32 知識チートは遠い
ホラの街から危険な目に遭いながら、ヒューパのお城に帰ってきたティアは、自分で何ができるのか、城の中で情報を求めて走り回っていた。
★帝歴2500年 ヒューパ城 ティア
朝起きると外が騒がしい。何だろう?
部屋を出るとお母さんがいたので、お母さんに「おはようございます」の挨拶をして外に飛び出す。
後ろからお母さんの声で
「大人達の邪魔をしてはダメよ、朝ごはんの準備をしているからすぐに帰ってきなさい」
って言われている。
私が外に出てみると、親方の若いバージョンのドワーフが5人いる。
昔、ダイスの街で親方が店を出していた頃の弟子達が集まっていた。
どれもこれも、面白いぐらいにヒゲもじゃだ。
ファベル村でもドワーフの男達は皆ヒゲもじゃだったが、親方の弟子達もそうなので、ドワーフは大人になるとヒゲもじゃになる決まりでもあるのかなと、大人に混ざって準備をしていたベック少年を眺める。
「おはよー」
私が挨拶したのに皆んな忙しそうで、ジョフ親方が「姫様おはようございます」と言ってすぐに自分の作業に戻ってしまった。
他の人達は忙しいので相手にしてくれない。
ベック少年を見つけたので何をしているのか聞いてみる。
「あ、あのね」
「すいませんお嬢様、また後で」
ベック少年も忙しそうに、ペコッと挨拶だけして走っていった。
ー私を無視してあっち行っちゃったか……
ふむ、皆んな何だか忙しそう、誰も相手にしてくれそうにないなあ……
しょうがないなあ、大人の邪魔をしてはいけないな…大人のな……
私はお母さんの言いつけを守る良い子なので、大人の邪魔にならないよう、横を走って行こうとしたベック少年の足を引っ掛けながら服の袖を捕まえて転がすと、ベック少年は素直に私の相手をしてくれた。
親方達がヒューパのお城近くで建てる予定の、新しい工房の準備をしているそうだ。
ヒューパの城の近くを流れるクルツァ川の近くに工房を構えようかと、弟子達と一緒に調査に出かけようとしていた。
かつて世界を支配していた旧帝国の遺産である街道を中心に、ヒューパの開拓領は広がった。
そして街道はクルツァ川に沿って伸びている。
川を船を使って鉄鉱石や石炭等の資材を運搬すれば、領内での多くの荷物を搬入できるので便利が良い。
それに、城の近くの川沿いに旧帝国の造った水車小屋跡地があり、石作りのしっかりとした基礎土台があるので、そこを利用すれば、建物が早く建つのではと、皆んなで調査に出かける予定なのだと言う。
私はベック少年を解放して、出発して行く皆んなを見送り、家の中に戻って、お母さんと一緒に朝ごはんを食べる。
ご飯を食べる最中に、私がここ2、3日で経験した大冒険を、騎士物語風や、勇者の冒険譚風に脚色しながら、椅子の上で立ち上がり、スプーンを黒のナイフに見立ててブンブン振りながら教えると、お母さんは凄く面白そうに聞いてくれ、手を叩いて喜んでくれた。
私はお母さんが喜んでくれた事に気をよくして、ムフーってなっていたら、最後に。
「お母さんねとっても心配だったのよ、だからね、もうそんな冒険はやらないでね」
って言われてしまった。
ゴメンなさい。
お昼過ぎにお父さん達がホラから帰ってきた。
後ろから親方達も付いて来ている。
どうやら、城の下の川で調査している所で出会って、帰り道歩きながら話をしていたようだ。
私はお母さんと一緒に出迎えて、お父さんに抱きつく。
「おかえりなさーい」
「おお、ティア、お母さんの言いつけを守って良い子にしていたか」
「私良い子にしていたよー、お母さんの言いつけを守って大人の邪魔はしなかったよ」
「そうか、ティアは良い子だな」
ベック少年が何かを言いたげな顔でこっちを見ていたので、お父さんの肩越しにちょっと睨むと慌てて目を反らしている。
子供は素直が大事だね。
私はあの後、ホラで話がどうなったのかを知りたくてお父さんに聞いてみたが、さすがに5歳児には教えてくれない。
表情が少し厳しくなっていたので、あまり上手くは行ってないようなのは分かった。
これはあまりノンビリできる時間の余裕は無さそう。
自分の持っている知識の中で、最大級の力を出す物の開発に最短距離で動かないと、ヒューパが危ない。
後から思うと、この時の私は焦り過ぎていたのかもしれない。
それから数日、お父さんもお母さんも忙しくて、誰も相手にしてくれなかった。しょうがないので協力者を見つけるために、親方達の所に行って存在をアピールしてたら、親方が。
「お嬢様、ちょっとすいません、おーい、ベック、お嬢様のお相手をしていろ」
親方が、ベック少年を私専用のお相手役に任命してくれた。
わーい、私の家来ができたよー。
私はお父さんの部屋から地図を一枚借りてきて、その地図を見ながらベック少年に聞いてみたが、彼はファベル村周囲の事しか分からなかった。8歳だからね。
ベック少年の記憶では、ファベル村の近くには鉄鉱石と、火山があり、硫黄や温泉があると教えてもらったので、その内素材採取をかねて訪れなければいけない。
この世界は残念ながら化学実験用の試薬もないし、実験器具もない。そして大問題の純度の高い素材を安全に作り出せる工場もない。
全部自分で一から作る必要があり、5歳の私にはちょっと気が遠くなる作業が待っているようだ。
それでも火山性の有望な素材採取場所に恵まれているので、ベック少年と二人で地図を睨みながら記しを付けようとして、問題が発覚する。
二人共、この世界の文字が書けない。
しょうがないので、ベック少年を使って、ジョフ親方の元へと、鉱山の位置や種類と、他の村の特産を書いてもらおうと行かせたら、何故かベック少年が涙目で頭を押さえながら帰ってきた。
「すいませんお嬢様、親方は今忙しいそうです、グスン」
……使えない。
ここは私が直接出るしかないなと、作戦司令部になっている物置小屋(昨日占領した)から出て行くと、親方が近くにいた。
私は親方に必死で作ろうとしているモノの説明を、情熱たっぷりに語ったが全く理解されなかった。
当たり前だ、硫酸がーとか言っても、この世界にない物質を理解しろと言う方が無理だった。
ヨーロッパの中世でも、イスラムの錬金術知識が入ってくるまでは存在しない物質で、それらの物質が生まれてから産業革命へと世界は大変化したぐらいだ。
結局親方からは。
「姫様が作ろうとしているその情熱は分かりました。がしかし、私達もお父様から急いで工房を作るよう指示されています。来るべき日に向けての準備をしなければならないのです。
姫様がどうしても人手が欲しければ、自分で集めないといけません。そして人手を集めるにはお金が必要なのです」
はい、親方本当は物凄く時間が無いのに、私のためにベック少年を貸してくれて、私のこと気にかけてくれていて有難いです。
私、急ぎ過ぎたみたいでした。
1人残された私が反省をしていると、門の辺りで声がしている。
門まで行くと、アルマ商会さんが来ていた。
私はアルマ商会さんを門で待たせて、お父さんのいる執務部屋に飛び込んだら、ムンドーじいじや、騎士のカインさんもいてびっくりされた。
そしてお父さんに『ノックしなさい』と怒られる。ゴメンなさい。
アルマ商会さんが来ていることを知らせると、すぐに執務部屋に通していたので、私も何食わぬ顔でちょこんと椅子の上に居座る。
ベック少年を小屋の中に忘れてきたが、まあいい、お腹が空いたら親方の元に戻るだろう。
すまし顔で座っているとお父さんに摘み出されそうになったが、アルマ商会さんが私にも用事があると言うので、そのまま部屋に残れた。
「早速ですが、ヒューパ男爵様、先日のティアお嬢様のワイバーンの件のお礼と、ヒューパ領での取引商品の件でお話をさせていただきたいのですが」
「ふむ、先日はご苦労だったな、娘のホラからの脱出では我々も世話になった、礼を言う」
「はい光栄です、その件ですが、あの時ティア様からエウレカ公に私共をご推薦いただき、ワイバーン売却と運送を一任させて頂くことができました。
私共から感謝の気持ちを込めて、こちらをお送りいたします」
アルマ商会さんはよく分かっている、私への感謝の気持ちを持ってきてくれるとは良い心がけの商人だ。心の越前屋とでも呼ぼうか。
何を持ってきてくれたのだろう?
お父さんに箱を渡している。お父さんは中身を確認したらそのまま自分の横に箱を置いた。
あれ?私のでは?
私の疑問はそのまま置いておかれて、次の議題に移った。
「そして少々申し上げにくいのですが、ヒューパ様の領内からご委託頂いていた、ワインの件でお話がございます」
「今年の秋に初めて出荷したワインの事だな、どうであった?」
「実は、あのワインですが、白ワインの評判は悪くは無かったのですが、赤ワインの劣化が早く、酢になってしまったため、大量に売れ残ってしまいました。
赤ワインの評価につられて、最初評判は悪くなかった白ワインも売れ残ってしまっており、苦戦をしています」
「なんと…」
お父さんが黙ってしまった。
「申し訳ございません、安酒屋ででも販売は厳しい状態です。
貴族の間では甘口のワインが求められていて、値段は安くなりますが、白ワインをもう少しフレッシュな状態で出してみてはいかがでしょうか?水で割る飲み方でなら、女性にも受け入れられるかもしれません」
今の内容から推測すると、今年の秋に領内で初めてワインの生産したものをアルマ商会を通じて販売したようだが、見事に失敗したようだ。
ワインは難しいよねえ、私が日本の子供の頃にしばらく住んでいた、ブドウ農家のお爺ちゃんちで密造酒ワイン作っていたのを見ていたので知っているが、二次発酵とか色々難しそうだったもん。
私が考えているうちに、どうやらヒューパ領内のワイン事業は廃止になりそうな方向で話が進んでいた。
お父さんとしては、一応、今年のワインの一部を高く売れる熟成用に残したワインの仕込みが、樽の状態で残っているので、それを販売したい意向なのだけれど、アルマ商会さんは、ワインを移動するだけの経費が出ないので、渋っている。
うーん、酸化の問題と甘口ワインにすれば売れるのなら、問題は解決しそうなんだよねえ……
販売できない物を渡されても困ると言われ、お父さんは今のワインを樽ごと捨てる話を隣のカインさんと話し出し合っている。
部屋の空気が煮詰まったのを見計らって、私が元気良く手を挙げた。
「はいっ!」ビッシッ!
「お父さんお仕事の話をしているので、ちょっと黙っていなさい」
怒られた…
「まあまあ、ヒューパ様、今のままではどうする事もできません、少しティア様のお話を聞いてみてはいかがでしょうか? 子供の何気ない一言が問題へのヒントになるかもしれません」
おお、いいぞアルマ商会さん。ナイス援護射撃だ。
お父さんがジロリと私を見て、渋々と頷く。
発言の許可が出たようだ、再度気を取り直して元気良く手を挙げる。
「はいっ! お願いあります。その捨てる赤ワインの樽ですが、私にください」
「はあ?」
なによ、私以外の全員が同時に言わなくてもいいでしょ。
私は気を取り直しもう一度発言をする。
「お父さん、どうせ捨てるのなら、そのまま私にください。ねえ、ねえ、いいでしょ、お願いお父さん」
お父さんが呆れた顔で私を見てる。
「捨てるつもりだからお前にやっても良いが、何に使うつもりだ?」
お、赤ワインをくれそうな雰囲気になってきた、もう一押しだ。
「あのね、お父さん、私ね、今のアルマ商会さんのお話しを聞いて思ったの。貴族様は甘いワインが飲みたいんでしょ? なら私が甘くするわ。ね、だからちょうだい、お願いお父さん」
……
おねだりはしてみる物だ、どうせ捨てる物だったからか、あっさり赤ワインの樽20本が私のものになった。
その場でアルマ商会さんに、春に白ワインを引き取りにくるついでに、私の工夫赤ワインの出来を見てもらう約束もとりつけた。
ふふふ、上手くいけば大儲けだし、上手くいかなくても損はしない。
これは忙しくなるぞ。
私は自分のワインを確保してすぐに、執務部屋を飛び出し、ベック少年を呼びに、我が作戦司令部へと走って行った。
私は、作戦司令部の物置小屋の扉を勢い良くあけて、ベック少年の名前を呼ぶ。
「ベックー喜んでー、私達のお仕事できたわよー」
ベック少年はゴハン食べに帰って、もう居なかった。
予定より長くなりました。
途中ちょこっと出てきた密造酒作るおじいちゃんのエピソードですが、親戚のうちに毎年密造葡萄酒を売りに来るおじさんがいて、現実にいる人をモデルにしたお話し入れました。
次回 甘さの決め手は林檎と蜂蜜
明日0時頃更新予定
ワイン出荷を 去年→今年の秋に変更しました




