39 致命的なミス
前回までの粗筋
エウレカ公国首都メデスでティアは、小生意気な王子様にからまれながらも、社交界デビューをする。
社交界の席上、ワイバーン退治の話しと、ワインの売り込みを頑張るティアだった。
★帝歴2501年 3月21日 首都メデス ティア
私とお付き役のムンドーじいじは、子供会場になっていた一室に入ると、すでに子供だけで2・30人はいる。
子供達のお付の人を入れるとその倍近い人数だ。
広い部屋が狭く感じる。
今日の私は、いつもの大人相手のワイン販売促進活動とは違い、純粋に同年代や子供達との親睦を深める集まりを楽しむつもりだ。
だって、一週間もパーティーだらけだったのに、私が楽しめなかったんだもん。
思いっきり美味しい物を食べて、お友達を作らないと。
部屋の中をぐるりと見渡すと、子供達のグループがいくつかできている。
どうやら親の所属する派閥関係がここにもあるようだ。
その中心辺りに見たことのあるガキ…じゃない、ウルリヒ王子様がお付の人と、同年代ぐらいの男の子達数人が一緒に楽しそうに、何かのボードゲームで遊んでいた。
どうやら将来の王様候補の周りには、次世代の人材がついているようですね。でもねその将来の王様はちょっとアレですよ。
あそことは関り合いになりたくないので、私は特徴的な黒髪を隠すように、スカーフを使って頭を隠し、端っこの方でお菓子や料理をいただく事にする。
料理には見たことのない、魚料理が置いてある。海にいるエイのような変な怪魚だ。
私はちょっと食べる気が起きないので、手を付けなかったが、結局最後まで誰も手をつけなかった。もったいない。
ご飯よりも、お菓子だ、ぜひ王様のとこで食べられるお菓子を堪能しないといけない。
壁際に立っているメイドさんのお皿から、お菓子をもらう。
この世界のお菓子を初めて食べたけれども、砂糖はまぶしてあるが、基本的には果実を干して濃縮させた甘さだ。
確か中世に十字軍が中東から砂糖を持ち帰ったヨーロッパでは、貴族がその富の象徴としてゴテゴテの甘さにして、自分の力を見せつけるために使っていた物だったはず。
となると、この世界でもサトウキビのような南方で育つ作物がどこかで作られているのか?
少なくともうちのヒューパは寒くて、サトウキビは無理だね。
まあ、それはそれとしても、私としてはこの優しい味の方が大変美味しいと思うのだけれども、王家主催の園遊会でも砂糖が抑えられて使われているのをみると、やはり砂糖が貴重品で贅沢な使い方ができないのだと分かった。
私がおみやげ用にお菓子をせっせとポケットに詰め込んでいると、すぐ近くに同じぐらいの年の女の子がいた。
なんとなく目が会い、お互いにニッコリ微笑む。
……なんて事でしょう、か、可愛い、少し巻き髪のブロンドヘアーで緑の瞳。肌の色は日本人の黄色人種系かもしれないがそれでも白い。まるでお人形さんみたいな可愛さの女の子がチョコンと座っている。
決めた、この子と最初にお友達になりましょう。両手に持っていたお菓子をポケットにギュウギュウに押し込み、女の子の前までいく。
「こんにちわ、私、開拓領ヒューパ男爵家のティアともうします。もしよろしければ一緒にお話しませんか」
「はい、喜んで」
女の子がニッコリと微笑んでくれた。…かわいい。
「私、ボン伯爵家のエリシュカと言います。エリーと呼んでくださいね」
首都メデスに来てから初めて、ワイバーン殺しやワイン以外のお話ができる。
服の事とか、ボンの街はどんな街なのとか色々お話しを聞いて、私は代わりにムンドーじいじに聞いた森の中の精霊の話しや、山の景色の話しをする。
お互いに気があったのかすごく楽しくお話しをしていたら、何だか周りが騒がしい。
「おい、……お前だ、呼んでいるだろうが」
ん?顔を上げるとウルリヒ王子と周りの取り巻きの男の子達が立っている。
目立った覚えはないのに、この王子はなかなか目ざといようだ。
「お前が精霊ワインの力を借りて竜殺しをしたヒューパのティアだな、覚えておるぞ、そなたがティアであろう。前の時は、私を良くも謀ってくれたな、覚えておろうが」
んー? ワザワザ”覚えておるぞ”とか言っちゃってるのに、名前を確認しなおしているって事は……さては私の顔覚えてないな……
「ウルリヒ王子様、人違いでございます。そのティア様なら先ほど外に出て帰って行きましたよ、まだ追いかければ追いつくと思います」
「むっ、なんと、それは失礼した。者共いくぞ、ついてまいれ」
お供の男の子達を引き連れて、外に走って飛び出していった。
……二回も引っかかるのか…この国の将来危ないな。
まっいっか。
「それでね、エリーちゃん」
アレな王子とかほっといて、私はせっかく仲が良くなったエリーちゃんともっとお話しを続けたい。
でもエリーちゃんの顔がとても困っている。
「あ、あの、良いんですか? あの方はウルリヒ王子様ですよね、よろしいのですか 」
「……うん、大丈夫、大丈夫。それよりエリーちゃんのその髪飾りとても素敵ね、どこで手に入れたの?」
(エリシュカの心の声)今一瞬の間があったのは、何だったんだろう…
「え、ええ、この髪飾りはお父様がベリバトス共和国に行った時に手に入れた……」
二人の話しはとても楽しかったが、二人と一緒にいたお付のムンドーじいじと、エリーちゃんのお付の女の人は、非常に微妙な顔になったまま、その日の園遊会は終わりを告げた。
その日の夜、アルマ商会さんの主催で食事会を開いてもらった。
席上で私のワインの売上が順調で、最初の注文だけでもう1000本近くが売れているそうだ。
ウハウハだなと思っていたら、アルマ商会さんが。
「ティア様、ただ問題もあるのです。何件かの貴族の方々には納品をしたのですが、代金をお支払い頂けてない貴族もおります、お気をつけください」
ぎゃー、貴族相手でも、支払いしないケチンボはいるんだ。それは想定外だ。
すぐに要注意リストを作らせ、次には納品をさせないようにアルマ商会さんに告げて、お父さんから手紙を送ってもらう事にする。
この場合、ある意味ヒューパに対して借金をしているような物なので、これを利用するようにお父さんに言ったら、ニヤーっと悪い顔で『すまんな』と言っている。
…もしかしてお父さんが貴族の取り込み工作で使っていたのかな?
まあいいか、うちにとって味方を作る工作は、死活問題だから使ってもらおう。
とりあえず、今手に入っている現金を、アルマ商会さんの手数料を引いた分をもらおうとしたら、またお父さんに全額取られそうになったので、ヒューパに帰ってから必要な物を作るための資金、金貨20枚だけは確保しておいた。
今回は非常事態なのでしょうがないが、私の初期投資分のワイバーンの牙販売代金は最終的に取り返さないといけない。
このお金で白金を手に入れようとアルマ商会さんに頼んでみた。
白金…私達の世界では別名をプラチナと呼ぶ。希少な金属って意味でも使われる物質だ。
これから私が予定している実験で触媒として使う。この白金を触媒に使うことで、飛躍的に安定的に作れる化学物質が増える。
アルマ商会さんが言うには、扱っている量がとにかく少なくて金よりずっと高い、金の約20倍近い価格だ。
金のように錆びることがないので指輪等の装飾品に使われているのだけれど、鉱脈の中でもごく少量しか取れない上に、私が作ったような超高温炉で温度を上げないと取れないので、魔力と燃料を大量に食うそうだ。
私はそれでも良いと頼み、金貨二枚分の小さな指輪を買い、おみやげとして持ち帰ることにした。
次の日朝早くに、私達3人はメデスを発った。
帰りのルートは、途中でホラを通るのは襲撃の恐れがあるとお父さんがどこかから情報を得ていたらしく、身軽に移動ができるよう、ヒューパから持ってきた馬車をすべて売り払い、馬だけでヒューパの北側の山越えルートで帰ることになる。
通る他領は、うちと同じ反教皇庁派閥の領内だ。
そして、帰り道のメンバーは、お母さんと私と、ムンドーじいじの3人。
お父さんは、メデスに残って、アルマ商会さんで売れるワイン資金を使って中立貴族の引き込み工作を引き続き行うことになった。
私達はその後、行きより2日ほど多めに時間をかけて、無事ヒューパまで戻ることができた。
家で、首都に残ったお父さんの工作結果を待つことになる。
ベック少年にはお土産のお菓子をあげたら、私の事を神であるかのように崇めてきたが、宿題をやっていなかったので、ソロバンをしておいた。
★帝歴2501年 4月 24日 ヒューパ ティア
私達がヒューパに戻って約一ヶ月が過ぎ、お父さんが帰ってきた。
ホラの隣領の反教皇庁派貴族へのホラ攻撃工作は、半分が成功して半分が失敗した。
隣領からヒューパ支持の声明をだすことでホラへの圧力はかけるが、実際の交渉では声明を出すだけの協力はするが、兵隊は出すつもりがないと言われたそうだ。
そして、もう一つの工作が成功していた。
ホラに応援に来る教皇庁派の貴族の動きを同じように止める事に成功した。
ヒューパとホラ、双方外からの応援がないままの緊張関係は続き、最初の圧倒的にヒューパが不利な状況からは少し良くなったと見ていい。
もし戦争を始めた場合、ホラは、隣領からの備えに守備隊に兵力を回さなければならず、その分攻撃用の兵力を減らすことになるので、ヒューパへの圧力が若干減ることになる。
ただ、どうも戦争自体は止めることが出来そうにもないらしい。
ホラに入っていく軍事物資や傭兵の募集が止まらず、遠くない時期に仕掛けてくるだろうとお父さんは読んでいた。
私は、お父さんが帰ってくるまでの不在の間、化学物質の開発を続けながら、街道沿いの地形を確認するため、ベック少年を連れて、ムンドーじいじの案内で、地形と村の位置を確認したり、いくつか有った銅鉱山の坑道をめぐっていた。
坑道で必要としていたのは、中世の錬金術士が硫酸を作るのに使った礬類の鉱物だ。古い坑道の中でガラスのように半透明な鍾乳石のようになっていてとても綺麗だった。
鉱物の数は多くはなかったが、これを焼くだけで硫酸が手に入る。
全てを一から作らないといけない私に、今できる最も簡単な方法だった。
私の住むヒューパにはもう時間が残されていなかった。
私はギリギリまで悩んでいた、化学チートのパンドラの箱を開ける決断をすることになる。
最初にこの硫酸を使って、電池の歴史でも初期のボルタ電池を作る。
原理は、亜鉛と銅の電極を硫酸液に漬けると、2つの金属間にある硫酸の中でイオン移動が起き、電気が生まれる。これが一個だけの力は1ボルトがいいところ。実際に使いたい電圧は出ない。
なので、大量に陶器の水槽を作り、間仕切りした状態の水槽を並べ、電極を直列に繋いで、大きな電圧を作り出すことにした。
電気の力は偉大なり。その内発電所も作ってやりたいけれど、電気は専門外なんだよねえ…。
今回の目的。それはこの電気を使って、塩水から、化学物質『塩酸』を作り出だす。
塩酸とそして最初の硫酸。
塩酸と硫酸のコンビは、グリセリンをニトロ化させて有名なニトログリセリンを生み出す。
後に、ノーベル財団のノーベルさんが工夫して使いやすくしたおかげで、世界中の戦場で大量の兵隊の血を奪った爆薬の原料になった。
黒色火薬など生易しい物質だ、魔法なんか目じゃない、化学の生み出した忌むべき破壊力を持つ現代の魔法を呼び出す。
私はヒューパの危機に、この知識チートの中でも最も凶悪な物質を選択した。
実験道具は一応は揃っている。
ベック少年と私の二人は、作戦司令室に作った実験ラボにこもり、実験を開始することにした。
ヒューパの情勢は風雲急を告げている、ホラは待ってはくれない。
後で考えると、この時の私は急ぎすぎていたのだろう……
……
実験用のボルタ電池に硫酸液を入れ、いつでも電圧を生み出せるように準備する。
ベック少年に命じて、塩水の中に入れた電極に繋がるスイッチを入れ、電圧をかけた。
電極の周りから泡が立ち始める。
塩水からは、電気分解された水素ガスと、塩素ガスが生まれるので、これを集めるようにガラス器具が設置されている。
そしてお土産に買ってきた白金も加工して使ってある。
水素ガスと塩素ガスの2つを利用して塩酸を作り出す。
昔、高校時代に、この実験中の事故を近くで見た経験がある。
この時は、急激な反応が起きて予想外の爆発により、何人もやけどをした。
今回、私は一番危ない場所を強化させたのと、少しづつの反応をさせるための工夫も行った。
少しでもおかしな反応が起きれば、すぐに実験を止めなければいけない。
実験器具を監視する。
少しずつ、私の望む塩酸が生まれていく。
実験の様子を見ていた私は呟く。
「やった、これで科学チートが完成する」
その時、塩酸を作っていてたのとは別の場所で異変が起きていた。
最初に気がついたのは、ベック少年だ。
「ん? 何かこっちでシューシュー言ってる…姫様?」
ベック少年が音を確認するため、音の方へと歩いて行き電池を覗き込んだ。
その動きに私も気が付き、目をやる……ボルタ電池から音? あっ、ボルタ電池は。
私達のいた作戦司令室の中は光と爆音に包まれた。
※ 8月1日、話しを大幅に加筆しました。
話がとんでもないところに飛んでいきました。
化学物質の話し部分は、非常に危険な物質なので、色んな工程を抜いたり、嘘を混ぜて描いてます。
真似はできません。
次回
明日午前0時頃更新予定