好みどんぴしゃですが何か
あんたの好みどんぴしゃじゃないの。
という、イオラのじっとりとした視線を振り切ってまずやったことは、菊池さんの住居の確保だ。
あの気色悪い部屋がある王宮など、絶対に駄目。絶対にだ。
とりあえず手始めに、セキュリティが万全な従姉妹イオラの家に部屋をもらった。
イオラは、三大公爵家の末っ子である。警備も万全、何なら王家のご威光すら跳ね除けられる権力付き。
陛下の妹である伯母のご好意により、実家から母も来てくれたので、お世話体制も整った。
最初は、豪華すぎる屋敷にびくびくしていた菊池さんだが、両隣はカルアと母の部屋だと伝えると、少しほっとしたようだ。
お金はいくら使ってもいいとのことだったので、菊池さんの好みを聞きながら衣服や道具類を揃えて、一応、現金も渡しておく。
お財布が空なのは不安だからね、一応。
カルアは二日の休みをもぎ取って、ひたすら菊池さんの環境を整えることに精を出した。好みだからじゃない。断じて。
責任を感じないわけでもない。誠心誠意、彼にも謝ったのだが。
『聞いている限り……きみは、きみにできることをやってくれていたんじゃないかな? ありがとう』
と微笑まれて、ズキュンときたが、いったん置いておく。
異世界に来て不安であろう男性を口説くほど、カルアは見境のない女ではない。ないったらない。
とりあえず、言語に関しては『召喚陣をいじったのがカルアだから』で押し通している。
どうやら、菊池さんとカルアの話す日本語は、こちらの人の耳には言語に聞こえない。ザザザ、ギギギ、みたいな音だとイオラが言っていた。
そして二日後、菊池さんに帰宅時間を伝え、母と伯母にお世話を頼んで出勤すると、研究所に王子がいた。
ぶわっと鳥肌が立った。吐き気もする。
「カルア! 聞いてくれ!」
「言いたいことがあるなら文書にしてください話したくない顔見たくない無理ありえない」
「カルア!」
「まじで無理ほんと気持ち悪い無理どっか行ってとりあえず帰れ無理ほんと無理」
顔を見て会話なんて冗談じゃない。
ただでさえ、幼少の頃からいらんことばかりされて大嫌いなのに、犯罪と生理的嫌悪まで付属された。
「何なの陛下はあんたここにいるの知ってるの無理もし陛下がいいよって言ったんなら国出る今すぐ出国する無理」
「カルア、落ち着いて。騎士様も呼んだから、落ち着いて」
騎士を連れて戻って来たイオラに抱きしめられ、宥められる。
王子は何か言っていたが、騎士に連行されて行った。ほんと無理。
「自室謹慎なのに抜け出して来たらしいわ。今度は貴族牢じゃないかなって、騎士様が」
「そう……おえ」
「気持ちはわかるけど、淑女がそんなしょっちゅう嘔吐くもんじゃないわよ」
淑女なんて言ったって、カルアはただの平民だ。
公爵令嬢が従姉妹な時点で少々おかしいが、陛下の末妹の母は商家に嫁いだので。
そう、カルアもちょびっととは言え聖女の血を引いている。なので、カルアの責任もある。
きちんと解明して、帰還陣を作ろう。それで、できれば菊池さんを帰してあげよう。
眉を下げて困ったように笑う、優しい人だ。
もっと怒ったり喚いたり、八つ当たりしたっていいのに、逆に気を遣ってくれるような人。
そんな人を誘拐して、仕方ないからここで生きていけなんて、ありえない非道だ。
「……カルア、手伝う」
「ありがとう……」
同じ聖女の血を引く従姉妹を抱きしめて、カルアはやるせなさを心の奥底に閉じ込めた。




