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65 昔の夢

前回までの粗筋

ブドウ狩りのキャンプ地で食料の事でトラブルが少しあっただけで、ブドウ狩り作業はスムーズに済み、ヒューパへと帰ってきたティア一行。ヒューパへ来訪したアルマ商会さんとの会談をしたティアは今後の資金難を打開すべく動き出していた。

★夢のなか 宝樹若葉



 私は夢を見ている、まるで空の上から斜め下にいる()を三人称視点で覗き込んでいる……私、宝樹若葉が8歳だった頃の姿で、日本のお爺ちゃん…宝樹技一郎じいちゃんと一緒に、11月の少し寒くなりかけたぶどう畑のあぜ道に座っていた。



 この頃の若葉は、お父さんの事件があった後、入院したベッドの上で目を覚ますと、事故のショックで言葉を失っていた。

 この時は結局、お医者さんでも私を治すことはできなくて、お母さん…宝樹音葉の生まれた某県のお爺ちゃんちへ、残された一家で帰っていたんだ。



「若葉、見てみなさい、あのヒヨドリ上手く飛べずにフラフラしている。その隣のあいつは千鳥足で地面を歩いているな。

 フフフ、あれはな、酔っ払っているんだ。ブドウの木に収穫せずに残したブドウの実をついばんだんだな。アルコールの自然発酵で酔っ払ったんだ、全く面白いもんだガッハッハ」


 まだ小さかった若葉がお爺ちゃんの顔と、ブドウ畑の地面を酔っ払ってフラフラしているヒヨドリとを交互に見ていた。


 ああそうだ、これは昔本当に私が技一郎じいちゃんと一緒に見た記憶の光景だ。


「……」


「そうか、不思議だろ、鳥でも酒の味を楽しむのに、何でワシが酒を楽しんではいかんのか、全く」


 ハンチング帽を少し深めに被った技一郎じいちゃんは、60年以上使い込んだコートの襟を立て、右手に自分で作った密造ワインを持ち、左手に家から持ってきたワイングラスに入れた赤ワインを口へと運んでいた。

 お爺ちゃんが持ってきていたのは、ワインだけじゃなく、ワインバスケットの中には、少し癖のあるチーズが入っていて、チーズをツマミにしてチビチビやっている。


 私は、お爺ちゃんの隣に座った()が、葡萄の粒を食べているのが見える。

 ブドウの木に残っていたブドウの実の中で、シワクチャになった粒をいくつかお爺ちゃんが採ってきてくれて、若葉はちょっと季節外れのブドウの味を食べていた。


 この時のブドウの実の記憶は強烈だった。干しぶどうとはちょと違う、ブドウがギュギュッと濃縮された甘さと味のジュースがシワシワのブドウの芯からにじみ出て来て、とても不思議な甘さのブドウ粒だった。


「あのヒヨドリはな、この貴腐化したブドウを食べて酔っ払ったんだ。人間より極々少量のアルコール発酵でも酔っぱらえる安上がりな物だがな、あいつらも人生を楽しんでおる。

 ヨーロッパには貴腐ワインって言う、それはそれは高貴で退廃的な甘さのワインが有ってな、なんとこのワインは灰色カビがふいて腐った実からできてるんじゃよ。若葉、お前が今食べている実がそうだ」


 若葉は驚いて、自分が持っていたブドウ粒を凝視している。


「夏の日差しと、秋の朝の霧で貴腐ワインの貴腐菌は育つ、この菌はブドウ粒の表面を薄くして中の水分を奪うんだ、そうして中の味をギュッと濃縮したのが、このブドウだ。これは日本でも作ることができるんだ、ただな、やっぱりちょっとばかり難しくて、この土地ではワシの技術じゃ貴腐ワインを作るには足らない……」


 お爺ちゃんの顔が少し寂しそうだ。


「若葉、知っているか? 鹿だって酔っ払うんだぞ、お爺ちゃんは大戦の時、ヨーロッパで勉強していた頃見たことが有る。りんごが発酵したのを食べて酔っ払った鹿に一晩中追い掛け回されたんだ。

 戦争に巻き込まれた時、鉄砲の弾でも死ななかったのに、酔っぱらいの鹿に追い掛け回された時は、お爺ちゃん本気で死ぬかと思ったね、ガッハッハ」


「……」

 小さな若葉はお爺ちゃんの顔を見つめて、ウンウンってしていた。


「ハハハ、そうだアレを見てみろ若葉、ヒヨドリの奴らは、俺達よりずっと素直に生きてるじゃないか、酒を楽しんだり、恋をしたり、そして子供を産んで育てて死んでいくんだ」


 ビクッ!

 若葉は、身体を強張らせた。()を助けるために命を差し出したお父さんの姿を間近で見たのだ、まだその時の恐怖から解き放たれていない。


「そうだ、彼らは死んで行くんだ、そしてその子供達がまた人生を楽しんでいずれ恋をし、そして次の子供にバトンタッチする……俺たち生きとし生けるものは、命をリレーしながらその遺伝子の船に乗って次の世代に繋いでいくんだ」


「……」

 ()は口をポカーンと空けて、穴が空くほどお爺ちゃんの顔を凝視していた。


「若葉、お前の身体の中の半分には、お父さんが乗り込んでいるんだよ。安心しなさい、ちゃんとお父さんはそこにいる」


 お爺ちゃんは()の胸を指差して笑っていた。

 ()の胸のあたりから温かい光が湧き出し、私の両手がその光を抱え込んで広がっていく。すると私もお爺ちゃんにつられて笑っていた。



 私の胸から湧き出る光の粒が弾けるように広がり、光の粒の中から大量の光の蝶々が飛び出す。

 光の輪っかの中にお爺ちゃんと若葉がいて、いつの間にか三人称視点から、若葉の一人称視点に以降していた。



 光の蝶々が1頭飛び出してきて、お爺ちゃんの頭の上で飛び回る。

 何故かその蝶々の姿は、カラスアゲハ蝶だ。


「お父さん、またお酒飲んでるの? お医者様にあれだけ止められたじゃない、分かってないのね」


 あれ? これはお母さんの声だ。カラスアゲハ蝶のお母さんだアハハハ……

 夢の中で私はなぜか光のはずの蝶々をカラスアゲハ蝶と認識していて、更にそれをお母さんだと確信して俯瞰して(みて)いた。

 よく分からないけど、カラスアゲハ蝶がお母さんだと思うと、おかしくておかしくて笑いが止まらない。


 お爺ちゃんを見ると、さっきまでの景色が一変して、一直線に垣根仕立てに仕立てられたブドウ畑の間を、手押し小型トラクター(管理機)を押して土を耕して行っていた。何故かお爺ちゃんはブドウの横に広がろうとしている根を切り、地下へと強い根を広げたり、肥料を土に混ぜ込むための作業をしている。

 夢の場面はコロコロ変わる。


「うるさい音葉、ワシの作ったワインだ、ワシが飲んで何が悪い、あんなやぶ医者の言うことなんか忘れろ」

 お爺ちゃんは、光のカラスアゲハ蝶に向かって毒づいてる。


「いいか若葉、人生は楽しむためにあるんだ、何で今の奴らはわざわざ苦しむための道を選ぶんだ」


 今度のお爺ちゃんはブドウの消毒をしながら私に話しかけている、青色の液体…ボルドー液殺菌剤だ。雨の多い時期ブドウは簡単に病気になる、ブドウ農家は雨降前にボルドー液をかけて殺菌作業を繰り返す。


「お父さん、いい加減にして、私は真剣に話しているのよ」

 光のカラスアゲハ蝶…お母さんが怒ってお爺ちゃんを怒鳴っている。


 視点をお爺ちゃんに戻すと、また景色が切り替わって、ぶどう畑のあぜ道を草刈機で草刈りをしているお爺ちゃんが、雑木林が迫る山を指差していた。

「若葉、見てみなさい、お爺ちゃんは子供の頃ここで遊んでいたんだ、その頃はまだこの辺りは山の上まで桑畑が広がり、ぶどう畑なんてこれっぽっちも無かったが、とても美しい光景だった、戦後お爺ちゃんが帰ってきた後、ぶどう畑の作り方を伝えて、お金になるから大勢がブドウを始め一面がぶどう畑だったんだぞ。今じゃ高齢化と過疎化で次々と山に戻って行っている。このあぜ道の端に咲いているツツジの花は、当時の人達が植えて育てていたんだ、お爺ちゃんが子供の頃、このツツジの花の道はとても美しかったんだよ」


「へえー、良い時代だったんだねお爺ちゃん」


「いやー、そんなに良い時代でもなかったぞ、戦前は皆大勢子供を産んだが大勢死んでいっていた。お爺ちゃんのお母さんも、お爺ちゃんが小学生の時に今なら簡単に治る病気で死んだんだ。今の方がずっと良い時代だ」


 景色は代わり、暑い日差しの中お爺ちゃんは、ブドウ一房一房に袋をかけていく。

 垣根仕立てにしたブドウの中間部に一列に傘を作るように、ビニールが貼られている。ブドウはとても雨に弱い作物だ、葡萄の実を雨に濡れて病気にならないよう傘を付けて、更に紙の袋で一房一房守っていく。



 この頃の宝樹若葉は、しっかりと言葉を取り戻し、この土地の小学校に通えるようになった頃だ。



「お父さん、お願いよ、私の話しを聞いてお酒を控えて」

 まだお母さんは怒っているのに、お爺ちゃんは知らん顔。光のカラスアゲハ蝶は困った顔して私達2人の間を漂っている。



「そうだ若葉、面白い事を教えてやろう、白ワインってな、白ぶどうだけじゃなくって赤いブドウからも作れるんだぞ。何の事はない赤い皮を剥いて作れば白いワインになるんだ、皮の色素が赤ワインの肝なんだぞ、どうだ1つ賢くなっただろ」


 今度の景色は家族総出でブドウを収穫して、半分は生食用で農協に出荷してワイン専用のブドウは、お爺ちゃんの秘密倉庫でブドウを絞ったジュースをわざわざヨーロッパから取り寄せたオークの木材から作った新品の樽に詰め込んで発酵させていく。

 お爺ちゃん曰く『樽はヨーロッパオークじゃなきゃダメだ、あの香りとタンニンが必要なんだ』と言って、毎年新しく買い付けていた。


「若葉、今年のブドウは最高のできだ、このブドウなら最高のワインが出来る、お前はまだ幼いから飲めないが、お爺ちゃんが最高のワインを貯蔵するカーブ(貯蔵庫)の一等地に置いて熟成させてやる、お前が大きくなった頃、大事な何かが決まった時に飲みなさい。

 いいか、若葉、お爺ちゃんがいなくなっても、このワインがちゃんと熟成されるようにコツを教えてやる。

 カーブ(貯蔵庫)は間違っても電気のセラーなんか使うなよ、ワインは生きてるんだ、温度が旧に変わってはいけない、大体12℃、8℃から15℃の間をゆっくりと季節に合わせて変化させないとワインは育たない。電気の保温庫なんかずっと同じ温度だ、絶対にだめだぞ」


 今のセラーはちゃんとその温度変化をさせるけど、お爺ちゃんは昔気質の頑固者だったから絶対に耳を貸さなかったな。


「そしてだ若葉、ワイン瓶のコルク栓からワインはゆっくりと蒸発をして呼吸をする。するとな、コルク栓とワインの間に空気が貯まるんだ。この空気がワインの敵だ。空気の層を放置するとワインが酸化してダメになってしまう。これを防ぐために、コルク栓を10年に一度抜いて、ワインとコルクの間の隙間にワインを注ぎ込まなければならない。

 この時絶対に同じワインを使わないとダメだぞ、違うワインを入れると何回か重ねると別の味のワインになってしまう。お爺ちゃんのヨーロッパ時代の友人が高いワイン作っていたのに混ぜ物をして、信用を失ってしまった事がある。

 このワインは若葉の物だからな、予備で継ぎ足す用の物も含めて複数用意してやるからちゃんと継ぎ足しをして、困った事が有ったら何かの足しにしなさい」



 お爺ちゃんは小学生の私に言うだけ言ったら、スッと消えた。

 後に残されたのは、光のカラスアゲハ蝶がこちらを見ている。


「若葉、そっちの調子はどうなの? 何だか元気そうね、お母さん安心しちゃった」


 え? どういうこと? あたしは戸惑いながら頷いたら、光のカラスアゲハ蝶のお母さんはそのまま喋り続ける。


「若葉、今はティアって言うのね、とっても可愛い姿になっていて、お母さんとっても嬉しいわ。若葉が居なくなったあの日からとても苦しくて寂しかったけど、これでやっと安心できる、あなたがそっちで幸せになるのをお母さん祈っているから」


 え? ティアって言ってるって事はこっちの私が見えているの? それとも私の心が勝手に創りだした幻想? ……でもいい、お母さんに言いたいことがあった。


「お母さん、ごめんなさい、親不孝をしてごめんなさい、私こっちで絶対に頑張って幸せになるから心配しないでください。弟の光枝には頑張ってお母さんを支えてあげてって言ってね。

 愛してますお母さん、ありがとう」


 光のカラスアゲハ蝶が私の前からスーッと消えていった。少し名残惜しそうな顔してたけど、優しく微笑んでいたな……




★西暦201〇年3月 日本某所 弟、宝樹光枝



「お母さん、お母さん起きて、またお姉ちゃんの部屋で寝て、こんなとこで寝てたら風邪引くよ」


「あっ、光枝。はあ夢か……今お母さんお姉ちゃんと会ってきたわ、彼女とっても元気そうだった」


「なんだお母さん夢みてたのかよ」


「ウフフフ、それがね、お姉ちゃんったらとっても小さな可愛らしい女の子の姿になっていたのよ、でもねとっても強い目をしててねキュッてした顔を見たら、一発で若葉だって分かったの、不思議ね。

 それでお姉ちゃんは、あっちで幸せになるから心配しないでねって言ってね、お母さん何だか本当に安心しちゃって……本当に不思議。

 あ、それから光枝にもお姉ちゃんから伝言が有ったわよ、頑張ってお母さんの事を支えてねって言っていたわ」



 光枝は母親の表情を見て気持ちが落ち着く、去年姉が突然事故でいなくなってからずっと落ち込んでいた姿が辛かったが、今の母親の姿は全く違って見えていた。




★帝歴2501年10月30日朝 ヒューパ ティア



 不思議な夢を見ていた。

 ティアは自分の手をニギニギと動かして、その感覚を確かめ、自分が起きている事を確認した。


「何だったんだろ、今の夢は? …でもよかった、ずっと心残りだった事が消えた気がする」


 ティアがさっきまで見ていた夢の内容を整理している内に、有ることに気がつく。




 ふわああああ


 そうだ! あのワイン、高校卒業して会社入社式の日にまだ未成年だったけど一本飲んだきりだ、ここに来る直前の入学式のその日に帰ったら飲もうと思って楽しみにしてたのに、しまったー。


 超心残りがまた生まれちゃったじゃない。うわーん。



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