44 ホラ
前回までの粗筋
ホラとの戦争が近い中、ティアは木材の熱分解用乾留装置を完成させて、稼働させる。
木材を炭焼きにする時出る物質を回収して、工業化の一歩を踏み出していた。
★帝歴2501年 8月 ホラ城 ホラ男爵 イエルク・フォン・ホラ
「イエルク殿、ヒューパ行きの隊商の者が、ホラ領の通過許可を求めておりますが、いかが致しましょうか」
門兵が会議中の一室に入ってきた。
ホラ城内の一室では、男爵が配下の騎士達と参謀のヤーコプ神父達と、ヒューパ侵攻作戦の会議中だった。
荒々しい騎士達の中に1人場違いな男がいる。派手な神官服を着たヤーコプ神父。彼は40代の落ち着いた感じの男だ。
この時代、貴族でも文字が読めるのはごく少数、宗教施設で幼いころから経典を読んでいる宗教者か、一部の商業関係者と、海上交易を行って商工業が発達している国々の一部だけが、まともに文字が読め、学問を納めていた。
ホラ領は、先代の時代に発掘された金鉱脈の開発で、近隣都市内との間で多くの金の流通が行われ、貨幣経済が急速に発達しつつあったのだけれども、ホラ男爵は、騎士となるために幼い頃から武術を訓練され、文字を読むのは軟弱な者がやることだと学問をさげずんで育ってきたため、まともに文字すら読むことが出来ない。
他所の騎士も似たようなものだ、ヒューパの騎士のように直接領主や騎士が書類仕事をしているのが珍しい。
こう言った背景から、ホラの街では内政や軍事で補佐をすべき参謀に、教会関係者からの人材を招いている。
これはホラの街だけに限った話ではなく、多くの騎士兼領主の土地では、同じような形になり、結果的に、教皇庁から派遣された神父達が色々な街で参謀を務め、近年エウレカ公国内部で教皇庁の勢力を増すようになる。
ホラ男爵 (イエルク・フォン・ホラ)は、門兵からの報告を受けて、参謀であるヤーコプ神父へと顔を向け黙って頷く。
ヤーコプ神父は、少し考え返事をした。
「まずは、隊商の者がどのような物品をヒューパに移動させようとしているのかを確認いたしましょう、今ヒューパに足らない物資が分かれば、ヒューパの弱点が炙りだされます。
それから金目の荷物があれば全部奪ってしまい、我がホラの物資にするべきです」
「ヤーコプ神父、そなたの言うようにしよう。
門兵、その隊商の所に案内しろ。
そして騎士達は、今の会議で割り当てられた傭兵団の指揮を任せる。各自の傭兵団の団長を呼び自分の侵攻する村や移動先を確認し、先ほど確認した話しは厳格に守るよう伝えろ」
「はっ」「はっ」「はっ」……
その場にいた騎士8名が立ち上がり、部屋の外に出て行く。
この時2人の騎士がお互いの顔を見て目配せをしていた。ノッポのベルトルトと、太ったライナー…以前北門でティアを襲いファベル村を焼いた騎士だ。
ヤーコプ神父はその様子を視線の片隅で見ていたが、山盛りになった参謀の仕事に悩殺されて忘却した。
ヤーコプ神父と一緒にホラ男爵が部屋から出て行く、2人は街の外に待機させてある隊商の元へと移動した。
外では見覚えのある商人が、多くの馬車と警護の冒険者達を引き連れている。
「これは、ホラ男爵様、いつもお世話になっております、こちらは少ないですがいつもの心付けでございます」
アルマ商会か、以前のワイバーン騒動の時、ヒューパ側に付いたのだったな……このままヤルか…
いやまてよ、アルマ商会か…
アルマ商会は、いつもホラの街を通る時に騎士達への心付けを欠かさないので、ホラの街にいる騎士達には受けが良かった商人だ。
このまま、皆殺しにして全部を奪ってしまうのも、後々を考えると勿体無いと、ホラ男爵は思い直した。
卵を生むアヒルは、肉にするより卵を生み続けさせた方が得だからな。
「ふむ、我がホラ領内を通過するヒューパへの荷物の多くに、税がかかる事になっているのは貴様も知っておろう、これより荷物を改めさせるぞ」
「はい、もちろんでございます。おい、ホラ男爵様に見ていただくために、荷物の上にかけた帆布を外せ」
手代や、警護の冒険者達にも命じて、荷解きをして、中身の確認をさせる。
その動きをじっと観察するように確認しているが、参謀のヤーコプ神父だ。
彼の目は感情を消して、荷物の中身と、アルマ商会個人の品定めをしていた。
約半数は、衣服や布類の生活物資や、食料用の粉引されたライ麦等の食料だった。
残り半数は、ガラス製の口の細い瓶が入った箱が満載された馬車達。
たいして価値のある物は積んでいない。戦略的な物資は食料ぐらいのものか。
ヤーコプ神父は、荷物の中身を見てすぐにどの物資を奪うかを決める。
「なるほど、では、ホラへの税として半数をもらいうける事になる」
「はい、では、すぐに馬車の荷物を半数下ろします」
「いや、それには及ばない、ここから半分の馬車を置いていけ」
結局アルマ商会は、ホラにあっても使い道の無いワインボトルが入った箱を満載にした馬車を引き連れ、その場を去っていく。
ホラ男爵は、衣服や布地そして食料を全て奪って城へと戻っていった。
今年の春の社交界が終わった頃から、ヒューパへの冒険者の流入や、荷物の検査は厳しくなったのと時を同じくして、ヒューパへの荷物数も極端に減っていた。
目ざとい商人共らは、ヒューパが攻め滅ぼされようとしていると覚ったようだ。
現在、ヒューパ入りをしようとしていた冒険者兼傭兵の大半は、ホラの城の地下の牢屋に入れてある。ヒューパが雇おうとしていた傭兵だ。
いずれヒューパの鉱山を手に入れた時、この罪人達を使って労働力にあてるよう、ホラ男爵はヤーコプ神父に進言され、冒険者達を生かしておいてある。
二人は、先ほど会議をしていた部屋に戻ると地図を前に、もう一度作戦の概要を確認していた。
「軍勢は確かに十分にそろったが、我々も戦費を使い過ぎたようだ、計画通りにやっても元が取れるのか……うーむ、そちらからの援助はもう少しどうにかならんのか?」
「我々にできるのは、ここまでです。最初の予定通りヒューパ男爵についてはなるべく生かしたまま捕らえて、魔剣を回収してください、そのための援助です」
ヤーコプ神父は考える。
今回の作戦では、ホラ領内の領民も加えての大規模な侵攻作戦になり、一気にヒューパを攻め滅ぼす構えだ。
教皇庁からの指示では、ヒューパ男爵の身柄確保と魔剣の回収が最優先だ。
ホラの事は二の次だが、勝利の後、ヒューパ領からの利益と、教会への喜捨は捨てがたい。
ホラ城内の貧民街などに屯している貧民も今回の作戦には使っている、奴らは街の治安を乱す厄介者だ。ヒューパの村々を滅ぼした後、こいつらを入植させればいい、ヒューパを手に入れ貧民を追い払える、ホラには一石二鳥だろう。
ヒューパ側からの反撃は、住人自警団を使った集団とぶつかり合う事になると予想している。
あちらの住人の攻撃方法は、パイクと弓矢での攻撃が主な内容だ。
パイクとの戦闘は多少攻略が厄介になるだろうが、所詮は農民や普通の住人だ、いざとなれば、我々の騎士の突撃で蜘蛛の子を散らすより簡単に粉砕してしまうだろう。
騎士の数も倍以上いるので、これも問題はない。
侵攻が始まってしまえば、村々を焼きながら行進するだけだ。さほど難しいことにはならないだろうとの予想だ。
ヤーコプ神父は成功後の教皇庁で待つ出世の予感に身震いする。
同時刻、騎士ベルトルトとライナーの2人は人目のつかない場所で声を潜めて話しをしていた。
ヒューパへの侵攻はもうすぐにそこに迫っていた。
予約投稿設定間違ってました。7日0時の分です
挿絵用の地図を書くので、12日まで休む予定です。
中世初期の頃の識字率はかなり低く、国王ですら文盲であった国もあります。
当時文字が読めて、知識の集まった本を持っていた知識層は限られていて、教会関係者がよく参謀として雇われています。日本の戦国時代でもお坊さんが軍師として活躍しています。




