リフラスタ前編
第一章アークス城攻略
ここオーガ国は約900年もの歴史があり、リフラスタ大陸において大陸最古の国の
1つでもある。大陸の中央に位置しており、北にはコーネリア国、南にはジュライ国と
並んでいる。オーガ国の王都であるロストに悠々とそびえたつアークス城の周りには高い壁が
並んでおり、鉄壁の守備を誇っていた。今日この日までは・・・。
アークス城の玉座は城の最上階に位置しており、その玉座を目指し1人の女騎士が
長い長い廊下を歩いていた。二人の兵士が後についており、これまでの戦況の報告を
している。兵士は肩にコーネリア国の紋章である、竜が両翼を広げたエンブレムが入った
鎧をつけていて、コーネリア軍であることが窺えた。女騎士はと言うと20代半ばくらい
であろうか。肩ほどまで伸びた艶やかな整った長い黒髪は誰が見ても美しいと言うであろう
、腰にはやや長めの剣を帯剣している。切れ長のサファイアブルーの
美しい瞳をしていて容貌の整った顔立ちをしている。首からは3人の将軍にしか与えられないと
言われているコーネリア国のエンブレムの入ったペンダントをぶらさげている。
そのペンダントだけでこの女騎士のコーネリアでの身分は簡単に想像できる。
部下の兵士の報告が一通り終わると、女騎士は丁寧な口調で
「わかりました、ご苦労様です。」
そう一言だけ告げた。そして玉座の間の扉を遠慮もなく勢いよく開いた。
そこは王室ではあるものの高級そうな絨毯が敷いてあるだけで、他にはあまり装飾の
施されていない部屋であった。その絨毯も戦いの後ということもあり、所々汚れていた。
部屋の中には十数人のコーネリア兵がいて、女騎士が部屋に入ると敬礼の意を表し右手を
胸に当て、右膝を地面に着き低頭した。部屋の中央には紅い指輪をしている男が1人。
上質な服を纏っていて、それだけでこの男の大体の身分は察することができるだろう。
ただし、今はロープで縛られていて床に座らせられていて服もボロボロであり
息も絶え絶えになっている。今はこんな状態だが少し前までは
3大国の1つオーガ国を治めていたラクロス王なのである。
「レイリ将軍か・・・・。」
ラクロスは疲労しきっていて虚ろな目で女騎士を見上げた。
「お初にお目にかかります、ラクロス様」
軽く低頭をし、形式的な挨拶をする。これでも少し前までは国王だったのだ。
「我が陛下の望みの品を頂きに参りました」
そういうとレイリは部屋の中央に縛られて身動きのできなくなっている
ラクロスのもとまで来てしゃがみこみ、紅い指輪をラクロスの指から抜き取った。
見る者を取り込んでしまいそうな程深い紅をしている指輪だった。
宝石など装飾品には興味がないレイリではあるが、この指輪の宝石の紅にはとても
魅せられてしまっていた。吸い込まれてしまいそうだった。
「指輪欲しさに国1つ滅ぼすか・・・いや目的はその指輪の宝石の方だろうが。」
ラクロスの声にレイリは我に返った。指輪を箱に納め、立ち上がりラクロスに
視線を落とした。ラクロスはレイリの目を見据え尚も続けた。
「それを欲しがるということはリトアスは伝説の場所がわかったのか?」
「いえ、私が陛下より預かった命は指輪を奪えというものなので」
「レイリ将軍は何も知らされずにその指輪を奪いにきたのか?」
ラクロスは呆れたような口調になっていた。確かにレイリ自身、指輪については
何もリトアスからは聞かされていないのである。今回のオーガ侵攻においても
疑問をかかえていた。そもそもオーガ国とコーネリア国は長年に渡り上手く
やっていたのである。そんな中、急にリトアスによりオーガ侵攻を命じられた。
戦争により勝者が得れる物は土地にその地の金品などである。そうでもしないと
利益があがらないし、兵士達にも恩賞を出せない。しかしリトアスは指輪だけを
欲したのである。レイリとしてはますます訳がわからなかった。
なのでレイリもオーガ国を侵攻したものの国民には全く被害を与えていない。
ここアークス城でしか戦はおこしていないのである。
指輪による竜人王を封印した1000年前の大戦はレイリも知っている。そして
封印を解くことも知っている。けれども肝心の竜人王の眠っている場所は伝説では
語られていなく、それに従って封印を解く宝石もあまり価値がなくなっているのである。
戻ったら陛下に今回の侵攻の意味を問うてみよう。
そんな考えにレイリがふけっていると、1人の兵士が近づいてきた。
「レイリ将軍!ラクロス王の処遇はいかがなさいますか?」
王室にいた兵士達のうち隊長とおぼしき者がラクロスの今後の処遇について
尋ねてきた。
「私は一度報告するためにコーネリアに帰還します。ラクロス王は新たに指示が
出るまでは、ここの牢にいれておいてください。」
そう言い残し、兵士達に任せてレイリは部屋を後にした。
アークス城の城門まで来るとレイリは何かを探すように空を見上げた。
見上げた遥か上空には黒い点があり、空をくるくる旋回している。
普通の人が見れば鳥だろうと思うだろうが、レイリにはそれがはっきりと何であるかは
わかっていた。その黒い点に向かい
「リューガ!おいで!」
そう叫ぶと上空の黒い点は空を切るような鋭い音を出し、レイリめがけて一気に急降下してくる。
それは着地の際に風を巻き起こしレイリの前に降り立った。
全身真っ黒で頭の先から尻尾の先までは4mはありそうな飛竜が降り立ったのだ。
レイリがリューガに騎乗し
「行くよ、コーネリアまでおねがい」
そう言うとリューガはそれに応えるかのごとく、低い遠雷のような力強い咆哮をし、
一気に上空まで羽ばたいた。
そしてあっと言う間にレイリとリューガは見えなくなってしまった。
こうして鉄壁の守備を誇ったアークス城は陥落し、同時にオーガ国の900年の長き歴史にも
幕が閉じたのである。長年に渡り友好関係が続いていた国によって・・・。
この戦いを期にリフラスタ大陸は混乱の渦に巻き込まれていくことになる。
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レイリがアークス城を去ること少し前。
オーガ国の南に位置するジュライ国の王ディールに密偵より報告が入っていた。
オーガ国が落ちたと・・・。尚オーガ侵攻軍の指揮官にはレイリ将軍がついていた。
街に対する被害はなく、アークス城のみでの戦闘となり、被害者はあまり出ていない。
また、侵攻の目的は3大国に代々伝わる伝説の宝石だったという。
オーガ国は紅い宝石が指輪として受け継がれてきているが、ここジュライにも
緑の宝石が指輪になり受け継がれてきているのである。
今回コーネリア国はオーガ国を指輪欲しさに滅ぼしたがそうなると次はジュライ国に
攻め入ってくる可能性がある。可能性ではなく、まちがいなく。ディールは確信していた。
コーネリアには青い宝石の指輪がある。そして今回のオーガ侵攻により紅い指輪を
手に入れた。指輪の使用用途はこうなるともはや1つしかない。国1つ滅ぼしてコーネリア国が
指輪をほしがる訳は竜人王の復活にあるだろう。
そして3つ目の緑の宝石の指輪はここジュライにある。ディールが確信にいたるには
充分すぎるほどに状況が出来上がりすぎていたのだ。
ディールは玉座に座し、深刻な顔で思考をめぐらせていた。どうすれば宝石を守れるか、
どうすればジュライ国を守れるだろうか。
傍に控えている文官が心配そうに声を漏らす。
「陛下、ジュライとしても何か対応を取らなければ」
「わかっている。しかし、まだこちらから大胆な動きはできん。
向こうに攻め易くする口実を与えてしまう」
このままいけば指輪欲しさにコーネリア側は必ず攻め込んでくるだろう。
しかし保守的なディールはこちらから火の種を撒くことはしたくはないのだ。
「少し考えてくる」
そういい残しディールは玉座を後にした。部屋から出て石造りの堅固な廊下を抜けると
広い広い中庭に出れる。まぶしい光を浴び、ディールは目を細めた。
ここグランドヒルズ城の設備は整っており、中庭の中央には兵士達の訓練する場所として
屋根のついた円形の闘技場が設けられている。月例会などの試合の時にはたいへんにぎわう
場所になっている。昼間は兵士達はここの中で訓練をしていて
ディールは考えにつまづいたり、気分転換したい時などにはよくここに足を運ぶのだ。
ディールは闘技場の中に足を踏み入れた。闘技場の中には戦いを観戦できる客席も
用意してあり、戦いを観戦できるようになっている。
ディールは兵士達を眺めていると昔の自分を思い出す。
ディールは文官としての能力は非常に長けていた。温厚で協調性のある性格をしており
外交なども上手くやっていける。しかし、まだ王に就く前は自分も武術の訓練を
させられていたのだ。体術も出来なく、剣もダメ。魔法はというと、魔法にも才能はなかった。
この兵士達の中にもそういう人間は少しはいるだろう。しかしディールの目には精一杯頑張っている
兵士しか目に映らない。誰もが国のことを思い日々鍛錬に明け暮れているのだ。
そういう兵士達を見ていると俄然とやる気が沸いてくるのである。
戦えない分少しでも戦を避け、少しでも平和な道を選ぼう。自分にできることは
それくらいしかないのである。そんな考えの中でボーっと
入り口につっ立ち、中で訓練している兵士達を見ていると1人の黒髪の若者が近づいてきた。
年齢はもう18歳になるが悪戯っぽい青い瞳をしているせいで、実年齢よりは若く見える。
「また考え事ですか?父さん」
ディールは溜め息をつき、顔をしかめた。
「ここでは王と兵士だろう、マルク。訓練に戻りなさい」
マルクというこの若者はディール王の息子にして時期国王候補なのである。
ディールとはちがい、非常に剣と体術には長けている。文官としてはどうかと言うと
向いていないような気がする。あくまでディールに言わせればだが。
得意げな顔をしてマルクが話しを切り出した。
「オーガ国が落ちたって話し聞きましたよ」
「もう知っているのか、マルク」
なぜかはわからないがマルクはこういう外の情報を仕入れるのがやけに早い。
ディールもつい先ほど密偵により知らせを受けたばかりなのだが、なぜマルクも
知っているのだろうか。たまに驚かされる。
ディールの気持ちを知ってか知らずか、マルクは更に追い討ちをかけてきた。
ディールの目をじっと見据えて、
「でも、父さんのことですから、ジュライから先に目立った行動を取る
わけにも行かない。ってところじゃないですか?」
ズバリその通りである。ディールはオホンとワザとらしく咳払いをし、
マルクから視線を外し、訓練している兵士達の方に目を向けた。
「まずは戦のためじゃなく先遣隊として、コーネリア国に何人か送ったらどうですか?」
今だという風にマルクは話を進めた。
「例えば僕とかどうですか?話し合いがこじれても全員倒せますよ!」
ディールは苦笑してしまった。
倒せますよ!じゃない。そんなことしたら大騒ぎになるではないか。
マルクは頭が良いのか悪いのかたまにディールは不思議に思う。
「コーネリア国に人を向けるにしろ、数人程度だろう。それにまちがってもマルク、
お前を行かせるわけにはいかない。」
マルクがコーネリアに行き捕虜にでもなれば、それこそコーネリアは要求をゴリ押し
してくるにちがいない。指輪をよこせという要求を。
それこそ今1番避けねばならない事態だ。それにリトアス国王は今や前線を引いて
はいるものの、少し前までは最強の魔法使いとしてその名を大陸中に轟かせていたのだ。
そして今でも彼に勝る魔術師はいないと言われている。さすがはあの英雄コーネリアの
血を引いているだけはある。
ディールが1人思考モードに入ったことを確認すると、マルクは訓練に戻っていった。
この時マルクの背中しか見えていなかったディールはマルクの青い目が計画に向けて
キラキラ輝いていたのを知る由もなかった。
ーーーーーーーーーその夜、月がのぼり薄暗闇が包み込むグランドヒルズ城に
不審な動きをする者が1人。マルクである。黒いマントを羽織っていて、怪しい。
「金だけあればいっか。それとコレ!」
そう言うと壁に立て掛けてあった剣を左腰に備えた。小さい頃にディールから
私には使えない物だから、と譲り受けた剣である。その名をカリバーンと言い
なかなかな業物だと聞かされた。準備が出来て、自室の扉からそ~と出る。
音がでないように静かに扉を閉めた。
グランドヒルズ城では毎晩決まった時間に巡回の兵士が見回りをしている。
その巡回コースにもちろんマルクの部屋の前の廊下もあるのだが、そこは事前に
調べておいてある。廊下に出て巡回兵士達の足音が聞こえないことを確認した。
「俺ってしっかり者~」
1人、計画の万端さに感動するマルク。まだ部屋を出たばかりなのだが。
ロウソクの明かりしかない薄暗い廊下を歩きながら城門を目指す。
城門を通るには中庭の広場を通って行かなければならない。
マルクは中庭の入り口につくと姿勢をかがめて中庭の様子を窺がった。
頼れるのは月明かりのみであまりよくは見えない。ここの広場には
樹木が立ち並んでいて、昼休み時にはよく兵士達が休憩場所として使っている。
樹木の作る影などに座り、仲間同士での談笑を楽しんでいるのだ。
そして今この時間となっては警備兵が木のかげに隠れていたりするので
警戒しなければならない。ここで見つかれば王に報告されて、そのまま部屋戻され、
厳しい監視体制をとられるだろう。それだけは避けなくては。
一通り入り口から広場を見回すと人はいない。
一気に広場を通過すると城門の前付近までやってきた。茂みに身を隠し、城門を
見ながら、はぁ~っという風に1人言葉をもらした。
「やっぱここには見張りいるよなぁ~」
城門の両脇には槍を構えた二人の兵士が立っていた。ここを通れば、もう自由になれるのだが
ここはそうもいかない。もちろん手は打ってある。
「そろそろのハズなんだけどな。それにしても真面目に見張りなんかやって楽しいのか。」
マルクが門番に対し、1人で愚痴を言っていると城門の前にフラっと全身に真っ黒い
ローブを羽織った者が近づいてきた。顔にも深くフードをかぶっており、顔も
全然見えない。その足はどんどんと城門に向けて近づいてくる。
兵士もさすがに、その者の異様さを感じ取り、何者だ!と声を荒げた。
その黒ローブの者は何も答えなかった。しかしぼそぼそっと小声で何かを唱えると
兵士二人は両手で目を覆いその場でしゃがみこんでしまった。
「うぉ、何だこれは?!」
「どうなってる!急に真っ暗になったぞ!」
黒ローブの者が頭上に手を振り上げ、合図を出した。
それを確認したマルクは茂みから飛び出し一気に城門を駆け出した。
それに黒ローブも続いた。
マルクは走りながら隣を走る黒ローブ、いや、今は走っているせいでフードが取れて
しまっているその男に感謝の言葉をつげた。
「助かったよ、ケイミ!さすが魔術師!どんな魔法使ったんだ?」
賞賛しまくるマルク。このケイミという男はと言うと
髪の毛先がところどころクルっとしていて猫のような瞳をしている。
そんなあどけない猫のような瞳にいっつもニコニコしているので
あどけなさがあり、18歳よりは若く見える。
「僕の魔法は置いといてさ、それよりこんな襲撃みたいな感じにしないで
裏口から出てきた方早かったんじゃないの?」
ここでケイミの言う裏口というのはグランドヒルズ城にマルクが抜け出す用に作った
通り道のことで、その存在はマルクとケイミの二人しか知らないのである。
マルクは王子だが、ケイミは平民であり二人が出会ったのもマルクがその道を通り
外で1人、遊んでいた時のことだった。
「そりゃーダメだ、ダメ!絶対ダメ!わかってねーよ、ケイミは!」
マルクは両目をつむり、ワザとらしく溜め息をついたりしている。
ケイミは何がダメなんだ、というように首を傾げていた。
そんなケイミを見やりマルクは自分の考えを述べた。
「今回のはちゃんとした旅立ちだ!そういうのは正々堂々正門からだろ!!」
大分走って来て、遠くに小さくなって見えるグランドヒルズ城の城門に
腰の備えてあったカリバーンを抜き、高らかにかざすマルク。
ただこういうポーズをしたかっただけなんだな、ケイミはそう思った。
「ねぇ、でもさ、僕が協力した時点で正々堂々とかじゃないんじゃない?」
すかさず横槍を入れるケイミ。ニコニコした目はマルクを見据えていて、
次なるマルクの動きを楽しそうに観察している。ケイミはマルクの観察が
おもしろくてたまんない。突拍子もなくいろんなことをするから見てて飽きないのだ。
「そこは男なら気にするな!ケイミ!」
ははは、とケイミの肩を遠慮もなくバシバシ叩く。
「それにしてもディール王には内緒で良かったの?今最もキケンな所に行くのにさ~。」
ケイミは口では心配しているがニコニコしていて、それが本心でないことがわかる。
実のところケイミ自身、今回のコーネリアの内情調査(マルク勝手に命名)にかなり
乗り気なのである。
マルクはケイミを見やり、
「普段はとおなしく城で王子してるんだから、これくらいは黙認してもらわないとな」
そう言い悪戯に片目をつむってみせた。
一国の王子の蒸発を、これくらい、と言うマルクに笑ってしまったケイミ。
これからの冒険に感情を高ぶらせ、こうして二人は夜の闇に消えていってのだった。
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マルクとケイミの二人は月明かりの下、見渡す限りの平原を歩いていた。
ここはオーガ国とジュライ国の間に広がっている平原であり、これといった
店や宿屋もなくただ広いばかりの平原である。オーガ国に行くにはこの平原を
真っ直ぐに進むのが最短ルートになるので、二人は黙々と歩いていた。
尚、このルートを決めたのはケイミである。
しかしケイミのオーガ国を突っ切り、コーネリア国に入るというルートにマルクは
不安があった。オーガ国と言えば、つい先日にはコーネリアの侵攻があったし
荒れているのではないかと思ったのである。
もちろん、オーガ国内で誰に絡まれようと力づくで押し込めば問題はない。
だが、コーネリア兵に目をつけられると厄介な事になる。そうなればディール王、
ましてやジュライ国全体に被害が出るかもしれないのだ。
王子が勝手に国飛び出して敵国兵に見つかり、それが原因でコーネリアがジュライに
進軍・・・。どうしても避けなければ。そんな考えが頭をよぎった。
「なぁ、オーガ国通るってまずくないか?」
ケイミは、うん?と言う風に隣にいるマルクに視線を放った。
「コーネリアの侵攻でオーガ国も荒れてるんじゃないかなってさ」
マルクは思ったままに述べた。しかし、ケイミは全然心配ないと言う様に
「そこらへんは大丈夫!僕に任せて!」
右手を丸めて胸をドンドンと叩いている。まぁケイミが言うんならとマルクは
このままケイミに任せるかと、この場はこれ以上は聞き返さなかった。
そして今度は何か忘れてたという様にマルクが声を出した
「あ~。しまった!」
今度は何。とケイミはマルクに向き直った。
「なぁ、ケイミ。馬あった方絶対速いよな?」
今頃それか!というようにケイミは、はぁ~と溜め息をついた。
「馬の当てがないし、歩くしかないよ。それに一晩中歩いてれば、朝にはオーガに着くよ」
「そうだよなぁ。馬どころか店もないしな・・・・ん?」
何かの音にマルクは後ろに振り返った。それにつられてケイミも振り返る。
どんどんその音は二人に接近してきて、それが蹄の音だとわかった。
淡い月明かりの下、二人の目の前に十数頭の馬に乗った男達が現れた。
どいつも簡素な皮の鎧を着ていて、それぞれ剣や斧などを備えている見た目からして
この大勢の男達が旅人などでないことが容易にうかがえた。
男達のリーダー格とおぼしき男が集団の前に出てきて、手にもったランプをかざし
馬上からマルクとケイミを順番に見やった。
「大人しく通行料を払えば、命だけは助けてやるぜ、ガキ共!」
マルクとケイミはポカンとして口を開けてしまっていた。まさかこんな典型的な
ヤツがいるなんて。二人ともそんな事を考えているような表情だった。
最初に言葉を発したのはマルクの方だった。
「お前、誰だ?」
マルクの一言にリーダーの男はかなり機嫌を損ねた様だった。
「この辺を仕切ってるリーズ盗賊団を知らねぇのか!?」
声を荒げて言う。マルクはうるせーというように両手で耳を塞ぎ、顔をしかめた。
「通行料って、ここはまだジュライの統治領だろう。」
マルクが食って掛かった。もともとこういうヤツはあまり好きではないのだ。
「金を払う気ねぇってんなら、考えがあるぜ・・・・。」
すると集団から3人の男達が馬を進めてリーダーの男の前に出てきた。
馬を降り、鞘から剣を抜き、ランプに剣をちらつかせていた。
もはや3人とも戦闘準備万端である。親分、自分達いつでもいけますぜ的な雰囲気である。
マルクはというと未だに剣を鞘に収めたままであり、抜く気配すらない。
ケイミにいたっては、興味津々な目で盗賊たちを観察していた。
そして、あっ、と声を出し名案が浮かんだという様に左手のひらに右手をポンっと
打ち付けた。
「マルク!馬もらっちゃわない?こんな沢山いるしさっ!」
両手を開いて、盗賊団に大仰に広げてみせた。
この一言にリーダーの男はきれた。手元のランプのお陰で顔が赤くなってるのがわかった。
「ふ、ふざけんな!このガキ共をやっちまえ!!」
そう叫ぶと3人が一斉に剣を振りかざし、マルクに襲い掛かってきた。
「なんで俺なんだ?!」
マルクはカリバーンで3人の剣を見事に弾いた。
ケイミは少し離れた所に避難していて、マルクの応援をしていた。
「マルク!頑張れぇ!」
少しは助けてくれてもいいのに、と思ったマルクだが今は目の前の敵に集中せねば。
3人の男達はマルクからやや距離を保ち、真ん中にマルクを置き3角形になるように
陣形をとった。するとマルクの背後にいた男がマルクに斬りかかってきた。
マルクは振り返ることもせずに、カリバーンで振り向きざまに横薙ぎの一閃を繰り出し
相手の胸元を一気に切り裂いた。致命傷とも言える傷を負った男は、そのまま
地面に倒れてしまい、動かなくなった。
今度は正面から二人同時にマルク向けて体重の乗った重い一撃を浴びせてきた。
反応に遅れたマルクは、避けることはせず頭上でカリバーンを横に構え、二人の斬撃を
受け止めた。
「このガキ・・・!」
「なんつー力の強さだ!」
体重でごり押ししてくる二人相手にマルクは1歩も退かない。むしろ
まだまだ余裕ですよ、とばかりに口元が綻んだ。
「あんた達が弱いだけだ」
そう言うとマルクは片方の男のわき腹に思いっきり蹴りを叩き込んだ。
態勢をくずし、ひるむ男。その隙に残った1人をつばぜり合いで押し切り、
後方にバランスを崩したところで、間合いを詰め斜めから素早い一撃を浴びせた。
正面からもろに食らい、男は鮮血を噴出し、その場で絶命してしまった。
マルクはそのまま残った男に剣を振り上げたが、後方からすさまじい光を放つ
火の玉が襲い掛かってきた。
「マルク!後ろ!」
ケイミの声に気づき、素早く真横に跳躍するマルク。間一髪のところで回避できた
火の玉はマルクに斬られる予定だった男に命中し、男は火ダルマになり、その場で
焼け焦げてしまった。一気にあたりが明るく照らし出される程の炎だった。
「今のは魔法だね。でもイマイチだったかなぁ~。」
のん気に魔法について解説をするケイミ。マルクが盗賊団を見やると今度は
先頭にローブを羽織った、いかにも魔術師らしき男が杖を自分の前にかざし
新たに魔法を唱えていた。するとその男の前に火の玉が出現し、みるみる大きくなっていった。
そして杖をマルクに振りかざすと火の玉は勢いよくマルク向けて飛んできた。
ケイミがふらふら~っとマルクの前に立ちはだかり、右の手を開き前にかざした。
火の玉はケイミに直撃した!と思われた瞬間、手の前で止まりそのまま空中で
静止してしまった。
「やっぱりね~。専門外だけど、僕でも止めれるよ。」
余裕しゃきしゃきのケイミである。相手の魔術師も驚いた表情を隠せないでいる。
ケイミは顔だけ振り返り、マルクに向けて悪戯っぽい笑みを見せた。
「おもしろいの見せてあげるね」
そう言うとケイミは向き直り、精神を集中し始めた。ケイミの体を黒いオーラが包み
それに反応しケイミのローブが、ぱさぱさと波打っている。
マルクはカリバーンを鞘に収め、もはや見物の体勢をとっていた。
間もなく、ケイミの前の火の玉がどんどん巨大化を始め、ついには直径3mは
ありそうな程までに大きくなっていた。
ケイミは右手を上にかざし、その上では巨大な火の玉がゆらめいている。
盗賊団はみんな目を見開き、その場にかたまってしまっていた。
しかし、ケイミの次なる行動がわかったのだろう。後続にいた盗賊団は踵を返し
一気に逃走を始めた。
「お前等!逃げるな!こらぁぁ!!」
頭らしき男が怒鳴っていたが、聞く耳もたずにほとんどが逃げていってしまった。
ケイミはその逃げていった集団に向けて巨大な火の玉を放った。
数十メートル先は炎の海となり逃げ帰っていた盗賊団は全滅してしまい、残るは
先頭にいた魔術師とリーダーの男の二人だけになっていた。
「か、頭ぁぁ~」
魔術師の男はケイミとの魔法の力量を感じたのだろう。もはや戦意喪失の状態である。
ケイミはちょっとやりすぎたかなぁっと言った感じで自分の放った炎の海を見ていた。
「お、お前は化け物か!!」
リーダーの男ももはや戦意はなくしているようである。
ケイミはクスっと口元を綻ばせ、
「ふふっ、確かに化け物かもね。」
と悲しそうに微笑んだ。ケイミは尚も続けた。
「馬をもらう代わりにいい物見せてあげるね」
そう言うと、もはや腰を抜かし地面に座り込んでる魔術師と馬に乗っているリーダーの男に
微笑みかけ、右手の人差し指をピッと差し出した。すると指の先端が黒光を帯び、ケイミは
そのまま空中に魔方陣を描き上げた。黒光りする魔方陣。
そっと目を閉じて、そして呪文の詠唱を始める。
「冥界の王オシリスよ、我が魔力と引き換えにこの地に死者の国の者を蘇らせたまえ・・・」
魔方陣がいっそう輝きを放ち、それと同時にケイミもパチっと目を開いた。
「出でよ!ケルベロス!」
その場にいる全員が魔方陣を見つめていた。すると魔方陣から3つ首の獣が出てきた。
体長は尻尾の先まで3mはあろうかという大きさで、その尻尾は蛇でできている。
ケルベロスが月に向かい大きく低い声で吠えた。リーダーの男は驚いた馬から落馬し、
魔術師の男はそのまま後退りしている。
「しょ、召喚魔法だと!?冗談じゃない!お前は―――」
ケイミは男がしゃべり終わる前に魔術師の男を指差し、ケルベロスに合図を出した。
ケルベロスはその魔術師に襲い掛かる寸前、魔術師は恐怖のあまり気絶してしまった。
もちろんケイミはケルベロスに魔術師を殺させるつもりはなかった。
エグい現場は見たくなかったし、丁度良かったのだ。リーダーの男は
落馬して腰を打ちつけ、動けなくなりその場で腰を押さえていた。
ケルベロスはリーダーの男をにらみつけていて、ケイミの次なる指令を待っている。
ケイミはそのまま男に近づき、
「馬もらうね?」
そう言うとリーダーの男を無視し、その場に取り残された、2頭の馬の手綱を
引き、マルクの元へとやってくる。
「お前すごい魔法使えるんだな」
ケルベロスにはマルクも驚いた。いやかなり驚いた。
ケイミはニコっと笑い、
「そのうちもっとすごいの見せてあげるよ!」
そう言い、1頭の馬の手綱をマルクに渡した。ケルベロスはまだリーダーの男を
にらんでいる。それに気づきケイミは、お疲れ様、と言うと
ケルベロスは魔方陣の中に帰っていった。空中にあった魔法陣もふっと消えた。
マルクとケイミは馬に乗り、その場を後にした。
リーダーの男はへたり込んだまま、去り行く二人の背中をずっと見続けていたのだった。
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一晩中馬で駆けたこともあり、オーガ国の王都ロストにいる、マルクとケイミ。
日も昇っていて、すでにロストでは人々が慌ただしく動き回っている。
商人やら、旅人やらがうごめきあっている中、両肩にコーネリア国の紋章が
入っている鎧をつけている兵士達も数人で巡回をしている。このコーネリア兵の
存在のみがオーガ国は戦の後ということを物語っていた。
オーガ国はコーネリア国に侵攻されたのだから、もっと略奪やらで荒れているものだと
思い込んでいたマルクの予想とは似ても似つかない。本当にここで
戦争があったのだろうかと疑いたくなるほど、人々は普通の暮らしを送っている
様にマルクには見えた。
馬上で周りをキョロキョロと挙動不審に見渡している友人をみてケイミは
どうしてかわかっていながらもマルクに聞いてみた。
「そんなキョロキョロしてると変に思われるよ?」
明らかに声には笑いが含まれており、マルクは唐突な問い掛けに
びくっとして、馬を並ばせて隣を行くケイミの顔をまじまじと見返した。
「この状況を知ってて、オーガ国を通ろうって提案したのか?」
ケイミは、周りでいつもの生活を送っている市民を見渡しながら、
「もちろん!じゃなきゃ通るはずないじゃ~ん」
悪戯が成功して、嬉しそうな子供の様な口調で述べた。
もちろん、なぜ、ケイミがジュライ国にいながら、この状態を知れたかはわからない。
変な化け物を出す力があるくらいだし遠視の能力でもあるのかな、と片付けるマルク。
でも、この状況には納得できなかった。
「ここって戦地だったんだよな?」
馬を進ませつつ、一応はケイミに聞いてみることにする。
「そうだよ。でも本格的な戦いはアークス城でしか起きてないんだよ。」
ほら、あそこら辺。と指でアークス城を示すケイミ。
高い外壁に囲まれており、悠然としている様は素晴らしく、
やや遠目ではあるが、充分高大な敷地の中にあることがわかる。
「もともと、コーネリアによる不意打ちだったから、オーガ国軍は篭城しか
できなかったんだよ。もちろんコーネリア兵は、行軍中は僕達がいる、ここも
通ったと思うけど、見ての通り全然被害は出てないんだよね~。」
我ながら良く調べてある、と満足そうに説明してくれるケイミである。
マルクが国内・国外についての話をいろいろ知っているのには、このケイミのおかげなのだ。
城から抜け出して遊んでる時にケイミが話しの種として聞かせてくれる。
「自国が侵略されかけてるってのに、敵軍に手を出さない国民なんているのか?」
思ったままにケイミに尋ねてみた。敵軍が家の前を行軍していたら、普通、
石でもぶつけるだろうとマルクは思っていたのだ。
ケイミははぁ~まだまだだね、と目を閉じ、首を横に振っている。
「その侵攻軍の指揮官にレイリ将軍って人がついたんだけど、その人が
行軍中の軍の先頭にいて、コーネリア軍に対して何もしなければ、
町にも被害は出さないって誓いながら、今回の侵攻が行われたんだよね。」
ほぉ~と感心してしまうマルク。レイリ将軍については、少しは把握している。
指揮能力や、戦場の分析も出来て剣の腕もすごいらしいく、おまけに性格は
温厚で部下にも慕われている、とか言う出来すぎたやつ。
マルクは、俺とは正反対だなと苦笑してしまった。
「そんなことよりさ~」
と両手でお腹を押さえるポーズをするケイミ。次なるセリフは容易に想像できた。
「どっかで朝ごはんにしない?僕お腹ペコペコだよ。」
それに眠いし!と最後に気合いたっぷりに付け加えるケイミ。
昨晩から何も食べてないし、飲んでいなく、ケイミの訴えはもっともだった。
マルクもこれには何の異議もなく、近くの宿屋に入ることにした。
馬小屋にここまで運んできてくれた二頭をつなぎ二人は中に入った。
まだ出来て間もないのか、二人が入ると、真新しい木の優しい香りがただよってきた。
この宿屋も例外でなく、戦の後を感じさせない所で、くつろぐには
ちょうど良い場所だった。
早速、空腹を満たすため1階の食堂を目指す二人。外の景色を眺められる
見晴らしの良い窓際に席取り、やってきたウェイトレスに注文する。
マルクはハムエッグにパンとコーヒー。それじゃ僕も~と
ケイミも同じものにした。
先に運ばれてきたコーヒーを一口飲み、マルクが話しを振った。
「そう言えば、コーネリアの今回の侵攻目的はなんだ?」
窓の外の道行く人々を観察してたケイミは、その言葉にマルクに向き直り、
「侵攻の目的?」
「そうだ!なんでコーネリア国はオーガ国に侵攻したのか、俺はまだ聞いてないんだが。」
腕を組みながらマルク自身も考えているようだった。
「僕の仕入れてある話では、どうも1000年前の竜人と人間との大戦の話しに
関係ありそうなんだ。」
ケイミは、マルクに侵攻の話しを教えただけで、まだ詳しくは話していなかったのだ。
「その話しなら俺でも知ってる!3人の英雄達が3つの石で竜人王を最後に封印したんだよな。」
得意気に話すマルク。おぉ~と大袈裟にケイミはパチパチ拍手していた。
ケイミはマルクの話しに少し付け加える様に補足説明をした。
「そして、その石はジュライ・オーガ・コーネリア達がそれぞれ建国した
今の3大国に預けられ、代々受け継がれてきている・・・こんなところかなぁ。」
「それと今回の侵攻とどんな繋がりあるんだよ!」
マルクって先を急ぐなぁ~、等とぼやき、コーヒーに手をつけるケイミ。
一呼吸置いてからケイミは続けた。
「伝説では封印で終わってるんだけど、封印ということは、解くこともできるんだよ。
そして今回、コーネリア国はオーガ国から伝説の赤い宝石を奪ったんだ。」
マルクは何かを考えているようだった。そんなマルクをよそに、ケイミは
運ばれてきた遅い朝食をパクパク食べていた。
石による封印に、石による封印の解放。
1つの結論に辿り着いたマルク。
「じゃぁ、コーネリア国の目的は竜人王の復活か!?」
ケイミはパンの最後の一欠けらを食べると、まるで人事の様に
「でも伝説では肝心の封印場所が語られてないんだよね~。それに石も3つじゃ足りないし。」
「伝説の石って3つじゃなかったか?」
マルクが、あれっ?と返した。確か、3人の英雄に3つの石だったはずだ。
「伝説は人間に都合の良いように省かれてる部分もあるけど、そこは
ディール王からまだ聞かされてない?歴代の王は知ってるハズなんだけど・・・」
空腹を満たし、ニコニコした顔には活気づいていた。
「伝説の省かれてる部分?聞いたことないな。」
眉間にしわを寄せて考え込むマルク。
マルクは次期王なだけで、実際は即位していない。だから知っているはずもないのだ。
1000年前とは言え、こんな話しを知るのは3大国の王だけで充分だ。
「ディール王から正式にマルクに話される前に僕が話しちゃおっかなぁ~。
どうしよっかな~。」
「いいから、ここまできたら話しちゃえよ!!」
テーブルに身を乗り出しケイミの両肩を強くゆすった。
「ちょっと悲惨な話しなんだけどね。」
ケイミは珍しく悲しい目をした。瞳の奥では哀しみを訴えているかのようだった。
いや、実際訴えていたのだろう。マルクはケイミに強く追求したのを少し後悔したが、
その反面、どんな話しなのかもすごく興味が湧いた。
「人間による人間の大量虐殺」
「え?」
マルクは言葉を失った。確かに伝説ではそんなことは語られていなく、マルク自身
今初めて、聞いた。ケイミはさらに続けた。
「伝説では赤・緑・青の3つの宝石になってるけど、本当は黒い4つ目の宝石が
存在するんだよ。今の3大国の国名は竜人対人間の大戦の時に活躍した英雄の
ジュライ・オーガ・コーネリアからきてるんだけど、実際にはもう1人の
英雄がいるんだよね。」
4つ目の黒い石の存在も初耳だった。ましてや伝説に4人目の英雄もいたということ自体
全然知らなかった。
「でも、その4人目はなんで伝説に登場しないんだ?」
っていうかなんでお前はそんなこと知ってるんだ?とは言わないマルク。
聞いたところで、いつものようにさらっと回避されるにちがいない。
「その4人目こそ、いや、その仲間達こそが大量虐殺の被害者なんだよ。」
ケイミの顔からして、あまり良い話でないことはわかる。マルクは息をのみ
話しの続きを待った。
「竜人達との戦いで人間は圧倒的不利な状況にあった。竜人は魔法も使えるし
筋力もすごいし、武術に関しても文句なしだった。そんな絶望の中で、人間は
ある1つのことに気づいた。竜人達が知り得ない魔法が人間にはある。
そこに人間は目をつけたんだ。そしてその魔法の最高の使い手こそが
4人目の英雄のラケシスなんだ。ラケシスとその一族による魔法攻撃の下
竜人達は一気に劣勢を強いられた。前衛には大陸史上最強の戦士オーガに
速さでは誰も敵わないとされた2刀流剣士のジュライ、後衛にはウィザードの
コーネリアにサマナーのラケシス。でも最終的には竜人王は封印って結果に
なったんだけどね。」
マルクの知らない話しがどんどん出てきた。しかしケイミの話しはここでは
終わりじゃなかったのだ。
「悲惨なのはこっからだよ。」
そう言い溜め息をつき目を細めるケイミ。いつものニコニコした表情ではなく
どこか暗い影がちらついた表情をしていた。ケイミは知られざる伝説を続けた。
「ジュライを除く英雄のオーガとコーネリア、それに大陸中の人間が、そのあまりに
強力な魔法を操るラケシス達を忌み嫌い始めた。大陸を救った英雄なのに・・・。
人々の間では次第にサマナーを討伐せねばという声が高まり、オーガ・コーネリアを
中心とした討伐隊が編成されたんだ。寝込みを襲われたサマナー達は次々に
殺されていったよ。呪文唱えるのに時間かかるし、何より武術には優れてないし。
ラケシスはと言うと、瀕死の重傷を負いながらも何とか逃げのびれた。そして
歴史からサマナーは消されたんだ。4つ目の黒い宝石もね。」
「ジュライは何してたんだ?話しに出てこなかったけど」
「一説によるとラケシスが逃げれたのはジュライの助けがあったかららしいん
だよね。」
その点については感謝してるよ。最後にマルクには聞こえないように呟いた。
マルクは伝説の武勇伝ばかりを楽しんでいたが、実際はそれだけではないのだ。
隠された部分を知り、マルクはその夜はなかなか寝付けなかった。
コーネリア国の目的が竜人王の復活であれば、大戦が起きるし、
隠された伝説のような事も起こり得るかもしれない。
コーネリア国の狙いを突き止め、事によっては阻止しようと決心するマルクだった。
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マルクが城を飛び出してから1日目の朝になった。
爽やかな朝。ここグランドヒルズ城近辺には雲1つなく、太陽が心地よく
照りつけていて、天気はとても良好だ。この男の天気はそうでもないが。
グランドヒルズ城の前で空に腕を伸ばし、体をほぐしている男が1人。
「マルクが城から消えた。部屋からは愛用の剣やら、金やらもなくなっている。
もしかしたら、私の昨日の話を聞いて、単身コーネリアに乗り込むつもりで
いるかもしれない。マルクを探し出して、見つけたら助けてやってくれ。
ついでに通り道のオーガ国の今の内情について探ってきてもらいたい。」
この男が朝起きて1番に言い渡されたディールからの命令だった。
そして今は出発するべく城門の前にいる、というわけである。
このピットという男は、国内外を問わず、明るみに出ていない、言わば
裏の出来事を処理するジュライ国の隠密隊の隊長、その人なのである。
腰の左右には短剣とも言えるダガーを所持しているのだが、その細身の
体をすっぽり覆う、疲れ気味の薄茶色のローブのせいで、隠れている。
髪は明るい茶色をしており、形の良い目鼻に整った輪郭は、裏の
仕事を任せられている様な人間には見えない。服装さえ正せばどこかの
貴族の出だろうかという気品の余さをかもし出している青年だ。
青い快晴の空を見上げ、1人呟く。
「また、マルク様の脱走ですか・・・。」
溜め息をつくピット。マルクは昔からどうやってかはわからないのだが
ちょくちょく城から抜け出しては外で遊んでいることがあるのだ。
ピットはこれを脱走を称しており、その度にマルク捜索の命令をディールから
受けるのである。平和な世界が続いていて、隠密隊としての仕事もほぼないので
王にいろいろ使われるのは仕方のないことではあるのだが。
そのお陰でピットはマルクにやたら慣れている。
「コーネリア国関係は物騒だから、あまり関わりたくなかったんだけどな」
ピットの今の正直な気持ちである。戦いにおいては決して、弱いわけではないピット。
ただ、危険な事には首を突っ込みたくなく、平和に一生を終えたい、というのが
ピットの考えなのである。
ぐずぐずしてても何も始まらない。とっとと終わらせて、寝るか。そう思い、
気持ちを決めて、切り替えるピット。
「しゃーねぇ、行くか」
と、隣で寝ている相棒の森狼のシャロンに視線を落とす。
シャロンに起きろと、手で合図をしてやる。シャロンもあまり気乗りしないのか
気だるげに起き上がり、欠伸をしながら両前足を伸ばし、のびをしている。
そんなシャロンを見ながらピットは苦笑いを浮かべ、
「森の帝王たる種族がそんなんでいいのか?」
白銀の毛並みが太陽の光に照らされて、美しく煌いている。
そんなシャロンの背中を優しく撫でてやると、ふわぁ、とまだ欠伸をしている。
ピットはシャロンに軽快に乗り、
「よーし、まずはオーガ国向けて出発だ!」
と言うと、シャロンは、今までの態度からは想像できない程に速く走り出した。
「こうして、シャロンと長距離を走るのは久々だな!気分はどうだ?シャロン!」
シャロンの上で当たる風が気持ちよく、ピットはすっかり、気分が良くなっていた。
走りながら、遠吠えのように、高らかに吠え、その気持ちを表すシャロン。
更にスピードを上げた。
森狼は森の生き物の中では最強の種族であり、大陸中という広い範囲で見ても、
1,2を争うほどである。体長は2mほどで、大きいものでは最大4mまでに達するものも
存在する。知能はとても高い。性格は非常に凶暴なため、とても好戦的な種族なのだ。
しかし、そんな森狼の個体数も激減してしまった。
昔はもっと数がいたのだが、人間の発展とともに森を削られ、住む場所をなくしてしまったのだ。
また、白銀に輝く、その毛皮はとても高価なもので、ディールの御触れでジュライ国では
狩猟は禁止になったものの、密猟というものは後を絶たない。
ピットがそんなシャロンに出会ったのは十数年前のことだ。ピットは例により、
脱走したマルクを連れ戻すべく、近くの森を捜索中に、罠にかかった小さい森狼に出会った。
それがシャロンだ。足を噛む罠にはまっており、足からは血を出していた。
そんなシャロンをピットは連れ帰り、一生懸命助けようと努力した。
そして、そのピットの献身的な看護により、シャロンは回復し、ピットに懐くことになる。
森狼が人間に懐くことなど、まずないことであり、シャロンはとても珍しい。
ピット以外の人間には心を開いていないので、そこは他の森狼と同じであり、
今では目と目で会話も出来る!とピットは信じている。
あくまでピットは、であるが。
ピットのシャロンに対するお喋りはオーガ国につくまで、ずっと続いた。
シャロンはピットが何か言う度に、忙しそうに応えるのだった。
―――――――陽が傾き始め、空を夕焼け色に美しく染め始める頃にはオーガ国についていた。
王都についてのピットの第一声は、全然まともじゃん、この一言だった。
人々に疲れた様子も、見当たらなく、市場はとてもにぎわっていたし、どこも
荒らされた様子はない。時折、コーネリア国のエンブレムを肩につけた兵士を
見かけるのだが、それこそ珍しい。
結論、オーガ国の内情は全然異常なく、良好です!
さぁ、帰ろうと、踵を返し、自分の任務に気づく。
マルク様を探さなければ!という1番重大な任務に。そして、ここオーガ国でマルク捕獲をミスれば
自分はコーネリア国までマルク捜索のため行かなければならない、ということを。
グランドヒルズ城の馬小屋からは馬は連れ出されていない、という話を聞いた。
つまり、マルク様は徒歩でコーネリア国に向かっていることになる!
マルクが途中で馬を奪って、自分と同じ、このロストにいるとは思いもつかないピット。
そして、ピットはある考えにたどり着いたのだった。
自分は恐らくどこかでピット様を抜かし、先にオーガ国についてしまったのだ、そのために
ピット様に会うためには、オーガ国で少し時間を潰さないといけない、つまりは
空き時間ができてしまった、どうしよう、おれ。という展開がピットの頭の中にあったのだ。
勿論、コーネリア国に行くにはオーガ国を通らなくても行けるのだが、オーガ国を通らずに
迂回していくと、道なき道を突き進むことになる。途中途中に小さな村はあるのだが、
そこではゆっくり休憩することもできないだろう。・・・等とは考えずに、簡単に結論を
出してしまったピット。しかし、後々これが効いてくるのである。
そうと決まれば、ピットの行動は早い。ロスト郊外の林にシャロンを待機。
自分は即刻、近くの酒場に駆け込み、酒を容易。そして、肉屋に極上の骨付き肉
2人前を調達。さぁ、これで準備はできた。
シャロンがピットを見つめる。その視線にピットは気づき、
「今から飯にするからな!」
そうシャロンに言うと、シャロンは夜空に向かい、遠吠えをした。
手際よく、火を熾し、肉を焼き始める。シャロンの鞍に取り付けてあった、
「ピット7つ道具」の1つである、調味料を肉にふりかけ、味付けはOK。
「よし、シャロン食え!」
そう言うとシャロンに肉を渡すと、シャロンは骨まで砕いて食べるのではないかという
すさまじい勢いで食べ始めた。
ピットも食べ始める頃にはシャロンは食べ終わっていて、火のそばで横になっていた。
「おー、やっぱ味がいいなぁ!」
肉を食べ、酒を飲み1人宴会を催す、ピット。そんな楽しい1人宴会も終わり、
ピットはシャロンのわき腹に頭をのせて横になった。
ふと、現実に引き戻される。
明日マルクを探すことを考えると、どうもやる気の出ないピット。
「明日探して、いなければ、コーネリア国行きか・・・。」
溜め息をつき、夜空を仰ぐ。空気が澄んでいるのかとても星が煌いている。
これからのことを考えているうちにうとうと眠りについてしまうピットであった。
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建国の祖にウィザードのコーネリアを持つ、ここコーネリア国の主城
でもあるクルセイル城の玉座の間にてレイリは君主たる
リトアス王にオーガ遠征の報告をしているところだった。
今レイリのいる、この玉座の間にはレイリを含め5人の人間がいる。
もちろんリトアス王のことは以前から知っている。だが残り3人の顔にいたっては
初めて見る顔であった。
1人はリトアスの座している横にひっそりと立っている男である。
レイリがオーガ遠征の指令を下された時にもそれらしき人間がリトアスの隣にいた。
しかし、その時は全身を覆う黒いローブや顔まですっぽり隠してしまうフードのせいで
その顔まではわからなかったのだ。今も同じ黒いローブ姿ではあるが、その顔は
フードを取っており、はっきりと視認できる。豪華さのある金色のやや長めの髪に
真紅の瞳をしている。どこかの貴族の出だろうか、と思わせるような雰囲気を
漂わせている男であった。
そして残りの二人の男はレイリの両脇にいた。右隣の男は黒の短い髪に体格の良く、
長身の男である。レザーアーマーにブーツという簡素な格好をしていて、腰には
細身の剣を備えている。戦で負ったのだろうか、腕や頬には切り傷があった。
左隣の男はというと、黒い髪までは同じなのだが、小柄であまり戦いには向いていない
体つきをしていた。上質な青いマントを羽織っており、綺麗な顔立ちに、見る者を
優しい気持ちにさせる青い瞳はとても似合っており、世間では美形と分類されるであろう。
レイリはオーガ国での事の次第を報告し終えると、最後にラクロスから奪った指輪を
渡した。不思議な魅力のある紅の指輪を。
「ご苦労であった、レイリ。これがオーガ国に伝わる宝石か。」
レイリから宝石をその手に受け取り、目を細め指輪についている宝石を見つめるリトアス。
そして指輪から紅い宝石のみを取り外し、隣の黒ローブの男に手渡した。
男はローブから腕をさっと出した。そこには金のサークレットをつけており、
青い宝石・黒い宝石をはめてあり、残り2つのくぼみがあり、そこの1つに
リトアスから受け取った紅の宝石を収めた。
恐らくは伝説の宝石なのだろう。しかし、レイリには黒い宝石が何なのかはわからなかった。
伝説では3つのはず。青はコーネリア国に伝わる物でレイリも何度か見たことがある。
そして、オーガ国の紅の指輪をはめたということは、黒い宝石も同種の物であろうか、
という考えにレイリは行き着いた。
レイリが考えにふけっていると、男はローブの中に腕をしまってしまい、そこでレイリの
思考は中断された。
「今のがリトアス様の求められていた物ですか。」
言葉は丁寧ではあるが、どこか敬意のこもっていない口調で切り傷のある男が
口を開いた。
リトアスは玉座から、その男と青いマントの男を順繰りに見渡すと、最後にその視線を
レイリに向け、レイリには衝撃的ともいえる言葉を言うのだった。
「紹介がまだだったな、レイリよ。新しく三将軍に任命した、ジークとウィーゼだ。」
らしくもなく、レイリは、えっ、と発していた。
リトアスは気にせずに尚も続ける。
「前の二人は解任した。」
驚きで言葉の出ないレイリ。
レイリがオーガ侵攻中という短い期間の間に国の要職に就いている人間が二人も
入れ替わったのだ。もはや、異例の事態である。
普段から冷静で表情の崩すことのないレイリだが、この時ばかりは目を見開き、口は
半開きになっていた。
「前の二人は私に異を唱えたからな。」
と、冷たい表情で続けるリトアス。
リトアスは一呼吸置き、淡々を話を進めた。
「レイリには初めて話すが、私は竜人王を復活させ、完全にリフラスタを支配する。」
さらなる追撃にレイリの思考はもはやついていけなかった。
要職二人の解任に、今度は竜人王を復活させる?わけがわからない。
長身のジークはレイリのそんな様子を眺め、楽しんでいる。青いマントのウィーゼに
リトアスの隣の男は黙りこくっていた。
「お前も私に異を唱えるか?」
ゆっくりと、だが、はっきりと威圧のこもったリトアスの声が玉座の間に響いた。
レイリも1000年前の竜人と人間との対戦の話は知っている。
もし、再び竜人が復活し、戦争なんかになれば被害者の数は計り知れない。
そんなことになったら・・・。
「しかし、それでは大陸中を巻き込んだ対戦になってしまうのでは!」
リトアスに思いとどまってほしかった。何よりレイリ自身戦いは好きではない。
しかしながらその気持ちは通じることはなかった。
「それは異を唱えているとみていいのか?」
その言葉がレイリに重くのしかかった。
「いえ、そういうわけでは・・・。」
いつからここまで陛下は独裁的な人間になってしまったのだろうか。オーガ遠征を
命じられる少し前くらいからだ。
「ならばよろしい。問題の竜人王が封印されている場所だが、我がクルセイル城の
地下神殿であることがわかった。」
ジークにウィーゼの二人はほぉ、と感心を示していた。レイリはそれどころではなく
1人呆然としていた。
リトアスはジークに視線を向けた。
「復活に際し、ジュライ国の緑の宝石も必要になる。そのためのジュライ侵攻には、
ジーク、お前に任せたい。」
「俺がジュライ国ね・・・。」
何か不満を感じ取れる様に1人呟くジーク。
次にジークからレイリに視線を移し、
「そしてレイリ。お前はオーガ国に行き、治安を治めよ。反乱分子は
全員殺してかまわん。」
レイリは低頭し、
「はっ。かしこまりました。」
と言った。しかし、オーガ国は穏便に落とせたので、あまり鎮圧しなければならない事態には
今後もならないだろう。リトアス自身も今のオーガ国の内情は先の報告で把握しているはず。
なのに、なぜ私を再びオーガ国に送るのだろうか・・・。
そんな考えがレイリの頭を過ぎった。
「期待しているぞ、レイリ、ジーク。」
命令に従うしかなかった。ただでさえ、先程、意見してしまったのに、ここで
また、というわけにもいかない。
レイリはそのまま、オーガ国に向かうために玉座の間を後にしたのだった。
レイリが部屋を出て行くのを確認し、リトアスはジークにさらなる命令を下す。
「ジーク、ジュライ国を落とすのにオーガ国を通るだろう?」
気だる気にジークは返した。
「えぇ、ま、近道ですからね。」
「道中、オーガ国のレイリも討て。」
ジークは口元を綻ばせた。そこには不適な笑みが浮かぶ。
「有能な指揮官が一人減ってもいいんですか?」
言葉に相反して、全く心配している気配が窺えなかった。
リトアスは無表情のまま続けた。
「かまわん。私に少しでも反対する者には消えてもらう。」
「わかりました。お任せください。」
ジークは元々は腕利きの傭兵だったのだが、レイリの噂はその頃から
よく耳にしていた。どんな戦い方かも聞いており、前から1度、生死をかけた
勝負をしてみたいと思っていたのだ。
戦争のような多数対多数なんてくだらない。サシの対決の方がよっぽどいい。
日頃からのジークの持論だ。
レイリとの戦いを想像するだけで、将軍職についた甲斐があるというものだ。
そう思い、足取り軽く玉座の間を後にする。
「じゃ、俺はこれで。」
そう言い、ジークは軍隊の編成にかかるのだった。