40 失敗の代償
前回までの粗筋
メデスでのワイン販売を順調に成功起動に乗せ、ヒューパに戻ってきたティアは、父親の帰るまでの間を化学物質作りの準備をしたり、領内の地形を調べたりしていた。父親が帰ってきたある日、ついに強力な爆薬の原料を作ろうとして、小さなミスから大きな事故を起こしてしまう。
★帝歴2501年 4月24日 ヒューパ ティア
目の前が光った。
危ない!
目の前の危機に身体が硬直するのと同時に、前に防御をしようと付きだした左手付近から全身にかけてが光って見える。
身体にプラーナ防御壁が展開されるのを初めて自覚する。
次に轟音と一緒に衝撃波が襲い、小さな私を吹き飛ばした。
床に私は転がったが意識はある。だが色んなとこが混乱しているまま。
視界がグニャリと歪み、天井が回る、頭蓋骨の芯まで痺れるように耳鳴りが続いている。
そして全身を痛みが走る。
次第にショックが抜け、思考が集まってると、ようやく自分の状態がわかってくる。
身体を起こしたいのに、全く反応をしてくれない、どこか怪我でもしたのだろうか?体中が痛いままだ。
あの光と音は爆発か? そうだボルタ電池……水素…あれは水素ガスが出るんだ、どこかに溜まっていたのか? 水素ガスに何かが引火して吹き飛んだのか?。
思考だけはグルグルと回る。視界がグニャグニャはしているが、建物の天井が見えるって事は、全部が吹き飛んだわけじゃない、小規模な爆発だけだったんだ。
っ!
そうだ、ベックはどうなった?
私よりボルタ電池前に立っていて、爆発の中心に近かったはず。身体が動かないので確認もできない。
「…pうぇrっ……tぱgfが…fgsが…」
何かが聞こえた気がする……と、誰かが私を抱き起こして、口の中に何かを注ぎ込んできた。
身体の奥から何かが湧き上がる感触がする。
ゆっくりと首が動くようになる、眼の焦点が合うと、目の前にはムンドーじいじと、泣き出しそうな顔をしたお父さんがいた。
「ティア、ティア、返事をしなさい、ティア」
「…はい」
さっき口の中に入れられたのはポーションかな、声が出るぐらいに回復してきているが、痛いのは全然治らない。
特に左手が痛く、顔の前に動かしてみると赤く爛れている。多分薬品を被ったのだろう、火傷をしていた。
ムンドーじいじが呪文を唱えると水色の精霊が私の左手を包むが、薬品でできた傷は治らない。
それでも他は無事で、どうやら私は助かったようだ。
お父さんと会話をしようとした時、離れた場所からジョフ親方の声が聞こえてきた。
「ベック、しっかりしろ、お願いだ、返事をしてくれ」
声の方向に首を動かすと、さっきまで私達が立っていた場所から離れた場所で、親方が何か黒い物を抱きかかえている。
……黒い
嘘…
…
ゆっくりと聴力が戻ってきて、親方の腕の中で『ヒューヒュー』と音がしているのが聞こえてきた。
お父さんや、ムンドーじいじが私に何かを話しかけてきているが、聞こえない。
親方の方から聞こえてくる、真っ黒になったベックの必死で命にしがみつくかのような呼吸音だけが、私の耳に入ってきていた。
気づくと私は立ち上がっていて、親方が抱えるベックの元に歩み寄っている。
この時の私は、それまであった激痛をなぜか忘れていた。
ジョフ親方の腕の中で、彼の小さな心臓の鼓動に合わせて、身体の裂けた場所から見える血管の断片から血が小さく吹き出す。
薬品でだろうか、爆発の熱でだろうか黒く焼け焦げた男の子の口から「ヒュッヒュッ」と少しずつ小さくなりながらも音がしている。
誰の目にも彼の命は助からないのが分かった。
それでも彼は、呼吸を辞めようとしていない。
辞めようとしていない。
私は自分の赤く爛れた左手をちらっと見、その手をベックの額の上に置く。
呪文を唱える。
「全回復」
部屋の外から大量の精霊が集まり、光の奔流となって流れ込んできて世界を照らす。
その光は私の腕を通じてベックの身体を優しく包み込む。
ベックの黒く焼け焦げた皮膚がパラパラと落ち、新しくみずみずしい皮膚がそこに生まれる。
無残に切れ裂けた傷口が見る見る塞がり、肉が盛り上がっていく。
破裂していた内蔵が再生して、その機能を再開する。
血栓で詰まって裂けた脳の血管は、元に再生をはじめ、死滅した周りの細胞を生まれ変わらせる。
失った血液を精霊達が体内から新しく集めて生み出す。
最後に彼の肺の中まで焼け焦げた細胞を、咳き込んで外に吐き出すと、ベックの意識は戻った。
残念ながら私の左手の赤くただれた火傷の跡はそのままだった。
ポカンとしているベックを抱きしめて、泣きながら礼を言うジョフ親方から目を外す。
私は覚悟を決めて後ろを振り返ると、静かに表情を無くしたムンドーじいじと、厳しい顔になったお父さんがそこにいた。
次回
明日午前0時頃更新予定
タイトルだけ変更しました8月2日11:45




