後編
コーネリア国によるオーガ国侵攻で、ここオーガ国の内情が変わった。
オーガ国は実質のコーネリア国の統治領とされ、治安維持にはコーネリア国の
レイリ将軍が担当することになった。ラクロス王は相変わらず囚われの身であり、
地下牢に入れられている。
そして、これはまだ確証はないのだが、コーネリア国からは既に、ジュライ国に
向けて軍が出陣していて、明日にもオーガ国内を通過するということだ。
一応は戦後なので、その手の噂は流れているのではあるが、マルクがこの話を
聞いた時には、今からコーネリアに攻め込むぞ!と言って、ケイミはこれを
止めるのに苦労した。
宿屋の外は暗くなっており、窓の外にも人は見当たらない、そんな時間。
二人はそれぞれのベッドの上で仰向けになって寝転んでいた。
「明日か・・・。」
頭の後ろで手を組み、天上をぼーっと見つめながら、マルクが呟いた。
「でも、まだ噂の線があるよね~。」
と、これはケイミ。二人は情報収集のために街中を歩き回り、疲労していた。
特に、ケイミはくたくたになっており、声にもいつもの明るさが宿っていない。
「明日、何かあっても対応できるように、もう寝ようよ。」
手で口を押さえながら欠伸をし、眠そうにケイミが言った。
疲れてたし、明日にならないとどう動けばいいかわからない。
マルクも異論はなかった。
「それもそうだな。寝るか。」
そう言い、マルクは枕元のランプを消した。
疲労のせいもあり、二人はすぐに眠りにつくことが出来た。
―――――――――闇が世界を包み込み、マルク、ケイミの二人が寝むりについた頃。
コーネリア国から出陣したジークの部隊はオーガ国に入っていた。もう少しでロストと
いうところで、野営をしていたのだ。
1つのやや大きめのテントの中、その中心にはテーブルが置かれており、テーブルを
囲む男達が数人。テントの天上からはランプが吊るされており、暗い室内を少しだけ
明るくしていた。明日に備えての軍議の中、指揮官のジークはいささか機嫌が
良くなかった。理由は行軍の遅さにあった。コーネリア国オーガ国は隣接しており、
ジーク1人が馬で飛ばせば半日もあれば着く。しかし、給仕部隊やら、武器を積んだ
馬車やらの動きの遅いことのせいで、もはや2日ほど経とうとしていた。
「明日朝、アークス城のレイリ将軍を討つ。」
ジークのこの口調から、テーブルを囲む騎士隊長達は、機嫌の悪さを窺えた。
静かに低頭する、騎士隊長達。
「レイリだけ討てばいいから、お前等は手を出すな。俺がやる。」
ジークは威圧感たっぷりに、言い放った。
意見する者は一人もいなかった。
―――――――――朝日が昇り始め、世界を明るく照らし始めていた。
そんな光り輝く太陽を背にして、1人の男が剣をアークス城にかざした。
その姿はとても神々しく、味方はとても心強さを得られるだろう。
「目指すはアークス城だ!行くぞ!」
そう言い、ジークは自ら先頭に出て、一気にアークス城を目指した。
騎馬隊がロストに流れ込む。
早朝ということもあり、あまり人はいないのだが、騎馬隊に突き飛ばされる等の
被害が多少は出た。
マルク・ケイミはまだ眠りの中にいた。
突然、雷がすぐ耳元で鳴り響く様なすさまじい音が二人を襲った。
「うるせーよ!!!」
マルク半キレ気味に起床。
「え?なに・・・?」
ケイミは半寝状態で起床。
窓を開け、外を眺める二人。ケイミは眠そうに目をこすっていた。
「なぁ、あそこって・・・。」
マルクがそう言い、指で示した。
アークス城からは粉塵が巻き上がっており、ただごとではない空気が漂っていた。
「ん~?」
緊張感のないケイミの声。
「ケイミ行くぞ!」
マルクはカリバーンを帯剣し、部屋から勢いよく飛び出した。
「えぇっ、ちょっと待ってよー。」
いつもの黒いローブを羽織り、ケイミもそれに続いた。
馬があることも忘れ、宿屋を後にする二人。この時ばかりは
ケイミもすっかり忘れていた。
アークス城につくと、城門は粉々に粉砕されており、マルクとケイミはそれを見て
ポカンと口を開けていた。そして、アークス城に入ると、そこは広場になっており、
そこで二人はまたもや、驚いてしまう。目の前には異様な光景が広がっていた。
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アークス城最上階の玉座の間に緊張感に満ちた声が響いた。
「レイリ将軍、すごい勢いでジーク様の部隊が押し寄せてきます!」
レイリは落ち着き、その報告に耳を傾けた。そして目を閉じ、思考を働かせた。
事前にジークの部隊がロストを通過することは聞いていた。
しかし、前日にジークの部隊に対する使者を出したのだが、今も帰ってこない。
さらに今のこの状況。レイリは1人、出口のない思考に取り込まれていた。
アークス城の前では開門機の準備が着々とされており、いよいよ突撃されそうな
状況に陥っていた。そんな中、城門の前から声がした。
「聞こえるか、レイリ将軍!」
ジークはレイリのいるであろう、最上階に向けて声を張り上げた。
「陛下の命により、あんたを討ちにきた!」
レイリの周りにいる臣下達がざわめいた。
リトアス陛下の命令・・・・?なぜ・・・?レイリがそんな事を考えていると、
再びジークの声が響いてきた。
「数ではこっちが圧倒的に上だ。降伏すればそっちの兵士は助けてやるぞ!」
「戦いましょう。あんな新参者にでかい顔はさせられません!」
と、これはレイリの部隊の騎士隊長。レイリは目を開き、青い瞳をその騎士隊長に向け、
冷酷とも言える、客観的な意見を言い放った。
「兵法は数がものを言う世界です。」
騎士隊長は顔をしかめた。再び抗議しようとしたところ、瓦礫の崩れるすさまじい音が
アークス城を襲った。もちろん最上階の玉座の間も例外ではない。
そして、間もなく1人の兵士が勢いよく玉座に走りこんできた。
その兵士は肩で息をしていて、ただ事でないことが、誰もが窺えた。
「門が突破されました!」
玉座の間がざわつき、レイリ以外の顔を暗雲が覆った。ざわつきが止む前に
今度はアークス城の広場とも言える場所から、ジークの声がした。
「レイリ出てこい。今ならまだ、あんた1人で許してやる!」
レイリは意を決して、ゆっくり言い放つ。
「私が行きましょう。」
玉座を後にし、ジークに会うべく広場に向かうレイリであった。
レイリが広場に着くと、向かい合う軍勢の先頭にはジークがいた。
簡素なレザーアーマーにブーツといった格好だ。
ジークはレイリを見つけると口元に不敵な笑みを浮かべた。
「降伏する気になったか?」
その挑発じみた物言いに、レイリのすぐ傍に控えていた騎士が自らの剣に手をかけた。
すっと手を横に出し、レイリはそれを制した。
そして、サファイアブルーの目でジークを一直線に見つめた。
「私が捕まれば、兵士達は助けてもらえるのですね?」
「嘘はつかねぇ。ただし、あんたは捕虜じゃなく、ここで死ぬ。」
レイリの後方に控えている軍勢が一気にどよめいた。一触即発の事態である。
ジークは馬から降り、ゆっくりとレイリに歩みよってくる。
「ただ死ぬだけじゃつまんないだろ。剣を抜け。サシで俺を退かせられれば
、俺達は手を引こう。」
「私は捕まれば、リトアス陛下に会うこともなく、処刑なのですか?」
「あぁ、この場でな。元々、あんたを討つのも今回の仕事でな。」
そう言うとレイピアを抜剣し、右手に構えた。
「陛下との対話もままならないのであれば・・・。」
レイリも腰に備えている、やや長めの剣に手をかける。
真ん中で向かい合う二人の後ろにはそれぞれの軍勢がいるのだが、一瞬の静寂が
辺りを覆った。風が吹き、木々がざわめき、葉のすれる音もよく聞こえる。
「行くぞ!」
静寂を破るジークの声。一気にレイリとの間合いを詰めにかかった。
そして、空を裂く音と共に、レイピアの突きがレイリを襲う。
刹那、レイリは剣を抜き、刀身でレイピアの軌道を自分からわずかに逸らした。
ジークはそれを見て、レイピアを引き、やや後退する。
レイリの動きには全く無駄がなく、完璧な見切りであった。レイリの軍勢からは
感嘆の声が上がった。拍手をしている者さえもいた。
剣を縦に構え、次なる一撃も流そうとするレイリ。
「それがあんたの剣・・・噂に名高いファルクスか。」
ジークはレイリの一風変わった剣を見て、述べた。
レイリの愛剣であるファルクスは変わっており、刃が内側についているのだ。
そのため、普通に扱う分には人を斬らずに済む。レイリの性格が出ているのだろう。
もちろん、斬れなくてもダメージはしっかりと伝わる。
「私を討て、というのは本当に陛下による命令なのですか?」
「そうだ。あんたが王に意見したことあったろう。あれが原因らしいな。」
まさか、あれが原因で仲間内の戦争を行うとは・・・。思考をめぐらす。
やはりリトアス陛下と1度話してみる必要がある。そうなるとここで死ぬわけにはいかない。
レイリは心にそう決心した。
面倒くさそうにジークは口を開く。
「もう、質問はいいのか?」
「はい。いつでもどうぞ。」
レイリの確固たる意志が、その青い目から窺えた。そして、また、その目は
ジークの次なる動きを窺っている。
「見切りの後のカウンター。あんたの戦い方だ。傭兵の間では結構有名だった。」
独白するようにジークが言った。そして、尚も続ける。
「守りの天才を俺は攻め崩せるのかどうか・・・。」
最後に、楽しみだ、と言うとジークは声低く笑った。
その様子からは戦いを楽しんでることが窺えた。
直後、ジークは一歩踏み込み、その勢いを殺すことなく、レイリに突きを放った。
突きの軌道は的確にレイリの急所、すなわち、胸元を狙って放たれていた。
しかし、レイリには軌道がわかっている。ファルクスの斬れない刀身で、レイピアの
軌道を流し、少しの遅延もなく、そのままファルクスで袈裟斬りの一撃を放とうとした。
その瞬間に、もっと正確に言えば、レイピアの軌道がずらされた瞬間に
ジークの口元が不敵に綻ぶ。斬り返しのみに集中していた、レイリは気づく筈もなかった。
ファルクスが当たるかという直前、ジークの嘲笑っている声がした。
「俺は騎士様じゃないんでねっ!」
レイリのわき腹に重たい衝撃が走った。ジークの蹴りがまともに入った。
「くっ」
横に体勢を崩すレイリ。ファルクスも当たっていたのだが、バランスを崩していて
ほとんどダメージになっていない。
ジークはひるむことなく、レイリに雨のようにレイピアの突きを浴びせた。
空を裂く音が何重にもなって聞こえてくる。
受け流そうにも、バランスを崩しており、ファルクスを構えられない。
レイリはあえて蹴られた威力に身をまかせ、そのまま跳び、ジークとの距離を
取ろうとした。しかし、ジークも完璧にそれについてきていた。
跳んでいるため、避けられない。ファルクスも構えられない。詰み・・・。
レイリの頭をそんなことが過ぎった。
直後、ジークが突きを心臓に向け放った。
――――――――――――目の前にはたくさんの兵士。
旗にはコーネリア国のエムブレムが入っている。
ジークの部隊のすぐ後方にいる、マルクとケイミは呆然としていた。
アークス城の城門は粉砕され、すぐ中では軍隊と軍隊が向かい合っている。
そしてその向かい合っている中央では1対1の戦いが行われている。
1人は長身で体格の良い男。もう1人はやや長めの剣を所持している女の騎士。
動くたびになびく艶やかな黒い髪が似合っていて、形の良い切れ長の目に宿る
サファイアブルーの色も美しい騎士だった。遠目で見ても、その美貌は
ハッキリとしていた。
そして、今や二人の戦いは終わりを迎えようとしていた。
突きを避けるために、横に跳んだことが裏目に出て、その動きについていった
男が急所狙いの的確な突きを送り込んだのだ。
「あっ」
と声を出すマルク。
今まさに決着がつこうというところで、優勢だった男にスローイングナイフが
飛んできたのだ。それも確実に首を狙っている軌道だった。
それに気づいた男は突きを引き、剣でスローイングナイフを弾き落とした。
そして、当然、声を荒げる。
「誰だ!?」
マルク達のいる軍勢と向かい合っている軍勢から、くたびれた薄茶色の
ローブを纏った男が出てきた。明るい茶色の髪に目鼻の形も良く、輪郭も
整っている男だ。周りが鎧に身を包んでいるだけに、その男はとても目立った。
そしてマルクはその場違いな男に面識があったのだ。
突如として出現したローブの男は声を荒げている男なんか無視し、
地面に座り込んでいる女騎士に近づいた。
「お嬢さん、お怪我はありませんか?」
等と気障に言い放ち、さわやかな笑みを浮かべ、手を差しのべている。
女騎士は困惑した表情をして尋ねた。
「ど、どちらさまですか?」
「ただの通行人です。またの名をピットと言います。」
そう言い、ピットは女騎士の手を取り、立ち上がらせた。
ピットのこの登場とセリフにアークス城を沈黙が襲った。
「あ、あいつ頭おかしいのか・・・。」
マルクが呟いた。ケイミは微笑を浮かべながら、
「あれってやっぱり、隊長なんだ。」
当の本人ピットは尚も続ける。
「麗しの君はレイリ将軍とお見受けしますが、よろしかったでしょうか?」
そのセリフにレイリは頬をほんのりと紅潮させ、俯き加減に、
「え、えぇ、そうです。」
マルクとケイミはかたまっていた。ふと、マルクが口を開く。
「レイリ将軍って純情なんだな・・・。」
「仕事一筋に生きると、あんな風になるんじゃないかな・・・。」
と肩をすくめるケイミ。
突然、ピットの頭上から剣が振り落とされた。ピットは振り返ることもせず、
すぐさま、レイリを抱きかかえて回避した。その機敏さには両軍が驚き
ざわめいた。
「俺は忘れてんじゃねぇ!!」
ピットはレイリを丁寧に下ろすと、そのセリフを吐いた男をにらみつけ、
「お前は誰だ!?」
と力強く言い放ったのである。
そのセリフを聞いて思わずマルクは口に出していた。
「いや、それはお前だよ。」
クスっと隣でケイミが笑った。
完全に男はキレていた。顔が真っ赤だ。
有無を言わせず、男はピットに突きを浴びせた。速さは言うまでもなく
先程より速い。ピットは驚くような速さで、避け、男の背後にまわりこんだ。
そして周りこむ時に男の左腕にダガーによる、一撃を与えていた。鮮血が
男の腕を流れ筋をつくっていた。
その男を気遣う声が響く。
「ジーク将軍!!」
ジークはその声の主を見やり、
「絶対に手を出すな、俺がやる!」
そう言い、再びピットに突きをしかける。その速さの全く衰えていない突きの嵐を
ピットは後ろに跳躍し、回避する。そして、ようやく、ジークの首から
ペンダントがぶらさがっているのに気付き、
「コーネリア国のショーグンだったかッ!!」
と驚きで目を開きつつ叫んだ。それに構うことなく、ジークはピットとの間合いを詰め、
横薙ぎの一閃を放った。
ピットは右からやってくる斬撃に対し、ダガーで見事に防いだ。
ジークはすぐさま、右膝でピットの腹を正面から突き上げようとしたのだが、
ピットの行動の方が速かった。空いている左手で、もう1つのダガーを取り出し、
ジークの胸元を狙い、突き出していた。
それに気付き、ジークは後ろに跳び逃れようとした。しかし、ピットは
ジークにぴったり張り付き、その懐で今や二刀流となっている、ダガーを
存分に暴れさせている。ピットの腕が動くたびに、レザーアーマーが裂け、
鮮血が舞ったりしている。思うようにレイピアを使えず、防戦を強いられるジーク。
「隊長はやる時はやるんだね。感心感心。」
先程の態度からは想像もできない今のピットにケイミは言葉通り感心していた。
「一応は要職についてるしな。」
苦笑いをして、返事をするマルク。
二人がそんな会話をしていると、ジークが防御を捨てた大振りの蹴りを放った。
それを受けきれず、吹っ飛ぶピット。
その間にジークはピットに突きをしかけようとしたのだが、ピットは
空中でダガーをジークに向けて放っていた。
レイピアで投げられたダガーを弾くと追撃をかけようとした。
が、ピットの姿は眼前からは消えていた。そして間もなく、ジークは
首の後ろから衝撃がつたわるのを感じ、意識を失ってしまった。
ピットだった。
ダガーを放ち、受身を取るとその恐るべき速さでジークの背後を取っていた。
最後にはジークに肘打ちを決めたのである。その場に倒れこむジーク。
マルク、ケイミ側の軍勢を動揺の波が襲った。
「ジーク将軍が倒れた!」
誰かがそう叫んだ。指揮官が倒れると舞台の瓦解は早いもので、一気に敗走が始まる。
次々にマルク、ケイミの間を騎馬隊やらが駆けていった。
ジークの部隊がいなくなると、マルクとケイミだけが取り残され、
ピットとばっちり目が合った。
「マルク様・・・・?それにケイミ・・・。」
呆然と呟くピット。こうしてピットはマルクを発見できたのであった。
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今、アークス城の応接間では5人の人間がテーブルを囲んでいて、その中の1人、
レイリがリトアスの計画を話しているところだった。
リトアスの計画を知り、重々しく口を開くラクロス。
「リトアスもなんで急に・・・。」
レイリの判断により、ラクロスはこの話し合いに参加することとなったのだ。
そして、その独白とも取れる言葉に、
「私にもわかりません。」
澄んだサファイアブルーの美しい目を伏せ気味にレイリが答えた。
「とりあえず、父さんに事の次第を伝えないとな。」
と、これはマルク。先程、ピットに見つかり、ピットのせいで身分がバレてしまい、
この場に参加している。もちろんピットも参加していて、ケイミは国の要人でも
何でもないのだが、今はマルクの臣下という形で参加しているのである。
「私はクルセイル城に単身、乗り込み今一度、リトアス陛下とお話ししてみます。」
そう言ったレイリの瞳からは確固たる意志が窺えた。
そんなことも気にせずにケイミが口をはさんだ。
「でも、1人で行くっていうのは危ないんじゃない?」
この言葉の裏の意として、僕も行きたいな、というものがあったのだが、
それに気づいたのはマルクだけであった。
マルクが隣にいるケイミをちらっと見ると、片目をつむりウィンクをしている。
やれやれという風に、マルクは、
「レイリ将軍、もはや大陸全土に関わる問題です。ですからジュライ国からも
俺とケイミが同行させていただきます。」
とらしくもない口調で言った。
レイリが困惑した顔でマルクを見つめ、半ば口を開きかけたところで、ケイミの
場に似合わないの明るい声がした。
「じゃ、決まりだね!」
マルクもこれに続いた。
「ピットは一旦帰って、父さんに報告を頼む。」
テーブルに手を叩きつけ、立ち上がるピット。
「マルク様っ、俺の護衛なしにコーネリア国に行くってんですか!?」
その様子にケイミはオーバーに溜め息をついた。
「オーバーだなぁ、隊長は~。」
もちろん、これはケイミが単にいつも通りふざけただけなのだが、ピットには通じない。
ピットは隣に座っているケイミに両目をくわっと見開き、
「なにぃ!?」
と言うと、ケイミに掴みかかり、ゲンコツを放つべく拳を振り上げた。
マルクからしたらいつもの光景である。ケイミ曰く、隊長のオーバーアクションが
おもしろくてやめられない、というものなのである。
「わわっ、暴力反対、マルク~!」
と、マルクに楽しそうに助けを求めるケイミ。顔がどこか嬉しそうである。
「とにかく、ピットは一旦帰還だ、これは命令だぞ!」
ピットはマルクを見つめ、
「マルク様がそう言うんであれば・・・。」
と言い、ケイミを掴む手がゆるんだ。同時に拳も下ろされ、ケイミは事無きを得た。
ふぅ~と息を吐き、その顔にはおもしろかった、という充実感が満ちていた。
「レイリ将軍、早速、コーネリア国に向いましょう。」
マルクはそう言い、レイリに出発の準備を促した。
レイリはそれに対して頷き、
「私がいない間は、ラクロス様に後任を任せてもよろしいでしょうか?」
と、ラクロスに言い、おねがいします、と最後に頭を下げた。
「私は歳だし、それくらいしか役に立てんよ。」
苦笑するラクロス。頭を上げ、ほっとしたようにレイリは微笑み、
「では、おねがいします。」
と再度、頭を下げた。話がまとまり、各々が準備に取りかかろうとしたところで、
応接間にノックの音が響いた。レイリが、どうぞ、と言うと、1人の若々しい
兵士が入ってきた。形式通りの挨拶を済ませると、その兵士は口を開いた。
「ジーク様が面会を望んでいて、あまりに騒がしいもので・・・。」
若い兵士の顔色から察するに相当うるさいんだな、とマルクは推察。
どれくらい騒いでるか見ておきたいなぁ、とケイミは思った。
ピットは心の中で思うだけじゃなく、口に出し、行動に写す。
まず、思いっきり顔を顔をしかめた。そして
「あんなヤツに騒がれたらたまったもんじゃないな。よし、俺が黙らせてやろう。」
と、言うと、若々しい兵士に近づき、ジークの元まで案内を求めるピット。
もし、全くの部外者がこの場にいれば、今この城の主はピットだろうと
いう錯覚を起こさせる程にピットの態度は堂々としていた。
ピットは無理矢理に兵士を応接間の外に連れ出し、さっさと行ってしまった。
パタンと扉は閉じてしまった。そんなピットに何も言えず、レイリは、
ただ見ているだけだった。今も扉を見つめているレイリ。
ケイミがからかう様な口調で言葉を発した。
「愛しの隊長が行っちゃったよ、レイリ将軍?」
レイリは見てわかる程に頬を紅く染め、ニコニコ顔のケイミを見た。
「わ、私も行きます!」
そう言い、席から立ち上がり、急いで後を追った。
マルクとケイミもレイリの後に続いた。マルクはピットの心配から、
ケイミはジーク観察兼レイリとピットの観察という目的からである。
応接間にはラクロス1人が残されてしまった。
「若い者は元気だな。」
扉を見つめる、その目を細めて顔を綻ばすのだった。
―――――――――――――――少し歩くと、牢についた。
ジークは騒ぎまくりだった。これを見たピットは、もう少し強く打っておけば
よかったな、と内心思った。しかし、ジークはピットの姿を見つけると、ピタっと
静かになり、まじまじとピットを見つめた。そして一言。
「俺とサシで戦え。」
ピットは自分の頭に人差し指を向け、本気で心配そうな顔をした。そして一言。
「頭、大丈夫か?」
レイリ、マルク、ケイミの3人が現場に着いた時にはジークはさらにヒートアップを
していた。鉄格子から腕を伸ばしまくり、ピットに掴みかかろうとしている。
対するピットは腕の届かないギリギリの所で片手を腰に当て、堂々としている。
ピットはマルクに気づくと、満面の笑みを顔に浮かべた。
「マルク様っ、これは名案ですよ!」
ピットはわめきまくりのジークに向き直り、
「マルク様に協力したら、後で戦ってやろう!」
と言ったのである。マルクが何か言おうとしたのだが、ジークの反応の方が遥かに速い。
「ホ、ホントか!?」
鉄格子を両手でしっかり握り、ピットを見つめる、その目はキラキラ輝いていた。
「俺が嘘をついたことがあるか!?」
ジークの瞳をしっかり見据えピット言った。
見た目と中身のギャップはこいつが世界一だとマルクは思った。
ケイミは、うむうむ、親の様に頷いている。レイリはその堂々としたピットを
ただひたすらと見つめていた。
ジークはピットのセリフに対し、ちらっと遠くを見て、
「あんたが嘘をついたこと・・・ない!」
と言い、再びピットに熱い目線を送った。
「そりゃ、君達は初対面もいいとこだしね。」
ケイミが熱い視線を交差させる二人を見て楽しそうに呟いた。
そして、ピットとジークはがしっと握手を交わした。
マルクはもう何も言うことができなかった。
ケイミは頷きながら拍手を送っている。そして、何故かレイリもケイミに続き
拍手を送っていた。
そしてピットはマルクに向かい、
「こいつを俺の代わりに護衛につけます。」
と言うと兵士から鍵を受け取り、ジークを出してやった。
ジークは出てくるなり、ピットに、
「約束は守れよ!」
と言うと、次にマルクが誰かを尋ねた。
マルク、ケイミが軽い自己紹介を済ますと、ジークは、
「よし、しっかり守ってやるからな!」
とマルクの肩をバシバシ叩いた。
この光景を見たケイミが、隊長が1人増えたなぁ、と思った。
実際、マルクも、こいつはピット2号だな、と思っていた。
こうして、マルク、ケイミ、レイリ、ジークの4人はコーネリア国に向うべく
アークス城を後にした。ピットはシャロンと帰路についたのだった。
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「これだけ魔力を集めても駄目か・・・」
ジーンが緑の光を放つ石を手に取り、見つめた。既に棺の3つのくぼみには紅・青・黒の
石がはめこまれており、各々がその宝石特有の光を発している。
「今時の人間は使い物にならないな」
その奇怪とも言えるセリフをウィーゼに向けた。ウィーゼは無言のまま、ジーンを
見つめているだけだった。ジーンは面倒そうな視線をウィーゼに向け、
「緑の宝石の代替エネルギーを集めるのに、今の人間では難しい様だな」
ウィーゼは表情を変えないまま、話を聞いていた。しかし、この時、ウィーゼの
右の手の内にある、魔方陣がわずかながらも黒い光を放っていた。
ジーンは手にある緑の自作の石を目を細くして見つめ、ゆっくりと口を開いた。
「それで?私に何を召喚してくるつもりかね?」
ウィーゼの背中を冷たいものが走った。刹那、後ろに跳躍し、ジーンと距離をとる。
宝石を地面に落とし、ジーンはウィーゼに向き直った。
「貴様は使えるから、とっておいたんだがな」
真紅の目がウィーゼを射抜く。その目からは失望、哀れみと言った感情がはっきりと
感じ取れた。少なくともウィーゼにははっきりとそうわかったのだ。
右手を広げ、前にかざし、呪文の詠唱を始める。手の内の魔方陣は黒光りを帯びている。
「我が名は貴方と契約交わし者ウィーゼ。冥界の王オシリスよ、ウィーゼの血の元に
この場に冥界よりの使者を送りたまえ・・・」
地下神殿にウィーゼの声が響き、魔方陣の黒光りが一層と強くなる。ジーンは
ただ、傍観しているだけだった。
「姿を見せろ、サイクロプス!」
突如、ウィーゼの右手の小さい魔法陣から3つ目の巨人の体の一部が出てきた。
足が見え、腕が見え、少しづつ全体像が見えてくる。やがてその全貌が明らかになった。
ボロボロの布切れを体に巻いており、手には大人一人分はあろうかという棍棒を
ぶらさげている。緑の体をしており、獣に近い独特の臭気を放っていた。
ジーンは腕を組み、口の端を軽く引き上がらせ、
「ほぉ、こうして見るのは1000年ぶりといったところか」
「随分と余裕だな。これが原因で全滅したのに」
ウィーゼがサイクロプスを見ながら、そう言いった。すっとジーンを指差す。
「行け!」
その声を合図にサイクロプスがジーンに棍棒を叩きつける。横に移動することで、ジーンは
攻撃から回避できた。棍棒の叩きつけられた場所はへこんでおり、サイクロプスの力の強さが
表れていた。軽い粉塵も巻き起こっている。粉塵を手で軽くはらい、ジーンは咳払いをした。
「どういう了見で私を攻撃する?」
「争いの元は全て断たねばならない。それがお前だ。」
再び、サイクロプスがジーンを狙い、棍棒を振り上げた。それを視認し、ジーンは
ローブの中の剣に手をかけた。棍棒がジーンに振り下ろされた。その瞬間、やや長めの
金髪がジーンの動きに合わせて、ふわっと舞う。そして、サイクロプスの悲鳴が響いた。
棍棒を持っていた方の腕が落ち、そこから大量の血を流していた。腕をかばいながら、
サイクロプスは膝を地面につき、尚も苦痛に満ちた呻き声を上げている。ジーンは
表情を変えず、頭を垂れている、サイクロプスの首に剣を振り落とした。
サイクロプスは自らの血の海に沈んでしまった。雑作もなく首を落とすと、剣を振り、
血を払った。空いている左手で金色の髪をかきあげ、真紅の目をウィーゼに向けた。
「私をあまく見すぎじゃないかね?」
ウィーゼは答えず、その場に立ち尽くしている。血の海を一歩ずつジーンが近づいてくる。
歩くたびに、ジーンの足元からは血の跳ねる不吉な音がした。
「私は君達、サマナーの秘密を知っているんだよ」
一歩また一歩とウィーゼとの距離を縮めていった。不吉な音と共に・・・。
―――――――――太陽が沈み始め、空は夕焼け色に染まっている。通り道でもあった
城下町はいつもの賑わいを見せていた。家路につく人、夕飯の買い物をしている人、
走り回って遊ぶ子供達の姿。そんな中、3人はクルセイル城を目前にひかえ、近場の茂みに
身を潜ませているところだった。今はレイリの偵察待ちだ。
「リューガってカッコイイなぁ~」
クルセイル城上空で旋回している、リューガとレイリを見上げて、ケイミが感嘆の声をあげた。
「俺も乗ってみたいな」
マルクが好奇心に瞳を輝かせて言った。と、ここで不機嫌な声もする。
「どうでもいいから、早く行こうぜ」
ジークは腕を組み、溜め息をついていたりした。
「レイリ将軍の偵察が終わったらだ」
マルクが言葉を発してから間もなく、レイリがマルク達のいる茂みへと、リューガを伴い
降り立ってきた。リューガの着地の際に巻き起こる風を全身に浴び、ケイミはまたしても
感動している様子だった。
「様子がおかしいです」
至極真剣な顔をして、レイリが報告を続ける。
「城壁内の見張りが倒れていて、なにより、静かすぎます」
マルクが眉根を寄せ、口を開いた。
「見張りが倒れてる?どういうことだ?」
「とりあえずさ、急がない?異変が起こっているっぽいしさ」
とケイミが提案した。ジークもしきりに頷いている。
マルクがクルセイル城を眺め、
「見張りがいないなら、このまま侵入だな」
そう言い、これに異論ななかった。
――――――――――――――門をくぐり、エントランスへと急ぐ。
入るとすぐに広いホールに出た。中央には上がるための白い手すりが際立つ
豪華な階段がある、しかし4人の目に入ったのはまず、そこら中に倒れこんだ兵士達の
姿だった。生気を奪われているかのように色の悪い顔をしている。不安がレイリを過ぎる。
「陛下・・・!」
そう呟くと、レイリは玉座たる部屋を目指し、駆け出した。他の3人も続いた。
階段を上り、クルセイル城の中心とも言える場所に玉座の間はあった。レイリが不躾に
両開きの扉を開けると、中には玉座に腰を据え、首をうなだれている男の姿があった。
「陛下!」
レイリがリトアスに近づき、肩をゆすった。
「陛下!どうされたんですか?!」
リトアスはゆっくりと顔を上げ、心配そうに見つめるレイリの顔を見つめた。
「レイリよ、どうしたのだ?」
そこにはレイリの知る、以前の温和なリトアスの表情があった。ケイミは敗戦を喫した
ジークがこの場にいてもいいものかと思ったのだが、次なるリトアスの言葉で、その疑問は
見事に解消されることとなる。
「その者達は何者だ?」
明らかにマルク、ケイミ、ジークの3人に向けられた言葉であった。ジークがキレ気味に口を開く。
「少し前に将軍に任命された者ですが?」
誰が聞いても不機嫌だということがわかる、そのセリフにリトアスは肩眉をつり上げた。
「お前が将軍?何の話をしているんだ?その前に名を名乗れ」
もう気味などでなく、まちがいなくキレていた。
「あんたな、ふざけてるのか?」
「ふざけているのはどっちかな?」
リトアスも全く譲らず言い返す。先の見えない言い争いにレイリが割って入った。
「陛下、本当にこの者を任命されたことを覚えてないのですか?」
リトアスは顔をしかめ、近くに控えるレイリを見つめ、
「レイリ、お前まで何の冗談だ・・・」
オーガ侵攻、三将の二人を解任、未遂に終わったジュライ侵攻、そして竜人王の復活。
レイリはこれまでの経緯を話した。聞き終わったリトアスは呆然としていた。
「私がそれらの命令を出したと言うのか?」
レイリに救いを求めるようにリトアスが訊いた。
「えぇ、そうです」
レイリがはっきりと答える。リトアスの顔が暗くなり、俯いてしまった。
「すまない、全く記憶にない・・・」
場を沈黙が襲った。レイリは心配そうにリトアスを見つめている。
「ねぇ、この場にいるべき三将のもう一人は?」
いつもマイペースなケイミが辺りを見回しながら、言った。それにジークも続く。
「ウィーゼだ。ウィーゼはどこにいる?」
リトアスには話が全然わからず、黙り込んでいた。ケイミは溜め息をつき、玉座に向って
歩き出した。ケイミが玉座に近づき、
「リトアス様、少~しどいてもらえます?」
リトアスの顔を一瞬ではあるが、動揺が襲った。マルクは見逃していなかった。リトアスが
玉座から立ち退くと、ケイミは玉座を横に向って押し始めた。マルク達はただそれを
見ていたのだが、リトアスだけはちがった。
「なぜ、それを知っている!?」
声を上げ、ケイミを不審な物を見るように見つめた。
「魔法使いだから」
とニコっと微笑み返すとやがて玉座がどけられ、どこへ続くとも知れない道への入り口が
ぽっかりと口を開いた。階段が下に続いているのはわかるが、その先は暗闇に閉ざされている。
「なんだこれは?」
誰に問うでもなくマルクが呟いた。その驚き顔に、してやったり!と顔に笑みを浮かべた
ケイミが説明を開始する。
「これが伝説の竜人王の封印場所への入り口らしいよ」
なんで知ってるんだよ、こいつは?いつもは思うはずの事がマルクには思いつかなかった。
そして、ケイミを先頭に地下への階段を降り始めるのだった。
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辺りは白い石で造られ、そのどれもが光沢を放ち、神秘的な世界を築きあげている。
その世界を壊すかの様に、祭壇らしき場所付近には血の海が広がっており、血の主と
おぼしき緑の巨体が血にまみれて、横たわっていた。男が二人対峙している。
一人はやや長めの金色の髪をしていて、真紅の目をしている貴族風の男。見に纏った
黒いローブだけが、その者の異質さを表しているかの様だった。
対するは黒い髪をしていて、上質な青いマントを羽織っていた。背中しか見えないので、
性別はわからないが、背格好から男だろうということは窺える。
マルク達がこの場に着くと、この二人の者がいて、ただならぬ雰囲気をかもし出していた。
血に沈む巨体、それに片方の男は剣を右手にぶらさげている。そして、その剣には
わずかではあるが、赤い何かが付着しているのがわかる。
「ウィーゼ!」
ケイミが突然声を発した。それに反応し、青いマントの男が振り返る。
男かどうか疑わしい綺麗な顔立ちをしており、その整った顔に青い目はとても似合っており、
そこには見る者を魅了してしまう美しさがあった。まだ若さがあり、年齢はマルク、ケイミと
同じくらいだろうか。遠くからで聞こえないが、ウィーゼの口が開く。
「ケイミ様・・・」
しかし、すぐに眼前の敵にすぐ向き直る。ジーンが横薙ぎに一閃を放とうとしていた。
姿勢を屈めると、すぐ頭上で風を切る音がした。そのまま、ジーンから離れようとしたが、
屈んだウィーゼの前には左手をかざす、ジーンの姿があった。その手がまばゆい光を発する。
直撃し、対象者であるウィーゼの体が宙を舞い、ケイミ達の前まで吹き飛ばされる。
急いでケイミがウィーゼを抱き起こした。そして、不安の色に顔を染め、
「一人で無茶はしないでって言ったじゃん!」
「すみません、ケイミ様」
「様は要らない!」
「はい、そうでしたね」
ウィーゼは涼しい顔でそう言うと、あまり痛みがないのか、立ち上がる際に顔を
しかめたものの、服には魔法によるダメージは受けていない様だった。
その様子を見ていたジーンが口を開いた。
「さすがはサマナー。着ている物もちがうか」
レイリとジークは驚きの眼差しをウィーゼに向け、リトアスの顔には暗雲が立ち込めた。
マルクは表情を変えないまま、ウィーゼを見つめている。
サマナーとは希少価値が高い。これは一般的な考えである。しかし、なぜ希少価値が高いかと
言うと、それは数が少ないからなのである。では、なぜ数が少ないのか。という答えに対し、
人々は、高等な技術が必要だからとか適当な理由で片付けてしまう。
実際は全然ちがった答えが出てくるのだが、それは各国の王しか知らない。
サマナーの間でも一部の者しか知らない事柄なのだ。だから、レイリとジークの反応は
当たり前と言えるものだった。誰もがそういう驚きの目でサマナーを見るのだから。
ジーンが首を傾げ、顎に手を当てながら、
「ん?リトアス・コーネリアもいるということは催眠が解けたのですかな?」
リトアスが訝しげに質問する。
「催眠・・・?」
「えぇ、石を手に入れるには貴方の権威が必要でしたから。思う存分操作させて
いただきました」
と、何の悪びれた様子もなく、ジーンが言い放った。ジークがいるのを知り、ジーンが
気だるげに話を続けた。
「竜人王の復活にはジュライの緑の石も必要。だから、私はこれから、ジュライまで
行かなければならないんですよ」
言い終わると同時にジーンのローブを破り、背中から翼竜の持つ黒い翼が開かれた。
「飛ぶ前に計画に支障の出る反乱分子は片付けなければ・・・」
ウィーゼとケイミを除き、全員がその翼に驚いている、その瞬間。
ジーンが翼を羽ばたかせたかと思うと、その姿がぶれて見えた。一気に距離が縮み、
まず、ジークに襲いかかった。ジークは振り落とされた一撃を頭上で何とか
受け止めたが、二撃めの拳がすぐさま腹を襲う。膝を持ち上げることで、相殺に持ち込もうと
したが、ジーンの拳は常人では考えられないほどの威力を秘めていた。堪えきれずに、後ろに
バランスを崩してしまうジーク。その隙をジーンは見逃さない。袈裟斬りに剣を振り、
ジークの体には致命傷とも言える傷が出来てしまった。鮮血が舞い、その場に倒れこんで
しまうジーク。そのジークが倒れるよりも早く、次なる行動をジーンは起こしていた。
すなわち、近くに控える、ウィーゼの襟元を掴み、祭壇の方へと思いっきり投げつけた。
高いところから落ち、床に体を強打し、ウィーゼ苦痛に顔を歪める。
投げたかと思うと、ジーンは剣をリトアス向けて斬りつけてきた。剣を構える隙もなく、
レイリが主人をかばうため、身を挺してリトアスをかばった。レイリは背中に直撃を浴び、
その背中を真っ赤に染めた。
「レイリ!!」
地下神殿にリトアスの悲痛の叫びが響き渡る。
崩れ落ちるレイリを抱きかかえ、その名を何度も呼び続けていた。
そんな二人にジーンは無情にも更に追撃を加えるべく、剣を振りかざす。寸前のところで
マルクがジーンの前でリトアスとレイリを守るべく、剣をカリバーンで受け止めた。
「リトアス様は早く治癒魔法を!」
高く澄んだ金属音がなった。ジーンは受け止められた剣を退き、手首を返し、今度は
横から斬りつけようとしたところで、黒光りするエネルギー体がジーンを襲う。
それを翼を羽ばたかせ、高く飛び回避した。そして、放った者であるケイミに目を向ける。
「なかなかのウィザードだ」
そう言い、音もなく地に足をついた。そこで空に描かれた魔法陣にジーンが気づいた。
「僕はウィザードには属さないよ」
その言葉に呼応するかの様に魔方陣の黒光りが強い輝きを放つ。ジーンが目を細める。
「召喚・・・。君もサマナーか」
このジーンの言葉にマルクがケイミにじと目を向けた。
「ケイミはサマナーだったのか?!」
ケイミは困ったように笑いながら、口を開いた。
「召喚はサマナーの特権なんだよ」
「それならもっと早く言えよ!」
ケイミは肩をすくめ、眉根を寄せた。
「僕、前にも召喚して見せたことあるじゃん!」
マルクは言葉を濁した。確かに、ケイミの召喚を見るのはこれが初めてというわけじゃない。
以前にも見たことはあったのだ。マルクの心中を察したのかケイミが得意気に微笑み、
「ほらね、思い出した?」
納得したマルクである。召喚できればサマナーという概念がマルクには今の今までなかったのが
原因だと本人も悟った。顔に苦笑いがこぼれる。突如、マルクを剣が襲う。
ケイミの方へと身をひねり、回避し、剣を構えなおす。そんなマルクの傍らではケイミの
魔方陣が明滅している。ジーンは追撃はせずに、静かに語りかけた。
「さ、何を見せてくれる?サマナーよ」
ケイミは血の海の主をちらっと見やり、
「あれよりすごいやつ」
と、あどけない笑みを見せた。目を閉じ、意識を集中させる。魔方陣の黒光りが強まり、
それに伴い、ケイミを覆う黒いオーラも強さを増す。呪文の詠唱に入る。
「冥界の王オシリスよ、ラケシスの血の元に貴方の現世への召喚を命じる。」
ジーンの目が開かれる。魔方陣からは長く美しい体を白竜が現れ始めた。白い身には鱗を纏い、
宙に浮いているその姿は神々しいものがあった。その黒い瞳は理知的に光り、ただの凶暴な冥界の
生物というものではなかった。雷鳴のごとき咆哮をジーンに浴びせて、にらみつける。
「驚いた。あの小娘のラケシスの末裔に会えるとは・・・」
マルクはまたもや、ケイミにじと目を向ける。視線に気づき、ケイミが先手を取る。
「別にマルクに訊かれたことなかったしさ~」
マルクは悪戯に微笑み、
「結構重要だぞそこ、ケイミ様?」
「そんなことより、目の前の敵に集中!」
マルクは、笑みを消さないまま、ジーンに身構えた。ケイミもジーンを見据える。
「行け!オシリス!」
主人の命に従い、冥界の王はジーンに突進していく。ジーンは身を捻り、軽々と回避したのだが
その回避先にはマルクが剣を突き出していた。ジーンの腕を一筋の血がしたたり落ちる。
呆然とそれを見つめ、ジーンが口を開いた。
「人間ごときが・・・・」
声は殺気に満ちていた。そんなジーンにオシリスが息吹を吹きかける。見事に命中し、
その衝撃波がジーンを中心にドーム型に拡がりを見せた。場が激しい光と粉塵で満たされる。
ジーンとの距離をとったマルクは今やケイミと並び、様子を見守っていた。粉塵が止み始める。
オシリスの攻撃を直に食らった者がやがて姿を現す。人とは呼べぬ、その姿にマルク、ケイミが
絶句した。体は何倍にも大きくなり、紅い皮膚が美しい輝きを放つ。目は鋭く、真紅の目が
その者の性質を表していた。顔は爬虫類のそれに等しく、頭部からは無骨な二本の角が
はえていた。二人の目の前には伝説に伝えられる竜が存在していた。地に足をついているので
オシリスとはタイプは異なるが、こちらは逞しさのある竜だった。その異形の者が口を開いた。
「1000年前、私は無力だった。仲間を守ることもできずにいた。しかし、今はちがう」
マルクは聞かず、意を決し、飛び掛った。頭上に剣を振りかざし、思いっきりカリバーンで
ジーンに斬りかかった。見事に刃先はジーンを捉えた。
「なにっ!?」
鱗が邪魔をして斬れない。竜となったジーンの口が不気味につりあがる。刹那、風を薙ぐ音がし、
マルクをジーンの尾が吹き飛ばした。マルクは地面に打ち付けられ、意識が揺らいだ。
「マルク!」
ケイミがかけより、肩を貸すとマルクは何とか立ち上がれた。その間、オシリスが攻防を
繰り広げている。二体の攻防に辺りは軽い震動が起こっている。オシリスがジーンに突進したが、
ジーンは横に避け、オシリスの胴体を強靭な腕と掴み、そのまま床に叩きつけた。床はひび割れ、
オシリスのうめき声が響いた。ジーンは口を開き、床に突っ伏すオシリスに向けた。
その口には眩い光の粒子が集められ、一直線にオシリスに放たれた。直撃し、オシリスの
皮膚にそのダメージが刻まれる。
「オシリス、今は退いて!」
ケイミが叫んだ。しかし、機敏に動くことも今はできず、そこを狙い、ジーンが追い討ちを
かけようとしていた。その時、銀色の何かが入り口から疾走してくる。そしてジーンの頭に
飛びかかった。白銀に輝く毛並みが美しい森狼の姿が、そこにはあった。
やや遅れて、ピットの声がした。
「マルク様、これを使ってください!」
一本の剣がマルクに投げ渡される。揺らぐ意識の中、マルクが問いかける。
「これは・・・?」
「ジュライの至宝でカリバーンと対をなす、聖剣エクスです!」
カリバーンとエクスを手にし、マルクが構える、二刀流なんてしたこともないのに、
懐かしいとも言える不思議な感覚がマルクを包みこみ意識がとぶ。丁度、シャロンがジーンの頭から
跳び退いた後だった。ジーンがマルクを、いや、二本の剣を見つめ、怒りに瞳を燃やし、
「お前も血の後継者だったか。その剣で我々は・・・」
声高らかに咆哮し、マルクに襲いかかった。鋭い鉤爪がマルクに向けて放たれる。
マルクはケイミを押しやり避難させると、もはや眼前まで迫った鉤爪にゆっくりと見直った。
爪が切り裂いたのはマルクのぶれる残像だけだった。残像は蜃気楼のごとく揺れ、消えた。
ジーンは背後の気配に気付き、尾でその気配の主を殴ろうとしたが、その尾に強烈な痛みが
走る。振り返ると、切断された尾が転がっていた。その尾を無表情で見つめるマルク。
1000年ぶりの恐怖がジーンを襲う。無意識にその名を口に出していた。
「ジュライ・・・」
我に返り、口に光の粒子を集める。マルクはただ黙って立っていた。光の収束の終わりと同時に
マルクに光弾が放たれた。しかし、光弾はマルクの左手の剣、エクスに弾かれてしまい。
行き場をなくした、光の弾は壁にぶつかるだけだった。マルクが姿勢を屈めて、疾走を開始する。
次の瞬間、地下神殿に無念の咆哮が響き渡り、ジーンは地響きを起こし、倒れこんだ。
マルクも最後の一撃を放ち、その場に倒れこむ。意識が戻る。
最後には心配するケイミとピットの声が聞こえた。
「マルク!」
「マルク様ぁ!」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
鳥のさえずりがした。開いた窓からは暖かい陽が差し込み、時折入ってくる風が、
心地良く頬を撫でる。目が覚め、体を起こすといつもの風景があった。見慣れたテーブルに
タンス。今寝ているベッド。そして・・・・。
「マルク!目が覚めたんだね!」
どこか心配そうな顔をしたケイミがいた。
「マルク様!死ぬほど心配しましたよ!」
ピットも同じように同じ事を言った。
寝ぼけ、頭を掻きながら、
「俺、どれくらい寝てたんだ?」
「あれから、二日ですね。でも目覚めてくれてよかった!何か食事の手配してきますっ!」
そう言い残し、ピットは足早に部屋を後にした。
ケイミがテーブルとセットの猫足の椅子に腰をかけ、これまでの話をしてくれた。
「レイリ将軍も命に別状ないし、大丈夫らしいよ。コーネリア国とオーガ国でも和睦が
結ばれて、統治権も返還されたしね」
「そうだったのか」
はっとしてケイミに勢いよく尋ねた。
「あの紅い竜はどうなった?!」
ケイミは不思議そうに首を傾げ、
「マルクが自分で最後倒したじゃん」
「そうなのか?記憶が曖昧だな・・・」
マルクは考え込んだ。でも全然思い出せない。ピットから剣を受け取ったところまでは
覚えているのだけど・・・。
「でも皆無事でよかったじゃん!」
ケイミが明るくそう言うと、マルクもつられて、顔が綻ぶ。
突然ドアが勢いよく開き、ピットが最初に駆け込んできた。そしてももう一人も
やや遅れて入ってくる。
「てめぇ!約束は守れぇ!!」
レイピアを振り回し、ピットに襲いかかる。ジークだった。ピットは部屋を横断し、
開いた窓に足をかけ、今にも逃げ出せる状態になっていた。
「マルク様!今、食事が運ばれてくるんで、しばしお待ちをっ!!」
そう言うと飛び出し、逃げていった。ジークもそれに続き、後を追った。
「ぜってぇ、逃がさねぇ!!」
嵐が去り、部屋はまた静かになる。ケイミが二人の去った方向を見つめ、
「隊長も大変なのをスカウトしたなぁ~」
「あいつも無事だったんだな」
マルクが呟いた。
「あの人は瀕死だったんだけど、身寄りがなくて隊長が引き取ったんだってさ」
ケイミが丁寧に説明してくれた。
「ちなみに、今は隠密隊の副隊長らしいよ」
笑みの含んだ声でケイミはそう言い、終いにはクスクスと笑い始めた。
「隠密って感じしないもんな・・・。笑えるよな」
マルクもつられて顔に笑みが広がる。
「あっ」
ケイミが何かを思いついたように手のひらに手をポンっと打ち付けた。
「ウィーゼも無事だから安心してくれていいよ!それと僕のことだけど・・・」
何か言いにくそうに言葉を濁した。後をマルクが意地の悪い笑みを浮かべて引き継ぐ。
「サマナーでラケシスの末裔ってことか?ケイミ様?」
ケイミは、うっとしたように顔を引きつらせた。
「内密にしといて。召喚できるってだけで人が寄ってくるんだからさ~」
溜め息をつき、肩をすくめるケイミ。
マルクは首を縦に振り、
「わかった、わかった」
と笑顔で返した。それに応えるかのようにケイミの顔に安堵の色が浮かぶ。
「さて、やることあるし、僕は退散しようかな~っと」
ケイミはそう言い、椅子から立ち上がった。ふと突然、マルクの声。
「今回はありがとうな」
手を差し出すマルク。その言葉にケイミは目を丸くした。やがて笑顔になり、マルクに
近づき、差し出された手を握る。
「こちらこそ。楽しかったよ、これからもよろしく!」
暖かい日差しの中、二人は力強い握手を交わした。
こうして歴史に残ることのない戦いは幕を閉じた。同時にマルクとケイミの冒険も
終わりをむかえたのだった。