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45 衝突

前回までの粗筋

ティアの住むヒューパと、隣領ホラとの対立は戦争不可避のところまで来ていた。

ホラでは教皇庁の援助もあって潤沢な兵力を揃え、ヒューパへの侵攻計画を進めていた中、ホラ内部の騎士にも不穏な動きをする者がいた。

★帝歴2501年 9月 15日 ヒューパ ティア



 今ヒューパでは、秋の収穫に合わせて隣領のホラから軍勢が来るだろうと言われている。

 私は秋の収穫時期までの短い間、ムンドーじいじからの特訓再開と同時に、色々な物を作って今後の準備をしていた。


 ムンドーじいじの特訓では、先月までの特訓と変化があり、いつも見学にきていた近所の子ども達(糞ガキ)の皆さん、上は12歳から下は8歳までの男女12名程が、親達や街の緊張した雰囲気を感じたらしく、『僕達も特訓に参加させてください』と、可愛らしい事を申し出てきたので、私の姫様権限で了解して参加させている事ぐらいだろうか。



 この頃私はある理由(・・・・)で、お父さん達の作戦会議に参加するようになっていたため、特訓の方には参加が減っていた。


 その日は朝の内に会議が早く終わり時間ができたので、特訓場へと急いで駆けつける。

 ムンドーじいじは、ホラとの境界線付近で潜行して何やら活動しているらしいので、今はいない。代わりに特訓メニューを残して行ったのでそれをこなしている。


 特訓メニューの内容から子ども達には、私やムンドーじいじが来ていなくても、整列して走るように言いつけてあった。ムンドーじいじ曰く『兵隊は走ってなんぼだ』らしい。



 私が訓練場(城の空堀)に着くと、ベック少年が空堀の土手の上に立って、土手の中を走っている新兵(子ども)達に向かって。


「キリキリ走らんか、このゴミどもが。お前らはゴミだ、クズでのろまな亀だ。このベック様が直々に指導してやるから覚悟しろっ!」


 とやっていた。


 こいつ…私のいない間に何やってくれているんだ……



 私は足音を消してベック少年の後ろに立ち声をかける。


「ベーックくーん、なーにをやっているのかなあー」

「ふわっ! わわあwrうぇらわふぇd」


 と、とても面白い声で驚いている。

 人はもの凄く驚くと、ピョンっと小さく跳ね上がるんだな、面白い。

 私は、驚いているベック少年のヒザ裏を踏みながら片手で襟首を下に引き落とし、仰向けに転ろがす。

 下から私の顔を見上げるベック少年の顔を見下ろしながら、優しく微笑みかけてあげる。


「ふわわわわ、姫様これにはわけがありまして」


「ベーク、一ヶ月もろくに訓練していない君がいつから上官になったの? 人を走らせる前にお前が走れ、な、走っておかないと死ぬよ。これから大変なんだから……わかったら走らんかボケー」


 バネのように立ったベック少年が慌てて空堀の下に駆け下りて走っていく、ポカーンと口を開けてこっちを見ていた新兵(糞ガキ)達は、それを見て笑い転げていた。


 一番年上12歳の猫族獣人の男の子トラビスが、私に何かを言いたそうにしているので、聞くと。

「姫さま、俺達は年齢がバラバラで、一番年下のホーマはチビだし、一緒に走るとどうしても遅れるので一人ひとりをバラバラに走らせてもらえないでしょうか、サー・ベック・サー」


 と言ってきたので却下した。


 ムンドーじいじの教練方法は、個人の資質を伸ばす訓練方法じゃなく、組織として一つの歯車を作り出す教練方法だと思っている。

 なら、例え足の遅い子供が混ざっていても、集団を画一化させる訓練方法を選択するべきだろう。

 私は、全員を一列に並ばせて、号令で左右へ行進させたり、足元が揃わないと最初からやらせたりと、命令に反射的に反応する訓練をさせていた。


 そうしているとお城の周りをようやく回ってきたベック少年が、ヒーヒー言いながら帰ってきたので、『サー・ベック・サー』と新兵達が言っていた理由を問い詰めてみたら、自分が言わせましたと自白したので、1人でもう5周ランニングをやらせた。

  


★帝歴2501年 9月 2日 ヒューパ ティア



 話は少し前に遡る、

 私は自分の自由時間を使って、今後の準備のために実験を行っていた。


 私には色々と心配だらけなのに『危険な物は絶対に作るな、もし戦争になってもお父さんが頑張るし、お家や領内の事はお母さんがしっかりやってくれるから、ティアは余計なことはするな』と、お父さんからの厳命を受けたので、困ったことに作りたい物が作れない。


 しょうがないので、私が作っていたのは、木の乾溜施設から作った酢酸や、ワイン発酵が進みすぎてできたワインビネガー。これらは生活用品としてまず家の中から利用を始めた。


 これを使ったお酢料理はお母さんがとても喜んでくれて、鶏のお肉をお酢を使って煮込んだサッパリ煮は、お父さん達にもまた作ってくれと美味しそうに食べてくれた。

 特にお母さんがこのお酢料理を『なんだか最近食事をすると気持ちが悪くてね、吐き気がして困ってたの、でもティアが作ってくれるお酢料理はとってもさっぱりしていて毎日食べたいわ』と、大好評だ。


……ん?

 お酢料理が食べたくなる+吐き気……アレ? アレ? それってもしかして……


 一週間ほどして、晩ごはんを食べていたら、お母さんとお父さんから

「お母さん赤ちゃんできたみたい」

「ティアは弟がいいかな、それとも妹がいいかな」

 と、ほがらかに言われた。


……え? 私はフォークに突き刺した鶏のサッパリ煮を食べようと開いた口が塞がらない。だってお父さん達が留守の間、領内をまとめたり後方支援するのってお母さんの役割だったのでは?


 うーん、この場合どう言えば良いのかな?

 こんな時期によく作ったのね……仲がよろしいことでウフフフ……じゃない、おめでたいけど今はおめでたくないよ、どうしようウワウワ。


 当たり前だけれど、お父さん達、ムンドーじいじや周りの人達から怒られていた。



 私はこの日からお父さん達騎士や、住人代表達の集まる作戦会議に強引に参加するようになった。

 だって、お母さんのお腹、これからが一番大変な時期で、安定期に入るまでは、戦争みたいな激務やらせるわけにはいかない。


 私が守る、お母さんのためにも、お腹の赤ちゃんのためにも超頑張るよ!


 っていうか、お父さんがいない間の代理として、名前だけでも旗頭にならないといけないので、強引に周りの大人達を言いくるめて会議に参加した。


 実際会議に参加してみると、今まで会議に参加していなかったので知らなかった事だらけ、本当にびっくりしたのは、ホラとの戦力差が予想以上にあった事。


 ムンドーじいじの諜報活動で手に入れた情報では、ホラの総兵力が800人を超えていて、約500人がホラの住人だけれど、残りの300人近くが傭兵団員で、職業軍人としての経験を持っていて非常に手強い。

 対するヒューパの兵隊は、街に住んでいる冒険者は少数いるが、ほとんどが普通の生活をしている一般住人約400人が兵力。

 秋の収穫シーズンに引っかかり、作物の収穫作業に人手を取られて約400人が集まるかどうかのギリギリの兵数だ。


 実際の戦闘の主力になる騎士の数も違う、ヒューパは3人に対して、ホラは9人。


 ただし、ホラ城の守備のために騎士を3人は残すとされている。

 さらに傭兵を100人ぐらいは残すだろうと言われてるので、ヒューパに攻め込んでくるのは、騎士6人、傭兵200人、ホラ住人500人が敵戦力になるだろう。

 春の社交界で工作したおかげで、多少は敵の圧力が減ってくれている。


 それでもさらに憂鬱なことに、これだけの戦力差がある上に、ホラが有利なのは、いつ、どこから、どこまで攻め込むかを、自由に決められる戦争の主導権を敵のホラに完全に握られている点。

 ヒューパは完全に受け身になっている、うちが有利なのは地形を知ってる事ぐらい。厳しいったらありゃしない。


 うちはいざとなったら、全部を捨てて山の中に逃げこんで、ゲリラ戦をするしかないだろうって話になっていた。

 私もお父さん達に、ホラからうちのお城までの途中にある村には、いつでも山に逃げ出せるように、騎士が入ってこれないような避難場所を確保するように、通達をお願いした。



 はぁ……これは八方ふさがりですね。

 会議の内容を知ってみるとかなり不利な事になっているのが分かったので、将来の利益を考えて残していたワインを全部、戦略物資として使うことにする。

 これが断腸の思いってやつか…はぁ。

 もう少し寝かせて、もっと高い値段で売ろうと思っていたのに残念すぎです。


 私はヒューパのお城の地下牢を占拠していたワイン樽を移動して、工房で蒸留を行った。

 蒸留によってワインの酒精を取り出し、濃いめのエチルアルコールにする。

 ウオッカぐらいの度数のエチルアルコールを作って、瓶詰めにしてやると、いつでも戦闘地域近くに移動できるように用意した。

 エチルアルコールで火炎瓶を作ったわけではなく、消毒用のアルコールにする。火炎瓶にするなら木炭乾溜施設で作ったメチルアルコールがいっぱい有るのでそっちを使う。高級ワイン使ってエチルアルコール火炎瓶とかもったいなさ過ぎるよ。


 だいたい、火炎瓶みたいな怖すぎる物、ろくな訓練もしていない人間に持たせるとか無理です。

 学生時代に過激派経験のある高校の社会科の先生に火炎瓶の投げ方を教えてもらったことがあるけれど、上からオーバースローで投げると、自分に中身が降り注いで投げた本人が火だるまになると言われた。

 当時はまさか異世界に来るとは思わなかったのでドン引きしたが、知識としては助かる。

 ベック少年や、ここの住人達に投げさせたら間違いなく自分たちが火だるまになるので、余程の訓練をつませないと絶対に使えない。


 話は戻るが、ワインがもったいなさ過ぎても、ヒューパの住人を1人でも助けるためには、けが人のフォローができる体制作りを、後方支援係の私が頑張る事にした。


 そうは言っても、このワイン全部が売れたら金貨何百枚儲かっていたんだろうかと思うと、目眩がする。


 この作業中、もったいなさ過ぎて悲しくなったので、残った搾りかすワインに何か利用方法がないか考えていたら、いいアイデアが浮かんだので、ワインから酒精を抜いた後の抜け殻のワインは捨てずに、ある事のために取って置く事にした。


 このアイデアは、金貨で数百枚分の高価な作戦になるな……はぁ。



 酒精の消毒用エチルアルコール作りが一段落してから、今度は川の水を汲んできて、大きな水槽に入れ、焼きミョウバンにした粉を入れてかき混ぜる。

 水の中の汚れがミョウバンに引き寄せられ塊になり、沈んでいく。

 水の上の方から澄んだ綺麗な水になったので、上の綺麗な水を汲み取り、砂と木炭の粉で作った樽の浄水フィルターを通して大鍋に移すと、今度は煮沸殺菌して無菌水のできあがり。


 こちらも一度煮沸殺菌したワイン瓶に入れてコルク栓で封印し、怪我人の傷口を洗い流すための水にする。

 

 出来る限りの準備はしておきたい、看護体制を整えるのなら、ガーゼとか傷薬用の薬草も用意しないといけないが、こちらの知識は無いので住人達の協力をお願いしておいた。


 兵糧の準備に関しては、ライ麦パンがあるので、そちらを用意してあるけれど、秋の収穫シーズン中で十分な数の兵糧が集まるか心配。


 予備の武器はジョフ親方に任せるのと同時に、親方に頼み、力持ちの石工職人達を集めさせて後方部隊の私直属の部下にした。


 私はこれらの物資を、お父さん達が戦う最前線の近くに集積地を用意して、いつでも物資を送れるような体制を整えようとしていたが、準備はギリギリまで進まず、時間だけが過ぎていった。



★帝歴2501年 9月 29日 ヒューパ ティア



 ついにホラの軍勢が、ホラの城を出たとムンドーじいじからの連絡が来る。

 奴らは農作物の収穫時期の真っ最中にやってきた。

 ホラからの軍勢は、予想していたのとは違って、街道をまっすぐに登ってきている。

 兵力差があるので、迂回コースはとらないようだ。


挿絵(By みてみん)


 私はお父さんに呼び出されて、家宝の軽銀でできた剣と、軽銀の盾、そしてブッカブカの軽銀の鎧を装着させられた。

 お父さんが子供の頃練習用に使っていた、ヒューパ家に代々伝わる子供用装備の家宝だそうだが、男の子がガチャガチャするための物なので、私には大きすぎる。正直邪魔である。


「どうだいティア、カッコいいだろう。この装備はお前にあげよう、だから絶対に危ないことはしないでくれよ」


 うん、カッコいいかもしれないけれど、邪魔です。


 お父さんは私に釘を刺してから緊急招集した軍勢200と騎士のカインさん達を引き連れて、ホラとの領境まで移動をする。

 ホラとの領境には、すでに騎士のトートさんが200人の軍勢とヒューパの冒険者を使って、片側には崖がありもう片側が川になった狭い場所を選んで、簡易陣地を構築していて、ホラからの大軍が広がって全力を出せないよう、足止めする準備はしてあった。


 お父さん達の作戦は、狭い土地に構築した陣地にホラの軍勢を引き込んで、弓矢兵100での集中攻撃を加え、近寄ってきた敵は、リーチの長いパイク(長槍)300でアウトレンジから受け止める、防御を重視した手堅い作戦だ。



 お父さん達が出て行った後、 私達、後方支援部隊も移動を開始する。

 大半の物資は、すでに前線から10km程後ろのカタの村に移動済みなので問題は無い。

 先行してカタの村に入っていたジョフ親方に、私がお父さんからももらった軽銀の剣を先に送って、加工してもらっている。お父さんには悪いが、私にくれた物なので自由に加工させてもらった。

 ここに来て、作戦は計画通りに動きだしているかに見えた。





 私達が、2日ほどの時間をかけてカタの村に到着すると、前線のお父さん達が負けてこちらに逃げ込んでこようとしてる報告が入ってきた。


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