ストーカーおよび誘拐の容疑者
うわあ……。
王子が取り押さえられた彼自身の私室に辿り着くと同時、カルアとイオラは心底ドン引いた。
すかさずイオラがカルアを背中に隠し、視界を塞いでくれるけれども。
「おえ……」
「補佐殿、つらいですが堪えて! 堪えてください!」
吐き気に呻くカルアを、付き添っていた騎士が小声で励ましながら、紳士らしくハンカチを貸してくれる。
遠慮なく真っ白なハンカチで口を押さえた。まじで気持ち悪い。
王子自身は、今は身体検査のため席を外しているという。助かった。
部屋の入り口に立って額を抑えていた陛下が、申し訳なさそうにカルアを見た。
「カルア。……あー、その、今は、これはいったん置いておいてもいいだろうか」
「構いません。むしろなかったことにしてください」
「そうしよう」
力強く頷いてくれた陛下に頭を下げる。
視界いっぱいに広がったのは、部屋中に貼られたカルアの姿絵。タッチの違う無数のそれが、王子の私室を飾っていた。
鳥肌が止まらなさすぎてしんどい。見たくないが、召喚陣が発動したのはここなのだ。見ないわけにもいかない。
「カルア……気をしっかり持つのよ」
「うん……」
『あ、あの、すみません?』
えっ。
聞こえた声に、ハッと顔を上げる。イオラや他の者も、首を傾げつつそちらを向いて────固まった。
なぜか部屋の本棚の隙間、今の今まで死角になっていたそこに、一人の男性が立っている。
警戒する紳士な騎士を押しとどめ、カルアは一歩、男性に近づいた。
限りなく黒に近い焦げ茶色の髪と目、少々皺のある柔和そうで平均的な顔立ち。何より、彼はグレーのスーツ姿。
『……言葉、わかり、ますか』
転生したと自覚はあっても、文字にしたことはあっても声にしたことはない言語を、カルアは慎重に口にしてみる。
さっき、聞き慣れない声が綴った、日本語。
目に見えてほっと肩から力を抜く男性の様子に、泣きたくなった。
『わかります。……その、そちらの言葉は聞き取れるんですが、うまく舌が回らなくて。日本語で構いませんか?』
『もちろんです。このたびは、大変なご迷惑をおかけいたしまして、誠に申し訳ありません』
直角に、日本人独特の礼で謝罪をすると、男性はさらに驚いたようだった。
今のカルアは、鮮やかな橙色の髪と、金色の目というキランキランな見目だ。日本人とは程遠い。
『もしかして……日本人? ハーフさん?』
『前世が日本人です。あの、これは内密に』
『承知しました』
くす、と微笑んだ男性は、ぐるりと部屋を見渡してから、もう一度カルアを見て、眉を下げた。
やめてー、同情しないでー。いたたまれない……。
「陛下。おそらく、これは何らかの要因により〝召喚陣〟が発動したと見られます」
「召喚陣? あの、聖女召喚のか?」
「はい。えーと、あのー……」
どう説明しようかと迷いながら、会話の合間に『あのー』と挟むのは日本人ならではだなと、不意におかしくもなる。
「解明までの間に、事故などによる誤作動があっても、美少女を攫えないよう細工したんです。というか、誰も攫えないようにしたつもりでした」
「……なるほど。だが、何らかの要因で、召喚されてしまったと」
「理由のいくつかは推測できます。まずは、殿下が研究所から持ち出した薬品です」
床に散らばっていた空の瓶を拾って振ると、陛下はラベルを見てすぐに思い当たったのか、重いため息をつく。
そうそう、これぜーんぶ、古代の遺物一覧に乗っている魔力入り。
「それと、聖女の血を少なからず引いている、殿下自身」
「……そうだな。我々の祖先には、召喚された聖女がいる」
「あとは、検証しなければわかりません。お任せいただけますか」
しれっとすっとぼけた。
年上らしき男性が召喚されたのは、書き換えの内容のせいかなとは思っているが、前世のことまで正直に話す気はない。
万一、言語を一覧にしろとか言われたら、もっと目の当てられないことになる。
見たくもないものなど、この部屋だけでお腹いっぱいである。
「……愚息の招いたことだ。そなたに一任しよう」
「ありがとうございます」
「必要経費は、すべて請求しなさい。息子の私財から出す」
「ありがとうございます!」
やったね。研究費用がタダ、最高だ。
とりあえず、この気味の悪い、心身に悪影響がありそうな部屋から、異世界の客人を救い出さねば。
『わたしは、カルアと申します。必ずお力になると約束しますので、一緒に来ていただけますか?』
差し出したカルアの小さな手と、カルアの金色の目を何度か見比べてから、眉を下げた男性が握手の向きの手を握る。
大きくて角張った、あたたかい手。
『カルアさん。菊池一臣と申します、よろしくお願いします』
きくち、かずおみさん。うん、ちゃんと覚えた。
カルアは軽く手を握って振ってから、久しぶりの笑顔を浮かべた。




