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57 ティアは宣言をする

初回盤より大幅に加筆しました。ベック少年がカッコいいよ。

前回までの粗筋

ヒューパ男爵夫妻は、ホラを占領したティアの暴走気味の行動をサポートするべく、アルマ商会さんを使って占領後を見越した外交を行っていた。

そしてホラの現場へと場面は戻る

★帝歴2501年10月17日 ホラ郊外 ティア



 ホラの街へと続く街道のすぐそばまでクルツァ川から氾濫した水は迫っている。

 私たちは食料や毛布等を満載にした馬車を引いて、ホラの街へと急いでいた。……一部の馬車には別の物も乗せてるけどね。


 街道を移動中の私たちの元へと、ホラの街から続々と情報が届いて来る。前に捕虜にした貧民兵の中で少し毛色の違った狼族獣人の男がいて、そいつを優しく説得(・・)して味方に寝返らせたので、街へと潜入させていた成果だ。


 ホラの街が見えていた場所から少し北、森の下に広がる丘に着くと、避難民達が大勢丘の上にいた。


 私たちが近づくと慌てて逃げ出そうとしている避難民もいる。

 大勢で近づくとパニックになってはいけない、私はムンドーじいじと一緒に行く事にして、荷馬車の方は一緒に来ていた騎士のトードさんに任せよう。

「トードさん、後お願いね、私が合図したら丘の上まで皆と登ってきて」

「は、はい、お、俺頑張る」

 言葉少なに答えたトートさんに任せ、私はムンドーじいじにお願いして、二人だけで近づく。

 近くまで行って従えば助けると声をかけると、それに呼応するように『ホラ男爵家はもう終わった、これからはヒューパの時代だ』と叫ぶ男がいる。その声を合図に、避難民達の間にさざなみが広がるように私達ヒューパへと帰属意思を見せる者達が増えていった。


 最初に声を出した男が立ち上がり、私の元へと歩いてくる……貧民兵の中で少し毛色の違った男…貧民街で顔役をやっていたゲネスと言う男。数日前ホラが敗れて無軌道に逃げ回っていた貧民兵の中で、他の貧民兵を逃がそうと20人足らずで方陣を組み、追撃をしていたヒューパの兵士たちを苦しめていた男だ。

 その時は最後に私が出て行って捕まえた。以来味方に引き入れ、ホラの街での工作に使っていた。


 私はこのゲネスを使って、今ここにいる避難民達をまとめて占領政策に使うつもりだ。


 ゲネスと出会った時の事を少し話そう。



★帝歴2501年10月4日 カタの村郊外 ティア


 ゲネスと最初に出会ったのは、今月の4日、ホラの軍勢をヤマタ作戦で破ったその日だ。


 約二週間前に追撃軍を差し向けた先で、無秩序に逃げていたホラの貧民兵達の中に、秩序を保ったまま抵抗する小集団があった。

 私は、その小集団を囲っていた自軍からの連絡で現地に急行すると、貧民兵を(ひきい)て小規模だがまだ粘り強く方陣を組んで抵抗を続けているのが見える。近づくと、方陣の中心で他の貧民兵を逃がそうと仲間を鼓舞し続ける20代後半ぐらいの狼族獣人の男が居た。


「面白いわね、戦闘を止めて」

 兵士たちに戦闘を止めさせす。

 幸いにも私の目付役のムンドーじいじもいないので、ちょっとこの気になる男を試してみたくなった。我慢に我慢を重ねたこの日、私は慎重さなどと言う自重心を、ぺぺぺのペイと置いていた状態だったのだ。


「ちょっと良いですかね、ヒューパの総指揮官代理のティアです、戦闘を停止してヒューパに下れば、悪くは扱いませんよ、なんでまだ戦うのですか?」


 男は私を睨みつけて戦意を示す。

「うるせえ信用できるか、お前たちだろう、あのワインに毒を入れたのは」


「知りませんよ、人んちの物盗んで勝手に飲んだのはそっちでしょ。文句言われる筋合いはないですよ」


「悪いがあんなのを見せられて信用しろって言うのか、冗談だろ」


「うーん、降伏勧告に関しては割りと本気で言っているんですが、むりなんですか? 私の手下になりませんか?」


「は? お前、何歳だ? 幼児だろうが、これだから貴族はいけ好かねえ」


 ちょっとカチンと来る。確かに見た目は幼児だけど、私が助けるって言ってあげているのにこいつは……


「…じゃあ、ワンって言いなさい、ワンって。そしたら助けてあげる」


「……」


「……返事はする気がないみたいね、なら、その幼女があなたとタイマンで殺り合ってあげますよ、私総大将です、超良い獲物でしょ、ほい、カモーン」

 馬から飛び降りる時、斥候兵の腰から剣を抜き取り地面に飛ぶ。


 その場にいた全員が『は?』って顔してすぐに『姫さま辞めてください』とか言っている。

 …が、知らん、じいじもいないし私は自由。特訓の成果を試してみようかね。


 ん? この男、間抜けな顔で私をみてるじゃない、挑発された本人がそんな顔していてどうする。

「あら、幼女相手でも戦えない腰抜けなの? ざーんねん」


「なんだと、この糞ガキ、教育してやろうか」


 私は男の持っている槍がすでに折れかかっているのを見逃さない。

「その槍折れてるじゃない、そんなんで私とやりあうつもりなの? 隣のやつのと取り替えなさいよ」


 男は自分の槍を確認すると、一度舌打ちをして隣の男に槍を交換してもらおうとした。


「アホウ」

 私は戦いの最中に不用心に敵から目を離すアホウに向けて、斥候兵からくすねた剣を投げつける。

 風切り音と共に男の頭に向かって回転しながら飛んだ剣は、私の動きに気がついてこっちを振り向いた男の顔面に、柄の部分から直撃をした。

 私は、目の前に星が飛んでいる男に向かって飛び込む。


 顔を押さえ、膝をついた男の髪の毛を左手で掴みながら、魔剣を首筋に押し当て。

「あら、幼女の私の勝ちね。……ワンって言え」


……全員があっけに取られているが、屈辱を受けた男は無言のままだ。


「うーん、まだ負けを認めない気ね。それじゃあ、武器を捨てなさい、私もしまうから素手でやりましょ」


 男の持っていた槍を蹴落とし、離れた場所へ蹴り捨てた。私は自分の魔剣を胸元の鞘にしまう。

 その動きを見逃さなかった男は、今度は自分の番だとばかり右の鉤爪をいっぱいに出した平手で不意打ちを仕掛けてきたが、そんなのミエミエで私でも分かる。簡単に下に潜りこみながら避け、男の右腕の肘の服を下から掴む、掴んだ手を支点にして男の前足のヒザ関節外側から私のかかとで踏み抜き、膝関節の靭帯を破壊しようとしたが、私の体重が軽すぎたのか上手くは破壊できず、ダメージを残すに留まる。

 私は男の膝関節に乗りかかる動きを利用して、男の肘を掴んだ腕で上へと飛び、その背中にまわりこむ。


 男には何が起こったのか分からなかっただろう、そのまま私は男の肘関節を後ろに折りたたみながら、魔剣を引き抜いて男の後頭部めがけて、魔剣の柄を叩き込んだ。


 素手でって言ったけど、硬そうなんだもん、私の可愛い手が痛くなっちゃう。

 1発、2発、3発……男は頭を守ろうと手で抱え込みながら倒れる。男はすでにプラーナ防御壁を失って、弛緩した状態で肉体へと直接のダメージが通る。


 私は倒れ込んだ男の上に馬乗りになり、男の手の隙間から顔面を魔剣の柄で殴り続けた。


 「ワンって言え」ガスッ「ワンって言え」ガスッ 「ワン……


 やがて、抵抗する気持ちが萎えたのか、最後になって。

「キャン、キャイーン」

 って言ったので、少々違うが許すことにした。


 後ろを振り返ると、青い顔をした自軍の兵士達がいた。明らかにドン引きをされている。


 だがちょっと待ってほしい、私だって相手を見て喧嘩を売る。

 私とのタイマンの前にすでにプラーナ防御壁は尽きかけてフラフラしてた癖に、幼女相手だからって舐めてたこいつが悪い。


「ふう、これで今から貴方は私の子分ね、私の命令は絶対よ」


 周りを見ると、男の仲間の狼族や犬族の獣人たちが、尻尾を足の間に挟み込んでこっちを見ている。

「貴方達もね」

「ワオンッ」

 声がそろってる、やればできるじゃない。



 その後は事情聴取をすると、男はゲネスと名乗り、お父さんとお母さんが昔いた国で、地方の貧乏貴族の次男坊だったらしく、宗教戦争の余波で家が没落してホラに流れ着いたのが分かった。

 元貴族の次男坊なので、それなりに学問を収めているとか言っていたので、これからが楽しみな子分ができたと喜び、色々と指示を出してホラへと潜入工作員として戻らせていた。

 例えコイツが裏切ったとしても良い、別口でムンドーじいじの工作ルートがあるし、オマケのようなものだ。




★帝歴2501年10月17日 ホラ郊外 ティア



 私達ホラ占領軍は、その日丘に留まって難民たちへの食料の配布と、毛布やテントを渡していた。


 この日、うちのお父さんからはすでに、ホラ近隣の有力土豪の豪農や富裕層たちへの占領後の協力を募って使者が送られており、早ければ今日の夕方にはここにやって来て会談を持つことになっている。

 ホラ男爵が戦場に残していった納税台帳や色々な書類を見ると、ホラ男爵は彼らからの借金が残ってるし、今年の税を収めておらず、どうやらホラ男爵は自領の運営にかなり頭を悩ませていたフシがある。

 会談をする私達も気を引き締めないと、今後の領地運営に支障が出そうだった。


「姫様、なにとぞ相手を怒らせたり、逆に侮られたりなどしないよう、余計な口は謹んで、交渉その物は私にお任せください。よろしいですね?」

 ムンドーじいじに釘を刺されている私。子供相手だと思ってるオジサマ相手に腹を立てて暴れる私って未来を予想しているんでしょうが、私だって大人、多分大丈夫。我慢ができる子ですよ。

 冗談じゃなく、今後を考えれば彼らホラの有力者たちの協力はかかせない。計算高くいこう、我慢我慢。



 土豪達がくるまでの間、難民に食料を配っているのを見回っていると、食料を受け取っていない集団が有った。

 その集団には、小さい子供達も混ざってるし、皆顔や手に包帯を巻いている。

 何故か、その場所には誰も食料を持って行こうとはしなかった。


 近くで食料配布の手伝いをしていたベック少年に何故かを聞いてみる。


「良く分からないのですが、大人の人からあそこへは持って行くなと言われていまして」

 横に居たトラビスが困ったような顔で私に話しかける。

「あ、あの姫様、アレには事情が有りまして持って行かなくても…」


……


「はあ? ちょ、小さい子供達も居るじゃない、何言ってるの君達…私が本気で怒る前に走って持っていけ、な、走れっ」


 慌てて2人は食料を持って走って行く。


 何言ってるんだろ、こいつら。小さい子供もいるし包帯巻いてる怪我人じゃない、真っ先に助けないでどうするの。

 プンプンしてたらちょっと離れた場所にいた、例のゲネスが微妙な顔で私の方を見てるのに気付いたが、無視してその集団へと歩いて行った。



 近くまでくると、ベック少年やトラビスから差し出される食料を、断ろうとしている包帯まみれの少女がいた。

 声がまだ幼い感じなので多分少女なのだろう。彼女が。

「い、いえ、ありがとうございます。お気持ちだけで十分でございます。わたくしどもは、不浄のカチクでございますから、教会からの施し物か皆様の残飯で十分なのです」


 と、断ろうとしているが、後ろにいる小さな子ども達のお腹はグーグー鳴っている。


「何をグダグダ言っているの、私が食べろって言っているのだから何も問題は無いでしょ、その子達に食べさせてあげないさい」

 私の言葉を聞いて後ろの子ども達が少女へと一斉に問いかける。


「チュニカ姉さん、食べてもいいの? ね、本当にいいの?」

「えっ…で、でも……」


 包帯の下から見える少女の目が怯えて私の後ろの方を見ていた。

 …後ろ?

 私が後ろを振り返えると、1人の男が立っている…町人風の人族の中年男性だ。


 男はそのまま子ども達の方へと歩いてくると、チュニカに向かって。

「おい、姫様が食べろと言ってるのに、お前たちが食べないから姫様が困ってらっしゃるじゃないか、不浄のカチクの癖に巫山戯たやつらだ、またバツをもらわないと分からないのか」


 男がチュニカの頭を握って振り回そうとした。

 私はついカッとなって、後ろから男の股間を思いっきり蹴りあげたが、男はそのまま悶絶して倒れてしまったので、男の安否なぞ知らん。


「大丈夫か、怪我はなかったか、えっと、チュニカ」

 彼女の名前を呼び、怪我がないかを確かめる。

 私は、倒れたチュニカの元へと駆け寄ると、彼女の顔を包んでいた包帯が外れ、その顔が露わになっていた。

 それを見た私は言葉を失う。


 ……その…顔の真ん中にあるはずの物が無い、眉毛の上から酷い傷跡があり頭髪の方まで続いて、ケロイドのようになっている。


 チュニカは慌てて、自分の手で顔を隠し、地面に頭を擦り付けて土下座をした。

「申し訳ありません、申し訳ありません、姫様にこのような物を見せるつもりはございませんでした、何卒この子達への罰はお許し下さい、どうかご慈悲を」


 私は言葉を失う、一瞬見えた彼女の顔で最初に考えたのは、ハンセン病患者への迫害だ。過去の日本にも、いや、つい最近の平成に入った世になってもまだあった酷い差別の歴史。

 その歴史は中世の時代はさらに酷い差別があり、彼らの行き場は地上には殆どなく、彼らは海に捨てられ海賊になっていた記録がある。

 海賊のトレードマークの片目眼帯に片足や、片手フック等、ハンセン病が進んだ患者の症状を面白おかしく物語に残したものだ。

 …だが、彼女のは違う、犬族系の彼女の顔には鼻がなかったが、まるで刃物で切り落としたような跡だし、額から頭の傷は皮を剥がしたような傷。


 人為的に付けられた傷だ。


 下で悶絶をしていた男に尋ねる。

「どう言うことだ、答えよ」


「……その者達は、異端です…フェズから伝わった異端派…新教派の子供達です。新教派は教皇庁から異端認定がされていて、捕まえて殺さなければなりません。でも子供達には慈悲がかけられ、生かされているのです」


「それと、この傷の関係が分からない、どう言う理由だ」


「そ、それは、男の子供は奴隷として農作業や鉱山へと送られるか…お貴族様や土豪の皆様のダルマ(経験値)になります…ヒヒヒ、女は逃げた先で娼婦になって逃げ延びられないよう、幼い内に鼻を削ぎ皮を剥ぐのです。

 その娘達も城の兵士や、これから来ると言っていた土豪の皆さんが可愛がってやっていますので何も心配はいりませんよ、まあ姫様は幼いのでよくは分からないでしょうがね、ヒヒヒ」


 男の言葉に、チュニカの後ろにいる他の少女たちの身体が震えている。


 私は後ろを振り返り、周りの人を見ると、彼女たちへのさげずんだ目と、しょうがない事だとの諦めの顔が並んでいる。

 ちょっと向こうには、さっきからずっと微妙な顔のままのゲネスがこちらを見てた。


 …何だこれは?


 私はフラフラと下で顔を土に擦りつけているチュニカの元まで行き、その顔を抱きながら。

「すまない、すまない、私が知らないばかりに、本当にすまない……どうか子ども達に腹いっぱい食べてもらえないか、辛い思いをさせてしまって本当にすまない」

  自分の中の感情をどう制御すればいいのか分からない。混乱した私の後ろで突然大声で泣き出した奴がいる。


「ううええええええあああ、酷いよ、そんなの酷すぎるよ。僕たちだって人間なのに、何で、何でそんな可哀想な事ができるの、うえええええ」

 ベック少年だ。

 ハハ、先に泣かれると困ってしまうな。うーん、確かあいつの両親も……


 ふう。

 こんなに大勢いるのに誰もまともな奴居なくて、私だけがおかしいのかと思っちゃったじゃない、まともな奴が近くにいてくれて助かるわ。


 私が少し気持ちを軽くして彼女の頭を撫でていると、さっきの男が唾を吐き捨て。

「ふん、ガキ同士で抱き合ってら、不浄の者に抱きつくとか何を考えているのやら」


 っ!

 私の血が沸騰するかと思ったその時、突然周りが日陰になる。上を見ると騎士のトードさんが立っている。

 その大きな手が伸びると、下衆な笑いをしている男の首根っこを掴む。


「ひ、姫様を侮辱する者は許さん」

「え? え? え?」


 男をそのまま、ブンッと投げられ、丘の下の方まで飛んでいった。

 トードさんは、ハンカチを取り出すと私に渡し。

「ひ、姫様顔を拭け、き、貴族らしい顔になるまで、お、俺がここで守る」


 トードさんは、私が抱きしめていた女の子にも声をかける。

「お、お前、こ、子ども達にめ、飯を」


 お腹を空かせていた子供達が一斉にご飯を食べだす。


 トードさんはデッカイ身体をしてるのにとても優しい。


 私は多分ひどい顔をしていたのだろう、泣いてたつもりないのにおかしいな……少しずつ落ち着いてくると気になる事を済ませる事にした。



 ムンドーじいじは、地元の実力者達を迎えに行っているので今は居ないが、荒事を相談できそうな相手がいるので呼ぶ。

「ゲネス、ちょっと来い、見てたんだろう、走れっ」

 ゲネスが微妙な顔のまま飛んできた。


「何でしょうか、姫様」

「んー、ちょっと用意してた物を使う事にした。兵士として武装できそうなのは何人ぐらいいる?」

「え、姫様やる気ですか? ええ、まあ貧民街の生き残りを集めりゃ100ぐらいなら何とか」

 おや……こいつさっきと目が違う。

「100か……いいわ、ホロをかけた馬車の中にヒューパで捕まえた傭兵達から剥ぎとった装備が入ってあるから、中の物をそいつらに配って装備しなさい。装備できたら、私の合図があるまで上の森の中に待機、良いわね」

「分かりましたが、どこまでやります? 最後まで…良いんですかい」

 …何よ、ゲネスのやつ微妙な顔から嬉しいそうな顔に変わって来てるじゃない。

「……どっちに転ぶかまだ分からないけど、準備はするわ。

 それと、私から仕掛けるのは禁じられているけど、不可抗力ならしょうがないでしょ。合図しなきゃなんなくなったら最後までやるわよ」



 ゲネスはそのまま元の仲間たちを集めて、馬車の中から装備を装着させて、上の森まで移動していった。

 私も忙しかった。

 ベック少年とトラビスに命じて、丘の上部の少し平らになった部分にいた避難民を移動させ、下に行かせた。戦闘になると危ないと言うと、皆素直に応じてくれるので助かる。



 しばらく待つと、ムンドーじいじの案内で、ホラの有力者達が集まって丘の上へとやってくる。

 警護の兵を数えると50ぐらいだ。今うちが連れて来ている兵力は、兵士約20と騎士のトードさん。

 数は少ないが、普通常識のある者なら騎士相手には喧嘩は売らない、いきなり襲われる事はないだろう。



 私はわざと、丘の上側を開けておいたが、占領されたはずのホラの有力者達はヌケヌケと、私たちがいる場所よりも高いその場所に陣取っている。

 普通は下に場所を確保する物だが、この行動で彼らの真意は見えた様なものだ。ウフフフ。



「よくぞ参られた、ホラの有力者の皆さん。わたくしが、ヒューパ男爵の名代としてやってきたティアです。以後お見知りおきを」

「おお、これが噂の竜殺しの姫か、どれどれ、顔をよくみせろ」「思ったより小さいな」「ふむ、大きくなれば美しくなりそうだな、早めに可愛がってやりたいものだわ」

 どいつもこいつも、礼儀がなってないな。

 私の挨拶が済んだので、ムンドーじいじに後を頼む。


「それでは、地元実力者の皆様と、ホラの地の統治について話しあおうではありませんか」

「うん、うん、そうだな、ところでヒューパ男爵のご令嬢、我々の総意から伝えようではないか、このホラの地は我々で治める。なのでヒューパ殿にはこのままお帰り願いたい」


 いきなりだな。隣からじいじが小声で、『これは交渉術です、最初に呑めない内容から出してくるのです』

 うん、まあ私にも分かるけど、それって上の立場の者がやる事ね。……ふう…


 私はムンドーじいじが口を開く前に、私がじいじに手で合図して、自分から言葉を紡ぐ。

「ほう、面白いな、そなた達、どのような権利をもってホラの地の統治を主張する? 是非この幼い私に教えてくれ」

「は? それは見れば分かるでしょうが、そちらのヒューパ殿が連れてきた兵数はたったの20がいいところ、そちらの騎士殿はお強そうですが、地の利は我々にありますぞ。ヒューパ殿は言わば簒奪者、力こそが全てではございませんかな」

「ふむふむ、それ程の実力があるなら何故、ここにいる避難民を助けようとしなかったのか?」

「ははは、このような小物共の生死など、高貴な方の構う事ではございませんぞ、我々この地の実力者にとってもでございます」

「ほほー、では、あそこにいる、包帯を巻いた者どものような事も放置したまま統治なさるおつもりか?」

「ん? ああ、あっははっはは、これはこれは姫様、姫様も我々に可愛がってもらいたいのですかな? もう少し大きくならねば可愛がり用もございませんがな、ははっはは」


 フフフフ

 私の顔から表情が綺麗に抜けていく。

 やっちゃおうかなー



「姫様いけません、あの者達、地元の実力者を利用し、ホラの地を治めるのです」


「ゴメン、じいじちょっと黙っててくれるかな。私この世界の流儀に従うってお父さんにも言っちゃったけど、やっぱアレ嘘……これが、この子達への仕打ちが…この世界の流儀・常識だと言うのなら……」


「いけません姫様、それ以上言ってはいけません、交渉が失敗すればホラの統治はより困難な道のりなります」

 ムンドーじいじだけじゃなく、周りの大人達が一斉に私に詰め寄り暴発を止めようとする。

「姫様っ」「ご自重くだされ」「あの子供達の有り様もこの世界の道理にございます、統治の為にはあの様な者も必要なのです、ご自重くだされ」「姫様は1人で立っている訳ではないのですぞ、お助けする我々と同じ味方を作るのです、不浄の者などお捨てください」


 …あ


 グラッ……一瞬眩暈がする。まるで崖の上から底の見えない暗闇を覗き込んだかのようだ。

 たった1人、この世界とは違う常識、道理をもつ私。

 私を支えてくれる…私の足場になってくれてる立場の人たちから、この世界の常識や道理を選択しろと懇願されている。

 計算力がほんの少しあれば分かる事だ『冷徹さを保て』私の中からも声が聞こえる。


 崖の先を見ると手の届きそうな場所に光が見えているのに、その光を掴むにはこの手は小さ過ぎる…


「…わ、私……」


 グラつく。



 ……と、後ろから叫ぶ声がする。


「姫様ダメだ、こんなのおかしいよ、絶対おかしいっ! 姫様が諦めたら誰がこの世界を救ってくれるの、お願いです姫さ……」

 途中から大人たちに取り押えられて、地面に顔を押し付けられ、それでも叫んでいるベック少年がいた。

「フウウガアアア、ひ、姫様ー」


 あー、うん、アイツ普段ズルばっかしてるくせに良いところ有るじゃない。ウフフ。

 私は顔を上げホラの有力者たちに向き直す。隣にいたムンドーじいじは私の顔を見ると溜め息を吐き、小声で『後始末はお任せ下さい、思いっきってどうぞ』の声。



 スー…息を大きく吸い込むと、萎れかけていた瞳に力が篭る。

「これが…これが世界の流儀だと言うのならば…私はこの世界の流儀、常識を叩き潰すわ。この世界を変える。ただ統治する人間が変わるってだけじゃないわ、私がこの世界を変える。生まれ変わらせる(・・・・・・・・)

 …まずは手始めにこの者共に我が意を叩きつけよう」


……

 地元の実力者達は、ざわつく。

「はあ、小娘の分際で大人に向かって生意気な。こちらの人数は少なそうに見えるがホラの街を襲っていた傭兵を我々が雇ったのと、街から出てきた職業兵士を連れているのだぞ、ヒューパの市民兵なぞ物の数ではないわ、実力差を知れ」


 私は目の前の太った男達じゃなく、私の後ろにいる者達に向かって宣言を行う。

「聞いたわねホラの民よ、こいつら、ホラの街の人々を守る気なぞ毛頭なく、しかも街を襲った傭兵を雇い、さらに街から逃げ出した兵士を罰せようともせずに雇う。そして幼気(いたいけ)な幼子の皮を剥ぎ鼻を削ぐ非道……こやつらこそが奸賊。

 聞け、ホラの民よ、私が今、この地で宣言する。このような古き者共を駆逐し、新しき世を作る、私が作る新しき世に夢見るならば、私について来い。飯なら私が食わせてやる」


 ドオオオオオ

 後ろで歓声が上がる。どうやら最後の飯なら私が食わせてやるって部分に反応したようだね…いいや。


 上にいたホラの有力者達が私達に襲いかかる号令を発した。

「下にいる痴れ者を殺せっ」


 これで私にも大義名分ができた、こいつらを殲滅する。

「ゲネス、やれっ」


 上から私達に向かって襲いかかろうとしていた有力者達の軍勢が動き出すタイミングで、その後ろの森の中からゲネス達が襲いかかる。

 両側からの挟撃で叩き潰した。



 私の足元には、残った有力者達が並べられて命乞いをしている。


「みんな安心して、あなた達の土地や資産は私が全部きっちり使うからね」

 そのまま後ろにいた、避難民の中に放り投げると、怒り狂っていた避難達のガス抜きとして有効利用ができたようだ。



 ホラの土地をまっ平らにして手に入れる事ができた。

 後はお家に帰ってお父さんに何て言い訳をしようか考えている。

 あ、その前に騒いでたこいつらに言わなきゃ。


「あーあー。みなさん聞いてちょうだい。あのね、この包帯巻いたこの娘達なんだけど、今から私の子分として私の庇護下に入れたから。文句あるやつちょっと前に出てきてみなさい。……いないようね、彼女たちを下げずんだりしたら私を下げずんだのと同じと思ってね」

 皆の前で私は、首の下を親指で横に滑らせて、文句あるやつはこうなるぞって教えておいた。


 うーん、この子たちも特訓に参加させて走らせたりしなきゃダメかしら。私の子分なんだし。


 ……周りを見渡すと、私の子分にした奴らが後片付けをしている。ここに来て突然私の子分が増えた。ここまで良く来たものだわ。



 私はまだまだクソみたいなハードモードな世界にいる。でも生きてる。まだ世界から除隊するつもりはないわ。

やっとフルメタルポケットの章が終わりました。長かった。



次回

明日午前0時頃更新予定

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