71 昔の記憶
★帝歴2502年 11月某日 ピタゴラ ピュータ・ハ・ゴラース山麓 騎士ライナー
パチパチ、パチパチ
ライナーは1人炎を見つめている。吹き込んできた風が炎を揺らしながら遠くから彼のいる洞窟の中へと魔獣の鳴き声を運んでくる。
彼の瞳に炎の輝きが写って瞬き、その瞳の奥では去年ホラの街でヤーコプ神父に敗れた時の光景を思い出していた。
彼がいるのは、ピタゴラ帝国の中央部、ロゴス盆地中央にそびえ立つピュータ・ハ・ゴラース山の麓、あと少し奥に進めば、竜種すら出没する危険地帯……山の上に広がる世界樹セトのマナの影響で、魔獣・魔物濃度の高いとても危険な場所だ。
一年前ホラの街から命からがら逃げ延びた騎士ライナーは、ピタゴラ帝国に戻って皇帝カール15世に報告をした後、帝国騎士を辞退し、己を鍛え直すために山に篭って修行をしていた。
騎士ライナーは自問する……今の俺なら斬れるのか? ヤツを……自問は続く。
去年ホラの城で、極みの真実修道会を名乗ったヤーコプ神父との死闘……騎士である自分の剣技が通用しなかった。あまつさえ、ヤーコプ神父は自分にトドメも刺さずにその場に捨てていったのだ……屈辱以外の何物でもない。
約30年前ライナーの所属していたセイントマッスル騎士団は、極みの真実修道会から来た1人の老人の手で壊滅させられ、その後生き残った騎士団員達は、セト教皇庁からの庇護を失い収入を失った後、辛酸を嘗めながらの放浪の旅の末ピタゴラ帝国に拾われ、帝国の影の仕事を請け負った。
雇われてからは、普通の騎士なら絶対にやらない女子供も手にかけた、卑怯な騙し討も行った、戦場で真正面から強敵と戦い、弱き者の助けになる騎士道精神などとうの昔に捨てていた、気がつくと、この腹は出、剣の腕はなまっていた。
共に血反吐を流し鍛えあった騎士団同胞たちの恨みを晴らせず口惜しい。
素手の相手と一対一であったにも関わらず、為す術もなく敗れた自分が口惜しい。
剣の修行を忘れて怠惰に溺れた自分の肉体が口惜しい。
怒りの原動力が、もう一度血反吐を流す修行を、この危険な森で己に課す。
一年間の修行を終え、山から戻ってみると皇帝から呼び出された。
「ライナー、別人のように見違えたな……それほどまでに己の肉体をいじめ抜いて来たのか、例の神父が憎いか? 憎いならば、また我が剣となれ、復讐の機会を与えよう。奴の居場所はヒューパだ、奴はあそこにいる」
皇帝からの再就職の誘いだった。
ライナーは考える、ヤーコプ神父へ…極みの真実修道会への復讐のために自分は生きている。その復讐を助けてくれる話しだ。
ライナーに皇帝からの申し出を断る理由など無かった。
「皇帝陛下、その申し出ありがたくお受けいたしましょう。この御礼に1つヒューパでの活動の助けになる情報をお渡しいたしましょう」
「ほお、どのような内容だ」
「戦の前、ヒューパの中央、魔剣を握るティア姫のすぐ近くにホラ男爵の草を忍ばせておりました、今はホラ領は無くなりましたが、草に正体をバラすと脅せば、またその役割を果たすでしょう」
「ふむ、その者の名は?」
「ふふふ、それは秘密です、手品で全ての種を明かす訳にはまいりません。陛下の申し出通り、ヒューパの地に居ればヤーコプ神父もやってくるでしょう、私はヤツを倒し、そのついでにティア姫から魔剣を奪って差し上げます」
「分かった、おぬしの言うとおりにしよう。今ヒューパは、材木や魔石武器取引、ワイン等の貿易で急速に力をつけてきている。その上砂糖を大量に流通し始めている。
これらの秘密を探らせるためにも、彼の地に帝国の拠点を築いておるので、まずはそこに行け、拠点とのつなぎを取り、お主の言う草を使ってティア姫から魔剣を奪うと共にヒューパ中枢の情報も得るのだ」
「かしこまりました、よき知らせをお待ち下さい」
★帝歴2502年12月2日 ヒューパ ティア
「ウフ、ウフ、いちまーい、にまーい、さんまーい……ウフフフフフ」
こんにちは皆さん、ティアです、儲かりまっか?
私は今、机の上に有る金貨を数えて至福のひとときを過ごしております。儲かりすぎて笑いが止まりません。
いやー、砂糖ってめっちゃ儲かりますね。
去年から開発していた甜菜大根から砂糖抽出技術開発、あれ上手くいきました。
当初は、煮汁に灰を混ぜて不純物を取り除けば楽勝と考えて、甜菜大根を千切りにして、沸騰したお湯から煮出して、煮出し時間を測って実験を繰り返していたのですが、これがまあ上手くいかない。
あのエグさと泥臭さの残った砂糖汁になってしまって、お口に入れるとどうにもならなくて、本当にまいってたんだよね。
ところがある時、私設学校のホリー先生にも手伝ってもらっていて、たまたま実験の時間がなく、沸騰する前の物を使ったら、エグみも泥臭さも残っておらずに成功してたのです。
最初、何が原因か良く分からなかったのですが、どうやら沸騰させる手前の温度にしたお湯から煮出せば良いと分かりました。
この後の実験でホリー先生の案でやってみた、水から煮出すよりもお湯から煮出す方が、残った砂糖汁にエグさが少なくなっていい感じになりました。
ホリー先生ありがとうございます。
実はここからが大変でした、この温度をどうやって測るのか? だって温度計とか無いんですよ。
しょうがないからガラス工房に行って、細いガラス管を作らせ、中に水銀を閉じ込めてガラス管を密封させ温度計を作らせた。
勿論最初の物だから温度の目盛りなどなく、沸騰した所=100℃に目盛りをつけて、その位置から等間隔で目盛りをふりわけ、正確な温度は分からないけど、基準になる目安は作れたので、その目盛り目安として記録することで、一番砂糖が煮出せる温度を探った結果、ベストの甘みを手に入れたのですよ、ばんざーい。
そして砂糖汁に浮かぶ不純物処理に、灰を混ぜたり色々やってみたんですが、どうやら砕いた石灰を使うのが一番安上がりになるので、これを採用して工場を作ることになりました。
まあ、多少はエグみも残ってるんですが、甘味の少ないこの世界にとっては最高の調味料となるでしょう。
お菓子のレシピを考えれば、このエグさも気にならない物ができるかな?
まだまだエグさは残った砂糖なので、開発実験は続ける予定ですが、まずはここまでこれたことを、皆でお祝いをしなければなりません。
★ ヒューパ城内パーティー会場 ティア
お金を数え終わった私は、皆が待つヒューパのお城のホールへとやってきました。
この日、工場での砂糖生産を頑張ってくれた、私の家来の可愛い子供達に感謝の気持ちを込めて、私が主催でパーティーを開いたのです。
皆甜菜大根の収穫が終わってから砂糖生産の間、一ヶ月間ずっと砂糖工場で働いてもらってました。
皆ありがとう。
「皆待ったー、はーいそこ喧嘩しない、そして大人組のゲネス以下お前たち、乾杯の前にか勝手に飲むな。えーっと皆準備は良いかな? コップ持った?
よし、それでは工場から出荷した第一弾の砂糖の売れ行きウハウハを祝って、カンパーイ」
「「カンパーイ」」……小声(カンパーイって何だ?…シッ姫様の言う事だ、黙って聞いとけ)
皆が笑顔になっている、やってよかったー。
乾杯をした後、壇上にいたらアルマ商会さん改め、アルマ大蔵大臣がやってきて私に挨拶をする。
今回の砂糖の流通に関しては、アルマ商会さんを通じてエウレカ公国以外の国々へと流している。
正直エウレカ公国以外の国外へと物を流そうとすると、1から流通網を作る必要があり、それなりのネットワークを持つ商会でないと不可能だったので、アルマ商会の流通網を利用させてもらった。
「姫様、お疲れ様でした、砂糖の売れ行きは順調です。材料の甜菜大根がもっとあれば、その分も売れていたはずです、来年以降は作付面積を増やすことをご検討くださいませ」
「アルマ大臣、ご尽力ありがとうございます。甜菜大根の来年の作付面積ですが、父の了解を得て荘園からも倍増させる予定です、来年以降もお願いしますね」
アルマ商会が挨拶をした後、他の人達も続々やって来て、せっかくのご馳走を食べる余裕がない。
うう、お腹空かせて来たのに、主賓だから食べられないのね、グスン。
人がお腹空かせて主賓席にいたら、酔っぱらいのゲネスの奴がやってきた。
「姫様、お疲れ様ですう、いやー姫様はやると思ってましたよ、さすが俺たちの姫様」
お腹が空いてる私の前で、骨付き肉を片手にもう片手に、高いワインボトルを持ってすっかり酔っ払ってるゲネス。
……うるさい、酔っぱらいが、私はお腹が空いてるんだ。これ見よがしに肉を頬張りやがって。
私の目つきが悪くなってるのに気がついたゲネスが、野生の勘を働かせて、そのまま逃げた。
次に来たのは、ホリー先生だ。
「姫様おめでとうございます、立派な工場が成功しましたね」
「ホリー先生、甜菜大根の実験では本当に助かりました、ありがとうございます」
「いえ、姫様の頑張りの結果ですよ、私の力ではございません」
「先生、私は本当に感謝してますよ。それと、話は変わりますが、先生の家からお預かりした子供達ですが、皆元気にしています。先生の家から来た子達は先生の事をよく気にしています。もしよろしければ彼らと一緒に暮らしませんか? 今度のお金で宿舎を大きくしてもっと大勢住めるようにするつもりです」
ホリー先生の家にいた浮浪児だったり、捨て子だった子供達の多くを私が引き取った。
この話は、先生の弟のトラビスから話しを持ちかけられ、先生の負担を減らすために行われた。
「いえ、姫様からの申し出はありがたいのですが、今はおかげで生活に余裕も生まれましたし、城の外で暮らすトラビス達の世話もありますから、残念ですが……」
ホリー先生には結局今回も断られてしまったが、私も先生には幸せになってもらいたいので、お城で働いたって箔をつけて、先生の価値を上げていいお家にお嫁さんに行かせてあげたいのよね。
この日のパーティーは明るい内にお開きになり、皆自分の家へと帰っていった。
★ヒューパ 下町 ホリー
弟のトラビス達はまだ城で仕事が残っていたので、ホリーは1人で家路についていた。
はあ、姫様はまだ小さいのに大したお方だなあ、トラビス達の将来はこれで大丈夫だろう、私も少し肩の荷が降りた気持ちがする。
もう少しで家へ着く角を曲がろうとした時、身体の大きな冒険者風の男に呼び止められた。
「ホリー、いや、ルラメイ」
今はもう誰も知らないはずの名前を呼ばれ、忘れたつもりだった記憶にホリーは凍りついた。
明日また編集し直すかもしれません