27 お父さんの昔 ★ 歴史年表
ほぼ歴史年表です。
物語の舞台を補足する前提資料です。
年表が苦手な方は、今回の年表回を飛ばしても大丈夫なように物語を進めていく予定です。
年表とか歴史好きな方は、物語へのより深みを感じてお楽しみいただけると幸いです。
地図あり
今日は3回更新しています。三回目
★帝暦2450年代 新教派の成立史
・帝暦2454年
セト教教皇庁、教徒信仰税の制定。
フェズの民が宗教弾圧を受けるきっかけは、セト教教皇庁が帝暦2454年に教徒信仰税をヘウメス平原諸国で制定、多額の寄付を強制的に集たため大きな反発が起きた。
また、教会はどんどん豪華になり、教皇庁の枢機卿達が贅沢三昧を行っている事が火に油を注ぐ。
教会への反発は、農村部や都市部の貧困層で多くの支持を伸ばし、教会襲撃や地方貴族を巻き込んで大きな宗教改革へと向かおうとしていた。
・帝暦2456年
セト教最高教皇庁 グレゴリオス25世教皇、宗教改革派への異端宣言を公布する。
改革派の勢いを恐れた教会の最高教皇庁 グレゴリオス25世教皇により、異端宣言が出され、生贄として亜人や獣人への異端審問(弾圧)が始まる。
この異端審問(弾圧)は当初人族を避けていたため、亜人獣人と一緒になって教会批判をしていた人族の大多数は、積極的に亜人や獣人を生贄に差し出す事になり、多くの難民が生まれた。
この難民の群れは、※ガレリオン王国と、比較的宗教色のゆるい神聖ピタゴラ帝国へと流れ込むようになる。
大量の難民の流入に頭を痛めた神聖ピタゴラ帝国は、北西部のフェズ(図、緑斜線部分)への開拓を難民に行わせた。
※ガレリオン王国は以前より最高教皇庁の所属を巡ってグレゴリオス25世と争い、教皇庁直轄地を独立させてガレリオンセト教国を立て、激しく最高教皇庁グレゴリオス25世と対立していた経緯がある。
・帝暦2457年
同年3月、パースカール王国とガレリオン王国が開戦
同年11月、ガレリオン王国敗北、ガレリオン王国は領土の半分をパースカール王国へ割譲と、ガレリオンセト教国の最高教皇庁管理を受諾。
翌年ヘウメス平原諸国のパースカール王国とガレリオン王国との間で戦争が起きる。この時、教皇庁のあるセト教皇国と、難民問題で頭を痛めていた神聖ピタゴラ帝国の支援で、パースカール王国が大勝。ガレリオン王国は国土の約半分を失い、ガレリオン王国が後援していた隣のガレリオンセト教国は、最高教皇庁管理になる。
・帝暦2459年
新教派宣言
フェズに落ち延びた獣人や亜人に混ざって、少数の人族がフェズにやって来ていた。
中には、教育を受けた知識階級の神父も混ざっていてフェズの開拓に大いに役立つ。
彼らは、この宗派理念に殉じてフェズ建国に手を貸すこととなる。
セト教の教典には、セト教徒は全て平等であると書かれている。
彼らの教義解釈により、同じ知的能力を持つ人型種族の獣人や亜人や、女子供が差別されるのは間違っているとされる。
全ての種族は助け合わなければならない、贅沢を辞め全ての財産を寄付せよと唱えた。
新しい教典解釈の派閥、新教派と呼ばれるようになる。
・帝暦2471年1月
同年1月1日、獣・亜人連合国フェズ建国を宣言
亜人・獣人の長老会、騎士団、新教派教会代表による賢人会議が設立され、神聖ピタゴラ帝国より独立、獣・亜人連合国フェズとして建国宣言が行われる。
以後、神聖ピタゴラ帝国との間で小規模の小競り合いが続くが、それが逆にフェズ国内の結束と新教派の信仰心を強める結果になった。
……新教派は、隣接する神聖ピタゴラ帝国、他の国にもジワジワとその信仰を広げていた。
・帝暦2490年初冬
前年から、神聖ピタゴラ帝国カール15世(当時18歳)によって大規模な戦争準備が行われている。
ダイスの街、武器職人店ジョフベッグスの剣店では、ジョフとベッグスの2人が大量の注文を前に忙しく働いていた。
・帝暦2490年春
最高教皇庁ユリウス12世教皇より、異端の国 獣・亜人連合国フェズへの聖戦を宣言。
最高教皇庁ユリウス12世教皇より、異端の国 獣・亜人連合国フェズへの聖戦が宣言され、神聖ピタゴラ帝国カール15世を盟主として全セト教国軍の招集が速やかに行われる。
その一か月後、獣・亜人連合国フェズへの侵攻が始まった。
次回
明日0時頃更新予定




