閑話 トラビスのお家
閑話です、ちょっと短め。
★帝歴2501年11月11日 ヒューパ トラビス
「はあー、ひどい目に遭ったな、姫様無茶苦茶なんだから」
猫族獣人のトラビス12歳は、昨日のメノン組合長反逆未遂事件の後始末で、一晩お城に泊まって現場で起きた事の顛末を事情聴取された帰りだ。
「アニキ、そうは言っても、姫様は身体はって命を助けてくれたじゃないですか」
ホビット族のハイト11歳、彼も昨日の事件に巻き込まれた1人。
隣では、人族のリョーム10歳が頷く。
「お前ら死にかけたんだぞ、よく呑気なこと言ってるな。
お前たちを助ける時、冒険者の後ろに忍び寄ろうとしてた姫様の目、どんな目してたか知ってるか？ 笑ってたんだぞ、自分の背中指差してここを刺せってジェスチャーしながらだよ。あんなに可愛い顔してるのに信じられないよ」
「はは、マジですか」「姫様らしいっちゃらしいっすね」
三人は、朝日が少し登りかけてまだ寒い路地の両脇から伸びる屋根がくっつきそうな狭い下町を小走りで進んでいく。
この日は毎日の日課だった特訓は、諸事情により休みになっている。
目指すのは、トラビスの家だ。この三人は一緒にくらしている……正確に言うと種族も性別も違う16人が一緒に生活をしていた。
この16人の内、12人が姫様の特訓に参加している。
特訓に行くとお昼ご飯を食べさせてくれるし、最近では小遣いもくれるし、お肉まで入ってる昼飯が食えるので、皆楽しみにして競うように毎日お城まで通う。
路地の先の下町にしてはちょっと大きめの家に、トラビス達三人は入っていく。
「ただいまー、皆いるかい」
「トラビスにいにー」「ホリーねいねー、にいに帰ってきたー」「おかえりー、無事でよかった」
家のちびっ子組がトラビス達の足にまとわりついて、帰ってきた三人を歓迎している。
「おお、チビどもー元気だったかー、兄ちゃん元気に帰ってきたぞー」
「あんたら、いくら姫様の命令とは言え、死んだらどうするつもりなんだい」
奥から出てきたのは、ホリー姉さん。俺達の母親代わりの人だ。
現在18歳、猫族三毛の獣人女性、家の中では、トラビスとだけ血がつながっている。トラビス自身の記憶の中では肉親はホリー姉さんしか知らない。
「姉さんこそ、今日の家庭教師の仕事は大丈夫なのか、こんな時間に家にいるなんて」
姉のホリーは、下町の住人には珍しく文字が書けて計算もできる。
数は少ないが、ヒューパの街で商売をしている商人や、各組合内の書記官を教育するために雇われて忙しい。
その姉さんが俺たちに向かって吠えた。
「何を言ってるの！ あんたらが帰ってこないから、今日は休んだわよ、私がどんなに心配したと思ってるの、死んだら帰ってこれないのよ、二度と会えないのよ、このバカッ！」
「ごめんよ姉さん」「ホリー姉さんごめんなさい」「すいませんでしたホリー姉さん」
ハイトとリョームも一緒に謝る。
俺たち三人は、ホリー姉さんと一緒にホラ領から流れてこのヒューパ領にやって来た。
元々は、ホラの街で暮らしていた時、こいつらも拾われて兄弟同然に育てられたんだ。
ホリー姉さんは、とても綺麗だし頭もいいので、どこか良い商家のお嫁にいけばいいのに、うちで子供達の面倒を見ている。
何故なら、姉さんは忙しく働いて結構稼いでる方だが、彼女にはある癖がありとても結婚ができそうにないからだ。
有る癖とは、子供を拾ってくる事。
街で浮浪児や、捨て子の話しを聞くとすぐに現場へと飛んで行く。現場で他の人が育ててくれそうになかったら『私が育てる』と宣言をして連れ帰ってくるんだ。
犬や猫を拾ってくるんじゃないんだから、いい加減にして欲しいが、1人で稼いでるので文句も言えない。
ホリー姉さんはホラでいた頃、お城で仕事をしていた。
今よりもお金を沢山稼いでいたけど、3年前、1ヶ月ぐらい城から帰ってこなくなった後、ホラの街から逃げるように出てヒューパに流れ着いてここにいる。ヒューパに流れ着いてから子供を拾ってくる癖がひどくなった。
今この家には、姫様のとこへ特訓に行ってる家族の他に、3歳に満たないよちよち歩きのチビ達も居る。
彼らには名前がない。俺たち猫族には、3歳まで生き延びた時に名前をくれる風習がある。正直少々収入があってもすぐに限界まで人数が増えて貧乏なままなので、引き取った赤子の多くが3歳になれない。
そんな時いつもホリー姉さんは独りきりで泣いている。俺たちは何度も同じ光景を見てきて慣れてるつもりだ、でも姉さんだけは家族を失う事に慣れない。
そんな姉さんを心配させたんだ、三人共謝るしかないよな。
でも昨日の夜、姫様に家の事を聞かれて、家の事情を話したら「それなら私のところに来い、なんならその子供達も養ってやる、今更10人増えようが20人増えようが同じだ」と言われた。
俺の歳なら本当は仕事に行ってないといけないが、去年姫様と出会うまでは、盗みをしたり喧嘩をしたりで評判は良くなかった。
姫様に上手く取り行っていい目しようと思ってたが、姫様ときたらハチャメチャな人で、いい目どころの話しじゃなかったが、それでもあの姫様には惹かれていて、俺自身はこの提案に心が傾いている。
俺としては、ホリー姉さんに早く結婚して幸せになってもらいたいから、姫様の提案を受け入れたいけど、多分姉さんが怒るの目に見えてるからなあ……
姉さんは、最近お給料が減ったので多くの仕事を受けて朝も夜も働いてる。
やっぱり俺が姫様の所で働いて、姉さんに楽をさせなきゃダメだろう。
この夜は久々にホリー姉さんの手料理を食べた。
姫様の所で分けてもらった肉が入った肉と野菜のポトフだ。
俺たち家族皆が笑顔で食事を囲んでいる。
ああ生きてて良かった、ホント死ぬかと思ったよ。
