならないことをよく知っているつもりだ。
幼い頃に俺も両親を交通事故で失い、マジョカルという組織に拾われ、今に至る。
もっとも俺の場合はあまり両親のことを覚えていないが、逢花はどうだったのだろうか?
俺の態度から何かを察したのか、逢花は一層の笑顔を向け、こう言った。
「今がとても幸せなんです」
――と。
俺は思った。
彼女が魔女でないことを。
そしてできうるならば、彼女の親友も。
音羽水葉が魔女であったとしても、おそらく逢花の幸せは崩れ去るだろう。
任務に同情は厳禁とは知りつつも、これ以上の詮索するのが躊躇われた俺は、なんだか、この場に居ても経っても居られない気分になって床から腰を上げ立ち上がった。
「そういえば、俺、スマホ落としてたの思い出したから、ちょっと探しに行ってくるよ」
「……それでしたら私も一緒に探しましょう」
「え! い、いいよ! 悪いし……」
スマホを探しに行かないといけないのは確かだが、魔女かもしれない逢花や音羽水葉に対して、どのような態度を取って良いのか正直迷いが生まれた今のままでは良くない。
そう思い、一度一人になりたかったのだが……
「瑞原さん、自分の番号覚えてます?」
「それはもちろん……」
次の瞬間、目の前の少女がしてやったりといった顔をした……ように俺には思えた。
「きっと私のスマホが役に立つと思うんですよね。私が瑞原さんのスマホにかけることで、落ちているスマホの音を拾う……みたいな?」
こうして俺は逢花さんの申し出を断る理由を失った。