33、開店中〜経験と妄想〜
この作品はフィクションです。
「逃げ、ですよね?」
……………。
「逃げ?」
「ええ。逃げ、ですよね?」
……………。
「そうよ?」
「…随分あっさりと認めるんですね。逆に拍子抜けです。」
「あなたは何を期待してたのよ。勿論逃げよ?自分が嫌なことや苦手分野。そういったものを避けて逃げて消去法で消していって、その先に自分の望む道が見つかった。素晴らしいことじゃない。」
「…いいんですかね、それで。」
「何がよ。」
「作家って、物語を産み出すわけでしょ?で、その物語は、作家の脳から産まれるわけですよね。」
「そうね。」
「そんなに逃げてばかりでいろんなことに対する経験が乏しかったら、リアリティーのある物語は産み出せないんじゃないですか?」
「それをカバーできるのが妄想なんじゃないの。妄想は全てを包括するんだから。」
「妄想を過信しすぎです。」
はぁ、と、お約束の溜め息をつく後輩くん。
「その妄想だって、自分の脳から沸き上がってるものじゃないですか。だったら、経験積まないと妄想だって膨らみませんよ。」
「…あのね、後輩くん。」
ぴしり、と、後輩くんの鼻先に塩昆布を突き付ける。
「…なんですか?」
「さっきから経験経験言ってるけど。じゃあ、経験を積むために、殺人や窃盗や街中でのカーチェイスをやってもいいとでも?」
「いや、それはダメですけど。」
「魔物と戦ったり宇宙を旅したり異世界にワープしたりは?どうやって経験するの?」
「それは…無理ですけど。」
「妄想はね、そういうものも全てクリア出来るのよ。例えば………そうね。」
後輩くんの鼻先に突き付けていた塩昆布を、小さく摘まみ直す。
「例えばこの塩昆布を、猛毒の針だとしよう。」
「はぁ。」
「すると、針を向けている私は、針を向けられている後輩くんを殺そうとしている、という状況ね。」
「…なるほど。」
「でも真っ向から殺すのに針を使うのは、あまり賢いとは言えない。正面切って殺すなら、もっと一撃でどうにか出来るものがベスト。となるとこの状況は、こっそり殺そうとしたのがばれてしまった、と、考える方が自然ね。」
「…はい。」
「ということは、私が間抜けな暗殺者なのか、あなたが敏感なターゲットなのか、ってことになるわけね。悔しいけど、ここは私が間抜けだった、ってことにしとこう。」
「…妄想で悔しがることもないと思いますが。」
「そう、私は間抜けな暗殺者。肝心なところでいつもドジを踏む。良心が私の邪魔をして、集中力を失わせてしまうから!」
「勝手に自分を美化しないでください。」




