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47 撤退戦

前回までの粗筋

ホラからの襲来に合わせ、お父さん達の軍は地形を活かした硬い防衛陣地を構築してこれを迎え撃つ。

一時はヒューパ側の防衛作戦通りに進んでいた戦況も、ホラ男爵の自軍の貧民兵ごと踏み潰す外道な作戦によって敗れてしまう。

ティアは、父親の危機を後方支援陣地で聞かされ、行動を起こそうとしてた。

★帝歴2501年10月 1日 ヒューパ・カタの村 ティア



 カタの村の入り口に到着していきなり、お父さん達が負けた、と連絡が入ってきた。


「ホラ軍の騎士は、ホラ軍の前衛ごと踏み潰しながら我々の防衛線を突破し、後続の敵兵の突入でヒューパ軍は崩壊、以後、崖の上の弓兵が撤退の支援を試みておりますが、アルベルト様以下兵士の方々の安否も不明」


 私は焦る気持ちと同時に、頭の芯が冷えていく感覚になっていく。

 周りの大人達に焦りの表情が浮かび、その怯えは周りへと伝播していこうとしていた。私は、この人達が無秩序に陥って、全部が崩壊する前に行動する。


「伝令、最初の予定通り、このカタの村より以西にある近隣の村へ敗戦の報を送り、山への避難を通達せよ」

 私は伝令布を出させて、伝令役に渡す。


 伝令も慌てていたが、最初の予定通りの言葉で自分がやるべき事を思い出したようだ、彼は素早く馬に乗ると近隣の村に連絡をするため移動を開始した。

 周りの大人達も、私の姿を見て自分の役割を思い出したようだ。

 それでもまだ、不安な表情のままで、今にも全員が逃げようと騒ぎ出すかもしれない。


 この場に村から出迎えに来ていたジョフ親方がいるので利用させてもらう。

 彼はカタの村での後方支援の責任者になっている。


「ジョフ、周りの責任を持つ者達を集めよ、地図を見てすぐに行動を決める」

 右手を前に差し出し、大きめのアクションでジョフ親方に命じる。


「かしこまりました姫様」

 私の演技に付き合ってくれたジョフ親方が深々と頭を下げる。


 私が小さいからってバカにされて言う事を聞かない大人が出る前に、顔見知りで私の正体を知っているジョフ親方を呼び捨てにして、上下関係と指揮系統を周りに認識させる。

 私の後ろに立っているベック少年に指示して、荷物から、以前お父さんの部屋から頂いてきた地図を出し、地面の上に置く。

 ジョフ親方をその地図の前に座ると、周りの各責任者の大人達も同じように座った。


 この場で役職を持ってる人間で立っているのは私だけだ。


 地図の上に石を置き、軍の位置を確認して距離をみると、お父さん達が戦っていた場所のすぐ後ろに森が広がっている。

 私はそれを見て素早く考えをまとめる。頭の中で以前から考えていた方針を選択していく。


挿絵(By みてみん)


 胸から黒のナイフを取り出し、地図の一点を指す。

「ジョフ、この森を焼こう、ベケニ村の西隣りのだ」


 座っている大人たちが驚いた顔で私を見る。私は大人が口を開く前に指を三本立て、持論を展開させる。

挿絵(By みてみん)


「作戦の要綱は3つ。

・一つ、焼く。父上の撤退を支援するのと同時に、この場所まで敵軍がやってくるのを足止めさせる。そのために森を焼き、1日、いや、2日間ホラの軍勢を足止めさせる。

・二つ、負けて怪我をした兵士をこのカタの村で看護し後方へ送る。

・三つ、カタの村の地形では防衛戦を戦えない、村を放棄しすぐ5kmほど後方の崖と川に挟まれたこの狭い場所に敗残軍を集め、防衛陣を展開させる。

 ジョフ、予備の武器をすぐに纏めて防衛陣地に運ばせろ。

 この三つをもって、……えーっと(そうだ!)…頭文字をとってヤマタ作戦とする」


 私の言葉にジョフ親方が答える。

「姫様、森を焼いても一日しか持ちません。あと、それだとヤマ()作戦ではありませんか?」


「うるさい、ヤマタでいい。

 一日しか持たないのなら、このカタの村に手前にある森も次の日に焼く、グズグズしていれば、それだけ敵が殺到して迎撃の準備が整わない。まずは足止め、そして敗走してくる味方を1人でも助け、防衛陣を築かないと全てが終わり、後ろにいる家族たちが犠牲になるぞ。今我々が戦わないといけない」


 周りの大人達全員が顔をしかめるが、家族を守るためだと思うと逃げ出すわけにはいかないようだ、渋々と私の言葉に従った。

 一番目の足止めは私、二番目の看護役にはカタ村の村長、そして三番目の後方陣地構築にはジョフ親方、それぞれの責任者を決めすぐに行動させる。

 カタの村の村長には、村の放棄と住人の避難を同時に頼んだので負担は大きいだろうが、今ここで踏ん張って貰わないと本当に全てが終わる。



「これより、ヤマタ作戦を行う、各自持ち場に付き作戦を始めよ」

 その場にいた全員が持ち場に散らばる。



 一つ心配のあった看護の指示に関しては、何度もエチルアルコールと水で看護手順の練習をした猫族獣人の男の子トラビスに頼んだ。

 この世界に来て消毒の概念は希薄だったので、怪我の治療には傷口に薬草を塗りつけるか、水魔法を使った癒やしの効果で自然治癒力を上げるぐらいしかない。

 多分この消毒や衛生概念を変えるだけで助かる数は違うだろう。


 今回、特訓仲間で連れてきたのは12歳のトラビスだけ、他の子ども達は危険なのでヒューパに置いてきている。ベック少年はトラビスより年下だが、私の家来なのでお構いなしだ。ウフフフ、最後まで付き合ってもらうわよ(悪い顔)。


 私は自分の直属にしていた石工達を集め、ポーションを袋に詰めさせ、テレピン油とメチルアルコールの入った樽を出して、馬の背中に乗せさせる。

 樽は他の物と間違わないよう、色別の塗料を塗った小型の樽に入れているのでたいした荷物ではないし間違う事もない。

 後は松明を数本、帰る頃には夜になるだろうから照明が必要だ。

 他に何か必要な物はないか? 私は消毒用のエチルアルコールを入れた瓶を数本と水の瓶を出して、別々の荷物袋に入れた。


 今回の撤退戦は、私達の行動の速さが命だ。急いでお父さん達のいる森まで行って、足止めをしないといけない。



 この時ちょっとした罠を思いつく。


「ベック、ちょっと来い、今回の荷物の中で本物(・・)のワインも持ってきていたな。あれを出して、そこの馬の飼料を積んだ馬車に乗せろ、ここで看護の仕事をする前にその荷物を、戦場とカタ村の途中にあるベケニ村へと運べ、急げ! 」


 私は指示を出し、虎の子の本物ワイン(これも小さい樽に入れていた)をある作戦に使うことにする。

 隣で私の顔を見ていたベック少年が『姫さま悪い顔をしている』と言っているが聞こえないふり。



 私はドワーフの石工達と一緒に4頭の馬でお父さん達のいる戦場へと移動を開始する。もちろん私は、石工の人の前にチョコンと乗って現地入り。

 軽銀の甲冑は邪魔だからヒューパのお城に置いてきた。直前に親方に送った軽銀の剣を加工した物は、頼んでいた物と一緒にジョフ親方に後方陣地まで持って行かせている。


 石工達は馬を全力疾走させると、私は舌を噛みそうになるのを我慢して、馬のたてがみを掴みながら前を見つめる。

 …お父さんどうか無事でいて。



 街道の途中、甲冑も脱ぎ捨てて走ってくる敗残兵が何人もいてすれ違う。

 集団がいくつかあったので、カタの村に行けば助かると情報を与えると、すぐに周りの敗残兵達に伝わっていっていた。

 このままバラバラな方向に逃げられると、ジョフ親方が構築している後方防衛陣地の兵力が無くなる、ちょっとでも集めないといけない。


 途中ではベケニ村からの避難民達とも出会う。森を焼いて一日だけの足止めをするので、最悪の場合は荷物を捨ててでも急ぎここから立ち去るように伝えた。

 村人達は森を焼くと聞いてショックを受けていたが、今の私にはどうすることもできない。

 彼らの荷馬車には荷物が満載されていて、その荷物の間から怯えた目をした子ども達が私達を見つめている。…先を急がないと。



 べケニ村をの向こうに森が見えてくる。よく見ると森の右上に見える崖の上から矢が時折飛んでいて、ムンドーじいじはまだ下にいるヒューパの兵士達の援護を行っているようだ。


 イケル! まだ戦っている人が下にいるんだ。


 私達は、急いで両脇から森が迫る街道を進むと、前から傷だらけの兵士と、同じく傷だらけの騎士のカインさんが担がれて来た。

 カインさんに話を聞くと、このすぐ先でお父さん達がまだ粘っていると言っていた。

 ただ、もう皆のポーションは残り少なく、危ない状態になっていて、怪我をした人間から逃がしていっていると言っている。

 私は手持ちのポーションをカインさんに渡して、先を急ぐ。


 急いで先に進むと、剣撃の音が聞こえてきた。

 まだ戦っている人がいる。


 20人ぐらいの集団でパイク(長槍)を揃えて抵抗している。集団の後ろにいるのはお父さんだ。

 その周りを包囲しようと、ホラの傭兵たちが集まってきていて危ない。


 少し後ろの傭兵の1人がボウガンを構え、お父さんを狙っている。

 私は声を出そうとした時、その傭兵の首を斜め上から緑の光を帯びた魔石矢が貫き、ボウガンを持ったまま倒れる。

 私は反射的に上の崖を見ると、ムンドーじいじが見えた。50m近く離れているのにもの凄い弓の腕前だ。


 お父さんを見ると、顔を守る鉄の兜は吹き飛んでいて、乾いているが顔には出血の後がある。

 手足には、何本かの魔石矢が体に刺さっているのに戦闘を続けている。その右側ではトートさんの巨体が敵の傭兵達を圧倒していたが、トートさんも疲れているのが遠目に分かった。


 私達は急いで近づいていくと、お父さん達の左側の森の中から傭兵たちが回り込もうと移動してるのが見えた。


「危ないっ」

 私は荷物袋に入れたエチルアルコール入り瓶を取り出し、その傭兵たちサイドスローで投げつける。


「喰らえ、金貨10枚だっ!」


 傭兵達に当たって瓶が割れ、中身をぶちまける。すると私の声が聞こえたのか下をキョロキョロと金貨を探して傭兵たちが集まってきた。


 馬鹿め、金貨は金貨でもその一本作るのに手間賃やら開発費入れると一本が金貨10枚ぐらいのコストかかってるんだよ、血の涙物だんだよ、くっそー。


 私はドワーフの1人に命じて、松明に精霊魔法で火を付けさせると、森の中にいる傭兵たちへと投げ込ませた。


 ボンッ!


 おー、燃えてる燃えてる、傭兵たちが5人ぐらい火だるまになって転がっている。

 普通の油と違って、エチルアルコールはすぐに気化するのであっという間に燃え広がる。 周りにいた他の傭兵たちは慌てて火を消そうとして、水精霊魔法を放っている傭兵もいるが、私が追加でもう一本投げ込むと、精霊魔法を使っていた傭兵も火だるまになってしまい、慌てて他の傭兵たちは逃げていった。


 みたか、金貨10枚の威力。


 物のついでなので、このまま森を焼く事にする。

 ドワーフ達に命じてテレピン油の樽を一本、今燃え盛っている場所に放り込むと、しばらくして樽の表面が燃えて熱したテレピン油を外に広げた、すると熱せられたテレピン油が気化して一気に森の木々へと燃え広がり、みるみる大火事になる。

 

 すぐにお父さん達も私達の方へと下がってくる。

 敵の傭兵たちも追いすがろうとするので、ドワーフに命じて、今度はメチルアルコールの小さな樽をその集団に投げ込むと、横の森からの炎の熱で引火して爆発的に燃え上がる。

 傭兵たちはようやく諦めて、一度後ろへと下がっていった。

 ついでなので、道を挟んだ隣の森にもテレピン油を投げ込んで火を付けておいた。



「ティア、なんでここにいるんだっ」


 私は救援に来たのになぜか怒られてしまった。


中世ヨーロッパでは、森は村人たちにとってとても大事な共有財産でした。

森の中に入って、枯れ枝や落ち葉を拾い燃料として使い、森のめぐみの樹の実やキノコは大事な食料でしたし、秋になると村で飼っている豚(イノシシに近い)を離し、どんぐりを食べさせることで十分な油を蓄えさせて、秋の終わりに大収穫祭で村人全員で豚をお肉に変えてました。

森は当時の人々にめぐみを分け与える物でしたが、時代が進み封建制が固まりだすと貴族達が森を自分の狩猟趣味のために独占するようになり、住人たちとの軋轢を生むようにもなりました。


今回のお話では、緊急の対策のために森を焼いてしまったのですが、生き残った村の住人達は苦労することになります、それはまた別のお話。

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