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運命と双翼

作者: 烏羽

 今ニコノ恐怖ニ満チタ世界ヲ救ウ勇者ガ、コノ世ニ生ヲ享ケルダロウ。

 今日ヨリ七日後ノ正午ニ産声ヲアゲ両親ヲ失ッタ子コソ、誰モガ求メル救世主トナルダロウ。

 ソノ子ニヨッテ魔王ハ倒サレ、ソシテ人々ハ救ワレル。

 世界ニ平和ガ訪レルノダ―――。

 

  ✻✻✻


 

 彼は絶望の渦の中に佇んでいた。

 世界は魔王に支配され、人々はその存在に恐れおののき明日の生活にすら希望を見出だすことが出来ないでいる時代。

 しかし彼が絶望している理由は、この世界の行く末を案じてというわけでは決してなかった。その矛先は自らの境遇に向けられていたのだ。

 


 今から約15年前のぴったり正午に彼はこの世界に生まれた。父親は彼が生まれる少し前に他界していて、また母親も最期の力を振り絞って彼を産んだ後命を落とした。

 しかしながらその程度――と言っては語弊があるが――の不運が問題なわけでもない。彼が生後歩んで来た人生こそ、歎くべき不幸であった。

 手始めに彼が送ってきた人生を都合良く脚色したりせず、有りのまま話して聞かせるとしよう。

 

 

 幸いにもその後彼の引き取り手はすぐに見つかった。親切なその人物とは、なんと政府の重役だったのである。

 いや、特定の人物に引き取られた、というのは正しくないだろう。正確に言うと、彼は政府の魔王討伐機関に保護されたのだ。

 では何のために身寄りのない赤子を引き取ったのか?政府の言い分はこうだった。

 

 

 今からおよそ15年前――というと彼の生まれる少し前である。

 すでに世界は魔王の征服により人々から希望が奪われていた。切羽詰まった政府は名のある予言者に頼み、世界が救われる方法を捜し求めた。

 そこで1人の予言者が、こう予言したのだ。

 7日後の正午に生まれ両親を亡くした子が、魔王の手からこの世界を救うと。

 それを聞いた政府は躍起になってその条件に当て嵌まる子供を探した。

 そして条件に見事適った赤ん坊の中でも、他とは桁違いの膨大な魔力を有した子供を、予言の子だとして連れ帰ったのである。つまりその予言の子こそが、彼というわけだった。

 政府の機関は彼を魔王と渡り合える程の実力にするため――悪く言えば、人間兵器を作り上げるため、彼に英才教育を施した。100年に1人の逸材と言われる大魔法使いや、たった1人で小国の軍隊を殲滅出来る程と噂される精鋭剣士など、国中から武芸に秀でる者達を集めて彼を育成していったのだ。すべては彼を最強の勇者にし、世界を魔王の支配から救い出すために。

 一方、彼の方も幼い頃から自らが救世主だと言い聞かせられ、世界を救うのが自分の使命なのだと信じて疑わなかった。むしろそれこそが彼の中に存在する唯一の揺るぎない真実であり、生きる意味であったのだ。

 彼は魔力だけではなく、武芸の才能にも恵まれていた。修行する度、その能力はみるみる上達していった。やはり彼こそ救世主だと周囲は期待を込めた。

 しかしそんな彼にも欠点というものが存在したのだ。

 そしてそれは、勇者としては些か―――気性が穏やか過ぎることだった。

 普通の人間であるなら、何も悪いようには聞こえない。しかし魔王に刃を向ける立場としては、彼は虫も殺せないくらいに、優し過ぎたのである。

 政府はそんな彼の性格に、遅いながらも疑問を抱き始めた。こんなにも争いを好まない、誰かを、魔王さえも傷つけることを好まない彼が、果たして本当に魔王を倒す予言の子なのか、と。そして悟った。彼では救世主になり得ない。

 流石に勝手過ぎる、と思うことだろう。しかしそれほどまでに、政府の方も余裕がこれっぽっちすらなかったのだ。

 彼が魔王と対立するのに充分の実力をつける程年月が過ぎた時、彼が宣告されたのは―――クビだった。要するにお払い箱。お前はもう用無しだというわけである。最終的に政府が下した判断は、彼は予言の子ではなかった、というものだったのだ。

 彼は絶望した。そして今なお絶望の淵をさ迷っている。

 しかしそんな彼を気に留める者は1人としていなかった。

 

 

 予言の子に空席が出来た今、政府は新たな方法を見出だした。この世界に彼より救世主となり得る子供はいない。しかし彼ではなかった。

 とすれば、ここじゃない世界にいるのではないか。だったらそこから連れて来ればいい。つまり、異世界から召喚すればいいのだ。

 幸いにも魔法が発達したこの世界には、その技術がある。別の世界から人間を連れてくると世のことわりが乱れるため禁術とされているが、世界滅亡よりも掟に背く方が危険などということは決してない。

 ただ、あまりに強大な魔法であるため、術者の実力に成功が左右される。政府はその役目を彼に託した。一度クビを告げたにも関わらず。

 否、違う。これは彼に与えられた最後の、世界を救うための仕事なのだ。



 魔王討伐機関の管理下にある一室、薄暗く重い雰囲気に包まれている広間。そこに彼はいた。床は白濁色の大理石で覆われており、わずかに差し込む光を真っ直ぐに反射して輝いている様は、触れなくてもその滑らかさが容易に想像出来る。

 彼は表情のとぼしい声色で、つらつらと呪文を唱えていく。うつろな瞳は何も見ていない。

 しかしこれだけ難易度の高い魔法を難無くこなしていくあたり、やはり一時でも予言の子と崇められただけある。

 暫く呪文をつむぎ続けると、その内異世界とこの広間を繋ぐ扉として白いチョークで床に描かれた魔法円が、溢れんばかりの光を天井に向けて放った。まるで雲間から覗く太陽の光が、逆さになって地面から辺りを照らしているようだ。

 眩しさに目を細める。成功だ。魔法は正しく発動した。間もなく、予言の条件に今度こそ見合う人物が光の中に現れることだろう。

 それと同時に彼の今の生活が終わりを告げる。

 たとえ彼自身の行為によって引き起こされる悲劇だったとしても、心優しい彼には、恐怖する民を見捨ててまで政府の取り決めに逆らうことは出来なかった。

 しかし悲しきかな、それこそ彼が切り捨てられた理由である。敵すら傷付くことを恐れるような、軟弱な心の勇者などいらない。

 

 

 程なく光の中心から姿を現したのは、彼と同じくらいの歳の少女だった。

 というより予言の子を召喚するための魔法なのだから、魔法が失敗していなければ年齢どころか生まれた日、さらには時間までが彼と同じはずだ。

 彼女は状況が把握出来ていない様子で見慣れない衣服を纏った体を硬直させ、目を見開いている。声を出すのもままならないようだ。まず言葉が通じるのかどうかも定かではないが。

 暫くキョロキョロとせわしなくさ迷わせていた彼女の視線が、一点で留まる。

 目が合った。彼を凝視する彼女に対して、彼は別段気にする様子はなく、寧ろ関心がなさそうに見つめ返すだけだった。

「ここはどこ?あなたは一体……?」

 ようやく口を開いた彼女の声は、不安の色が混じってはいるが震えてはおらず、したたかさを秘めていた。

 ああ、彼女こそ世界を救う勇者に相応ふさわしいのだろう。

 彼は他人事のようにそう思った。

 この世界の救世主がこの世界の人間ではないなんて、ひどく滑稽こっけいではあるが。

 少女の質問に答える者はなく、反対に確認とばかりに彼の後ろに控えていた政府の男達が、彼女へ質問を浴びせた。

「いきなりで申し訳ないが今からいくつか尋ねたいことがある。貴女の生年月日と生まれた時刻は?」

「?―――」

 彼女はいぶかりながらも答える。期待に外れず、彼と同じ瞬間に生まれていた。

「初対面で不躾ぶしつけだが両親はお二方とも健在だろうか?」

 少女の双眸そうぼうにスッと陰が落ちる。

「……2人共他界しました」

 予言の条件通りだ。残りは彼にないものを彼女は持っているのか。

「貴女は悪を滅ぼすために武器を取り、その手を血で汚すことをいとわぬか」

 流石に訳が解らないようで、彼女は絶句した。理由も伝えてもらえずに戦えと言われたようなものだ。そんな反応をするのも無理はない。

 彼の右隣に立つ男は一言詫びると、この世界の現状について説明を始めた。

 

 

 そんなことより、自分はいつまでここにいなければならないのだろう。もう彼の役目は終わった筈だ。

 説明が終わり、彼女が答えを出すのが、それを聞くのが彼は怖かった。戦いたくない。けど自分の力を、世界を救うために使いたい。

 結果の出ない葛藤によって、彼の心が蝕まれていく。一刻も早くここから逃げ出したい。

 だが非情にも時は過ぎ彼女は説明を聞き終えた。その表情は困惑を隠しきれていないが瞳には確かな決意をたたえていた。

「事情は分かりました。私にそんな力があるなんて信じがたいけど……、お役に立てるなら出来る限りお手伝いします」

「そのために敵を斬ることは出来るか」

「尽力します」

 そう言い切る彼女は、おそらく敵に刃を振るうことなど容易なのだろう。きっと彼女は正義のために自分の手が血に濡れることを厭わない。どう考えても彼女の方が勇者に相応しい。

 この薄暗い部屋の中で、少女の瞳が一層強い意志の輝きを持っているように見える。

 もう自分は必要ないのだ。これからどうやって、何を心の拠り所よりどころとして生きていこうか………



「あの………」

 彼がこの施設にある中庭に座り込んで考えにふけっているとき、横から声が掛けられた。

 正確には途方に暮れていたのだが、傍目はためからは思案しているくらいにしか感じられない。

 彼は目線だけ動かして声の主を見た。少女の大きな瞳が彼をしっかり見据えている。それは澄んでいて、けれど奥に宿っている意志の炎に焼き尽くされてしまいそうな、力強い眼。

「さっき私を召喚した人達の中にいたよね。あなたは誰?」

 大人ばかりの場所に一人だけ子供がいたものだから不思議に思ったのだろう。

 彼は一瞬どう答えようか悩んだが、はぐらかすのも面倒になり、正直に答えた。

「……元予言の子で、君を召喚した張本人」

 少し刺々しく突き放すような言い方になってしまったが、今現在の彼の胸中はひどく荒れていて、少女に気を使うのも億劫おっくうだった。

 しかし逆にその答えが彼女の疑問を導いたようだ。

「元ってどういうこと?何故あんなに大人がいるのに、一番若いあなたに魔法を使わせたの?召喚魔法は高度だって聞いたよ」

 もうどうにでもなれ。彼は半分八つ当たり、もう半分は自嘲を含んで自分の過去を彼女に晒した。

 自分の力が必要とされる希望。

 人々を魔王から救える希望。

 生きる希望。

 予言の子として教育された彼にとって、世界を救うことだけが存在意義だ。

 全て失った彼の心を果てしない絶望が支配している。

「君のせいだ。君が現れなかったら僕はクビにならずに済んだのに!」

 最後の方は完全に当たり散らした。最低だ。本当は分かっている。

 彼女が現れたからクビになったのではなく、自分が未熟だから彼女を連れてくるしか術がなかったのだと。

 自分のせいでこの世界に思い入れも恩も何もない、彼女を巻き込んでしまったのだと。

 だがそう言わずにはいられなかった。彼女があまりにも気にしてない、苦に感じてない風でいるから、その余裕の表情に自分だけが焦っているようで苛々いらいらした。

 彼女は泣いてしまっただろうか。それとも怒っているか。

 いずれにせよ、かなりきつく言ってしまった。

 それでもここまで来たらもう引き返すことなんて出来ない。

「僕を引き取ってくれた政府の人達は、僕は世界を救う為に生をけたと言った。僕の世界はそれしかなかった。なら存在意義を取り上げられた今、何の為に生きていけばいい?」

 誰に問う訳でもなく彼は呟いた。答えなんて求めていない。

 今日会ったばかりの隣にいる少女が答えを持っている筈もないし、自分で考えて答えを出すのも怖い。

「“あなた”は“救世主”じゃなくて、“あなた”は“あなた”でしょ?あなたが好きなように生きていけばいいじゃん。自由の身にでもなったと思ってさ」

 無神経さに腹が立った。彼は鋭く少女をめつける。

 彼女は泣いても怒ってもいなかった。その真剣だが穏やかな顔にさらに怒りが募る。

「ッうるさい!今更自由を手に入れたって意味なんかない!僕にとっては世界中から放り出されたのと同じだ――」

 その時、ふわり、と頭に何か温かいものが乗せられた。

「大人って勝手だよね」

 彼女の瞳は、さっきとは打って変わってかげりを帯びている。口元は歪んだように弧を描いていた。

 その表情を見た彼は、幾分いきぶん落ち着き冷静さを取り戻した。そうして初めて、彼は自分の頬を涙が伝っていることに気付いた。

「じゃこういうのはどうかな?私の野蛮な心がこの世界の諸悪の根源を取り除く為にあるのなら、あなたの優し過ぎる心は誰も傷付けず人々を救う力があるんだよ。ということはさ、ある意味2人共救世主で予言の子だよね。その15年前の予言でも救世主が一人とは言ってないんでしょ?」

 それは確かにそうだ。

 彼は面食らったように少女を凝視した。そんな風に考えたことなかった。要は自分なりに、けど確実に世界を平和に導いていけばいいということか。

 それなら彼は世界を失ったことにはならないし、存在する意味がなくなったことにもならない。考え方の問題ということなのだ。

 それなら。

「………世界を、見たい」

 彼女が来るずっと前から脳裏に過ぎっていた疑問。

 自分はこの施設で育って、この中から解る範囲の景色しか知らないのに、世界を救うというのは、馬鹿げた話なのではないか、と。

 もし、誰に言われた訳でもなく、自ら人々を救うことが許されるというのなら、世界に、そこに暮らす人達に触れてみたい。

「うん。だったら私が強くなって魔王を倒しに行くときは加勢に来てね」

「考えとくよ。行ったとしても補助しかしないけど」

 彼女が眩しいくらいに笑ったので、彼も釣られて破顔する。

 こんな時世である。決して易しい道程とは言えないだろう。

 けど少しでも多くの人に幸せになってもらう為に。

 目立った活躍がなくとも、どんな形でだって救世にたずさわる為に。

 いろんな人と出会い、声を聞く為に。

 旅に出よう。



  ✻✻✻


 魔王を倒し、英雄として人々から後世まで称えられた少女と、歴史に名前すら残ってないが、誰も傷付けず人々に幸せを与えていった少年。対照的な方法で世界を救った2人。

 この2人の出会いは偶然で必然。そして世界が救われるきっかけになったのは疑いようのない事実。

 けれどそれぞれの歩んだ道については、また別のお話。


ありがとうございました。

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